お嬢様なんて柄じゃない | ナノ お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。

私はまだまだ後輩達に負ける気はないよ。練習の成果を見せてみなさい。




「先輩方、私達本気で行きますんで、悪く思わないで下さいね」
「うん、望むところだよ」

 コートの向こうにいる後輩たちが好戦的な態度で宣戦布告してきた。
 私はその言葉を聞いて、俄然やる気が出てきた。ここで負けては先輩としてのプライドがずたぼろになってしまう。私達だって本気で戦うつもりだ。 
 準決勝まで上り詰めた、珠ちゃんと佐々木さんのクラス。2人以外のメンバーはバレー部生ではない。どれほどの実力かは不明である。
 
 サーブ権を得たのは、相手チームだ。コートの外でボールをドリブルして手になじませている珠ちゃんのサーブから試合は始まった。
 珠ちゃんは生前の私のフォームを参考にしているきらいがある。彼女には彼女ぴったりのフォームがあるとは思うのだが、どうにもそれがお気に入りのようだ。
 憧れてくれるのは嬉しいけど、それが彼女の実力を十分に発揮できない原因となるかもと考えると、ちょっと気になるよね。

 流れるような動作で放たれたサーブがこちらのコートに飛んできた。そのボールを受け止めたのは阿南さんだ。
 彼女は部活動を通して試合に出たことはない。自分の力量を理解しつつも、バレーが楽しいからと卒業間近まで部活動は続けるらしい。大学部でもバレー部に入ろうと思っているみたい。
 阿南さんは私がこの学校にまだ馴染めていなかった時期に、瑞沢ハーレムの件で心配して声を掛けてくれたんだよね。それで……クラスマッチを通して仲良くなったんだ。まさかお淑やかで大人しそうな阿南さんがバレーにあそこまで熱中するとは思わなかったけど、クラスマッチの試合では率先して頑張ってくれて、その上バレー部にも入ってくれて嬉しかったな。

「エリカ!」

 ぴかりんがトスを上げた。私はネット近くまで駆けていって、それを思いっきりスパイクしようと見せかけてフェイントをかけた。後ろでそれを拾おうとする選手がいたが、腕に当たったボールは明後日の方向に飛んでしまった。こちらにポイントが入る。

 ぴかりんはこの学校に入って一番最初に仲良くなった子だ。とはいえ最初はセレブ生で今までバレーに縁のなかったエリカちゃん、そして中の人である私を、ぴかりんはあまり良く思っていなかった。
 あれは時期が時期だった。英学院に入学したてのぴかりんはセレブ生からの洗礼を受けた直後で、セレブ生を信用できなくなっていたみたいなのだ。
 だけど今では阿南さんや慎悟という中立派のセレブ生と親しく出来ている。私も当初この学校最悪だなと思ったけど、そんな事ない。探せば楽しいことはたくさんある。自分の殻に閉じこもっていじけているよりも、表に出て積極的に行けば、いい出会いは見つかるもんだね。
 
 佐々木さんからのスパイクボールがこちらに飛んでくる。…やっぱり私を潰しにかかるか。だよね、そうだよね。
 私がそれを拾おうとすると、シュバッと間に入ってきたのは後衛担当の幹さんだ。

「拾います!」

 幹さんとはいじめっ子玉井による“一般生イビリ”がきっかけの出会いだった。ぶっちゃけていえば、いじめの標的がぴかりんに移らなければ、私は傍観したままだったかもしれない。同じクラスならまだしも、違うクラスの知らない人だったし、玉井とも接点がなかったからだ。
 幹さんに助けてくれてありがとうと感謝された時に、私は馬鹿正直にそれを伝えたけど、それでも彼女はお礼を言ってきた。『そうだったとしても嬉しかった』と。
 彼女も変わった。初めて話した時の怯えた様子はもうない。今は自分の未来のために一生懸命に勉強している。この間なんて慎悟に中国語の教材を借りていて……幹さんのその向上心を私に分けてほしい。

 幹さんがレシーブしたボールを阿南さんがトスしてくれた。対戦相手の珠ちゃんと佐々木さんがそれを警戒して私をマークしてくる。
 
 私はそれに構わず地面を強く蹴り、宙を舞った。

 170cm後半である1年生2人の身長に負けている今の私ではあるが、私はまだまだ後輩である2人には勝負で負けたくないのだよ。
 ブロックで伸ばした彼女たちの腕をすり抜け、私の放ったスパイクボールは体育館の床にバウンドする。
 ポイントが入り、私はチームメイトとハイタッチを交わした。チームメイトみんな、すごく頑張ってくれている。あの瑞沢嬢でさえレシーブをまともに打っている。受け止めた後必ず「痛ぁい!」と騒いでいるが、それでも決してボールを避けない。

 私のバレーへの熱が感染してみんなが夢中になっているのか、私が本気だから仕方なくみんなも頑張ってくれているのかは謎だけど、3−3女子バレーチームの団結は他のクラスに負けていないとうぬぼれてもいい。
 対戦相手のスパイクボールで得点を奪われることもあったし、上手くボールが繋げなかったこともある。
 だけどここでは“楽しくプレイする”が合言葉だ。
 私はバレーに関してはいつでも本気で楽しみたい。クラスマッチなら尚更だ。他のクラスメイトが楽しいと思わなければ、意味がないのだ。

「気を取り直してこー!」

 私は【エリカちゃんとの出会い方が違えば】と、ifを何度も考えてきた。
 それとは別に、この友人たちと松戸笑として出会っていたら、今とは違う関係性になっていたのかなと思うんだ。本来であれば私は一学年上で、みんなと同じ学校の同じ部活動に所属していても、ここまでは親しくなれなかった気がする。
 出会いは奇妙な現象からのはじまりだったけど、彼女たちとの出会いは私にとって、なにものにも得難いものになっていた。
 

「只今の試合結果3−1で、3年3組の勝利です」

 ピーッと笛の合図がなり、うちのチームの勝利が告げられた。やった、決勝進出が決まった。
 これから先が期待できる後輩たちとの試合の時間はあっという間だった。とても楽しかった。まだまだ戦っていたかった気もする。

「悔しいです…まだまだ先輩を追いつけません…」

 試合が終わるなり、がっかりした珠ちゃんが弱音を吐いてきた。
 ここで負けてたら私のプライドが複雑骨折しちゃう。春高予選どころじゃなくなるよ!? …大人げないと言われようと意地でも勝ってやるわ。

「二階堂先輩って何食べたらそんなプレイできるんですか? 小さいのに」
「佐々木さん! 言葉のナイフが突き刺さる! 小さいって言わない!」 

 負け惜しみなのか、純粋な疑問なのかわからないが、佐々木さんが先輩いじめをしてくる。私は傷つくと言っているのに、佐々木さんは気にも留めずに「セレブっていいもの食べてそうですもんね」と1人で勝手に納得していた。
 食べ物は大事だけど、これ私の努力の賜物だからね? 憑依当初はこんなに動けなかったから!

「でも2人共、動きがどんどん良くなってるよ。これからだもんね」
「もっともっと技術を吸収するんだよ、神崎、佐々木」

 部長であるぴかりんの言葉に2人とも照れくさそうな顔をしている。私も先輩なのになんだか扱いに差を感じるな…人望の差なのだろうか。切ない。
 

■□■


 いよいよ決勝戦だ。
 コートの周りだけでなく、2階の観覧席にも暇を持て余した生徒たちが集っていた。途中敗退となった人達が集まってきたのだろう。
 その観客たちの中に慎悟の姿を見つけたので大きく手を振っておくと、慎悟が振り返したのが見えた。…その直後『キィー!』という金切り声が聞こえてきたので、どうやら加納ガールズも彼のそばにいるみたいだ。巻毛が【慎悟のいる場所は私のいる場所】と豪語していたもんね。
 頼むから試合中は野次を飛ばさないでくれよ。

「さぁ、決勝戦ですよ、気合を入れて参りましょう!」 

 阿南さんが元気よく声を上げた。

「目指せ優勝ですね!」
「勝利後の焼肉はきっと美味しいはずです!!」

 私達は決勝戦の前に円陣を組んで気合を入れ直した。仲間たちとの団結を深めると、みんなそれぞれのポジションについた。
 対戦相手は2年5組。中にバレー部の生徒は3人いる。こちらと同じだ。スパイカー専攻が1人いて、彼女はレギュラー出場経験がある。油断はできない。
 2年生の彼女たちにも事前にこっちが先輩だからと手抜きしないようにと念押しはしておいた。

 サーブ権はうちのクラスがゲットした。試合開始のサーブは私が担当する。ボールを床に叩きつけて手になじませながら、試合開始の笛の合図を待った。
 目の前の対戦相手に意識を集中させる。

 ──ピッ!
 試合開始の合図が鳴った瞬間、私はコートに向けて駆け出した。思いっきりジャンプして、強烈なジャンプサーブをお見舞いしたのである。



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mokuji
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