生意気な下級生には容赦しないよ。グラウンド10周してきなさい。
「あのー二階堂せんぱぁい、お聞きしてもいいですか−?」
「ん? なにどうしたの?」
新入生が入部して早半月が経過したある日。部活に精を出していた私に1年生の後輩たちが話しかけてきた。
なんだろう、質問かなと思って応対したのだが、その中のひとりは私を見下ろしてニヤニヤと笑っていた。
「あのー、レギュラーの座はいくらで買ったんですかぁ?」
「…へ?」
一般入学のその1年生達は、私が金の力でレギュラー入りしたのだと思っているようだった。
「いや、お金は払ってないよ?」
「でもセレブ生ってぇ、沢山寄付金出してるんでしょ? ありえないことはないですよねぇ?」
「…両親はここの卒業生でもあるから、寄付金を出しているけども…私の部活動に関しては一切触れていないよ。そういう言い方は不愉快だから止めてくれる?」
ここでナメられてたまるものか。
だいたい私は先輩だ。先輩だからって偉そうにするつもりはないけど、それなりの礼儀というものがあるだろうが。
「だって…ふっ、先輩ってチビじゃないですかー」
めっちゃ見下されている……鼻で笑うなよ。傷つくだろ。
「……そうね、バレーの選手としては致命的な欠点だと自覚してるよ。その代わりに私はそれなりの努力はしている。…あのさ、私は先輩なの。この部活動の先輩なのよ。その舐め腐った態度を改めなさい」
いくらかキーを落として低めの声で威嚇してみたが、1年達は「こわーい」と全然怖くなさそうな反応をしてきた。きゃらきゃらと笑って私を見下ろすその態度は完全に馬鹿にしていることがわかる。
…英学院の生徒なのに…やることがレベル低いなぁ。…もうそろそろ短気な私が飛び出てきそうな気がしていた。この1年共…調子に乗りやがって…
「あ、もしかしてコーチに色仕掛けしたとか」
「見た目は美人ですもんねー」
私の我慢はスパーンと炸裂した。私とコーチに対する侮辱である。聞き逃してやらん。
1年たちを見渡して睨みつけると、私は静かな声で言った。
「グラウンドを10周してきなさい」
「…え?」
「聞こえなかった? 10周してこいって言ったの。そこまでエネルギーが有り余っているなら全然楽勝でしょ?」
「なんで…!」
「黙りなさい! 今の自分の態度を顧みてみなさい! あんた達は中学の部活動でなにを習ってきたの! 人を馬鹿にして見下すことを習ってきたの!? そんなつまらない人間は英学院のバレー部には相応しくない! あんた達の性根を叩き直してやるわ!」
私がブチ切れるとは思っていなかったらしい1年たちは固まっていた。私が「ボサッとしてないで、はよ走ってこい!」と怒鳴り立てると、逃げるように体育館を飛び出していった。
…これで本当に走ってくるかはわからないが、このまま活動をさせたくはない。他の部活生に悪影響が及ぶ。…所詮部活動だからってナメてもらったら困る。
…私のことが信用できないのなら、私を追い抜くほどの実力を見せて、私を引きずり落とせばいい。ただし、私もただでは負けてやらん。
バレーはチームワークが重要だ。仲間を信用しないで良いプレイが出来るとでも思っているのか? まだ出会って間もない私のことが信用できないにしても、その態度は駄目だ。証拠もないのに勝手に人をズルしてのし上がったみたいな言い方をして…!
「見事なご指導でしたわ」
「ごめんエリカ…あいつらこっちの言うこと聞かないんだよね…今年の1年は差がありすぎるよ…」
私がフンッと鼻を鳴らして、体育館の出入り口を睨みつけていると、阿南さんとぴかりんが声を掛けてきた。さては私がキレるとわかってて見守っていたな?
女子バレー部部長となったぴかりんは既にお疲れ気味だ。副部長の子も1年の指導に奔走していて大変そう。新入生も真面目な子は本当に一生懸命なんだけどね。
「あの…」
「…神崎さん? どうしたの?」
「すみませんでした。同じ1年の人達が」
スポーツ特待生推薦入試の日にばったり遭遇したあの神崎さんは神妙な顔をして私達に謝罪してきた。
何故彼女が謝罪するのかわからなくて、私達は反応が鈍くなった。
「え? いやいや、あなたが謝る必要は」
「さっきの1年の中に、同じ中学出身の子がいたんです。…中学の時は真面目な子だったのに…私からも注意しておきますので…」
自分のことのように反省して謝罪する神崎さん。初対面の時も感じたけど、この神崎さんは真面目な子のようだ。生前の
松戸笑 に憧れて中学でバレー部に入った彼女はその身長を生かして、中学の大会で活躍したそうだ。
本当は私の母校である誠心高校への入学を目指していたそうだが、家が遠すぎて親に反対されたので、県内で2番目にバレーが強い英学院にスポーツ特待生制度があると知って、通学距離範囲内であるこの学校への進学を決めたそうだ。
彼女はすごくいい目をしている。…きっといい選手になれるだろう。身長も前の私と同じ位あるし、これから伸びるかもしれない。
それに高校生の間は技術の伸びも著しい。…もしかしたら、彼女が目指すスパイカーの座を奪われてしまうかもしれないなと私は危機感を抱いていたりする。
ひと月とちょっと後の6月にインターハイ地区予選が行われる。私はレギュラー出場が決まっており、さっきの1年はそれが気に入らなかったのであろう。
だけど入学してすぐにインターハイ予選出場できるのは余程優秀な選手だけよ? 私だって秋口に行われた春高予選大会からのレギュラー出場だったし…悔しいならバレーにぶつけたらいいのに…扱いの難しい1年が多いな…
私は楽しくバレーがしたい。1年が入ってきてワクワクだったのに、余計なところで疲れてしまって…楽しさが半減していた。
■□■
あの後も、一部の新入生は反抗的態度を取ってきた。
その度に私は教育的指導で罰則を与えたり、説教したりして、今ではすっかり口うるさい先輩として見られていた。真面目に頑張っている1年生にも怖がられてしまい、とても悲しい。
「…はぁ…」
「…どうした? 放課後なのにため息なんか吐いて」
「……」
私のテンションの低さに異変を感じたらしい慎悟が心配してきた。
そりゃそうだ、私はなんたってバレー馬鹿。バレーに生きてきた私が部活の時間を前にテンションが低いだなんておかしいと思われても仕方がないのだ。異常事態であろう。
「…1年の新入部員にナメられて、指導するのに疲れた」
「…あんたが? …何処の命知らずだ」
どういう意味だそれ。私は鬼かなにかか。
「特待生でもなんでもない一般生なんだけど…この低い身長でレギュラーなことを馬鹿にされるんだ…」
私がセレブ生だから単に気に入らないのか、誠心高校の元チームメイトの江頭さんのような仲間の足を引っ張りたいタイプなのか…
「…身長が、欲しい…」
「……」
落ち込む私の頭を慎悟が無言で撫でてきた。流石にここでトドメは刺さないようだ。
……誠心高校だったらナメた口をきく新入生は容赦なく(練習で)ボコボコにされるんだけど、いじめへの進展問題もあるし、今はそういうのに厳しいから、誠心流の指導はできないんだよなぁ…
部活の先輩として後輩のこれからと、バレー部の事を考えた指導をしているつもりだけど……それが彼女達には伝わらない。どうすればいいのか…
彼女達はバレーを好きじゃないのか? 何のためにバレー部に入ったんだ? …例え私をレギュラーから外されても、彼女達がレギュラー入りできるとは限らないんだよ? 私が駄目でも2年のスパイカー候補がいるのだもの。
未だ椅子に座った状態の私は、隣に立つ慎悟のお腹に寄りかかって頭を預けて甘えた。慎悟にはしたないと怒られるかなと思ったけど、そのままの状態でいてくれた。
「二階堂先輩!」
「!? …神崎さん? …どうしたの?」
突然3年のクラスに押しかけてきた神崎さんは慌てた様子であった。帰り途中の同級生たちが驚いた様子で神崎さんを凝視していた。
私は慎悟のお腹から頭を離して立ち上がると、彼女がいる教室の出入り口に駆け寄った。神崎さんはここまで走ってきたようで、軽く息を切らしていたが、息を整えること無く矢継ぎ早に報告し始めた。
「部長が! 佐々木さん達の発言に激怒しているんです!」
「…ぴかりんが?」
激怒。
それならここ最近良く見かける風景だけど、部長のぴかりんや副部長が怒っても…彼女達口では「すいませーん」と反省しているけど、その実飄々としているよね。
神崎さんもそれを見兼ねて彼女達へ注意しているし、その風景には見慣れているものだと思っていたんだけど…
だけど神崎さんが焦っているのはそのことではないみたいだ。
「…部長に聞かれちゃったんです。佐々木さん達が『二階堂先輩がスパイカーとか、英学院もレベルが堕ちたんだね』『スパイカーの座なんて簡単に奪える』『なんならレギュラー総入れ替えも夢じゃないよね』『金の力ってすごいよね』って馬鹿にしているのを」
「……」
私は引きつった顔をするしか出来なかった。
何故そこまで見下されなければならないのか。身長が低いのが不利だってことは私が一番、痛いくらい理解しているさ。だけどスパイカーとしてプレイすることが諦められないから、私は工夫しているつもりだ。リベロを担当したことあるけど、自分のスタイルに合わないんだもん。
…この高校に入学するならさ、去年や今年の英学院の出場試合映像とか見なかったのかな?
私、これでも相手チームから何度も何度もポイント奪ってたんだよ? 入学する高校の部活に入ると決めているなら、それなりに強い部活なら下調べするでしょう。もしかして私のプレイスタイルがよくなかったのか?
神崎さんは半泣き状態だ。余程ぴかりんがキレている姿が怖かったのだろう。私も短気だけど、ぴかりんも短気な性格だからなぁ…後でちょっとぴかりんに注意しておくよ。そんな泣き顔しないで。
多分今までのことが積み重なってのことだろうし。
「…それで、阿南先輩が…」
「…阿南さんが?」
いつも落ち着いている阿南さんなら、短気なぴかりんを冷静に止めてくれているはずだ。
だけどそうではなかったらしい。
「阿南先輩が…1年対3年でプレイして、勝ったほうがインターハイ予選にレギュラー入り出来ることにしましょう…って」
「…………はっ!?」
「それに負けたら、二度と上級生に向かって反抗的な態度を取らないで欲しいと言って…」
前言撤回だ。
阿南さんも頭に血が上っているらしい。とんでもない勝負を突きつけたようである。
レギュラー変更とか一体何を言っているんだ彼女は。