バレーは怖くない! 楽しいものなんだよ!
宝生氏のイチャモンから庇ってくれた加納君にお礼を言おうと思って、放課後に彼のクラスに伺ったのだが…出てきた相手の顔を見た私はしょっぱい顔をしてしまった。
「…なんだよエリカ。いきなり呼び出して」
「……昼休みの件で。ありがとうございました」
「…あぁ、あの事か。……お前、本当に大丈夫なのか? 人が変わったみたいだ」
加納君の正体は…以前、私にはバレーなんて出来っこないと鼻で笑った相手だったのだ。あの時は私が噛み付いて終わったのだけど、まさかこの人が庇ってくれたとは……後ろ姿しか見てなかったから気づかなかったー!
しかも私を心配する素振りがある。あれだけエリカちゃんを貶してくれたのに、何だこの人。
「……事件の影響でちょっと記憶障害と言うか人格障害と言うか…」
「…お前、無理してるんじゃないのか? まさか本当に死んだ人の代わりにでもなろうと思ってるのか? お前の代わりに亡くなった人は長身の持ち主で、その上昔からバレーをしていたんだろ? …代わりになれる訳がない」
ぴかりんもこんなこと言ってたけど、みんな私がバレーしてたこと知ってるんだね…ニュースにでも私の個人情報が流れていたのかな。
でも確かに普通ならそう考えるか。今までバレーのバの字も知らない可憐なお嬢様が事件直後に人が変わったようにバレーに夢中になるってちょっとおかしいもんね。
「しかも相手はバレーの強豪校のレギュラー。未経験者のお前が同じようになれるとでも思ってるのか?」
「……私だって戻れるなら戻りたい」
「……え?」
ついポロッと笑としての本音を漏らしてしまったので、咳払いをして誤魔化す。
私だって戻れるなら戻りたいんだよ。でも無理だからここでやろうと決めたんだ。
「…いや、出来たら誠心に編入したいけど、セキュリティ面を考えたらここが一番安全なの」
「セキュリティ面ねぇ…それ以前にお前の身長じゃ誠心に行ってもベンチで終わるだけだろ」
「やかましいわ」
なんでこいつはなんでもかんでも否定して来るかな。親でも友達でもない人に言われてもイラつくだけだわ。
「…それにリベロ…だったか? お前に言われてそれについて調べたけど…リベロは防御のプロフェッショナルなんだろ? 今年始めたばかりのお前には無理だろ」
「…そんなのわからないでしょうが」
「わかるさ。お前は今まで自分の意志で行動したことのない消極的な奴だったんだから。その内無理が祟ってダウンするに決まってる」
「はぁー? 一度も私のプレイを見たこと無いのによくもまぁ!!」
あったまきた! 助けてくれたお礼を言って損した気分だわ!
否定から入って相手の可能性を潰そうとするなんて…そんな権利、コイツにはない!
一瞬でもいい人なのかな? と思ってしまった自分が馬鹿だった。
加納 慎悟 ! お前の顔と名前しっかり覚えたぞ!
加納慎悟は私の反論を半笑いで聞いている。その、人を馬鹿にしくさった顔…むかつくからやめろ…!
あー! むかつくな!!
「今月のクラスマッチ」
「なんだよ?」
「バレー、観に来なさいよ。私の実力を見せつけてやる」
ビシッと宣戦布告のような宣言を加納慎悟に叩きつけると思いっきり睨みつけてやった。
…まだクラスマッチの競技決めの話し合いしてないけど私は絶対バレーに入る! 意地でも入る!
カッとなって加納慎悟に喧嘩を売っていた私だが、その様子を数人のお嬢様方が眉をひそめて見ていることに全く気づくこともなく、そのまま私は鼻息荒く部活へと向かっていったのである。
見てろよ加納慎悟! クラスマッチで私の華麗なスパイクを見てひれ伏すがいい!
■□■
「それじゃあ、今月末に行われるクラスマッチの種目決めを行います」
「ハイッ! 私バレーやります!」
「順番に決めるんでちょっと待っててくださいね二階堂さん」
翌日のHRにクラス委員の司会によってクラスマッチの種目決めが始まったので、私は真っ先に手を上げた。…しかしクラス委員長にスルーされてしまった。
うむぅ、と唸っていると斜め後ろの席に座っているぴかりんが「先走りすぎ」と呟く声が聞こえた。
その後話し合いが進み、バレーの希望者を募る実行委員の言葉に私はクラスの誰よりも早く手を上げ、無事バレーに出場することが叶った。
…バレー人気がなかった。なんでよバレー楽しいじゃないの。
クラスマッチで同じバレーになったのはぴかりんと、その他セレブ生・一般生合わせて補欠含めた7人だ。
私とぴかりん以外の生徒は授業でしかバレーと触れ合ったことのない人ばかり。部活も文化部と帰宅部という…
うーん…私達と同じ練習させてもきついだけだし、それでバレーを嫌いになられるのは嫌だなぁ。慣れてない人にとってバレーは痛い、怖い、上手く返せない難しい競技に感じるだろう。運動神経の有無もあるけど。コツを掴めばそれなりに上手く返せるのよ。
どうやって練習を進めていこうかな…。
3年生の一部が引退してしまったバレー部は少々寂しくなってしまったが、人が減ったからこそ自分もボールを触れる機会が格段に増えた。
今の段階でリベロを目指しているものの、たまに野中さんやぴかりんにトスを上げてもらってスパイクの練習をしたりしている。あとサーブね。
後衛のリベロには必要ないことだけど、私はなんだかんだ言ってもスパイカーを諦められないのだ。
「スパイクやブロックはあたしとエリカでなんとかなるけど、サーブにレシーブとトスくらいは出来てもらわないとね」
「そうなんだよね。まずボールに慣れさせるしか無いかな?」
部活の合間に私はぴかりんにクラスマッチの練習メニューを相談していた。
できれば皆にバレーは楽しいものだと感じて欲しい。痛いとか怖いとかで終わらせてほしくないんだけど。
まだどのクラスも本格的な練習は始まってないのだがボールに親しみを持ってもらいたいと考えた私は翌日、バレーチームの子たちに声をかけようと席を立ったのだが、それを阻むように目の前にザッと3人の少女が立ちはだかった。
「二階堂エリカさん、ちょっとよろしいかしら?」
「…えぇと?」
「1−2の
櫻木 ですわ。…中等部の時同じクラスだったというのにお忘れですの?」
ちょっと巻きすぎじゃない? って位ぐるぐるに巻かれた髪をファッサァと手で払い、敵対心を隠さずに声を掛けてきたのはツリ目がちで気位の高そうな美少女であった。
…そんな事言われても中の人は知らないんだ。
「ゴメンね」
「単刀直入に言いますけどもあなた、慎悟様に近づかないでくださるかしら」
「…ん?」
「慎悟様よ。加納慎悟様」
「…あぁ。オッケーオッケー大丈夫。好みじゃないから」
「はぁ!? あなた何言ってますの!? 失礼な方ね!!」
彼女の望み通り了承したのに巻き毛はキレた。どうしたの。カルシウム足りてる?
「慎悟様は成績優秀・容姿端麗・家柄優良の将来有望株な殿方ですのよ!? それをあなたって人は!」
「…はぁ……」
なんでキレてんのこの人。
じゃあなんて答えたら満足なのよ。
私は大人の男性が好みだ。まだ高1だからなのか加納慎悟は身長も伸び切っておらず華奢だし。それにああいう中性的な美形よりも、親しみ深い普通顔が落ち着く。
しかも松戸笑感覚で言えば年下。範囲外だから安心してよ。
あとどうでもいいけど男性に対して容姿端麗って言葉がどうも馴染めない。線の細い美少年とか美青年にも使えるらしいけど…なんかね。眉目秀麗でいいじゃん。
「聞いてますのっ!?」
「わかったってば半径3メートル以内に近づかないし、なるべく視界に入らないようにするからさ」
巻き毛がキャンキャン何かを喚いていたが、4時間目が始まりそうなのでクラスに帰りなさいとあしらった。この学校個性的な人が多いなぁ。誠心がスポ根校だったから余計にそう感じるのかな。
彼女の両隣にいたこれまた個性的な風貌の女子も何やらピーピー騒いでいたけど名前を忘れてしまった。
えーと…ロリ巨乳と巻き毛と能面ね。オッケーオッケー。違うクラスだろうから避けとけば目は付けられないでしょ。
昼休みになった時に女子バレーボールチームの子たちに声を掛けて、ボールに慣れる練習をしないかと提案をしてみた。
みんな表情が浮かなくて渋々うなずく感じであった。良かれと思って声を掛けたが、相手は乗り気ではなかった。
…なんかごめん…嫌だったかな。
そんな反応が帰ってきて私は少々凹んだ。
だけど凹んではいられない。素人である彼女たちを私とぴかりんがカバーする形となるのだ。
始めは嫌々でも、皆が楽しいと思えるように練習指導頑張ろう!