お嬢様なんて柄じゃない | ナノ さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。

二階堂エリカの独白【二階堂エリカ視点】



 私の父は祖父の代から続く会社を経営している。
 祖父が一から興し、大きく成長させた二階堂の会社。始めは小さな1つの会社だったのだが、どんどん規模が大きくなり、様々な分野で活躍するようになった。業務の細分化を図るために分社化した今では二階堂の縁者が分担してそれぞれの会社を経営するように。
 彼らが経営する企業は国内だけでなく海外でも名の通った企業という自負がある。

 そういう家に生まれたからこそ、親の決めた相手と結婚するのが当然だと私は思っていた。世の中では自由恋愛、自由な結婚が主流になっているけども、私は親が吟味して決めた相手だからという安心感があった。
 それに5歳の時からの婚約者だ。それが当たり前であると思っていたのだ。

 忙しい両親はほぼ不在で、私は昔から二階堂家のお手伝いさんに育てられたようなもの。
 時折会う両親は私を気遣う素振りはあるもののどこか他人のような気がして、私はいつの間にか両親に本心を明かさない子供になっていた。お手伝いさんのほうが話しやすかったけど、彼女たちは雇われているから私の面倒を見てくれる他人だ。だからやっぱり遠慮してしまうことが多かった。

 そんな私が甘えることの出来る相手は婚約者の倫也さんだけだった。
 彼の婚約者として恥じないように自分ができることを頑張ってきた。お稽古事に行儀作法やお勉強。苦手なお料理も頑張ったし、綺麗になれるように自分の外見にも気を遣った。

 倫也さんは「いい加減友達を作れ」「俺にも付き合いがあるから」と私をあしらう事もあったけど…私はこの学校に馴染めずにいた。
 気位の高い裕福な家庭出身者と、彼らと仲の悪い一般生の確執は、関わっていない私にまで降り掛かってきていた。ギスギスした学校は居心地が悪く…とてもじゃないけど友人を作りたいなんて思えなかった。そもそも私にはハードルが高すぎたのだ。
 だから誰のことも信用できなくて私は余計に倫也さんに依存してしまっていた。それは良くない事だとは自分でもわかっていたけども、人見知りな部分がある私は学校で浮いた存在となっていた。


 状況が変わったのは高等部に上がってから。
 
 今まで私生児だったけども、父親に認知されたのをきっかけに外部入学してきた瑞沢姫乃さんという方が入学してから、学校の雰囲気は一様に変わった。
 彼女は天真爛漫でとても愛らしい方だったけども、それは男性に対してだけ。女性に対しては…あまり、よろしい態度ではなかった。

 私もちょっと彼女に物申されたことがあるけども、私が倫也さんの婚約者である事実は変わらないし、これは家同士の同盟でもあるのだと反論をすると彼女に

『そんなのおかしいわ! 倫也君を解放してあげて!』
 
 と怒鳴られてしまった。
 そうは言っても親同士会社同士が絡んだ話だし、私は倫也さんをお慕いしている。だからそれに素直にハイと応じるわけがない。
 だいたい彼女は倫也さんと親しくしている上に他の男子生徒とも親しくしているようで、その方々は揃いに揃って美男子揃い。その上婚約者のいる御曹司だ。

 そんな人の訴えが心に響くと思うかしら?

 だから私は瑞沢さんを全く相手にしなかった。
 男性の浮気は一時の気の迷いとお稽古先のおばさまも仰っていたもの。カッカとせずに気長に見守ってあげようと思っていたのだけど…


バシッ
「……倫也さん?」
「お前がそんな女とは知らなかったぞ。二階堂エリカ」
「…え?」

 私はある日学校の廊下で倫也さんにぶたれた。
 いきなりのことで訳が分からず、じんじんと熱を持ち始めた頬を抑えて呆然と彼を見上げた。
 彼の後ろには泣き腫らした顔の瑞沢姫乃の姿。彼女の頬は赤く腫れており、制服もところどころ薄汚れていた。…一体何が…

「お前が姫乃に嫌がらせしたんだろう! いっつもやかましく口出ししてきて!」
「…どういう事? 私は何も…」
「黙れ! …お前なんかな、親に言われたから仕方なく相手してやってたんだよ! おとなしくしてればそれなりの扱いをしてやろうとは思ってたが気が変わった」

 倫也さんは私を嫌悪の表情で睨みつけながら、私に人差し指を突きつけてきた。

「お前みたいな根暗で、人を使って嫌がらせをするような卑怯な女、こっちから願い下げだ! お前との婚約は破棄させてもらう!」

 彼のその宣言に私は目を見開いた。
 なぜ?
 私が何をしたというの。
 私はその子に何もしてないのに。…人を使ってって…どういう事なの?

 …それに、そんな事をしては、

「そんな、そんな事出来るはずがないでしょう! 家同士の婚約なのよ!? そんな事しては」
「俺にいつもくっついてきて鬱陶しいんだよお前! 女友達の一人もいない、お前みたいなつまらない女を誰が好きになるんだよ!」
「!」

 そんな風に思われていたなんて知らなかった私はガラガラと心が崩れていく感覚を味わった。


 私の世界は倫也さんだった。
 両親とは縁が薄く、他人のようであった私は寂しくて彼に依存していた。
 彼はきっと私を婚約者として大切に思ってくれているはず。…そう思っていたけどそうじゃなかったのか。

 私はずっと、彼に嫌われていたのか。

 私はそれがショックで、涙をぼろぼろ流しながらそこに立ち尽くしていた。
 学校の廊下の真ん中での出来事だったため他の生徒達が私をジロジロ見てくる見世物状態となっていたが、私にはそれを気にする余裕もなくて。


 …あぁそうか。私は誰にも必要とされていない。
 …誰にも愛してもらえないのか…
 婚約破棄されたら私には何の価値もないし、私はこれで一人ぼっちになってしまった。
 両親の負担にならないように私は頑張ってきたのに。 
 倫也さんが好きだから、彼にふさわしい女性になろうと努力したのに。
 
 ……私は何のために存在しているんだろうか?



 私はそのままフラフラと学校を出て、迎えの車を待たずに普段乗らない市営バスに乗車した。

 自分の知らないところに行きたかった。どこか遠くへ。
 きっと衝動的な行動だったのだと思う。

 だけど、その時の私はとてもじゃないけど冷静にはなれなくて……悲しくて寂しくて、耐えきれなかった。


 バスの窓から流れる風景をぼんやりと眺めていた私にその後、凶刃が襲いかかるなんてそんな事誰が思っただろうか。
 なんの宛もなくなんとなく降り立ったバス停で、どこの誰とも知らない気の狂った少年が私を人質に取り、首元にナイフを当てられた時…私は死を覚悟した。

 なんてつまらない人生だったのだろうか。
 私はこんな死に方をしてつまらない人生を終えるのかと心のどこかで思いつつ、死にたくないと叫ぶ自分がいたのに気づいていた。

 私に向けて振り下ろされるナイフ。刃が刺さる痛みを覚悟して目をぎゅっと閉じていた私だったが、その次の瞬間ドンッと全身に衝撃を感じ、誰かが私を抱きしめた感覚がした。
 自分を包む温かい腕の存在に目を開けた。私の視界には短く切り揃えられた誰かの髪と耳。そしてその後ろで楽しそうに笑いながらナイフを振り下ろす狂人の姿。

 血飛沫を立てて肉を突き刺す音に私は硬直していた。そして私を庇う誰かの血が辺りに飛び散り、辺りは悲鳴で大混乱。
 だけど私は悲鳴なんてあげることは出来なかった。

 ねぇ、どうして? 
 どうして私なんか庇うの?

 ……どうして、笑っているの……?

 最期の瞬間、彼女は私を見て笑ったのだ。



 彼女が息を引き取った瞬間、つられるようにして私も意識を失った。

 外傷を負っていない私が何故そこにいたのかはわからないけど、この世とあの世の狭間で……彼女が川を渡っているのを見た瞬間、私は衝動的に行動を移していた。

 あの時死ぬべきは私だった。
 あなたは生きないといけない。

 どうせ私は誰にも必要とされていない。
 だから、お詫びにせめて私の身体を。


 
 …彼女が、私の身体で幸せになれたらそれでいい。どうか幸せになってほしい。

 ……最後くらい私、役に立てたかしら?
 


 

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mokuji
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