どんなに懇願されても、出来ないことがあるのだ。
オーダーメイドで作ってもらったドレスはやっぱり可愛い。シャーベットオレンジのAラインドレスは膝下丈で、スカートにはビジューが付けられているので光の角度でキラキラと輝いている。袖はパフスリーブ。足元は膝の負担にならないように低いヒールにした。オレンジ色ベースのパンプスだ。
メイクは業者さんにおまかせしたが、とても綺麗にメイクしてくれた。ついつい鏡の中の美しすぎるエリカちゃんに見惚れてしまったのは無理もないと思う。このドレスはエリカちゃんの可憐さを引き出してくれている…! 中の人が私だということを抜きにして、とても可愛い! きっと会場で一番光り輝くはずだ!
あ、私はナルシストではないよ。
ドレスアップ完了すると、遅れて会場である体育館に入った。もう既に開会の挨拶は終わっており、大きなクリスマスツリーや、色とりどりの装飾品・生花で飾られた会場には上品なダンス曲が流れていた。ダンスフロアでは踊っている生徒がちらほら。隅では壁の花候補生がクリスマス仕様のご馳走に群がっているのが見えた。
「あ、エリカちゃん」
私も壁の花候補生達に混じってご馳走を食べようとそこへ一直線で近づくと、ご馳走を皿山盛りにさせた二宮さんに声を掛けられた。
「もしかして今来たの?」
「まぁちょっと色々ありまして」
結構女子人気があるはずの二宮さんは今年も壁の花をするつもりらしい。確か部活中に女の子に声を掛けられていたが…お誘いを断ったのだろうか。一般生である彼は去年と同じく制服姿であったので踊る気はないみたい。
彼の問いかけに曖昧に返事すると、私もお皿を手に取って美味しそうな料理を盛った。慣れない手芸という労働をしてきたのでお腹が空いたな。
ウェイターが配り歩いているグラス(選べるのはジュースかお茶だった)を受け取ると一息吐く。あー労働のあとのお茶美味しいなぁ。
「エリカちゃんせっかくドレス着てるのに踊ってこないの?」
「なにか問題でも?」
やっとホッと一息つけた私を残念そうな顔で見下ろしてくる二宮さん。ドレスは二階堂ママが着せたがっていたから着ているだけです。
「もったいないじゃん」
「もったいないかどうかを決めるのは私ですので」
どいつもこいつも私をパーティピーポーにしたがりやがって。私は踊れないし、ダンパとかそんな柄じゃないの! 踊らないといけない決まりはないでしょう? 強制じゃないんだからさ。
「私は食べるために参加したんです。別にいいじゃないですか」
「でもさー、ほらあそこ見て」
二宮さんはそう言って、ダンスフロアを指差した。彼の示す先へと目を向けた私は…まるで息が詰まったように苦しくなった。
アイボリー色のエンパイアドレスを身に着けた丸山さんはうっとりとした表情でダンス相手を見上げていた。その視線に気づいているのかはわからないが、落ち着いた様子で彼女をリードしてステップを踏むのは、ドレススーツに身を包んだ慎悟である。
その2人は大変絵になっていた。良家の子息令嬢であるだけあって、醸し出す雰囲気がまたなんと…
ガサツでエセお嬢様な私とは大違いだ。
「お似合いじゃないですか。それがなにか?」
「うーん…俺はてっきり…」
「それよりも、私の食べる邪魔をしないでくださいよ。私ご馳走を楽しみに参加したんですから」
これ以上私の食事タイムを邪魔しないでくれ。なんで他の人がいちゃついている姿を見てモヤモヤしなきゃいけないんだよ。
二宮さんのそばにいると聞きたくない言葉を言われそうだったので、私は皿とグラスを持って彼から離れた。だが二宮さんは後を追いかけてくる。
「エリカちゃんごめん、気に触ったならごめんってば」
「なら余計な事を言わないでください」
私はそっぽ向いてご馳走を頬張る。
二宮さんのせいでイライラする! イライラするけどこれ美味しいな! なんの食べ物かは知らないけどさ。ぴんちょすだけは覚えている。去年慎悟に教えてもらったから。
私は胃袋を満たすためにもりもり食べた。二宮さんの問いなんて適当に首を振って返事するだけである。私の目的は、このご馳走をお腹いっぱい食べることなんだ。何人たりとも邪魔をさせないぞ。
「エリカちゃん、エリカちゃん」
一通り食べ終わった後はデザートを食べようかなとデザートブースに視線を移していたら、後ろで二宮さんが私を呼んできた。
「なんですか今度は。つまらないこと言ってきたら本当に怒りますよ」
鬱陶しいという態度を隠さずに振り返ると、そこにはチェリーピンクの生地に芳しいバラが散りばめられたドレスを身に着けた瑞沢嬢の姿があった。ドレスの色と雰囲気に合わせたメイクと、髪の毛をコテで巻いてアップにした髪型が彼女を少し大人っぽく見せていた。
「…に、二階堂さん…あの…」
「…ドレスを縫ってくれた井口さんにちゃんとお礼は言ってきた?」
「う、うん! どういたしましてって言われた!」
ちゃんとパーティに参加できたようなら良かった。生花もちゃんとドレスにくっついているし、取れる様子もない。
後でちゃんと犯人探しはしないといけないけど、女子更衣室内は監視カメラがついていなかったような…とりあえずその辺はそちらで解決してください。
少し離れた位置で宝生氏は瑞沢嬢を待っていた。少し以前のアイツとは考えられないな。警戒することもなく、私達のやり取りを大人しく見守っているようだ。
瑞沢嬢は綺麗にドレスアップしており、肌が白いからチェリーピンクのドレスが映える。彼女が宝生氏と並んでいる姿は少女漫画に出てきそうなヒロインとイケメンヒーローみたいだ。少女漫画には瑞沢嬢みたいな生い立ちのヒロイン、なかなかいないと思うけど。
「あの、二階堂さんわたし…」
「パーティ楽しみにしていたんでしょ? 早く踊っておいでよ。そのためにそのドレス直してあげたんだよ」
お礼はもういい。私が勝手にお節介焼いただけなんだ。私が勝手にしたことだからもういいんだよ。
だいたい瑞沢嬢はアホっぽく笑っている方が絶対にいいよ、そんなシリアスな顔、似合わないって。
私はもう行くようにと手を振り払ったのだが、瑞沢嬢は行かなかった。彼女はお腹の上で両手をグッと握り、意を決した表情で私をまっすぐに見つめてきたのだ。
「ヒメは、二階堂さんが好き!」
「……あ?」
なんか今とんでもない発言が聞こえたんだけど気のせいかな?
「二階堂さんがヒメのことを嫌いでも、ヒメは二階堂さんのことが好きなの!」
「…あー、あのね? 誤解が生まれる発言やめようね?」
今はLGBTに敏感になっている世の中だが、敏感だからこそこう、ね?
あなたが言っているのがLikeの方だとわかっているけど、ここでその発言はとても誤解を招くと思うの…
「二階堂さんの大事な婚約者を奪ってしまったのはヒメが悪いの、ごめんなさい! だけどヒメは倫也君が好き! 返せませんごめんなさい!」
「うん、私もいらないな」
宝生氏を返されても困ります。私はエリカちゃんじゃないんでね。
瑞沢嬢が段々涙目になっていく。こっちがいじめているように見えるのでやめてほしいのですが。
「ヒメは…欲張りなの…倫也君も好きだし、二階堂さんも好きなのぉ…」
二股かけてるような発言だな、おい。
「…瑞沢さん」
「ヒメは…二階堂さんに許されなくても…二階堂さんが好き。ヒメは二階堂さんと仲良くしたいの。だって、ヒメを見てくれたはじめての人なんだもん…!」
そうだっけ? 宝生氏とかは違うの? わからんけど。
なんとなく暇を持て余している壁の花組がこっちを観察している空気を感じる。何故こうなった。私には昼ドラ属性がないと言っているのに何故こうも…
この状況は久々な気がする。前こんなのが頻発していたのに最近はそうでもなかったので、ちょっとだけ動揺している。
私は深呼吸して落ち着かせると、口をゆっくり開いた。
「…無理だよ。私は二階堂の娘だもの。二階堂家の矜持のために、恥をかかされた相手と馴れ合うことは出来ない」
彼女にも理解してもらえるように、わかり易く説明した。
私とあなたは個人の感情だけで仲良く出来る間柄じゃないんだよ。家同士の婚約話というのは会社同士の契約のようなもの。子供同士の約束とは違うのだ。
「…二階堂エリカは冤罪で婚約破棄をされた。大勢の目の前で婚約者に平手打ちされて、身に覚えのない罪で糾弾されて」
それが他の人間達の仕業とわかった今でも、表向きはそのまま変わらない。冤罪を被ったのは事実。人の過去は消せないのだ。
「何度も私は冤罪に掛けられ、その度にあなた達は私を責め立てた。恥をかかされて傷をつけられた。…普通、そんな相手と仲良しこよしなんて無理だよ」
順を追って、エリカちゃんと私の辿ってきた道を説明するが、瑞沢嬢にはちゃんと伝わっているだろうか。
「いくらあなたが私と仲良くしたいと思っても無理。宝生氏を返されたとしても無理だし、もう宝生氏はいらないよ」
瑞沢嬢の瞳から涙が溢れ始めた。また、泣かせてしまうだろうなとは覚悟していたが、目の前で泣かれちゃうとちょっときついなぁ。
でも、仕方がないのだ。だってこの学校は小さな社交の場のようなもの。私達の一挙一動は生徒たちに見られている。
…ここで彼女と親しくしたら、私だけでなく二階堂がナメられてしまうことになる。ただでさえ瑞沢嬢の父親は私を下に見ていた。…私が油断したら二階堂家に迷惑を掛けてしまうことになるのだ。
「うっ…ふぇっ…」
「……」
まるで小さな子どもがおもちゃを取り上げられた時みたいに瑞沢嬢は泣いていた。
私の良心がチクリと痛む。
「にかいどうさぁん、ごめんなさぃぃ、いっぱい傷つけてごめんなさい…」
エリカちゃんがいた時にそれを言ってほしかったなぁ…エリカちゃんが許す許さないとかは置いておいて…彼女に謝ってほしかった。
いつまでもここで泣かれても困るので私はポーチからハンカチを取り出すと彼女の顔を拭ってやる。折角おめかししているのに鼻垂らして…
べそべそ泣いている瑞沢嬢にハンカチを握らせると、私は彼女の頭をそっと撫でた。
「ハンカチはあげるから、とりあえず泣き止みなさい。…宝生氏、後はあんたが慰めてやんなさいね」
私は後のことを宝生氏に託すと、その場から立ち去って1人で会場を出た。流石にあんな事があった後に平然と食事をする神経はない。ちょっとだけ、頭を冷やすために外で過ごそうと思ったのだ。
季節は12月も末。外に出ると真っ暗である。体育館から漏れる明かりと外灯の明かりを頼りにして、私は体育館から離れた。