お嬢様なんて柄じゃない | ナノ お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。

再戦希望! 放棄試合なんて認めないぞ!



 バタバタでシャワーを浴びて着替えたはいいが、ドライヤーを短縮したため髪はタオルドライのみの生乾きのまま、私は元の場所に戻った。
 遅いと小言をいただくかなと思ったけど、三浦君と慎悟はその間で話をしていたようだ。
 私が戻ってきたと気づくと、慎悟は立ち上がって三浦君に肩を貸してあげていた。私は三浦君の荷物を持ってあげることに。

 スポーツジムの駐車場に停まっていた加納家の車の助手席に三浦君を乗せると、私は後部座席に乗り込んだ。すると隣に座っていた慎悟がちらっとこちらへ視線を向けてきた。

「…今度あのテニスウェア着用する際には、下にタイツか何か穿けよ」
「アンダースコート穿いてましたけど!? ていうかバレーのユニフォームもあの程度露出してるんだけどな!?」

 また私が露出狂みたいに! 全く失礼だな!
 上下黒のテニスウェアは襟元と、スコート下部にバイカラーのラインが引かれている。キュロットスカートだし、動きやすそうだと思って購入したのにダメ出しされた。

「……慎悟、俺なにも見てないよ」

 いやらしい目で見ていたと誤解されたくないらしい三浦君が助手席から振り返って弁明すると、慎悟はしかめっ面で口元をへの字にしていた。

「三浦のことじゃない。クリアウォールの外側からジロジロ見てる男たちがいたんだよ。…この人は肝心な時に無防備なんだ」

 そんな事ないよ! 私はいつだって華麗に危機回避してきたでしょ! …殺人犯に殺されたことはこの際突っ込むなよ。

「慎悟は試合のどこから見ていたの?」
「到着した時には2人が床に座ってなにか話している様子だったから、話が落ち着くのを黙って見ていた」

 じゃあ本当に終盤あたりだったのか。
 なら、私の初心者とは思えないファビュラスなプレイを目にしていないってことなのね…

「え、じゃあさ、今度改めてスカッシュしにいこうよ。我ながら上手だと思うんだ」

 まだまだ私は打ち足りないんだ。もっとやってみたい。
 私の中ではバレーが不動の第一位だけど、たまには違うスポーツも良いもんだね。いい汗かいたわぁ。

「三浦君も。今日は勝負中断しちゃったから、今度こそ決着つけよう」

 助手席に座る三浦君に私がそう声をかけると、彼は「…え?」と怪訝そうな顔をしていた。
 どうしたのだろう。試合は三浦君がリードしていた形だが、三浦君の都合によって試合は中断された。それならば、私は再試合を請求する権利があると思うんだ。

 …あ、そうだ、予後の悪い足のことか。それに一応彼は受験生で、英学院の大学部を外部受験するんだった。今そんな余裕ないよね。

「あ、もちろん、受験が終わってからだよ。受験の間にしっかり足を治して筋トレやストレッチで補強してから、また再試合しよう。慎悟の隣を賭けて! 絶対に私が勝つけどね!」

 それなら良いだろう?
 お互い万全の態勢で勝負し合おうじゃないか。正々堂々と。
 私が拳を握って宣戦布告をすると、三浦君は難しい顔をしていた。
 はて、どうしたんだろうか。また足が痛くなってきたのかなと考えていると、三浦君はか細い声で言った。

「…いや、さっきのは俺が棄権したから、あんたの勝ちになるだろ…」
「え? だって怪我じゃん。仕方ないよ。それに私は白黒はっきり付けたいタイプなの。ここで私の勝ちを認めたとしても、三浦君は私のことを認めてくれないんでしょう? だから私は徹底的に打ち負かしたいの」

 三浦君はポカーンと間抜け面をしていた。さっきもそんな顔してたなこの人。スポーツマンシップに則って、お互いが納得できる結果で勝負を決めようぞ。
 私は間違ったことを言ってないぞ。なのに三浦君は変な顔をして黙り込んでしまった。なんだよ、文句あるのか?
 隣にいた慎悟はため息を吐くと、三浦君を諭していた。

「…諦めろ三浦。この人はこういう人なんだ。しっかり怪我を治した後にでも、再戦してやってくれ」
「……マジかよ」
「まるで私が我儘言っているみたいな言い方やめてくれる?」

 私の苦情に、慎悟は苦笑いを浮かべていた。


 その後、救急病院で診察を受けた三浦君は簡単な応急処置をしてもらい、後日改めて病院で見てもらうことにしたようだ。元々通っていた病院にでも行くのであろうか?
 そして、一度は縁を切ると言っていた慎悟だが、三浦君と普通に話していた。……それを見て私はホッとしていた。やっぱりこのほうがいいよ。
 私は私で三浦君と勝負をつけるから、慎悟は慎悟で三浦君との接し方を自分で決めたら良いと思う。


 診察後のお会計待ちしていると、電話がかかってきたと言って慎悟が席を離れた。
 そうなると残されたのが私と三浦君だけになるのだが、今日の朝まであった剥き出しの敵対心が鳴りを潜めて、三浦君はおとなしくなっていた。

「…慎悟、本当に変わったよな」

 小さく呟かれた言葉に、私は顔を上げた。三浦君は夜間休日受付の看板をぼうっと見上げながら、独り言のようにボソボソ話し始めた。

「あいつ何でも出来るように見えるけどさ、不器用な面もあるんだ。でも中身はすごく良いやつなんだ」
「知ってる」

 慎悟は誤解されるような態度をとることがあるなとは思う。意外と不器用なところがあるんだ。
 完璧人間に見えても慎悟は人間だ。欠点や弱点があるのも知っているぞ。
 なんだ、俺のほうが慎悟のこと知ってるぜアピールか?

「なんたってあの容姿じゃん? 昔から女に囲まれてさ…あいつが断っても、ただじゃ引かない諦めの悪い女に好かれて……俺はいつも壁になってやってた」

 諦めの悪い女って…加納ガールズのことかな。
 三浦君が慎悟を守る壁となって女子のアピール妨害をしていたという話は聞いたことがある。確かに慎悟は肉食系女子に好まれる性質なので、友人として守ってやらねばと言う責任感が生まれたのかもしれない。

 昔のことをぼんやりと思い出して懐かしそうな顔をしていた三浦君は、フッと軽く笑うと私に視線を向けてこう言った。

「…あいつなら才色兼備のお淑やかな令嬢を選ぶと思ったんだけどな。…そこに恋や愛が関わっていなくとも、利害の一致した女性を選ぶと思っていた」
「はいはい、その話は聞き飽きましたよ」

 この期に及んで全くこいつは……勝負は持ち越しだと話したばかりだろうが!
 不快に感じた私は三浦君にガンを飛ばした。だけどその睨みは三浦君には全く効果がなかった。全然怖がっていない。
 しかも三浦君は笑みを浮かべていた。その笑みは私を馬鹿にした笑顔ではなく、苦笑いである。

「……俺は慎悟があんなに表情豊かだとは思わなかった。癪だけど、それをあんたが引き出したんだよな」
「……?」
「…なんとなく、あいつがあんたを選んだ理由がわかったわ。…仕方ないから認めてやるよ」

 三浦君の言葉に私は思考停止した。
 いやだから、勝負は持ち越しだって。表情豊かになったのは…って、それ私がなんかしたわけじゃないよ。
 ねぇ、あんたは私が憑依した人間で、取り柄がない女なのが気に入らないんでしょ? 認めるとか今言われても腑に落ちないよ。

「ていうか今度はテニスしようよ。そっちは慎悟とダブルス。俺はシングルで戦うからさ」
「…ずいぶん、自信がお有りのようで…」
「なんたって、テニス強豪に入学できたくらいには実力があるからな。ハンデだよ」

 先程まで打ちひしがれていたくせに、もう強気な発言である。……三浦君はもう大丈夫だな。
 しかし、ナメた態度なのは相変わらず。ここは年上の威厳を見せつけるために私が勝利せねばな…

「こてんぱんに打ち負かしてあげるよ。私の高速スマッシュを見せてやろう」
「それ、あんたの前の身体での話だろ。今は無理じゃない?」
「うっさい」

 それを言ったらおしまいなんだよ。…いや、手足のリーチが大きすぎるから、多分前のようにはプレイできない…いやいや、コツを掴めば前のように動けるはずだ!
 
「…なんだか突然仲良くなったな」

 電話を終えて戻ってきた慎悟が呆けた顔で私達を見下ろしてきた。
 仲が良いと言うか…険悪な雰囲気が払拭されたとでも言うか…

「慎悟の話をしていたんだ。それで再戦はテニスに決まったよ。2対1で戦うことになったから頑張ろうね」
「はぁ? …また勝手に決めて…」

 慎悟は顔をしかめていたが、仕方ないなと受け入れてくれた。再戦はだいぶ先の約束にはなってしまうが、すごく楽しみだ。
 あ、それはそうと私は気になっている事があった。

「ところで三浦君、最初に私を探っていた探偵のおじさんはクビにしたの?」 
「え? あぁ…あんたに顔が割れたってのもあるけど…まぁ、最初の人は探偵には向いていなかったからさ…こっちも金払っていたし」

 とどのつまりクビにしたってことですね。
 …あのズッコケ探偵のおじさん心折れていないと良いけど大丈夫かな。




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mokuji
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