カオスなクラス替え。今年1年無事に過ごせるであろうか。
「エリカ、あんた無茶したらまた怪我するよ?」
「毎日習い事と勉強でストレスが溜まってるんだよぉぉ…」
「去年の二の舞になるから今日はもうやめなさいってば」
溜まったストレスを大好きなバレーで発散させようとしたら、ぴかりんに止められた。
去年の今頃ほどは無茶してないよ? ただ、純粋にバレーを楽しみたいだけなの…
「6月にはインターハイ予選があるの。高校最後なんだから、万全の体制で臨まなきゃ」
「うーん」
「新1年生にスパイカー志望の特待生が入って来るのよ? その子にレギュラーの座を奪われてもいいの?」
それは…困るが、ならもっと練習するべきだと思うんだよね。
だけど居残り練習しようとする私をぴかりんは許してくれず、私は他の部員と同じ時間に部活を終えた。
短いバレータイムだった…今日夜から華道教室なんだよなぁ…また花を虐待しなきゃいけないのか…私にはまだ華道のこころが理解できないでいる。
■□■
高校3年に進級した4月の始業式、クラス替え表で自分のクラスを確認していた私は、仲のいい友人たちや慎悟と同じクラスだ! と喜んでいたのもつかの間、私達が所属する3組の欄に奴の名前が書かれていることに絶望した。
「オーマイガー…」
「同じクラスだね二階堂さん。今年1年よろしくね?」
「どんな卑怯な手を使ったんだあんた…」
「人聞きが悪いなぁ」
そのタイミングで、音もなく背後に忍び寄ってきた上杉が肩ポンして社長が社員にクビを宣告してくるかのように恐ろしい言葉を投げかけてきたのだ。
同じクラス。このサイコ上杉と同じクラス。
「毎日がサイコスリラー…」
嫌な予感はしていたけども、まさか同じクラスになるとは…今まではクラスが違ったから、接点が少なかったのに今年は同じクラスって…
「やりましたわ! 慎悟様と同じクラスですわ!」
「ズルいですわ櫻木さん…」
「あの二階堂エリカを引き剥がすのですよ櫻木さん! 慎悟様をお守りできるかどうかはあなたの腕にかかっていますのよ!」
呆然としている私の耳に入ってきたのは加納ガールズたちの声。…巻き毛も同じクラス…加納ガールズの中で最も攻撃力が高い人が同じクラスとか…!
「二階堂さぁん! わたし達同じクラスよ! 嬉しい!」
「ウン…そだね」
そしてトラブルメイカーでもある瑞沢嬢も同じクラス…宝生氏は違うみたい。遠くからこっちを観察してきている。…私のことが羨ましいのか?
私は今から何かが起きそうで戦々恐々としているよ。それでも羨ましい? サイコスリラーどころじゃない。もうカオスだよカオス。
「…上杉、お前まさか本当に金を積んでクラス替え操作したのか…?」
瑞沢嬢と上杉に挟まれながら、これからの毎日を思い描いていると慎悟が横から声を掛けてきた。私と上杉の間に割って入ってさり気なく庇ってくれるところにキュンとする。
上杉は面白くなさそうに顔を歪めると、鼻で笑った。
「加納君までひどいこと言うんだね。そんな事するわけ無いでしょう?」
「……信用されるような行動してないからなお前」
そうだよ。あんたは一度、自分がやってきた行動を、逆にされたらどう思うか考えたほうが……いや、コイツなら好意的に受け取りかねんな。なんたってエリカちゃんマニアなんだ。中身なんてどうでもいいんだろう。そんな行動を私が取れば、サイコスリラーな未来が待ったナシである。
私は慎悟を防波堤にしたまま、そっと上杉を窺い見た。やはりあいつは変わらず目の笑っていない、人の良さそうな笑みを浮かべている。
瑞沢嬢はこの雰囲気を察知したのか、それとも興味をなくしたのか、呑気な顔で宝生氏の元へと駆け寄っていってしまった。私もあの後を追いかけて戦線離脱してはいけないだろうか?
「…僕は純粋に二階堂さんも、そこの彼女のことも気に入っているだけなんだけどね」
上杉の蛇のようなネットリした視線が私を襲った。ゾワッとしたので慎悟の背中に再度隠れる。
私は男の後ろに隠れるようなか弱い女ではないはずなのだが、サイコモードの上杉を前にするとそんな事を言っていられない。純粋に単純にただ怖い。身体だけでなく精神まで侵されそうな恐怖を感じるんだ。
「…彼女を追い詰めて、一人ぼっちになったところで甘い言葉を掛けたら…きっと僕だけを頼るようになると思っていたんだけどね…」
「…エリカもこの人も、お前の人形じゃない。手出ししたらタダじゃ置かないからな」
慎悟は威嚇を籠めて、上杉に念押しした。ここから慎悟の表情は見えないけど、キッと怖い顔して上杉を睨んでいるのであろう。
心強い。よくぞ言ってくれた!
「おぉ怖い。…今だけだよ。僕は諦めないから」
だが上杉には全く脅威に感じないらしい。ニッコリと微笑んだ奴は宣戦布告とも取れる言葉を吐き捨てて、慎悟の横を通り過ぎた。そうすれば私の隣を通り過ぎる形となるのだが、上杉の手がこちらに伸びてきた。
肩よりも長く伸びた、セミロングの髪をすれ違いざまに触れられ、私はビシッと固まった。
「…長いほうが似合うよ。今度は伸ばしてね」
「うん、また切るよ!」
髪を取り戻すように奪い返すと、私は後ずさった。どっちにしてもインターハイ予選前に切るつもりだったし。
「え…切るのか?」
その言葉に反応したのは上杉ではなくて、慎悟だった。上杉はこちらをにこやかに眺めているだけである。
「だってジャンプする時に髪が長いと重いんだもん」
「長くてもプレイ出来ていたじゃないか」
「…慎悟は長いほうがいいの?」
そういえば去年インターハイ前にバッサリいった時、慎悟はショックを受けていたな。エリカちゃんの長い髪が好きだと思っていたのだが、そうではなくて女性の長い髪が好きなのであろうか…
「……あんたが…邪魔だと思うなら仕方がないけど…」
そう言いながら、残念そうな顔をしている。慎悟は最近表情豊かになってきたな。いい傾向である。
私の気持ちを汲み取ろうとしてくれているのはわかるが、内心は切らないで欲しいと思っているのだろうか?
「…長いほうが好きなの? 短い髪じゃ駄目?」
「…駄目じゃないけど……」
「長いと上杉がベタベタ触ってくるんだよ? 慎悟はそれでもいいの?」
「良くない…」
何だよー可愛いやつだなぁー。嫉妬しちゃってー。大丈夫だよ、私が選んだのはあんたなの。自信持ちなさいって。
「慎悟がどうしても切らないで欲しいと言うなら考えないこともないよ? ほら言ってごらん?」
慎悟の両手を掴んでブンブン横に振ってみる。最近私は慎悟に一枚上手を取られているので、たまには私が優位に立ちたい。
ニヤニヤと慎悟を見上げていると、慎悟はムッとした顔をしていた。
「…俺のことからかっているだろ…」
「いつものお返し!」
そんな不貞腐れた顔は逆効果だよ。私には可愛く見えるだけだ。私はニカッと笑ってみせた。
「…ねぇ、いちゃついているところ悪いけどさ、みんな教室に入っているよ?」
私と慎悟がいちゃついているのを妨害するかのように上杉が無表情で割り込んできた。何だよ邪魔すんなよ上杉。あと無表情のあんたはいつもの倍不気味だから、四六時中笑っててくれないか。
「はいはい。上杉がうるさいから行こ、慎悟」
私は慎悟の手をしっかり握って引っ張って行った。
私が奴に落ちることは絶対にない。私は、私を見てくれる慎悟が好きだ。上杉は成績で慎悟に勝てるかもしれないけれど、例え上杉のほうがスペックを上回っていようと、私は間違いなく慎悟を選ぶ。頼むから私の人形化計画を諦めてくれ。
隣を歩いている慎悟がボソリと呟いた。
「……長い髪であんたが困るなら、短くても…」
私の意志を尊重したいと葛藤してるんだな。だけど本音は長いほうが好きなのね? 男性は長く伸ばせないから余計に長い髪に憧れるのであろうか?
「んー…カツラを作れる長さになるまで伸ばそうかな。エリカちゃんの髪は丈夫でカツラの素材として優秀な部類みたいだし」
「…カツラ?」
仕方がないので、保留にしてあげよう。しばらくはポニーテールにしてバレーをするしかないな。
「その代わり腰まで髪が伸びたら、病気の子ども達へのカツラ寄付のためにバッサリ行くから文句言わないでね?」
だって私は生きているんだ。これからも生き続ける。身体に問題なければ髪は伸び続けるのだ。切っても、また伸びる。
切って廃棄されるはずの髪の毛で他の誰かを幸せにしたら、エリカちゃんの髪の毛だって嬉しいに決まっているさ。
私がそう説明すると、慎悟は先程まで悲しそうだった表情を和らげた。私の考えを理解してくれたらしい。
「…あんたがそうしたいなら…」
「じゃ、決まりね」
合意に至ったので、私達はこの話を終えた。
慎悟とは春休み中に何回か会ったし、スマホで連絡も取り合ったけども、こうして顔を合わせると何倍も嬉しい。
私が隣に並ぶ慎悟の顔を見上げてニコニコと笑っていると「何笑っているんだよ」と慎悟が突っ込んできた。
「いやー…慎悟見てると頬が緩むんだ。慎悟が可愛くて」
「…俺は可愛くない」
慎悟の否定は弱々しかった。
慎悟はいつも私に年下扱いするなと怒るけど、それでも私のほうが1年早く生まれた立場なので、彼のことが可愛く見えてしまうのだ。
勿論彼はカッコいい。ここぞというときの彼の格好良さを私はよく知っているぞ。でもやっぱり可愛いんだ。
「大丈夫、どんな慎悟も私は好きだから」
「……あんたは素直じゃないのか、素直なのかどっちなんだ?」
「私はいつだって自分に正直に生きているよ?」
慎悟がからかってきた時はついつい反発しちゃうこともあるけれど、私は基本的に素直な性格だと思うけどな?
そのまま慎悟の手を引いて、私は新しい教室に足を踏み入れた。
「ちょっと二階堂さん! 慎悟様とベタベタしすぎよあなた!」
踏み入れた瞬間、目を吊り上げた巻き毛に苦情を言われた。…ベタベタしすぎって…あんた…
「…あのさぁ、私達お付き合いしてるの。手を繋ぐくらい別によくない?」
「私は認めてなくってよ…!」
「巻き…あんたに認めてもらわなくとも、私と慎悟は親公認でお付き合いしているの」
「あなたっ、また私のこと巻き毛と言おうとしたでしょ!」
だって名前覚えていないんだもの。途中で止めたのにバレたか…
掴みかかってきた巻き毛に頬を思いっきり引っ張られた。おい、顔を攻撃しようとするな!
「櫻木、この人には言い聞かせるから止めてくれ」
「巻き…巻き毛と呼ばれましたのよ!? あんまりですわ!」
「この人は悪意があって呼んでるわけじゃないと思う、抑えてくれ」
慎悟が巻き毛を抑えようとしたら、巻き毛が慎悟の胸に飛び込んで嘘泣きしていた。おい、彼女の前ですごい度胸だな巻き毛。名前覚えてやらないぞ?
私がじーっとその2人を見つめていると、慎悟が慌てた様子で巻き毛を引き剥がしていた。
そう、それでいい。私だっていい気はしないんだ。いくら慎悟がモテる男だとしても許容できない。
「エリカ、櫻木に興味がなくてもさすがに名前は覚えてあげなさいよ」
「まぁ、悪意ばかり向けられたら、面倒にもなりますわよね」
「あの、皆さん…先生がいらしてますよ…?」
私達が出入り口付近で騒いでいると、友人たちが呆れた様子で声を掛けてきた。
私は友人たちとの会話でも「あー、あの人、巻き毛の…」と固有名詞を使用していないので、名前を覚えていないことはバレバレであった。
櫻木ね…覚えられるかなぁ…聞いてもしばらくしたら忘れちゃうんだよね加納ガールズの名前…。
上杉に巻き毛に瑞沢嬢という、キャラの濃いセレブ生の混じった新しいクラス…
新学期早々から、波乱の幕開けとなったのであった。