お嬢様なんて柄じゃない | ナノ さようなら、エリカちゃん。ごきげんよう、新しい人生。

二階堂の娘として…正しい回答はなんですか?



「えー皆さんも既に知っているかと思いますが、2年生は3学期に修学旅行に行くことになっております。通常、ヨーロッパやオーストラリア・アメリカが候補地になるのですが、今回の修学旅行先は保護者の方々からの強い要望もあり、アジアへの修学旅行となります」

 クリスマスパーティも終わり、明日が終業式という冬休み直前の今日、担任の先生が修学旅行の話題を持ち出してきた。そうか、2年生には修学旅行というイベントが残っていたのか。…旅行のことを話すの遅くない?
 それにしても修学旅行先はアジアなんだ。ていうか保護者の強い要望ってなんや。

「各地で起きているテロなど、世界情勢の悪化を懸念して、生徒たちの安全面などを考慮した結果、行き先は台湾となりました。2月1日から、3泊4日の予定です」
「えぇー…」
「フランスが良かったですわぁ…」

 やった。台湾に興味があるから一度行ってみたかったんだ。初海外だ!
 私は初の海外旅行なのでワクワクしていたが、ヨーロッパに行きたかった勢がブチブチ文句を言っているのが聞こえてきた。文句の主の大体がセレブ生だが、お金持ちなんだから今度自腹で行けばいいじゃないの。

「修学旅行の手引を配っておきますので、これを保護者の方にも見せておくように。パスポートを持ってない方は冬休み中に申請を各自でよろしくお願いいたします」

 配られた手引を開いて見てみたが、まるでガイドブックのように事細かい情報が記載されていた。
 …パスポートかぁ…エリカちゃん持ってるのかな。そもそもそれを私が使っても大丈夫かな? 中の人が違うから密入国する気分なんだけど…

「基本的に旅行先では団体行動になりますが、自由行動の時間も設けます。門限時間までに戻れる範囲内で自由に観光地を見て回るように各自で計画を立ててください。くれぐれも英学院の生徒らしい行動を取るように」

 部屋の割り振りは1部屋4・5人で各自友人と組んでもいいとのことだったので、私は仲のいい友人たちと同じ部屋になった。
 台湾か…楽しみだな! 本屋さんでガイドブック買って自由時間に行けそうな所探してみよう! お土産はやっぱりお茶が良いかな? 台湾の食べ物ってどんなのがあるんだろ!
 私が修学旅行に行けるとは思っていなかったから尚更嬉しい。2月か。あっという間に修学旅行の日がやってきそうだ。皆でどこを見て回ろうか、計画するのが今から楽しみである。


■□■


「正直な所、加納君とはどうなのエリカ」
「……どうもなにも、ただの友達ですが」

 春高バレー大会前の追い込みで部活に専念していた私に向かってぴかりんが尋ねてきた。
 阿南さんはボールを持ったまま、隣でうんうんと深く頷いているが、この間からこの2人はなんなんだ。部活中よ、私語は慎みなさいよ。

「あたしには…友達には見えないけどなぁ…?」
「……」

 ぴかりんから探るような目を向けられて私はさっと目をそらした。
 別にやましいことは何一つないけど、なんかその目が嫌だ。そんな目で私を見ないで。

「だって大会に応援に来てくれてるしさ、学校でも仲いいしさ…クリスマスパーティでだって結局は…」
「だからそんなんじゃないってば!」
「…何をそんなに意地におなりなのか…理解に苦しみますわ。加納様がお労しすぎます…」

 なぜ、私は友人たちから責められるような目で見られなきゃならないんだ。…このやり取りに若干うんざりしてきたぞ。私はわざとらしく咳払いをして居住まいを正した。

「…婚約破棄があったから、そういう事には慎重なの」

 これは本当のことだ。私がこの身体で色恋する気がないというのもあるけど、婚約破棄というスキャンダルがあったからこそ、さらなる醜聞は避けたいのだ。
 だけどその返事じゃ彼女たちは納得しなかったらしい。阿南さんが私を嗜めるようにチクリと言ってきた。

「…あまりお待たせするのは加納様に酷な事かと思いますよ?」
「待たせるも何も私達は友達なの。…私、試合のことだけを考えたいからもういい?」

 私はふたりの追及から逃れるべく、慎悟とはなにもない事を断言してその場から逃げた。
 待たせるって何よ。私にはそんな気まったくないんですけど! 大体私は今それどころじゃないの! 大事な試合前に何を色ボケたことを言っているの!? 私は春高大会に出たくて出たくて仕方なかったの、今はそんな話をしている場合じゃないでしょうが!

 後ろで「逃げた」「逃げましたわね」とふたりがつぶやく声が聞こえたが私には何も聞こえない。聞こえないったら。



 部活漬けの毎日だが、流石に年末年始は休みだった。
 二階堂家は高級住宅街の一角にある一軒家なので、その近辺には練習出来そうな程よい公園がない。広いお庭はあるけど、下手したら窓ガラスを破壊するのでお庭での練習は出来ない。なので外で自主練するには遠出しないとできないのだ。
 だが、そこで無茶をして痛い目に遭うのは勘弁なので休み期間中は大人しく、筋トレとストレッチ、そしてイメトレと、自分の試合映像を見て研究をすると言う時間を重ねた。
 …ちゃんと宿題とか勉強とか習い事もしたよ。私だって頑張ってるんだからね。



 年が明けての元旦には去年と同じように、二階堂本家へパパママと共に新年の挨拶をしに行った。私はまた振袖を着せられて苦しい思いをしていた。
 だが月に2回、習いに行っている茶道のお稽古で毎度着物を着るので、この苦しさに慣れてきた上に着物の時の振る舞いが身に付いてきた気がする。ぶっちゃけ今の私はエレガントな動きをしていると自惚れている。

「お父さん、明けましておめでとうございます」
「「明けましておめでとうございます」」

 二階堂パパに続いて新年の挨拶をして頭を下げる。去年よりも上手に挨拶できているつもりだけど、やっぱり二階堂のお祖父さんの迫力すごい。

「…エリカ」
「は、はい!」

 お祖父さんが重圧感のある声で名指しして呼んできた。
 なんだ、何か粗相を起こしたかとドッキリした。周りにバレないように深呼吸するとゆっくりと顔を上げた。
 顔を上げた先には気難しそうな顔をしたお祖父さん。彼は私をじっと見つめているが、その視線を正面から受けた私はひどく緊張した。

「…バレー部で活躍しているそうだが…夏に不整脈で倒れたと聞いた。身体は大丈夫なのか?」
「あ…大丈夫です。何度も精密検査して異常なしと診断を頂いたので。ご心配おかけいたしました」
 
 心配して声を掛けてくれたようだ。インターハイで天に召されたあの後のことを私は詳しくは知らないが、あちこちで大騒ぎになったことだろう。色んな人に迷惑を掛けたのは申し訳ないと思っているよ。

「…バレーは続ける気なのか」
「そうですね、バレーが好きなのでもっと上手になりたいと考えています」
「そうか……」

 お祖父さんに深く突っ込まれるかなと思ったけど、お祖父さんはそれ以上バレーについてなにか言ってくることはなかった。
 辞めろとか、二階堂の娘たるものけしからんとか言われるかなと思ったけどそうじゃなかったみたい。

「…西園寺の息子はお前には合わなかったか?」
「…えっ?」 

 西園寺の息子? …あぁ! お見合いの話か!
 婚約破棄したエリカちゃんを心配したお祖父さんが話を持ちかけてくれたけど、お断りしたんだよね…いや、いい人だよ西園寺さんは…勿体なさすぎてお断りしたの。

「あ、いえ、とてもお優しい方でした。…ですが私には勿体無い方で……その、心の整理も着いておりませんので…」
「…ならまだ考える余地はあると? 話に聞けばあちら側はお前のことを気に入っているようだが」

 お祖父さんまさかお見合い話を断ったことを遺憾に思っていらっしゃる? すみません身の程知らずですみません。だけど私も色々大変でして…

「…お、お友達として親しくさせていただいてます…うふふ…」
 
 私がニコニコ笑って誤魔化してみたら、お祖父さんは「そうか…」と呟くと、残念そうにため息を吐いていらっしゃった。
 ……もしかしてだけど、お祖父さん…めっちゃエリカちゃんの心配していて、エリカちゃんの幸せを思って西園寺さんとのお見合い話を持ちかけてきたとかかな? こいつなら孫娘を安心して任せられるというお墨付きだったの?
 それだったらますます申し訳ない気持ちになるわぁ。

「あの、お祖父様…その、私のことはご心配なさらないでください。私は大丈夫です」
「……まさかお前、まだ宝生の小僧のことを…」

 お祖父さんはグワッと恐ろしい形相をして、とんでもない誤解をしようとしていた。私はその迫力に呑まれて息を止めた。
 まさか、とんでもない。この間略奪者の瑞沢嬢に対してもクーリングオフはお断りしておきました。
 私は無言で首を振った。

「…婚約だけが、結婚だけが女の幸せではないと悟っただけです…ですが、お祖父様がどうしてもと仰るのであればその指示に従います」
 
 なんで新年早々、親戚縁戚関係者大勢の目の前でこんな話をしなきゃならないんだ。私が何したっていうのよ。縁談断ってもいいって言われてたのにそれはただの建前で本当はダメだったの? 
 ……西園寺さんの婚約者になれって二階堂の人が命令するなら聞くよ。それが二階堂家の娘が背負う責務なんでしょ。義務だというのなら「嫌だ」ってワガママを言う気はない。
 だからこれ以上ここで話すのは止めてくれよ、さらし者は勘弁してくれと心の中で訴えてみたのだが、お祖父さんは口をへの字にして悲しそうな顔をしていた。
 え、この答えも不正解なの? セレブ難しいよ。どういう発言が正解なのか教えてください。

 お祖父さんは「そうか…もう、下がっていい」と暗い表情で告げてきた。私はどこでヘマをやらかしたんだと冷や汗をかいた。だが何がベストなのかもわからない状況で、どんな言い訳を口に出せばいいかすらもわからず、私は固まっていた。二階堂ママに促されて、放心しながら最初に座っていた席に戻った。
 ようやくお祖父さんの質疑応答から解放された私は作り笑い(目が死んでいる)をしながら、他の人が挨拶している姿を眺めていた。
 あー疲れた…
 試合中に観客から注目されるのとは違った緊張感で…ドッと疲れたわ。



prev next
[129/284]

mokuji
しおりを挟む

back


応援してね(*´ω`*)

×
「#寸止め」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -