お嬢様なんて柄じゃない | ナノ お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。

私を惑わせるな、純異性交遊を目指しましょう。




「あっ豆カレーも美味しい」
「笑さんはカレーなら何でもいいんだろ」
「そんな事ないよ。失礼な」

 テストの順位と成績が上がった私は、学年次席の彼氏にカレーをごちそうになった。
 どっちかと言うと私からご褒美をあげなきゃいけない気もするけど……後で以前行ったことのあるショコラ専門店に連れて行こうかなぁ…だけど慎悟は奢られるのが嫌いみたいなんだよねぇ。どうしたものか。

 数カ月ぶりにこのお店にやってきたが、店員のカレーの国の人は相変わらず日本語が上達していなかった。今日も彼は「カレーデス」とメニュー名を省略しながら注文の品を持ってきた。実は面倒くさいからカレーで統一しているのかなとちょっと思っている。
 それでもカレーは美味しい。今日は豆カレーにしたんだ。慎悟は辛さ控えめのイエローカレーを注文していた。

「ねぇ、公園でボートに乗った後は、あの百貨店のショコラ専門店でお茶しよう」
「前と行き先が同じになるぞ?」
「公園でボートに乗るじゃない。ちょっと違うでしょ? …私はチョコレートを食べて幸せそうな顔をする慎悟が見たいなぁ」

 とは言っても、食事中の慎悟は表情をあまり変えない。いつも静かに食べているので、美味しいのかまずいのかはよくわからない。……彼は気づいていないかもしれないが、チョコレートを食べている慎悟はかすかに頬が緩んでいるのだ。美味しいんだろうな、好きなんだろうなというのが伝わってくるのだ。
 今は私の好きなものに付き合ってくれているのだ。次は慎悟の番だ。

「それに私も別のメニューを頼んでみたいんだ」

 チョコレートを加工した物を食べることはあるけど、チョコレートオンリー・カカオ含有量多めのチョコレートを食べることはそう多くない。こういった機会がないと食べないだろう。
 
「…いいけど、飲食代は俺が出すからな」
「えぇ、割り勘でいいじゃないの。…まだ以前のこと根に持ってるの…?」

 初めてのカレーデートのときに私がお茶代(お土産付き)を支払ったことを根に持っているらしい。慎悟は絶対に奢られたくないみたい。その意地は何処からやってくるのであろうか。
 言い出しっぺは私だ。それに優秀な成績を収めた慎悟に私だってご褒美を与えたいのに、なんでまた私がごちそうになるのだ。…だけど無理やりおごったら、前回のように慎悟が凹む気がするんだ。
 毎回貰ってばかりだと気が引けるんだよなぁ。この辺り私はまだセレブに馴染めていないのだろう。

「じゃあボート使用料は私が払う! それだけは譲らないから!」
「…そうしたいなら別にいいけど」
「よし!」

 話はそれでまとまった。
 それよりも今日は私が行きたい場所中心に進んでいるけど、慎悟が行きたい場所はないのかな。

「今度はさ、慎悟が行きたい場所に行こう。だから行きたい場所を考えておいて! 海でも山でも、どこまでもついていくから」
 
 私がそう言い切ると、慎悟は一瞬沈黙してため息を吐いていた。

「それ、あんたが行きたいところだろ?」
「あ、ばれた?」

 山なら部活の強化合宿で行くけど、そこには慎悟がいないんだもん。ちょっといつもと違うことがしてみたいじゃないの。

「別に本屋でも図書館でもいいんだよー? 私の行きたい場所ばかりつき合わせるのも心苦しいんだよ」
「別に気にしてないんだけどな。…とりあえず考えておくよ」
「そうして」

 慎悟の家は二階堂家と同じで、洋服を時期ごとにまとめて買い換えるようで、必要なものはほぼインターネットや外商で揃えてしまう。
 外に出て買うようなものがないからウィンドウショッピングをしてもそれだけで終わってしまうんだよね。……あ、でも面白い雑貨屋さんに連れて行ったら慎悟も楽しめるかな。百貨店そばにそういう店がないか探索しに行くのも悪くないかも。

「ごちそうさまでした」
「どういたしまして」

 私はカレーを完食すると、ごちそうしてくれた慎悟にごちそうさまの挨拶をした。ついでにカレーの国の人にも美味しかったと伝えておいた。
 店員の彼はにっこり笑っていたから「美味しかった」という単語は理解しているようである。


■□■


「ちょっと、ちょっとだけだから」
「ダメ。何かあったら困るのは笑さんだ」
「一回、一回だけでいいから…!」

 カレー店を出た私達は、腹ごなしに歩いて公園まで向かい、公園周りをグルッと一周した。そして、ボート乗り場で料金を払って、手漕ぎボートに乗り込んだのだが……慎悟が両手でオール操作している姿を見ていると私もそれをやりたくなったのだ。

 それで冒頭のやり取りである。
 慎悟が心配してくれてんのはわかるけど、ちょっと位いいじゃないの! 私はカヌー経験もあるのよ! 自分の体で、しかも誠心高校の遠足という名の訓練でだけど。
 何もしないで座っているのがムズムズするんだよ!
 私が慎悟の手からオールを奪おうと、バランスを取りながら腰を浮かしたその瞬間、慎悟がハッとした顔をしていた。

「危ない笑さん!」
「え?」

 ──その直後だ。
 ゴシャァン! と船体の金属がぶつかる鈍い音が斜め後ろから聞こえてきたと同時に、ボートに強い衝撃が走ったのだ。その反動で中腰状態になっていた私はバランスを崩した。

「う…わ、わわ…」

 とっさの反応で体勢を立て直そうとしたが、結構な衝撃だったため、身体が横にぐらりと傾き、ボートの外に投げ出されそうになった。
 やっべ、デートで湖にドボンとか…忘れられない思い出間違いなし…!
 中腰になったのが災いしたのだ。私は為す術もなく湖に投げ出されそうになっていた。
 
 だが、そんな私を間一髪で助けてくれたのは目の前にいた慎悟である。彼はオールから手を離して、片手で船体のフチを掴み、もう片方の手で私の手首を力強く引っ張ってきたのだ。
 力が余って、慎悟の腕に飛び込む形になってしまった。だが彼が庇ってくれたお陰で、私は何処もぶつけなかった。

「すいませーん!」
「ばか! お前ふざけすぎなんだよ!」

 どうやら、スワンボートに乗っていた学生たちが前方確認せずにハンドル急旋回して、こちらの手漕ぎボートにぶつかってきたらしい。相手がスワンボートから身を乗り出してヘラヘラと謝罪してきた。
 私は慎悟の胸にしがみついたまま、ドッドッドッと激しく打ち鳴らす心臓を抑えていた。あぁぁびっくりしたぁ…なんだよ、接触事故かよ…

「危ないではないですか。水上でふざけないでください。彼女になにかあったらどうしてくれるんですか」

 険しい顔をした慎悟がその学生たちに苦情を言っていた。本当だよ、水は怖いんだよ。泳げる人でさえ溺れて亡くなることもあるんだ。ふざけるなよ本当に。 
 学生たちは平謝りすると、スワンボートで逃亡していった。追いかけようにもこちらは手漕ぎボートだ。危険なので、見逃す形になってしまった。

「大丈夫か? 怪我は」
「私はあんたに庇われたから平気! 私よりも慎悟だよ! 痛いところない? ごめんね、私が中腰にならなければここまでひどくはならなかっただろうに」

 私を受け止めるときに背中を打ち付けたんじゃないのか? 痛かっただろうに。
 私のことを心配してくれるのは嬉しいけど、自分の心配をして欲しい。

「俺は大丈夫。笑さんに怪我がなくてよかった」 

 こんな時くらい痛いと言ってくれたらいいのに。…助けてくれたことといい、相手にビシッと言ってくれた。男らしいそんな所にときめいちゃったじゃないか。湖にドボン危機&ときめき、2つの意味で心臓がやかましいよ。
 ぶつけた箇所が何処かは不明だが、腕を回して慎悟の背中を擦ってあげた。痛かっただろう。ごめんね、ありがとう。
 慎悟は黙ってされるがままである。
 
 …ふと気づいたんだけど、私と慎悟はボート中で密着している。端から見れば私から抱きついているように見えるであろう。付き合っている今となってはそれは今更なんだけど……いかん、また私は清く正しい交際から逸脱しようとしているじゃないか…。

「ごめん…接触過多だった…」

 やましい気持ちがあったんじゃないよ…。私はただ痛む場所を撫でていただけだ。
 そう自分に言い訳をして、慎悟からそっと離れた。彼の顔を見るのが恥ずかしくて目をそらしていたが、自分の顔が熱いのでそれは相手にバレバレかもしれない。

 戻りは私がボートを操作するつもりで、操縦席に着こうと体を動かしたのだが、腰に腕が回されてそれを阻止された。

「ちょ、」

 慎悟が身体を拘束して、唇に吸い付いてきたのだ。
 しかしここは湖の上。私達はボートに乗っているのだ。先程のように他にもボートを利用している人がいるのだ。慎悟はその辺を気にする性格だと思っていたのに、まさかの行動に私はちょっと混乱していた。
 言っておくが私は、人に見られて興奮する性癖ではない。2人きりの時にこういう事はしたいのだ。だからそれを伝えようと慎悟のすべすべの頬を両手で掴んで引き剥がそうとしたのだが、ダメだった。

 一旦唇が離れても、角度を変えてまた重なる唇。こういう時はいつも慎悟のほうが一枚上手だ。私はあっぷあっぷと水に溺れるように、慎悟のペースに巻き込まれてしまう。
 慎悟とのキスは好きだよ、幸せな気持ちになるもの。だけど今の私は恥ずかしくて恥ずかしくてたまらないのだよ!
 急に豹変した慎悟に唇を貪られ、その後しばらく解放してもらえず、解放された後は恥ずかしくてますます顔を上げられなくなった。

「誰かに見られていたらどうするの…」
「つい欲望が抑えきれなくて」
「それ、なんか前にも聞いた言い訳…」
「これで我慢しているんだ、大目に見てくれ」
「この青少年…!」

 いやわかってんだよ。慎悟だって男だ。わかってんだ。私だってそこまでアホじゃないんだぞ。わかっているんだってば。
 だけど私達はセレブ。清く正しい交際を求められているのだ。一時の衝動を起こしたらまずいのだ。

「…私がしっかりしなきゃ…目指せ、純異性交遊…」

 ここで私がしっかりセーブしないとダメだ。いつも年上ぶっているんだから、私がきっちり舵取りしなきゃね!

「…心配しなくても、責任は取るよ」
「いきなり口説くのやめようか!」

 私が顔を上げて慎悟に注意すると、慎悟はそれはそれはおかしそうに笑っていた。
 またこいつは私のことを笑いおって…!

「ていうか私が漕ぐからオール貸して」
「もう着くから諦めろ。…ほら着いた」
「…漕ぎたかったなぁ…」

 慎悟は先にボートから地上に上がると、私に手を貸してくれたので、軽々上陸することに成功した。
 慎悟はやっぱり腕力がある。スカッシュとやらはそんなに力を使うのかな? いやボルタリングという可能性もあるが。
 …出会った頃よりは身体も大きくなって逞しくなったが、慎悟は筋肉隆々ではない。だから力無さそうに見えるんだ。いや……慎悟の美麗な顔で筋肉隆々は似合わないけどさ。バランスが悪いよね。
 それはともかく湖に落ちなくてよかった。あの学生たち、ボート小屋の職員さんに自首したのかな、……絶対にスワンボートの何処か凹んでいると思う…

 ボートを漕ぎたいという私の望みは最後まで叶うこと無く、私達は湖公園を後にしたのであった。




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mokuji
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