お嬢様なんて柄じゃない | ナノ お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。

ペロ熱烈歓迎。デートがてら弟の入学祝いを渡しに帰ってきました。



 一月ぶりに実家に帰ってきた。
 今回は1人だけでなく、慎悟も一緒にである。

「はじめまして、加納慎悟と申します」
「…あらーどうもー…笑の母ですー。…かなりのイケメンじゃないの。ちょっと笑、あんた…なかなかやるわねぇ…」

 私がペロの熱烈な歓迎を受けている間に、慎悟が私の実母に挨拶をしていた。彼氏を連れてくるとは事前に連絡していたが、慎悟の御尊顔を実際に目にしたお母さんは目が飛び出るくらい驚いている。
 そりゃそうよね。慎悟ほどの顔面偏差値の男はなかなかお目にかかれないよね。…私も想像すらしなかったよ。

「フグッ、ガフッ」

 興奮しすぎて咽ているペロの背中を撫でながら、ペロを慎悟に紹介する。

「この子がペロ。私に一番懐いていて、エリカちゃんに憑依した私を一番に気付いてくれた子なんだよ」
「…笑さんは犬が好きなのか。…エリカはひどい犬嫌いで、犬に嫌われる体質だったのに…身体は関係ないんだな」
「それ、ママたちも言ってた」

 エリカちゃんの犬嫌いエピソードを二階堂ママとお茶している時に伺ったことがある。
 エリカちゃんが幼い頃、見かけた小型犬を触って噛みつかれたことが始まりで、犬から追いかけ回されたり、ひどく吠えられたり、噛みつかれたり……まぁ、相性が悪かったらしい。
 もしかしたら犬の機嫌が悪かったとか、エリカちゃんがまずい行動をしていたとかの偶然が重なったのかもしれないし…なんとも言えない。
 ペロはしゃがみ込んでいる慎悟の膝に前足を乗せて歓迎モードでお出迎えしている。フリフリとご機嫌に振られているしっぽがその証である。

 先月サプライズ卒業式イベントで実家に帰った私だけれども、今日は渉の高校入学祝いで帰ってきたのだ。
 早速男子バレー部に入部した渉は、強豪校の洗礼を受けて毎日ボコボコにされているようだが、そこは私の弟だ。粘り強く耐えきっているみたいだ。

「あの子ねー最近ぐんぐん身長伸びてるの。学校の制服は大きめに作ったけど…何度か買い換える必要がありそうなのよ…」
「いいなぁ…」
「…身長のことはもう諦めろよ…」

 慎悟やめろ。そんな哀れみに満ちた目で私を見るな…! 人間には…か、可能性…うぅ…
 私の視界が涙で滲んだ。

 いくら成長期だから仕方ないといえど、一般家庭でのその出費はなかなか痛いだろう。制服って高いもんね。同時に体操服やユニフォーム、靴も買い換えることになるだろう。多分私のときよりも頻繁に買い換える必要が出てきそう…。お母さんは出費のことを考えて憂鬱そうな顔をしていた。
 この間久々に会った弟は慎悟よりも背が高くなっていた。今の慎悟は生前の私と同じくらい。…松戸家の男は身長が高いからな。親戚のおじさんもお祖父ちゃんも長身だもの。渉もあっという間に180超すんじゃないかな。…下手したら2m超えしたりして…あり得る。

「もうちょっとしたら渉が帰ってくると思うから、それまで2人はゆっくり過ごしてて」

 お母さんにそう言われたので飲み物とお菓子をもらって、私が使っていた部屋に慎悟を案内した。
 ペロはお尻をぷりぷりと揺らしながら私達の前を先導する。階段も何のそので軽々登っていた。
 慎悟の部屋とは違って一般家庭のこじんまりとした一室だからか、慎悟が興味深そうに部屋を眺めていた。面白いものは特にないと思う…見られて恥ずかしいものもないはずだ。
 部屋を観察していた彼の視線はとある一点に集中していた。

「…あれ、試合で着ていたユニフォームか?」
「そうだよ。高1の春高大会と予選大会で着用したユニフォーム」
「…手に取ってもみてもいいか?」
「? …いいけど別に」

 そんな申し出を私は疑問に思ったけど了承した。
 慎悟は壁にかかっているユニフォームに手を伸ばすと、それを手に取って何やら真剣に眺めていた。
 声を掛けにくい雰囲気だったので私は、横にピッタリくっついて座っているペロの背中をワシワシと無言で撫でていた。ペロがフスフス鼻息を荒げている音だけが部屋に響いていてちょっとだけ異様だ。
 何分か経過した後に、満足した様子の慎悟がこちらに戻って来て私の隣に座った。

「…何だったの?」
「…笑さんの生前の姿を思い描いていた。…引くか?」
「…慎悟、あんたどれだけ私のことが好きなの?」

 引かないけど、照れくさいわ。
 わたし の姿を思い描くとか…嬉しいし、恥ずかしいんですけど…「悪いか?」と恥ずかしそうに呟く慎悟はとても可愛かった。胸の奥から愛おしさが溢れ出しそうだ。
 私は彼の顔を覗き込んで一言呟く。

「…可愛いね…」
「…それは男に言うセリフじゃないからな?」
 
 いやいやいや。今のあんたのその姿、誰がどう見ても可愛いと言う感想しかわかないと思うよ?

「…私もそんなあんたが好きだよ?」
「……」

 好きっていうのはまだ照れくさいけど、今まで慎悟は私に好きという気持ちを真正面からぶつけてきてくれた。なら私もそれをお返ししなくては。
 もう後悔はしたくないのだ。好きという気持ちを隠すこと無く、彼に伝えよう。
 慎悟はむず痒そうな顔をしていた。照れている顔を見せたくないのか、ニヤけるのを我慢しているようだ。…素直に笑えばいいのに。

「笑ってよ。笑うのはいいことなんだから」
「…だってあんたはすぐに可愛いと子ども扱いするじゃないか」
「子ども扱いじゃないよ。慎悟は子どもじゃないでしょ? 私は子どもとどうこうするつもりはないよ?」

 本音で言っているだけなのに、嫌なのか。でもやっぱり、その反応はカッコいいと言うより可愛いという感想しか出てこないのだよ。
 私は慎悟の瞳を見つめながら首を傾げた。慎悟も私をじっと見つめてくる。エリカちゃんの中にいる私を見つめるかのように。
 ゆっくりと慎悟の手がこちらへと伸びてきて、そっと頬を撫でられた。慎悟の顔が近づいて来たので私は目を閉じた。

「フガッ、ハフッ」
「……」
「…こら、ペロステイしなさい」
「ガフッ」

 何やらペロが興奮しだしたので、私達はそこでストップした。ペロは私と慎悟の間に割って入ってきて、仲間に入れろとばかりにはしゃいでいた。

「ペロも慎悟とキスしたいの?」
「…おい…」

 ペロはオスだけど、犬なので関係ないかな。ペロの体を持ち上げて、ペロを落ち着かせるようにお腹を撫でる。
 だがペロは興奮状態から冷めない。なにがペロを興奮状態にさせたのか謎だ。

「でもゴメンね? 慎悟の唇は私が先約なの」

 当然のことながら犬には理解できない単語だ。ペロは自分の口周りをペロペロ舐めながらワクワクした様子でしっぽを振っている。
 いい雰囲気がペロに持っていかれてしまい、慎悟は諦めた様子だった。なんだか可哀想である。
 私はペロを床に下ろすと、膝立ちして慎悟の首元に抱きついた。ちょっとだけ恥ずかしい。だけどたまには私が積極的にリードしてあげなきゃいけないと思うんだ。
 驚いて固まった様子の慎悟の頬に軽く掠るようなキスをすると、パッと離れて腰を落ち着けた。

「……」
「これで我慢して」

 自分からキスしに行くのはハードルが高い。まだもうちょっと時間が必要である。ほっぺにキスでもキスはキスだからいいでしょうが。
 でも慎悟はそれじゃ満足できなかったようだ。私を抱き寄せて唇を塞いできた。
 下の階にお母さんがいることに、私は背徳感を憶えた。まさか親だって久々に帰ってきた娘が彼氏と部屋でイチャついているだなんて思わないだろう。

 だけど私は止められなかった。
 私にはバレー欲、睡眠欲、食欲しか存在しないと思っていたけどそうでもなかったらしい。慎悟の真似をしてキスに応えたのであった。


■□■


 すぐに帰ってくると聞いていた渉はあれから約2時間後に帰ってきた。…満身創痍の様子で。

「部活終わった後に監督に捕まって…離してもらえなかった…無理じゃないけど、もう無理…」

 その顔は15歳のピチピチ男子高生とは思えないくらい疲れ切っていた。醸し出す空気が社畜化したサラリーマンのようである。
 渉は制服のネクタイを結ぶ気力もなかったらしく、上着のポケットに押し込んでいた。お母さんがシワになるから早く着替えなさいと注意しても、ソファに倒れ込んで…屍のようになっていた…

「…私もそんなだったよね」
「そういえばそうね。最初のうちは笑もこんな感じだった…ほら、お客様の前だよ。笑の彼氏が挨拶に来てくれたんだよ!」
「…あ、どうもお久しぶりっす…」
「……こんにちは、お邪魔してます」

 そういえば慎悟と渉は会ったことがあるもんね。慎悟は渉のくたびれっぷりに驚いている様子だ。多分強豪誠心高校のハードさが想像付かないのであろう。
 渉もお客の前であると理性が働いたようで、のっそりと起き上がると制服を着替えに行ったが…あのまま布団に倒れ込んだりしないであろうか。
 慎悟が気遣わしげに見送っていたので、渉がどうしてああなったのかを簡潔に説明してあげることにした。

「誠心高校バレー部は鬼指導で有名なんだ。指導が昔気質というか…私も入部当初は毎日あんな感じだったよ」
「…あそこまで大変そうとは思わなかった。…あれだと、勉強する余裕もなさそうだな」
「誠心は偏差値も高くないからね。スポーツ強豪が売りだし」

 だから私も部活から帰ってきたら死んだように寝ていた。部活→寝る。が私の生活リズムであった。疲れが酷くて勉強は二の次どころか三の次である。ポンコツお嬢様な今は地道に勉強や習い事をしてる。これでも大分進歩したほうなのよ。
 渉が私服に着替えて疲れた様子でリビングに降りて来た。私はそんな弟にピッタリの高校入学祝いを渡した。

「はいこれ、高校入学おめでとう」
「ありがと…なにこれ…」
「慎悟の家の会社で取り扱っている入浴剤。肉体疲労に効果があるんだって」

 私の誕生日に贈られた入浴剤、試してみたらかなり効き目があったので、慎悟に頼んで代わりに購入してもらったのだ。部活でへとへとになることの多い渉にはピッタリの代物だと思う。

「どうもすみません、ありがとうございます」
「どういたしまして」

  渉は慎悟に向かって頭を下げていた。…2年前の文化祭の時、バレー部の招待試合中に慎悟と渉は一緒に観戦していたんだよね…どんな会話をしたのであろう…渉ってば余計な話してないでしょうね。
 隣にいた慎悟は持参していた紙袋から中身を取り出すと、お母さんにあるものを差し出した。

「それとこれは僕からです。よろしければ皆さんで召し上がって下さい」

 お土産はいいと遠慮したのだが、慎悟の気が済まなかったらしく、慎悟は私の家族宛てのお土産を用意していた。

「あらー、なんだか悪いねぇ」
「うちの父の会社で取り扱っている物なんです。気に入って頂けると良いのですが」

 使い道に困らぬように輸入食品の詰め合わせを持ってきたようで、お母さんはとても喜んでいた。
 本日は日曜日ではあるが、不動産関係の仕事をしているお父さんは残念ながら仕事で不在だ。帰りも遅いので、お母さんに伝言でよろしくと伝えてもらうことにした。今日は弟にお祝いを渡すのが目的だったし、また今度帰ったときにでもお父さんに会えたらいいかな。

 その後私は慎悟とペロを連れて、近くの公園で遊んだ。こんなことならスニーカーを履いてきたら良かった。膝に負担がこないようにローヒールの靴だけど、走る専用の靴ではないので走りにくい。だって二階堂ママが慎悟と一緒に実家に帰るならおしゃれしろってうるさくて…
 慎悟は動物を飼った経験が無いようで、はじめは恐る恐るペロと接していたけれど、慣れるのは早かった。最終的には楽しそうにペロとボール遊びをしていた。

 ペロと触れ合っている間に肩の力が抜けたのか、慎悟は年相応の笑顔を見せてくれた。新鮮な一面を見ることが出来た。ペロとも仲良くなれたようで私も嬉しいよ。



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mokuji
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