お嬢様なんて柄じゃない | ナノ さようなら、エリカちゃん。ごきげんよう、新しい人生。

そのバカにした態度、私は決して許しはしないぞ!




「あーっ二階堂さぁん! …誰ぇ?この人」
「友達。…西園寺さん、タピオカお好きですか? ここタピオカドリンク販売してますけど」

 あのあと校舎内に戻ってきた私と西園寺さんは各クラスの出し物を見て回っていたのだが、看板を持って呼び込みをしていた瑞沢嬢に捕まった。たこ焼きを食べた後なのでお腹は空いていない。私はどっちでもいいけど、彼はどうかなと思って声を掛けたら西園寺さんはメニュー表を見て迷っていた。
 西園寺さんが飲むなら私もなにか頼もう。爽やかそうなオレンジタピオカティーとかにしとこうかな。

「姫乃」
「あっ、パパ!」

 チラシを見ていた私達の背後で瑞沢嬢の嬉しそうな声が聞こえてきたので後ろを振り返ると、そこには50代前半あたりのおじさんがいた。小太りで頭頂部が少し寒々しそうな、その辺にいそうな年相応のおじさんなのだが、着ている服はセレブらしく上質そのもの。そしてどこか意地の悪そうな顔をしていた。
 パパってことは瑞沢嬢を引き取った例の父親か。瑞沢嬢は全体的に母親似なんだね…面影がないわ全然…

 相手は私の視線に気づいたのか、頭の先から爪先まで観察するように見てきた。その目のいやらしいこと。私は不快感な表情を隠せなかった。

「パパ、紹介するわ。わたしのお友達の二階堂エリカさん!」
「はっ?」
「二階堂さんはとても素敵な人なの!」

 がばっと腕に抱きついてきた瑞沢嬢が私のことを勝手に父親へ紹介していた。…いつどこで誰があんたと友達になったというのさ。瑞沢嬢の言っている言葉の理解が追いつかずに私の反応は遅れた。
 瑞沢嬢の父親は…愛人に子どもを産ませたけどそのまま放置して、実子が亡くなった後に利用価値のために愛人の娘を引き取ったって人間よね? 瑞沢嬢はその父親の言いつけを守って良家の子息に粉をかけたって聞いていた…

「…ほう、君が…二階堂家のお嬢さん…」

 瑞沢父は愛想笑いをしているつもりなんだろうが、ニヤリ…って感じの悪い笑顔だから受け付けないな。人を見た目で判断したらいけないけど、この人のやっていることは前もって聞いているからね…先入観だけではない。
 大体、こっちを小娘と思って見下しているのが隠せていないよ。二階堂のネームバリューがあろうと、こっちはただの高校生女子で何の実績も経験もないから侮られているのであろう。
 ていうか、この人は自分の娘の行動で二階堂に損害を与えていることを知っているよね? 

「二階堂のお嬢さんといえば…去年ひどい事件に巻き込まれたとか…災難でしたな。どこかの誰かが殺されてしまったのは私も聞き及んでおりますが、亡くなったのがあなたではなくて本当に良かった。お怪我もないようで幸いです。……傷物になってしまえば嫁の貰い手にも困りますなぁ」

 …は? 何いってんのこのおっさん。傷物? 嫁の貰い手? 
 おっさんというのは無神経発言するものだというのは知っているが、これは無神経と言うか…こっちを見下して馬鹿にした発言なのでは…?

「いやーしかし、娘が二階堂さんのお嬢さんとお友達になっていたとは。いやこれも何かの縁だ。是非ともこれからも仲良く…」
「いや、あの…私、彼女のせいで婚約者を失ったんですよ。…知ってますよね? そもそも友達なんかじゃないんですけど」

 どんな神経をしていたらそんな事が言えるのだ。私はエリカちゃんの傷を知っている。流石にそれは聞き逃がせない発言である。

「えぇっ!? ひどぉい、二階堂さんそんな意地悪」
「…瑞沢さん、あなた全然分かってないんだね。婚約者失ってどれだけこっちが大変だったかとか…全然分かっていなかったんだね」

 彼女が相手の立場になって考えられない子ってのは知っていたけど…まさかここまで…
 何度でも言うが、エリカちゃんはこの事さえなければ世を儚むことはなかったと思う。
 この親父が瑞沢嬢をけしかけなければ、瑞沢嬢があのような行動に出なければ、あの事件現場にはエリカちゃんは現れなかったはず。エリカちゃんは今も現世にいて…私がエリカちゃんの人生を奪う結果にならなかったはずのに。…いくら向こうが慕ってこようと、私は瑞沢嬢と親しくするつもりはない。

 私のその言葉に対して、相手は苦笑いをしていた。
 謝罪の色はなく、呆れたように笑っていたのだ。瑞沢のおっさんのその目は、小娘がと嘲笑っているように見えた。
 
「もうそれは過ぎた話でしょう? 婚約破棄となったことです。ここはひとつ大人になって水に流すということで…」
「はぁ…?」

 こっちは怒りを露わにしているというのに、瑞沢のおっさんは寝ぼけた事を抜かしてきた。私は溢れ出しそうな怒りで身体が震えてきた。
 …それは加害者側が言っちゃいけないことでしょ。なんでこのおっさんが上から目線なわけ? 

「あなた自分が何を言っているか分かっているんですか!? それでも人の親…? 自分の娘がしでかしたことに責任も持てないわけ?」

 私はまるで自分のことのように腹が立っていた。なのでこっちを舐め腐っている瑞沢のおっさんを怒鳴りつけてやった。エリカちゃんだってこんな事言われたら腹を立てるに決まっている。私は彼女が吐き出せない分まで吐き出してやるつもりだった。

「私はあなたの娘と馴れ合うつもりはこれっぽっちもない! それにあなたの今のその言動は完全に此方を見下しています! これは二階堂に喧嘩を売っているとみていいんですね!?」

 あったまきた! 
 こういうことはハッキリクレーム言っておくべきだよね。あっちが年上とかそんなの関係ないわ! なので私はこの場でクレームさせてもらったのだが、おっさんの隣にいた瑞沢嬢の瞳にじわじわと涙が浮かびはじめた。

「うっ、うぅ…ひどぉい、」

 泣き始めた瑞沢嬢。
 ええええ…これ私が泣かせたの? 被害者はどっちかわかってるの?

「姫乃!? どうしたんです!」
「賀上くん…二階堂さん…二階堂さんが…」

 このタイミングで現れるのはいつも宝生氏だったが今回は違った。
 瑞沢嬢ハーレムの内の一人…メガネを着用した男子生徒だ。何度か瑞沢嬢昼ドラ騒動の時に対面したことがある。彼は私をギッと睨みつけてきた。
 ムカついたので私も睨み返しておく。柄が悪いとか言わないで。威嚇だから威嚇。

「姫乃になにをした…!」
「友達じゃないって言っただけだけど?」
「…ともだち…?」

 途中から登場したからか、メガネの賀上は状況が把握できていないようである。わからないなら割り込んでこないで欲しい。余計に話が拗れるからあんたは後でにして。

「……女はおとなしく従順なほうがいい。…見目はいいのですから、もう少し淑やかになっては?」

 おっさんはにやにやと嫌味ったらしい笑みを浮かべて、私に忠告らしき言葉を投げかけてきた。
 私が今話しているのはあんたのその失礼な態度についてなんだけど、なんで性格についての話になるわけ? 言葉のキャッチボールしようか。

「…余計なお世話ですけど?」
「そもそもうちの娘が婚約者を奪ったとは人聞きの悪い。…あなたがそのように可愛げがないから、宝生君に愛想尽かされたのでは?」

 はぁぁ!? このおっさん言うに事欠いて…そもそも本物のエリカちゃんはお淑やかで頑張り屋の女の子でしたー! 私は別の人間ですー残念でしたー!

「…その言い方はいかがなものかと思いますが?」
「ん…? 君は…?」
「…慎悟」

 今まさに逃走真っ最中であろう、マッドハッター慎悟がいつの間にか私の後ろにいた。…気付かなかった。どこから会話を聞いていたのだろうか。
 慎悟はおっさんと私を引き剥がすかのように、腕を掴んで私を後ろに下がらせた。
 私が短気を起こして、おっさんに殴り掛かりそうになっているのに気づいて止めに来たのかな……いや、自分も暴力は駄目だって分かっているのよ? でもだってこのおっさんムカつくじゃん…ちょっと頭頂だけ…あの禿げ上がってる頭頂部分をひと叩きだけ……

 仮装した慎悟の登場に瑞沢のおっさんは変な顔をしているが、慎悟がそれを気にする様子はない。背筋を伸ばしておっさんに怯むこと無く向き合っていた。

「加納慎悟です。…今の会話を全て聞かせていただきましたので、家の者と二階堂の人間に報告させていただきますね」
「…そんな終わった話で大袈裟な」
「確かに宝生と二階堂の間の縁談は終わった話です。ですがそれ以上にあなたのその態度は見過ごせません…それでは失礼します」

 慎悟はおっさんを前にしても堂々としていた。いくら見た目が白塗りのマッドハッターであっても、とても頼もしく、凛々しく見えた。
 ぐいぐいと慎悟に手を引かれてその場から離れたのだが…私は不完全燃焼な気分である。

「…慎悟」
「あのおっさんは性根が悪いんだ。言われたことを真に受けるなよ。あんたにはあんたのいい所があるから」
「……」

 お礼を言おうと思って声を掛けただけなんだけど。大丈夫だよ、あのおっさんに言われたことはあまり心に響いていない。ただ超ムカついているけど。

「逃走ゲームで逃げてたんでしょ、ゴメンね。ありがと」
「…別に」

 私も慎悟を見習って毅然とした態度で、ああいう輩をあしらう術を身に着けなきゃな。でもさっきのは腹が立つ! どうしたら怒りを抑えて冷静に対応できるんだ?

「…あんた、なんで西園寺の息子と一緒にいたんだ?」
「え…あ! 西園寺さん置いていったままだ!」

 なにか忘れている気がしてたと思えば西園寺さんをあの場に放置したままだった。私は慌てて引き返そうとしたのだが、慎悟に手を握られた。…これじゃ戻れないよ。

「…慎悟、ごめん手を離してくれるかな?」
「…断る」

 断る…だと…?
 …なに、どうしたの、反抗期に突入したのか?
 ていうか手が痛いんだけど。私の手と違ってエリカちゃんの手は小さいんだからもう少しソフトに…あいてててて…力を入れるなバカ。
 絶対に離さぬとばかりに手を握りしめられること数分経過した。

「エリカさん!」
「西園寺さん、すみません置いていってしまって」

 相手の方がここまで追いかけてきたので、私はホッとした。こっちから誘っておいて放置しちゃうなんて心証よろしくないよね。すいません。

「加納君に先を越されちゃったな。…僕もすぐに庇えたら良かったんだけどタイミングがわからなくて…ゴメンねエリカさん」
「あ、大丈夫です。こっちの事情も色々複雑なので…口出ししにくいのは分かっていますよ」
「あの人の言ったことを気にする必要はないよ。…エリカさんはとても素敵な人ですから」

 西園寺さんにまで慰められてしまった。どこまでもいい人だなこの人は。あなたは何も悪くないよ。むしろ巻き込む形になってごめん。
 それはそうと慎悟だ。いつまでもここで油を売っている暇はないだろう。

「ほら慎悟、あんたは仕事しなきゃ」
「……」
「あと1時間逃げたら出番は終わりなんだよ? もうちょっと頑張りなって」

 慎悟は難しい顔をして口元をへの字にさせていた。…逃走するのに疲れたのだろうか。私が激励すると、慎悟の手の力がゆっくりと抜けていく。握られていた手をようやく解放された。

 私の自由時間も残り1時間なのだ。文化祭を満喫しないと勿体無いではないか。私が西園寺さんと文化祭の出し物を観に行くために慎悟とその場で別れた時、どうも気になることがあった。
 …慎悟が苦虫を噛み潰したような表情をして此方を見ていたのは何故なのだろうか? 
 

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mokuji
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