お嬢様なんて柄じゃない | ナノ さようなら、エリカちゃん。ごきげんよう、新しい人生。

複雑な男心を私は理解できない。



「えぇとですね…」

 私は返事に窮していた。なんと言えば角が立たないんだろうかと悩んでいたのだ。
 私が困っているのを察した西園寺さんは苦笑いしていた。

「…いきなり過ぎますよね。すみません。そしたらお友達から始めていただけませんか?」

 それなら…まぁ。 
 私がおずおずと頷くと、彼はそれはまぁ嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
 …だけど友達だよ。それを忘れないでね。

「そうだ、今度是非、美味しいカレーを食べに行きましょう。僕が美味しいお店を探しますから」
「か、かれー…」
 
 セレブの選ぶ美味しいカレーとはどんなものなのだ。気になるじゃないか。
 私がカレーに釣られていると、横から刺さるような視線を感じた。顔をそちらに動かすと、私達を凍てつくような視線で睨みつける慎悟と目が合ったのである。
 …おい、なんだその永久凍土のような眼差しは。 

「約束ですよ、エリカさん」
「へ? あ、はい」

 私が慎悟からの睨みにビビっていると、いつの間にか西園寺さんとカレーを食べに行く約束になっていた。
 …うん、まぁカレーに罪はないからいいか。
 西園寺さんは「お店が決まったら連絡しますね!」と言うと、はしゃいだ様子で帰っていった。…あれ連絡先交換してたっけ? 
 私は後頭部をがしがし掻きながら慎悟に「初めて告白されちゃったよー」と報告した。告白されたのはエリカちゃんに対してだけど、結構照れくさいもんだね。…ちなみに上杉のアレはカウントしてない。
 私の報告を受けた慎悟は重々しく口を開いた。

「……西園寺海運の息子と何故、笑さんは親しげなんだよ」
「ん? お見合いしたの。二階堂のお祖父さんが話持ってきてくれてさぁ」
 
 他校の生徒なのに西園寺さんの顔を知っていたのね。てっきり私がお見合いしたことを慎悟は何処からか情報入手していると思ったけど、その事は知らなかったのか。
 
「そうだ聞いてよーお見合い大変だったんだよー」
「……」

 きっと慎悟は鼻で笑うだろうな。面白おかしくお見合いでの出来事を話そうと思ったけど、慎悟が顔を苦しそうに歪めていたので私は話すのを止めた。

「……なによ。何でそんなに不機嫌なのよ。そんなしかめっ面してー。ほらほら折角の綺麗な顔が…」

 慎悟が眉間に深い溝を作り上げていたのでシワを伸ばしてあげようと手を伸ばすと、その手を振り払われた。少々乱暴な仕草に私はぽかんとする。
 …何故か慎悟は苛立たしげに私を見下ろしていた。

「…いい加減、俺を子供扱いするなよ」
「…慎悟?」

 どこか悔しそうに顔をしかめた慎悟。彼は私の横をすっと通り過ぎると、入門ゲートを通過して帰っていく。…私はただそれを見送るしかできなかった。
 彼のあんな表情を見るのは初めてかもしれない。いつだって慎悟は落ち着いているから。ひとつ年下とは思えない位、自分を厳しく律しているから。
 彼が年相応な表情を見せるのは稀で…貴重なはずなのに、私はどこか引っかかった。

 なぜ、そんな表情をするのか私にはわからなかった。



 私はなにかしてしまったのであろうか…
 慎悟はエリカちゃんが好きだったからそれで…他の男性に言い寄られるエリカちゃんの姿を見て嫌な気分になったのだろうか。中身私だけど。
 でも…エリカちゃんがいなくなったのに慎悟は案外諦めが早かったよね。エリカちゃんが転生の輪に入ったという私の話を信じていないのかもしれないけど。
 いやいや、もしかしたら私が眉間のシワを伸ばそうと手を出したのが悪かったのかも。セクハラだよね、うん。セクハラよくないよね。

 取り敢えず明日学校で会ったら謝ろう。


■□■


 避けられている。
 何を隠そう慎悟に私は避けられていた。話しかけてもシカトされるし、捕まえようとしてもすり抜けていく。ここまで完全に避けられると、私は嫌われてしまったのではないかと思うんだ。
 何だ。何が悪いんだ。私が気に障ることをしたなら、せめて謝らせてくれないか。私と話すらしたくないということなのか?
 昨日の帰り際まで慎悟は普通だった。間違いなく西園寺さんとのやり取りでなにかあったんだ。確かにカレーを食べに行く約束はしたが、お友達としてである。決して二階堂の名を汚すようなことはしていないはずだ。
 それに西園寺さんは良い所のお坊ちゃん。慎悟が眉をひそめるような相手ではないと思うのだ。

 だから余計にわからない。

「エリカあんたがなにかしたんじゃないの?」
「何もしてないよ! 慎悟が勝手に怒ってるんだってば!」

 今日一日の一連の流れを傍観していたぴかりんに呆れた顔で指摘されたが、本当に思い当たることがないのだ。
 私に落ち度があるならいつもみたいに言ってくれよ。謝るにも謝れないじゃないか! それ以前に無視され続けているけどさ!

 慎悟は朝からずっと私を避けに避け続けていた。ぴかりんにコントかと突っ込まれるほど、華麗にスルーされていた。流石の私も凹むぞ…。…ちょっと日を置いたら、慎悟も怒りを鎮めてくれるかな…?
 あまりしつこくして余計にイライラさせてしまうのも良くないなと思った私は、慎悟の機嫌を直すことを諦めた。

 

「ではこの時間を使って11月半ばに行われる文化祭の出し物の話し合いをします」

 HRの時間にクラス委員長が黒板の前に立ったと思えば、文化祭の話題を持ち出してきた。
 そうかもうこんな時期なのか。去年はコスプレ喫茶だったんだよな。今年は何をするんだろ…でもこの学校の文化祭ほぼ業者任せだから、なにするにも達成感がないんだよな。
 …去年の文化祭と言えば…他校との練習試合があって、ユキ兄ちゃんや依里がここに来たんだよな。しばらくユキ兄ちゃんとは会っていないけど…元気にしているだろうか?
 2月にユキ兄ちゃんに告白してフラれた私だが、今ではもうすっかり吹っ切れていた。フラれると分かっていても、あの時告白して良かったなと今では思っている。今ならもうただの従妹として接する事ができる。あの日を境に私の中で初恋は思い出に変わったのだ。

「では、逃走ゲームに賛成の方、挙手をお願いします」
「ん?」

 私が過去に思いを馳せている間に、文化祭の出し物のアイディアが出されて多数決を取っていた。目の前の黒板には【劇・ミュージカル】【飲食店】【逃走ゲーム】と記入されていたので、私は慌てて手を挙げた。
 だって逃走ゲームが一番楽しそうだったんだもん。劇とか絶対私が苦手なやつだし、飲食店は去年やった。
 よくテレビでやってる賞金ゲームかな? ハンターになりきった私達がサングラス掛けて客を追いかけ回すのだろうか?

「…では逃走ゲームで決定いたします。では次に担当を決めます。先に立候補があればそちらから優先で…」

 話し合いを全然聞いていなかった私が悪いんだけど、逃走ゲームは私達が逃げる側らしい。
 逃走するキャラクターを参加客が探して追いかけ、捕まえることが出来たらカードを一枚受け取れる。そのカードにはクイズが書かれているので、2−3のクラスで各々解答してもらう。捕まえた数=カードの枚数と正答率に応じて賞品が豪華になるというゲームルールである。

 テーマはふしぎの国のアリス。アリスが参加客で、私達は他のキャラクターに扮して学校内を徘徊して逃げるという。
 …あれって時計うさぎを追いかけるんじゃなかったっけ? 他のキャラクターも逃げるの? と思ったけど、あくまで文化祭を盛り上げる為なのでなんでもアリみたい。
 私は何でも良かったけど、じゃんけんで負けて表側で逃げる役割になった。つまり今年もコスプレをするんですね分かります。
 キャラクターって何がいたっけ? 赤の女王に、時計うさぎ、三月うさぎ、チェシャ猫にマッドハッター、トランプの兵士と…
 イメージの問題があるので、皆の勝手な独断と偏見でキャラが割り振られた。私は時計うさぎに割り振られたんだけど、あれってオスじゃなかったっけ。
 ぴかりんは赤の女王で、幹さんと阿南さんは裏方。例の慎悟はマッドハッターに割り振られていたが、彼はまた体育祭の時みたいに変なコスプレ衣装着せられるんじゃないのかなとちょっと心配になった。
 
 マッドハッターに選ばれた慎悟を見ていると、偶然パチッと目が合った。しかしそれは一瞬のことで、ツンと素っ気なく逸らされたのでちょっとイラッとしたのはここだけの話だ。

 今年の文化祭はどうなるんだろうか。文化祭までには慎悟と仲直りしたいなぁ。楽しい文化祭を過ごしたいのに。私はあいつと喧嘩した覚えはないんだけど…
 もう何で怒ってんだよ慎悟ってば…

 私は深々とため息を吐いたのであった。



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mokuji
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