ズッコケ探偵、撤退する。加納家による身辺調査かなと思ったけど、実際のところはどうなの?
あれから20分くらいでお巡りさんが到着したのだが、例のおっさんは逮捕されなかった。
受け身をとったおっさんは軽いかすり傷を負っただけで大きな怪我はなかった。そして単身事故であるとおっさんが認めたので、私は何も罪に問われなかった。逮捕されるんじゃないかって恐々していたので安心した。
さて、なぜストーカー行為をしていたと思われる不審者が逮捕されなかったのかというと…
「探偵!?」
「付きまとい行為に盗撮までしておいて逮捕されないんですか!?」
それには私だけでなく、不安を感じていた女子部員も納得行かなかった。合宿中は基本的に合宿場から出ないけども、それでも気味が悪い思いをしていたんだ。
おっさんは雇われた探偵で、身辺調査をしていたらしい。…ターゲットは二階堂エリカだ。ここ最近の監視もこの探偵の仕業らしい。
…私はもしかしてはるばるストーカーしに来た上杉かなとあいつを疑っていたのだが、そうじゃなかったらしい。
探偵の資格を持っている人間であれば、尾行や張り込みはストーカー法には抵触しないそうだ。業務の一環として許されるそうな。もしもそれが私事であれば話は別らしいが、これは正式に第三者から受けた身辺調査依頼だってさ。だから逮捕できない。
警察がそう言うのであれば…どうしようもない。気分が良くないのは変わらないけども。
そういえば最近警察と縁があるな。…私が事を起こしているわけではないと思うけど、本当に縁がある。
「…誰に頼まれたの?」
もしかして、加納家の人かなと脳裏によぎった。
慎悟も、二階堂家から身辺調査を受けていると言っていたので、その逆もありえると思ったんだ。それなら仕方がないかなと思っていたが、探偵のおっさんは依頼者が誰かは言えない規則だと言って教えてくれなかった。
今日のところは撤収すると言っていたが、この後も私を調査するのは止めないらしい。仕事だからと言い切られたらぐうの音もでない。
でもとりあえず二階堂パパママには相談しておこうと思う。
私のせいで肝試し中止になったみたいで申し訳ない。部員達に謝罪をしたら、私の悲鳴と警察騒ぎで肝が冷えたからある意味涼しくなったよとフォロー(?)された。
それってどうなんだろう。複雑だ。
■□■
肝試しが不完全燃焼だったのもあり、3日めのバーベキューと花火を楽しみにしている人が多かった。私もそのうちの1人である。
もちろん合宿の目的はインターハイ前強化合宿なので、また空回りしないように、しかし真面目に練習に参加したよ。
昨晩のことだが、夜休む前に二階堂ママに電話で連絡しておいた。縁談のこともあるから、もしかしたら加納家でも調査しているのかもと私の予想を話すと『そうかもね…それにしてはドジな探偵を雇ったものねぇ』と電話口でママが呆れた様子であった。
確かにドジだ。調査対象に気づかれているわ、その他の周りの人間にも不審がられているわ、単独事故起こすわ、警察呼ばれるわで…あの人、探偵向いてないような気がするけど、そんな事言ったらきっと傷ついちゃうよね。もしかしたら小さい頃からの夢だったのかもしれないし……でも向いてないと思う…
監視されるのは気分悪いが、二階堂家も同じことをしている。やましいことがなにもないのなら堂々としていなさいとママに言われたので、私も普通に過ごすこととした。
ズッコケ探偵は…出来れば気配を消してくれるとありがたいんだけどね。インターハイにもついてきたらどうしよう。気が散るんですけど。
「二階堂先輩、昨晩は災難でしたね」
「あー…肝試し中止になって本当にごめんね」
私が率先してバーベキューの準備をしていると1年の…ナントカ君に声を掛けられた。今回色んな1年坊主に声を掛けられまくったけど誰一人名前を覚えられなかった。はて、この彼は誰だったかな…
「いいえ! 先輩は被害者じゃないですか。先輩美人だから大変ですよね。なにか困ったことがあったら言ってください。俺腕力には自信があるんで! 俺、先輩の力になりたいんです!」
「ありがとう。そしたら早速、これを運んでくれる?」
「え? あ…はい」
手伝いを申し出てきたのか。感心、感心。
彼に言われたとおり素直に頼み事をすると、1年君はぽかんとしていた。もしかして今の社交辞令だったりする?
私は首を傾げて1年坊主を見上げた。
「ふん、カッコつけようとするからよ。二階堂先輩、炭火もう入れました?」
「うん。野菜やお肉の準備は完璧?」
「もちろんです。あとマネージャーの広島先輩からこれ渡すように頼まれたんですけど」
「あっイワシ! ありがとう」
そうそう、買い出し前にお金を渡してお使いを頼んでおいたのだよ。私の相棒カルシウム・イワシちゃんだ。
骨は一番大事だと思っているので、今でも継続してカルシウム摂取している。あ、他の栄養素ももちろんちゃんととってるよ? あー…身長19センチ伸びないかなぁ…
「二階堂先輩って暇さえあれば牛乳飲んでますよね」
「身長に恵まれた佐々木さんには理解できない悩みだよ…どんなに頑張っても手に入らないものがこの世には存在するの…」
私は頭一個分身長差のある彼女を見上げて悲壮に訴えた。
セレブな家の娘で、容姿にも恵まれたエリカちゃんには圧倒的に身長が足りない。多分私よりもいいものを食べて成長したはずなのに。
あとついでに全体的に華奢なので怪我しやすい身体だなぁと実感している。骨の作りなのか、筋肉の状態なのか良くわからないけど、笑の身体のときよりも怪我しやすい……いや、私の身体が頑丈だったのかな…鉄の女ならぬ、鋼鉄の肉体…でもサバイバルナイフは貫通したから鋼鉄ではないかな。
「えぇー? 二階堂先輩、身長欲しいんですかー? 背の高い女なんて可愛くないですよ。そのくらいの方がかわいい…」
「ウルサイ。君の感想は聞いていないよ」
横から割って入ってきた1年君が口出ししてきた。その言い方やめろ。背の高い女性も背の低い女性も平均身長の女性も皆違って皆いいんだよ。君のその言い方は聞いているだけで気分悪いわ。
私が真顔で切り捨ててきたのが怖かったのか、1年君は引いていた。私情も入ってちょっと冷たい言い方しちゃったけど、バレー部という高身長の集まりでそういう事言うのはいかがなものかなと思うよ。
「エリカー、そろそろ始めようか」
「二階堂様、お飲み物はお茶とジュース、どちらがよろしいですか?」
怯んだ様子の1年君と、彼を呆れた目で見ている佐々木さんと一緒に炭火を囲んでいた私に、ぴかりんと阿南さんが声を掛けてきた。私の意識はそちらに向く。
「ちょっと今の言い方はきつかった、ごめん。でもそういう事あまり言わないほうがいいよ。…少なくとも私は嬉しくないから」
私も大人げない言い方をしてしまった自覚はあったので軽く謝罪すると、彼の返事は待たずにそこから離れて、友人たちの元へと足を向けた。
外はすっかり真っ暗になった。
バーベキューが始まると、辺りはすごい煙に覆われた。ここが人里離れた山の麓だから許されるけど、これが民家だったら間違いなくクレームを入れられるに違いない。
皆が肉や野菜を食べている中でただ1人、私はイワシを焼いて食べていた。食べながら思い出すのはこれまでの合宿のことだ。
1年目はマネージャーイビリに介入したことで肝試し中に道の悪い場所へと突き落とされた。
去年は肝試し中に心霊写真(地獄からのお迎え)が撮れた。
今年は肝試し中にズッコケ探偵が自損事故起こすし……私は肝試しとの相性がとことん悪いのであろうか……ただ純粋に楽しみたいだけなのに。
「エリカ、折角だし写真撮ろう」
「最後の合宿ですものね、記念になりますわね」
もぐもぐとイワシを貪っていると、ぴかりんがスマホを掲げて撮影のお誘いをしてきた。なので阿南さんとぴかりん、仲のいい部員同士で固まって撮影した。
もしかしてまた地獄の使者が写り込んでいないかなと思ったけど何も映っていなかった。
…そして、写真の中で笑う“二階堂エリカ”は……顔そのものはエリカちゃんのものだけど、エリカちゃんの笑顔ではない。
慎悟の言う、“エリカちゃんがしない表情”っていうのはこういうことなのかな。
転生の輪に入ってしまったエリカちゃんの魂はどこかで転生したのであろうか。
それともあの場に留まっているのであろうか。
……今は寂しい思いをしていないだろうか。…今度は違う形でどこかで会えたら……
「エリカ、どうしたの?」
「えっ、あ…なんでもない」
スマホの画面を見ながらボンヤリ考え事をしている私が不自然に映ったのか、ぴかりんが眉をひそめて顔を覗き込んできた。私は慌てて笑顔を作って誤魔化した。
「まだ食べ足りないからイワシ食べてくるね!」
「せっかくのバーベキューなんだから肉食べたらいいのに」
もしもエリカちゃんの魂を持つ子と再会する事があれば、今度は絶対に彼女の心からの笑顔を見たい。
次に彼女と会えたら今度こそ友達になりたい。あんな別れ方で終わりなのは私が嫌なんだ。
縁があれば…ううん、絶対にまた会えるはず。
もしかしたら男性になっているかもしれないし、人間じゃないかもしれない。
それでも…姿形が変わったとしても、私は彼女を見つけ出してみせる。