私にどうしろというのだ。
「僕達の家はあなた方の家のように大きな家ではないんです! …このような学校行事に時間を取られて学業に支障が出たら…どうなるとお思いですか!?」
「そうです! 私は少しでも家柄の良い殿方とご縁を結べるように努力しないと…親の、一族の望みを叶えねばならないのです! あなた方にはわからないでしょうね…!」
…お、おう…。それは大変だね…としか言いようがない。私は本物のエリカちゃんじゃないし、中身は未だ庶民感覚の抜けない一般市民だ。…その苦労を分かってあげられなくてすまん。
二階堂家がすごいことは私だって知っている。アチコチにある大企業は二階堂家が創業したものだと聞かされた。この学校でも上から数えたほうが早いセレブだって事もわかっている。
その土台が違うから焦っているというのは今の話で伝わってきた。
…でもさぁ。それはここでは関係ないんだよ。だって一般生の子たちだって色々あるだろうに残ってやってるんだよ? 特待生の幹さんだって残ってるし、セレブ生の阿南さんや慎悟も残ってるんだよ?
残れないのは仕方がないけど、そこで「私は大変なの!」と怒りをぶつけられても困るよ。
大変だから優遇されて当然だなんて思っちゃ駄目。それはサポートする側が言っていい言葉であって、される側は絶対に口にしたらいけない。
理由があるなら仕方がないけど、参加できないならそんな高圧的な態度とっちゃ駄目だよ。
私がそれを指摘すると、セレブ生の面々は顔を怒りで赤く染めた。わなわな震えながら私を射殺さんばかりに睨みつけてきた。
「一般生の肩を持つだなんでどうかしてますわ!」
「二階堂様、随分…堕ちましたね。婚約破棄されてどうかされてしまったのでは?」
そう捨て台詞を吐き捨てると、彼らは足音荒く教室を出ていってしまった。彼らに私の言葉が届かなかったようだ。
シーンと静まり返る教室。私は口元を手で覆った。
「…あ、これ火に油注いだ的な?」
「なるようにしてなったことだな」
私は要らん一言を言ってしまったようだ。
でも、そうでしょ? 真面目にやっている人が我慢してハズレくじ引いちゃうようなものじゃん。どんな理由があっても、その陰でサポートしている人がいることを忘れちゃ駄目だよ。免除されて当然と思っちゃ駄目だって。
「えっと…ごめんね? 説得しようと思ったんだけど…」
先程まで怒り狂っていた一般生のクラスメイトに謝罪する。力になれず、むしろ悪化させてしまってごめんなさい。
「その分私も準備頑張るよ! 後もうちょっとで文化祭だもんね、折角楽しそうな出し物なんだし…」
気を取り直して準備しようよ! と言おうとしたら、一般生のうちの1人がギッと私を睨みつけてきた。それに驚いた私は言葉を途中で止めてしまった。
「…セレブ生のくせに…どうしてあいつらの舵取りできないんですか!?」
「え…」
一般生からも怒鳴られた。ちょっと待って、これさっきと同じ流れでない?
舵取りって…そんな…
「もう我慢の限界です! 私達はあなた方セレブ生の奴隷じゃないんです!」
「頑張るというならあなたが準備全て行って下さい。俺達も抜けさせていただきます」
「精々頑張ってくださいよ」
何やら一方的に詰られた。私は口出す事もできずに呆然と彼らの文句と言う名の集中砲火を受け…彼らがぞろぞろと帰っていくのを見送っていた。
「…なにあいつら…黙って聞いてれば…こんなのただの八つ当たりじゃないの…!」
「二階堂様、お気を確かに」
「と、取り敢えず、残った人だけで準備しましょうか?」
私よりも周りにいた友人たちのほうがリカバリーするのが早かった。阿南さんに肩を叩かれて私はハッとする。思考停止していたようだ。
…今の何? 色々と訳が分からなかったんだけど。私別に一般生を奴隷扱いした覚えないよ?
「気にせず放っておけよ」
ポス、と頭に手を乗っけられたので顔を上げると、慎悟がわっしゃわっしゃと頭を撫でてきた。
「…慎悟」
「…言っただろ? 面倒になるって。仕方がないから残った者だけで片付けてしまおう。逃走ゲーム中に追跡者に渡すクイズの書かれたカードを作成するが、まずはクイズを選出したいので各自アイディアを…」
慎悟は諦め半分な表情をしていたが、自分たちがすべき任務へとすぐにシフトチェンジしたようだ。今から行う作業について残っている生徒達に指示し始めた。
そうだな、考えたところでなんとかなるわけじゃない。
…だけど私はその日ずっとその事を引きずって落ち込んでいたのであった。
■□■
「二階堂さん」
「…出たな上杉」
「二階堂さんのクラスは逃走ゲームだったっけ? 当日は僕も参加するね」
「しなくていいよ」
廊下を歩いていると、どこからともなく上杉が現れた。私は顔をしかめて応対してやったが、あいつは全く気にも止めずにいつもの人の良さげな笑みを浮かべていた。いけ好かないやつである。
ちなみに私は昼休みを使って、文化祭のゲームで使用するクイズのお題を探しに校舎を徘徊していたのだ。そんなに頭がよろしくないのでネタがないんだよ。なので学校のクイズにしてみようかなと思って…
「そうだ上杉、クイズのお題探してるんだけど、この学校でなんかないかな? 例えば…創立者の像の生年月日とかそんな…」
「クイズ? 逃走ゲームで使う? いいの? 僕がそのお題を引くかもしれないのに」
うーん、その可能性は否めないけどね。
あ、図書館に行ったら学校の歴史の本とか出てくるかな?
「君が僕のお願いを聞いてくれると言うなら、考えてあげてもいいけど」
「うん、やっぱりいいや」
お前何を引き換えにするつもりだ。全く恐ろしい男だな…!
私は即お断り申した。ハイリスク・ローリターンすぎるわ。
「なんだ残念。…ところで、二階堂さんのクラス、文化祭の準備をしている人…少ないけど大丈夫?」
「ん? あぁ…まぁなんとかなるよ」
こいつのことだからどこからか情報を得て、ウチのクラスの内情を把握していそうだ。だけどこいつに弱みを見せるのは悪手なので、私は曖昧な返事をしておいた。
「大変になったらいつでも声を掛けてね。手伝うから」
「ミイラ取りがミイラになるからやめとくね」
「ひどいな、僕は親切心で言っているだけなのに」
どうだか。下心しか感じませんけど?
…ていうかあんたは自分のクラスの出し物があるだろうが。と心の中で突っ込んでいたら、私の心を読んだかのように上杉が勝手に答えてきた。
「僕のクラスはプラネタリウムをするんだ。ほぼ業者任せで、もう準備は終わったも同然なんだよ」
業者に任せるのは楽だけど…そんなので達成感味わえるのかな。文化祭楽しいのかな…
…でも去年こいつは手相占いの勉強をしていたみたいだから、陰でなにか頑張っているのかもしれない。
「二階堂さんも来てね」
「ごめん、私ああいうの寝ちゃうタイプだから遠慮しておく。じゃ私行くからバイバイ」
プラネタリウムなんか間違いなく寝るわ。偽物でも星はきれいだろうけど、間違いなく寝るはずだ。
いつまでもこいつと喋っている暇はない。私はそこで上杉に別れを告げたのだが、上杉は堂々と私のことをストーカーし始めた。
「…ついてこないでよ」
「僕もこっちに用事があるんだ…そういえば、二階堂さん大分髪の毛伸びたね。また伸ばすの?」
頭を触られる気配がしたので私は素早く避けた。後ろを向くと上杉がフライング空中ナデナデをしていた。ふん、いつまでも同じ手に引っかかると思うなよ。そこでずっと空気でも撫でていなさい。
上杉は残念そうな顔をしている。なので私は鼻で笑ってやった。
「邪魔に感じるようになったら、また髪切るよ」
「そっか」
今はまだ邪魔とは感じないけど、長くなってきたらジャンプの妨げになるから、そうなれば髪を切るかな。
図書館に到着すると私は真っ直ぐカウンターに向かい、司書さんに声を掛けた。多分この学校ならあると思うんだよね…
クラスメイトが作るクイズは内容が学問・一般常識問題が中心だ。全部が全部それじゃつまんないし、私は敢えて変化球で出題するつもりだ。
司書さんに渡された本を借りると、席についてそれを開いた。
うっ、文字が…古い本なのでちょいちょい言葉の使い回しが硬い。文章がぎっちりしている…!
私の悪い癖で投げ出しそうになったが、アホはアホなりに頑張って読んだ。ほぼ流し読みだけど。
「創立者の好きな食べ物なんて誰も知らないと思うよ? …もうちょっと万人受けするものにしたほうが…」
「上杉君、静かにしてくださーい」
クイズになりそうな物をノートにメモっていると、横から上杉が口出してきた。こいつ何しに来たの。邪魔すんな。
隣の席に座ってきてこっちをガン見しやがって。こっち見んな。
私はなるべく無視していたが、相手からの視線がうざかった。
上杉は…中の人が私でも気に入っていると言っていたけど…どこまで面食いなんだか。ていうか拒否られても平然とできるその強いメンタルを別のところで活かしたほうが良いんじゃないのかな?
そうこうしている間に予鈴のチャイムが鳴ったので、その本を司書さんに返す。大方クイズ候補は見繕ったからもう大丈夫。
自分のクラスへ戻るまで上杉に付き纏われた私は、クラスに入る直前で慎悟と遭遇した。慎悟は私と上杉が並んで歩いている姿を見るなり、顔を思いっきりしかめていた。
違うんだよコイツ、追いかけてくるんだよ…しつこいんだよコイツ…
上杉は不機嫌そうな顔をした慎悟を見て意味深にニッコリ笑うと、私の頭を撫でポンして「またね二階堂さん」と言い逃げしていった。…その後が大変だった。
「わざとじゃないんだよ。あいつ付き纏ってくるからさ」
「あんたはどこまでお気楽なんだよ」
「私はあんたに怒られるようなことは何もしてないよ!?」
反論したはいいが、慎悟は納得できないようにイラァ…としている。それこっちまでイライラするから止めてよ。
もうすぐ授業が始まるよ…とソワソワしていると、慎悟がゆっくり手を上げて…こちらに近づけてきた。
ワシャワシャワシャッ
「……え、なに」
「消毒」
「…えっ」
摩擦熱が起きるくらい頭を撫でられた私は呆然とした。
消毒って何よ。
ていうか最近あんた人の頭撫でるのがマイブームなわけ?
慎悟は私を放置して自分の席に戻って行った。髪をボサボサにさせられた私は呆然と教室の出入り口付近で立ちすくんでいた。
5時間目の授業で入ってきた教師に「席に着きなさい」と言われるまで。