お嬢様なんて柄じゃない | ナノ お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。

団結は究極の強さ。コートの中で君は輝いている。




「最終進路決定表を提出されていない方は明日までに提出してください」

 担任の先生の言葉に私は、あともうちょっとで高校卒業なのだと実感した。とはいえ、私は松戸笑として誠心高校の卒業証書を頂いた上に、高校生をトータル4年間しているんだけどね。今更な感じもする
 私はもう既に進路決定表を提出済みだ。英学院大学部の経営学部への進学を希望である。家庭教師の井上さん指導の元、内部進学希望者全員が受ける試験の対策もだいぶ前から始めているんだ。
 井上さんの家庭教師はその試験が行われる来年1月までとなっている。現在大学3年生の彼は春先にこの学校にて教育実習を受けることとなっており、今以上に忙しくなるためだ。彼の力を頼るのは進学試験前まで。以降は自力で頑張るしかない。

「そういえば幹さんは提出したの?」
「はい。……一人で色々と考えましたが、やはり経済学部に決めました。お金の流れを知るには経済学がベースになりますし、今したいことが見つかっていなくても、その知識がきっと役に立つと思うんです」
「そっか」

 井上さんに指摘されて進路について悩んでいた幹さんは、結局当初の希望のまま経済学部希望で行くらしい。
 秀才の幹さんなら他の学部でも…何なら医者でも行けそうだけど、医業には興味がないみたいである。
 みんな進路が決まって、次のステージに進もうとしている。卒業まであと約5ヶ月か。早いような遅いような。



 クラスマッチ直前になると、3−3バレーチームの男女混合チームで練習試合をするようになった。その頃には加納ガールズも出場競技の練習に参加しているのか、バレーチーム練習場所に出没しなくなった。
 静かで何よりである。

「…ちょっと、痛いよ二階堂さん」
「なよっちいなぁ。男子のボールは更に痛いはずだよ?」

 今しがた相手コートにスパイクを放ったのだが、それをレシーブした上杉が文句を垂れてきた。
 痛いのが嫌ならバレーボールを選ばなければよかったのに。
 ちなみに私は本気を出していない。ここで本気出したら、本番電池切れしそうな気がするからだ。この体で調子に乗ると高確率で怪我をするので、本気を出したい衝動を抑えているのだ。
 
 文句を言いながらも、上杉の飲み込みは早い。運動神経に頭の善し悪しは関係ないだろうが、教えたことをすぐに飲み込むのは慎悟と同じだ。認めたくないが、その成長は目覚ましい。今年の男子チームは去年よりもいい線いくかもしれないぞ?
 私のチームはわかんないなぁ…。だって今年は女子バレー部期待の新人珠ちゃんがいるんだもん。同じクラスに佐々木さんだっている。攻撃ポジション希望の2人、1年生相手といえどかなり脅威だ。 
 ……とはいえ、ぴかりんや阿南さんもスパイクできるし、他の人も全くの未経験者というわけじゃないから…やり方次第かなぁ。

 試合をしながらみんなの可能性を考えていると、アタックライン前に立っている慎悟が目に入った。ちゃんと構えてはいるものの、体にちょっと力が入っている。その姿勢では迎撃姿勢に入りにくいであろう。 

「慎悟、もうちょっと腰落として」

 待機姿勢を直そうと慎悟の腰を後ろから鷲掴みにすると、ビクリと慎悟が震えた。 

「…頼むから、口で言ってくれないか」

 振り返った慎悟は何やら頬を赤らめて動揺している様子である。掴んだ直後に「ヒッ」と慎悟が小さく声を漏らしたのが聞こえたぞ。
 そうか、慎悟は腰が弱いのか。思わぬ場面で弱点発見である。
 そんな顔をされたらコチョコチョ攻撃をしてやりたくなるが、今は練習試合中。
 また今度にしよう。


■□■


 とうとう高校最後のクラスマッチの日である。
 特に何の問題もなく、我が3−3バレーボールチームは練習に練習を重ねてこの日を迎えた。私は準備運動、ストレッチをしっかりこなし、膝にはサポーターを装着して試合に臨んだ。

 試合は順調に勝ち進んでいた。
 片や団結している私達、片ややる気のない対戦チーム。結果など目に見えている。
 途中バレー部生がいるクラスと当たったが、そこは団結の問題だ。彼女たちがどんなに頑張っても、周りのクラスメイトがやる気がないなら難しい。取れそうなボールがあっても取りに行かない。もったいないなぁとは思うけど、仕方ないのかな。
 英学院だけとは言わずに、どの学校にもやる気のない人はいるからどうしようもないね。やる気出せと周りに言われて出せるもんじゃないし。
 私が強敵と感じている1年組との対戦はまだである。このクラスマッチはトーナメント方式なので、お互いに勝ち進まなきゃ対戦できない。
 
 次の対戦試合まで時間が空いたので、私は男子の試合の様子を観に行くことにした。
 隣の体育館で対戦していた男子チームたちは熱戦していた。コートの外には既に加納ガールズがいて、ギャーギャー喚いている。他にも男子の勇姿を見に来た女の子たちがいるが、加納ガールズの勢いに負けて、静かに応援しているようである。
 加納ガールズたちはもう敗退したのか。慎悟の試合を観るためにわざと負けたとかじゃないよね。
 
「慎悟様ー!」
「頑張ってくださいましー!」
「あっ! 二階堂エリカ! なんなのあなた! 入ってこないで頂戴!」

 体育館に私が入ってきたことを目敏く気づいた巻き毛がシッシッと虫を追い払うような仕草をしてきた。いつものことである。体育館は巻き毛のものではないだろうが。小学生みたいに陣地争いでもするつもりか。
 イラつくけども知らんぷりして、試合に目を向ける。

 コートの中では慎悟が高くジャンプしていた。私が指導した通りのフォームで、相手コートに向けてスパイクを放つ。
 力強く叩かれたボールはバシッと音を立てて床に叩きつけられた。3組にポイントが入る。……やっぱり男子の放つスパイクはスピードが違うよね。筋力の差もあるだろうけど。羨ましい。慎悟が本気でスパイク放ったら時速何キロ出るんだろう…… 
 ここは彼女として彼氏のカッコいいところに胸キュンする場面なのだろうが、バレーが関わるとどうしても真面目に分析をしてしまう。

「ナイススパイク!」
『ぎゃぁぁぁぁあ!』

 見事に私の声援はかき消されてしまった。隣で加納ガールズが雄叫びを上げた。甲高いそれに耳がキーンってする。
 うるさっ、声が大きければいいってもんじゃないぞ。慎悟に声援あげようにも彼女たちの声でかき消されてしまう。
 こっちの男子戦でも団結力が発揮されたのか、得点に圧倒的差を付けている。いつもは敵対しているセレブ生と一般生だが、こうしてスポーツというカタチで団結すれば強くなれるのがおわかり頂けただろうか。
 青春ぽくていいと思う!

「拾え! 上杉!」

 ラインすれすれの所にボールが着地しそうだったので、ボールの近くにいた上杉に向かって叫んだ。
 別に応援でなくて、バレー馬鹿の血が騒いだからである。体育館の床なら滑り込んでも大丈夫! ちょっと擦りむくかもしれないけど!
 私の気迫に圧倒されたのか、上杉はすぐさま反応した。レシーブで拾われたボールが宙に浮く。それを菅谷君がトスをするふりをして、相手コートにフェイントで入れると、相手は反応が遅れて地面に着地するのを見送っていた。

「うまい、菅谷君!」

 焼肉大好き菅谷君の咄嗟の判断に、私は感動していた。慎悟だけでなく、菅谷君までもが去年よりも明らかに成長していることに感激していた。強くなったな…!

「…ちょっと二階堂さん、そこは僕を褒めるところじゃない?」
「……あぁ、よくやったね。ナイスアシスト」

 上杉がなんか言ってきたので労ってやった。なんで適当なのかって、甘い顔見せたらこいつすぐに豹変するから。素直に応援した日にはサイコスリラーが待っているから、多少雑な扱いになっても致し方ないのよ。
 上杉から目をそらすと、慎悟に目を向けた。
 
「慎悟ー、さっきのスパイク良かったよー。頑張れ頑張れー」

 手を振って声援をかけると、慎悟は照れくさそうに笑っていた。…スパイクがうまく決まった時の快感半端ないでしょ? わかるよ、私その快感が大好きなの。
 慎悟をこの調子でバレー沼に沈めていけたら良いな…

「二階堂エリカァァ…よくも慎悟様に上から目線を…!」 
「こ、この女ぁ…堂々と…私達の前でぇぇ」
「偉そうに…! あなたがいなくとも慎悟様は素晴らしいプレイを見せてくださるはずなのに……しゃしゃり出るんじゃなくてよ…!」
 
 慎悟の応援をしたら自動的に彼女たちからネチネチされるとはわかってたが、何かをしてもしなくても、どうあがいても絡んでくるので、その辺は諦めた。
 私は加納ガールズのイビリをあえてスルーしていたのだが、彼女たちの発言がぴかりんの気に障ったらしい。ぴかりんは私と巻き毛の間に割り込むように入ると、威圧するように加納ガールズたちを見下ろしていた。

「エリカと加納君は公認のカップルなんだからあんた達に気遣う必要ないでしょうが」
「うるさいですわよ! この庶民が!」
「世の中の何%が庶民だと思ってんだこの高飛車巻き毛女!!」
「なんですって!? 流石は二階堂エリカの類友ですわね! 失礼な物言いがそっくりでしてよ!」
「あんただって大概失言してるからね!? 何自分のことは棚に上げてるの? まさかの無自覚なわけ?!」

 修学旅行の辺りからこの2人はますます仲が悪くなってしまった。元々水と油の関係だったが、私と慎悟のことで更に敵対するようになってしまったのだ。
 …ちょっとだけ罪悪感である。

「ぴかりん、もう行こう」

 いつまでもここで喧嘩をしていたら、男子の試合の邪魔になってしまう。
 私がぴかりんの腕を掴んで止めると、彼女はまだ言い足りなさそうな顔をしていた。

「次の試合がありますから、移動しましょう」
「お次は1年の神崎さんと佐々木さんのクラスとの対戦ですよ」

 幹さんと阿南さんの言葉にぴかりんもだんだん頭が冷めてきたようだ。

「ふん、さっさと出ていってくださいな。目障りだわ」
「はぁあ゛あん!?」
「巻き毛! 触発させるような物言いしないで!」
 
 一旦冷めたというのに、また巻き毛が棘のある言い方をしたからぴかりんの怒りに着火してしまったではないか。
 男子の応援に来たのに、何故か巻き毛とぴかりんを引き剥がす羽目になり、全然応援できなかった気がする。何しに来たんだろう一体。
 そんな中で3−3男子バレーチームは勝ち残り、次の試合に進むことになった。コートの横でキーキーと加納ガールズとぴかりんが騒いでいたのにすごい集中力だなと変なところで感心してしまった。
 


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mokuji
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