お嬢様なんて柄じゃない | ナノ さようなら、エリカちゃん。ごきげんよう、新しい人生。

それが私のサガだから!




 土曜のあの騒動の後、加納父によって保護者に連絡が行った。二階堂家からはママが、瑞沢家からはお祖母さんが加納父の会社まで迎えに来た。
 お祖母さんは泣き腫らした様子の瑞沢嬢を見るなり、頬を張ろうと手を上げていたので私が間に割って入った。叩こうとしたお祖母さんの手首を掴んで阻止したのだ。

『なんなのあなたはっ』
『私は二階堂エリカと申します』

 そう名乗ると、お祖母さんは呆けたような表情をしてその顔色はドンドン青ざめていった。そして彼女は深々と頭を下げて謝罪してきた。エリカちゃんの名前は知っていても、顔は知らなかったのだろうか。
 彼女は孫娘が略奪愛をしたことを知っていたようだ。瑞沢父のあの反応からして瑞沢家でどんな認識なのだろうなと思っていたが、よそ様の令嬢の婚約者を奪取するのはまずいことであるとお祖母さんは理解していたようである。
 ここでは婚約破棄とは無関係の人間である加納父を間に挟んで、先程あったことを簡単に話させてもらった。それと録音していたレコーダーの証拠音声を聞かせると、同席していた二階堂ママが顔を真っ赤にさせて怒っていた。
 母親としてあるまじき発言をした瑞沢母はもちろんのこと、娘を下品な目で見られて内心腹立たしいだろう。私もムカついたもん、わかるよ。
 
 話してみた印象だと瑞沢家のお祖母さんはまだまともそうだ。だがこの人が瑞沢父の母親なのは間違いない。
 そしてお祖母さんは瑞沢嬢がどういう育ち方をしたのか詳しいところは知らなかったようで、その辺りも話す必要がありそうである。だが瑞沢嬢とお祖母さんの間には大きな壁が出来ているようで、この2人が信頼関係を結ばないことには話が前進しないかと思う。
 その証拠に瑞沢嬢は私の腕に抱きついて、怒られるのを恐れて身を縮こませるだけで、一切お祖母さんの方を見なかった。
 なので私はお祖母さんに一対一で話せないかと提案した。それには周りの大人達は「えっ」と言いたげな顔をしていたが、私はそれに構わず「瑞沢嬢のことで重大な話があるんだ」とお祖母さんに告げた。
 私が真剣であると向こうも察したのか、重々しく頷いて了承していた。

 おじさんに頼んで別室を借りると、お祖母さんと膝を突き合わせて2人で話した。あの場じゃ話しにくい話もある。大人同士、祖母と孫娘同士でも伝わらない事もあると思うんだよね。
 お祖母さんは、英学院まで瑞沢嬢の母親が押しかけてきたことを学校側から連絡を受けて、瑞沢嬢をきつく注意していたそうだ。
 エリカちゃんや二階堂家に対する謝罪と、孫娘の不出来な所を語られたので、暫く私は聞き役に徹していた。

 お祖母さんの話が終わったあとに、私が瑞沢嬢の口から聞かされた重すぎる過去の話をすると、お祖母さんの顔色は青通り越して真っ白に変わった。彼女はひどく狼狽えていた。これは知らなかったみたい。
 …そりゃそうか、お祖母さんは育ちが良さそうだし、内容がヘビーすぎるよね。混乱した様子で瑞沢嬢への扱いを考えると弱々しく言ってはいたが、具体的にどうするのかはわからない。
 瑞沢父の本妻は子供を亡くして以来心を病んで塞ぎ込んでいて、愛人の娘は複雑な生い立ちを持つ。お祖母さんの息子が撒いた種であるが、お祖母さんの苦労はすごいものであろう。だけどその辺は製造責任ってことで、なんとかしてほしい。
 願うのはお祖母さんはまともな神経を持っている人であってほしいということだな。

 その後私が家に帰ると、先に帰宅して私を待っていたパパママに怒られた。お仕事の邪魔をして、娘の体を危険にさらして申し訳ないと思っている。
 加納父は部外者にもかかわらず、助力してくれた。頼ってよかった。私の判断に間違いはなかったな。


■□■


「話があるんだけど、ちょっといいか?」
「まずはおはようでしょ。…うん、楽しそうなお話じゃなさそうだね」

 月曜日の朝、私が教室に足を踏み入れてすぐのことである。慎悟から呼出しを食らった。もしかしておじさんがぺろっと息子に話しちゃうかもなと想定していたが、登校してすぐに呼び出しされるのは想定外だったよ。
 それはともかく先に挨拶しようか慎悟君。
 だけどそれを言ったら怒られそうな気がするので私は口をつぐんだ。私達は教室から移動して、人気のない屋上前の階段の踊り場で話をすることにした。
 話の内容は案の定、土曜の件だ。そりゃそうか、金曜日に色々あってその翌日の事件だものね。注意していたのに、それを無視されたら慎悟もイラッとしちゃうか。
 だけど悪い結果にはならなかったからそんなにピリピリしないでほしい。

「慎悟のお父さんかっこよかったよ。ただの親ばかじゃないんだね」

 沢山お世話になったので、お礼におじさんの株を上げてあげようとその愛息子におじさんの勇姿を語ってあげたのだが、慎悟は腕を組んでイライラした様子であった。お美しい顔がしかめられていて実にもったいない。
 お父さんを褒めているんだから少しは嬉しそうな顔をすればいいのに。
 
「…笑さん、俺は大人に任せろって言ったよな」
「じゃあ慎悟は私が同じような目に遭っていても、大人に任せようだなんて日和見なこと言えるのね?」
「それとこれとは…!」

 私が口答えすると慎悟はカッとなって言い返そうとしていたので、私はそれを遮るようにして畳み掛けた。

「一緒でしょ。ていうか慎悟は私のこと信用してなさ過ぎ。私だってそこまでバカじゃないよ。逃げ際くらいわかってる」

 私はもうすぐ19になるんだぞ。あんたより年上なのだ。見くびらないでくれ。
 慎悟は綺麗な顔を苛立ちで歪めて、唸るように声を出していた。

「信用していないとかではなくて…!」
「とにかく、私も関係者になってしまったの。慎悟には迷惑かけないから心配しないでよ。慎悟は内容を聞いたんでしょ? …あまり口外できない話だからここでその話はやめようよ」

 学校じゃ何処に耳があるかもわからないじゃない。
 それに、例の女衒おっさんは犯罪集団と繋がっているかもしれないので、おじさんが警察のツテを使ってこっそり捜査をしてもらうとか言っていた。これから調べることになるから、直ぐに解決とは行かないが、証拠をつかめばお手柄になるかもしれないんだぞ。

「慎悟は私がお金を積まれたら体を売る人間だと思ってるの? そんなふうに思われているとは心外だなぁ!」
「…は?」

 冗談交じりに嘆いてみたのだが、慎悟はお父さんからその部分は聞いていなかったらしい。私は墓穴を掘ったようだ。
 すとーんと表情を失くした慎悟の顔はマネキンみたいでとても怖い。元が美形なので凄みがあって怖いねん。

「大丈夫だよ! 私は一生貞操を守るからね!」

 エリカちゃんの体だもの! 自分の体以上に大事にするよ! 守り通してみせるよ!
 任せな! と自信を持って宣言したのだが、慎悟はマネキン顔のまま私を見下ろしていた。だから怖いって。

「…そういうことじゃないだろ…笑さんあんた……」
「仕方ないじゃん。人を見捨てておけない、それが私のサガなの」
「開き直るなよ」
 
 いつまでもここで話している暇はない。なんたって今日からテストがあるのだ。慎悟の背中を押してむりやり教室に戻すと、私は自分の席でテスト前の見直しをした。


■□■


「二階堂さんっ!」

 テストが全日程終了した。久々の部活にウキウキノリノリで部活に向かっていると、瑞沢嬢に声を掛けられたので私は足を止めた。

「色々とありがとう!」

 瑞沢嬢は深々と頭を下げて私にお礼を言ってきた。彼女はこの間の土曜よりも元気になっているようだ。…良かった。

「…もう怪しい人について行っちゃダメだからね」
「うん! …おばあちゃんとおじいちゃんと色々話したの。それでね…ヒメ、頑張るから!」
「…なにを?」

 距離があった祖父母とちゃんと話せたのはいいことだろうが、何を頑張るんだよ。

「ヒメ、習い事たくさん頑張って、そして二階堂さんに相応しいお友達になってみせるから!」
「…………は?」
「じゃっ、ヒメこれからおばあちゃんと一緒にお琴のレッスンがあるの、帰るね! バイバイ!」 

 私はその単語が理解できずに固まっていた。
 だけど瑞沢嬢は言い逃げするかのように、走って帰ってしまった。

 いやいやいや、相応しいお友達? 
 待って? 習い事頑張れば、婚約破棄のこと水に流せると思ってるの? いや、私は当事者じゃないけどね、エリカちゃんの心境を考えるとね…

「…あんただって突き放したいのか、仲良くしたいのかわからない態度とってるぞ」
「…私の心読むの止めてくれる?」
「あんたは顔に全部出てるんだよ……瑞沢は習い事を頑張る気になったみたいだぞ? あんた追い越されてもいいのか?」

 帰宅部の慎悟は今から帰るところのようだ。一連の流れをずっと見ていたのであろうか。私をからかうような発言をしてきた。 

「いいんだよっ私は勉強を頑張っているんだから!」
「…結果が楽しみだな?」

 また人のことバカにして! たしかに私はアホだけど、それなりに努力してるんだよ! その努力を認めろよ!
 私が瞳で不満を訴えていると、慎悟がこちらに手を伸ばしてきた。

「部活がんばれよ」

 何故かワシャッと頭をひと撫でされた。慎悟は隙あらば頭を撫でてくるよね。私は年上なんだよ? 侮り過ぎじゃないかね。

「…子供扱いすんの止めて」
「あんたに言われたくないな。じゃあな」
「…バイバイ…」

 私が頭を撫でられたら大人しくなる人間だと思っているのか! そんなチョロくないわ! 
 撫でられた頭に慎悟の手の熱が残っているような気がしてそこに触れてみた。あー胸がムズムズするなぁ!

 私が慎悟の背中をしばらく見送っていると「あの」と後ろから声を掛けられた。
 振り返った先にいたのは丸山さんだった。…彼女は真顔だった。もしかして慎悟に用があったのだろうかと思った私は彼女に慎悟がここにはいないことを教えてあげた。

「あ、慎悟ならさっき帰ったよ。追いかけたら間に合うかも」
「…何故そんなに余裕なのですか?」
「…え?」

 なんだか機嫌が悪そうである。
 今の会話で不機嫌になるような内容があっただろうか…

「二階堂様、私と慎悟様の縁談が上がっていますの…私、お父様にお願いしたんです。彼の奥さんになりたいって」
「え…あ、はい」

 彼女が慎悟を好きなのは知っていたが、いきなりの奥さん。恋人をすっ飛ばして妻の座を狙っているのか。未だに庶民感覚の抜けない私にはぶっ飛んだ発想すぎて反応が薄くなってしまった。
 …そうか、縁談か……
 今までそういう話が出てこなかったこと自体おかしいのだ。慎悟にだってそういう話が出てくるのは当然のこと。
 私の反応の鈍さに更に苛ついたのか、丸山さんは鋭い目で私を睨みつけてきた。彼女のそんな顔を見たのは初めて。つい後ずさってしまった。

「…二階堂様にその気がないのなら、私が慎悟様を頂きますから」
「……そう」
「本当にいいんですね?」

 そんな事言われても、慎悟は私のものではない。セレブの世界では親が結婚相手を決めるのだろう。私は口出しできる立場ではないと何度言えば…

「いつまでも慎悟様があなたを想っているとは限らないことを思い知ればご理解いただけますか? …私、あなたのその態度を見ていると…悔しくなります」

 丸山さんは泣きそうに顔を歪めると、踵を返して立ち去っていった。いつも落ち着いていて、穏やかな丸山さんにしては感情的だった。 
 加納ガールズも、丸山さんも、私が慎悟と親しくするのが嫌そうだ。……それは当然のことか。好きな男の子が他の女子と親しくしているのを見るだけで嫌だものね。
 …だけど慎悟は離れていくのは止めてくれという。私にどうしろというのだ。

 私にとって慎悟は友達で、クラスメイトで、秘密を共有する頼りになる仲間。…そのはずなのに。
 私の中で彼の存在は日増しに大きくなっていく。慎悟と今のように仲良くできなくなることを想像すると、なんだか泣きそうになってしまう。
 …私は、いつも慎悟の前でどんな態度をとっていただろうか。明日からどんな顔で会えば良いのだろう。

 部活に行かなくてはいけないのだが、私はしばらくの間その場にぼんやりと立ち竦んでいた。



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