絶賛ギクシャク中。
「…エリカお前、姫乃と何があったんだ?」
「…クレームしにきたの?」
「クレームと言うか…姫乃と賀上の説明じゃ要領得なくて。…昨日姫乃の親父さんと会ったんだろ」
文化祭翌日の昼休みに、私は廊下で宝生氏から声を掛けられた。まーた「姫乃をいじめたのかー」って怒鳴られるのかなーと思ったけど、宝生氏の勢いは最近鎮火していて、そんな事なかった。しかも声量にパンチが効いていない。物足りないと感じる私はどこかおかしいのだろうか。
あの頭頂ハゲの事か…まぁ宝生氏も当事者だから話してもいいかな。
人に聞かれたい話ではないので、私は宝生氏を人気のない社会科資料室前まで誘導した。あたりに人が居ないことを確認すると、宝生氏に昨日起きたことを簡単に説明した。
「…昨日、瑞沢のおっさんが私に喧嘩を売ってきたの。婚約破棄の件を軽視した上に、こちらをナメたような口を聞いてきたから抗議した。それと…私と瑞沢嬢は友人ではないと否定した」
「……」
「瑞沢嬢の親が婚約破棄のことを「もう済んだこと」なんて言ってはいけないでしょ? ……誰になんと言われようと私は瑞沢嬢の友人にはなれないよ。…だって無理だもの」
エリカちゃんがどんな目に遭ったのか知っているから、いくら瑞沢嬢が私を慕ってきても無理だ。
それ以前に、婚約破棄というスキャンダルで二階堂はプライドを傷つけられたもの。その原因である彼女と仲良しこよしなんか無理に決まっているだろう。
その話を聞くと耳が痛いのか、話を聞いていた宝生氏は渋い表情をしていた。今更になって色々反省するようになったらしいが、もう何もかも遅いよ。
私から見て、瑞沢嬢の父親も難ありな親であるとしっかり判断できた。だけど私には瑞沢嬢の面倒を見る義理はないし、正直そんな余裕がないから、関わりたくないのだ。
「瑞沢嬢の父親は難ありだよ。瑞沢嬢を想うなら、もうちょっとあんたは強くならなきゃ…あのおっさんの食い物にされるよ」
「…それは忠告か?」
「…どう受け止めるかは宝生氏が決めたら?」
私の返事に宝生氏は難しい顔をして黙りこくってしまった。
…宝生氏の家は大丈夫なのだろうか。その辺りの話は全く聞かないが、過去に二階堂家から援助を受けていたのであれば、決して順調とは言えないのであろう。
…宝生氏が瑞沢嬢と結婚したら、会社にプラスに働くのだろうか。そもそも瑞沢嬢の家って何してんだろう。…全然知らないな。あとで阿南さんに聞いてみよう…
そんな事を考えていた自分はハッとした。私はいつの間に結婚に損得を考えるようになってしまったんだ。セレブの考えに感化されちゃったのかな…
「…考えておく」
「…そうして」
私も宝生氏も微妙な顔をしていた。ただでさえ私は昨日色々あってモヤついているのだ。朝から慎悟と上杉を避け続けてきたけど…神経使いすぎてもう既に疲れちゃった…
会話をするわけでもなく、私と宝生氏は教室まで静かに歩いて戻っていたのだが、掲示板に貼られた緑と赤で彩られたポスターに目を奪われた私はピタリと立ち止まってそれを見上げた。
「…クリスマスパーティ?」
「…あぁそんな時期か。…そういえばお前は去年出ていなかったな」
「…あの日は事件の裁判に参加していたから学校休んでたからね。一応終わりがけに顔を出したけど…。パーティねぇ…」
私は腕を組んでそれを見上げた。今年は去年より遅めの24日にパーティが行われるらしい。クリスマスイブにパーティか。去年の今頃…ドレスがどうのパートナーがどうのと女子たちが騒いでいたな、そういえば…
「…これってさぁ別にパートナー要らないよね?」
「まぁ、いないやつは壁の花になっているし、強制ではないな」
私はおしゃれな社交ダンスは踊れないし、パートナーは面倒なことになりそうだ……うん、いらないかな。小・中学校で習ったヒップホップダンスなら踊れるんだけどなぁ…ダメだよね普通に。
けっこう自信あるんだけどな、ヒップホップダンス。
「…宝生氏達は3人で瑞沢嬢のパートナーになったの?」
「いや…アイツらはまだ婚約者がいるから、俺が姫乃のパートナーになった」
「あっそ」
瑞沢ハーレムってこれからどうなるんだろ。現時点で婚約者がいない宝生氏が有力なのかもしれない。
うん、私には関係のないことだな。
■□■
私は今年のクリスマスパーティもご馳走を食べに行くつもりで参加することにした。
ぶっちゃけ今年も制服参加で良かったんだけど、英学院OGの二階堂ママは中身が私でも着飾らせたいらしく、ドレスとか髪飾りとか靴などをお高そうなお店で作らせていた。オーダーメイドで作らせている辺り、あぁ、セレブだなって感じる。
シャーベットオレンジのAラインドレスはエリカちゃんにとても似合っていた。靴は膝のことを考えてローヒールで、足が痛くならないように設計してもらったし、年齢に相応しい可愛らしいアクセサリーも用意してくれた。
出来上がったドレスを試着してみるとなんだかワクワクしてしまって何度かくるくる回って鏡で確認してみた。
スカートがふわふわ広がって可憐さアップだ。やっぱりエリカちゃんは美少女である。かわいい…。
その様子を二階堂ママとドレスを作ってくれたパタンナーさんが微笑ましく見ていたので、慌てて居住まいを正した。
やってしまった。ついはしゃぎすぎた…
「えっちゃんは誰とパートナーになるの?」
私はその言葉にギクッとした。
「…いやー…私ガサツだからさぁ…誰にも誘われてないんだ…」
「そんな事ないわ。えっちゃんは前向きで明るい、いい子だもの。きっとパーティ前に沢山お誘いがあるはずよ」
ごめん…二階堂ママ、嘘ついた。
『二階堂さん、クリスマスパ…』
『絶対に嫌だ!』
例の名前を言いたくない奴から誘われそうになったけど、皆まで言わせずにお断りしたんだ! 皆の前でハッキリキッパリ大声でお断りしたけど、上杉の動向には警戒するつもり。あいつの粘り強さには本当に…本当に骨が折れるよ。
…例の慎悟はといえば何も言ってこないと言うか、私が避け続けているので接触を諦めたようだ。あの日以来…1週間以上全く話をしていない。
加納ガールズからパーティのお誘いを受けているのを見掛けたし、彼女たち以外の女子生徒にも声を掛けられているようだった。
……だから別に、何もない…。美少女に囲まれて鼻伸ばしてんじゃない? 私には関係ないね。あいつなんか知るもんか。
「そうだ、パーティのためにダンスのレッスンを入れましょうか。えっちゃんは運動神経がいいからすぐにダンスステップを覚えるわ」
「いや、バレーの春高地区予選控えているし大丈夫! 本当に…大丈夫です」
今の時点で習い事は手一杯なので勘弁してください。
昨日夢の中で、私は外国人講師とマンツーマンでレッスンしていたんだけど、何度やっても私が発音を覚えないから、講師が耳元で無理やり同じ英語を聞かせてきた。私はそれにひたすら謝罪するという夢を見ていた。
気がつくとリスニング音源をリピート再生した状態のノートパソコンが目の前にあった。机の上で勉強してて、そのまま寝てしまっていたらしい。
怖かったよ。ずーっと耳元で同じ内容の会話が繰り返されていたから、その英文が頭から離れなくなっちゃってその英文がちょっとトラウマ。自分のアホさ加減に夢の中でも嘆いていた…。
それはそうと、今の私はダンスパーティよりもバレーなのだ。夏のインターハイでは、途中で強制的にあの世に逝っちゃったから正直不完全燃焼だ。なので思いっきりバレーがしたい。
今回の地区予選で優勝か準優勝しないと、1月開催の春高バレー大会には参加できないのだ。
レギュラーというチャンスを貰ったのだ。それを無駄にしない成果を見せなきゃ!
私は朝から晩までバレーのことだけを考えていた。いや、勉強もちゃんとしてたよ? これでも幹先生に協力してもらって勉強の時間も増やしたのよ?
予選試合が間近になると、部活動に益々力が入るようになった。バレーが出来るそんな日々がかけがえなく愛おしくて、部活が楽しくて仕方がない。なので放課後は真っすぐ部活に出向いていた。
学校の授業をすべて終えた私はHRが終了するなり元気よく教室を飛び出したのだが、部室の手前になって教室のロッカーに水筒を置きっぱなしにしていることに気づいた。
慌てて引き返していると、教室の中で人の話し声が聞こえてきた。さっき終わったばかりだし、まだ誰かが残っているのだろう。特に気にすること無くドアが開きっぱなしの教室に足を踏み入れた。
「クリスマスパーティのことなんですけど…私のパートナーになってくださいませんか…?」
しかし私は踏み入れたことをすぐに後悔した。そこにいたのは頬を真っ赤に染めた丸山さんと、パーティのお誘いを受けている慎悟がいたからだ。
ガッ!
「「……」」
私はその辺にあった椅子に足をぶつけて大きな物音を立ててしまった。当然のことながら驚いた2人はこっちを振り返ってくる。2人の視線が私に向かって一気に集中した。
…やばい気まずい。
「ご、ごめんお邪魔しました、忘れ物を…オホホ…」
私は慌てて小走りでロッカーに近づくと、自分のロッカーから水筒を取り出した。未だにこっちを見てくる2人に「ごきげんよう」と笑いかけると足早に立ち去った。
自然に立ち去ることが出来ただろうか…心臓がバックンバックンいってるし…いやでもまさか、別の学年の生徒が教室にいるとは思わなかった。
でもそうか…慎悟は丸山さんにも誘われたのか…
…慎悟は誰とダンスパーティに参加するんだろう…
──ジリッ…
彼と丸山さんがドレスアップして並ぶ姿はきっと絵になるのに、それを想像した私はなぜだかモヤモヤしていた。
大切な試合を控えたバレーのことだけを考えていたいのに、どうして彼らのことが引っかかるのだろうか?