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寂しい


実をいうと、炭治郎から私のところへやってくることはあるが、私から炭治郎の元へと行くことは少ない。
理由は単純。忙しくて小器用に立ち回れない私はそこまで気が回らない。通い詰めているところを見られるのが恥ずかしい。以上である。
私だって出来れば彼に会いに行きたい。そして出来ることなら、彼の負担を減らしてあげたい。だから今日、勇気をもって行こうと思う。そうだ、頑張れ小夜莉!! 炭治郎を驚かせてやるのだ!!
そう意を決して竈門邸へと飛び込んだはいいものの、そこには禰豆子しかいなかった。

「炭治郎は?」
「お兄ちゃんなら鬼狩りに行ったよ。あ、あれ、小夜莉さ〜ん!?」

禰豆子の言葉に私はガクッと項垂れた。なんて時期の悪い。せっかく彼に会いに来たというのに。
それを察してくれた禰豆子が私を励ます。きっともうすぐ帰ってきますよ! だから元気出して! と私を元気付けようとする彼女に、私はゆっくりと顔をあげた。

「ありがとう禰豆子……」
「うん、いいのよ。お兄ちゃんたら時期が悪いんだから。でもせっかく来たんだし、よかったら泊まっていかない?」

それならお兄ちゃんも必ず帰ってくるはずだし、と促した禰豆子に、私は頷きながら彼女のあとをついて回る。まるで新鮮なものを見るかのように辺りをキョロキョロと見渡す私を、面白おかしそうに禰豆子は笑った。

「見慣れない?」
「うん。いつも景色とかみないで帰っちゃうから……」
「それなら。小夜莉さんもここに住めばいいのに」
「えっ?」
「そしたら、お兄ちゃんと毎日一緒にいられるよ」

そんな甘い誘いに、私はグッと唇を噤んだ。私と炭治郎が同じ家に住まないのは、私の我が儘からである。炭治郎は『一緒にいたい』って言ってくれたけれど、柱になったからにはけじめをつけなくてはならない、と思い、一人で暮らすことを決めたのだ。

「え〜……小夜莉さんが来てくれたら、私も嬉しいのに」
「そうだねぇ。私も禰豆子とお話たくさんしたいよ」
「それじゃあおいでよ!」
「それとこれとは、話が別なの」

私の言葉を聞いて、禰豆子はつまらなそうに唇を尖らせた。そんな彼女が可愛らしくて、おもわず笑みが溢れてしまう。それから彼女とお茶をし、お夕飯も一緒に食べて、私はお酒を飲んだ。やけくそと言わんばかりに飲みまくった。

「う〜……」
「飲み過ぎだよ小夜莉さん」
「いいもん……どうせ炭治郎もいないし…」
「もう、お兄ちゃんがいないとこうなっちゃうんだから」

禰豆子は後片づけを済ませると、私を寝室へ行くように促した。彼女の後をついていくと、そこはなんと炭治郎の部屋で、彼女はさっさっと一人分の布団を敷くと、『今日はここで寝よう』と言った。

「わ〜い…ふふ、炭治郎の匂いがする〜…」
(可愛い)

私を見つめていた彼女はそんな感想を抱きながら私を置いて、自分の分の布団を取りに行った。禰豆子を待つためにも、ここで眠ってはならないと必死に堪えるけれど、眠気が襲いかかってくる。
だめだ、寝てはならない。まだ炭治郎が、帰ってきてないのだから───。


「……あれ、小夜莉?」

どうしてここに、と驚きながら、俺は俺の布団に寝転がっている小夜莉に歩み寄ってきた。
どうしてかは分からないけれど、小夜莉が来てくれた。普段ここへはやってこない彼女が、ここにいる。そのことに胸が嬉しさでいっぱいになる。寂しくて、ぽっかり空いた穴が塞がる。冷たかった心が、暖まっていく。

自分が一方的に好いているんじゃないかと思っていた。彼女は優しいから、それを断れないのではないのかという不安があった。禰豆子は『小夜莉さんはそんな人じゃないよ』と言ってくれたが、実際彼女がこうして好意で俺の元を訪れてくれるのは初めてに等しくて。感動してしまった。

「たぁんじろ〜」
「うわ、お酒くさ……さては飲んだな?」
「うふふ……」

俺は鼻が良い分余計にきつい。鼻がひしゃげそうだ、と鼻をつまんでいると、彼女は俺の腕を勢いよく引っ張った。油断していた俺は、呆気なく彼女の胸へと飛び込んでしまう。

「えっ、ちょ、小夜莉……!」
「おかえり〜、たんじろ〜…ふふふ」

鍛えているだけあって力が強い。いったいその細腕のどこからそんな力が出てくるんだか、と思いながら、その拘束から抜け出そうと力をこめる。しかし、彼女も負けじと力を入れてきて、思わず呻いてしまった。

「っ、こら、小夜莉……」
「……だめ?」
「うぐ………」

寂しそうに俺を見つめてくるその姿は、正しく主人の帰りを待っていた柴犬のようだった。愛らしいその顔に、叱ろうとした俺は何も言えなくなってしまう。それに気を良くしたのか彼女は、俺の顔をぎゅうぎゅうとその胸に押し付けてきた。

「……小夜莉」

ぐっとその細い手首を掴むと、あっけなく拘束が緩くなる。布団の上にその腕を縫い付けて乗り上げると、彼女はぼうっとしながら俺を見つめてきた。その表情があまりにも扇情的で、ごくりと生唾を飲み込む。
まぐわうのは何も初めてではないけれど、酔った彼女を襲うなど、そんなことはしない。彼女は酔った夜の記憶を失う人間だ。出来ることなら、すべて覚えていてほしいから。

「あんまりやり過ぎると、お仕置きするぞ」

不敵に微笑んで彼女を見下ろすと、彼女は赤かった頬を更に赤らめて、俺を見つめ返す。泥濘として脳でも、意図を察することは出来たのだろう。その反応に俺が調子に乗って、彼女の頬に手を滑らせて唇に触れると、その唇が微かに動いた。

「──いいよ」
「……え?」
「炭治郎になら、何されても、いいよ」

そう言って、彼女はちゅ、と俺の指に口付けた。まさか、そんな風に煽られるとは思いもしなかった。どっどっと心臓の音が高鳴る。何とも言えぬ汗が滲む。頬が紅潮していく。

そんなつもり、一切なかったのに、あぁもう、全部全部この子のせいだ。

そう責任を押し付けて、顔を近づける。それを受け入れるように、彼女も瞳を閉じた。互いの唇が触れ合いそうになった、そのときだった。

「すう、すう……」
「…小夜莉…? まさか……」

寝たのか……? という問いかけに、返事は帰ってこなかった。この高ぶった感情を、どうしてくれるというのだ、と悶々としながら、俺は彼女の頬に口づけを落とす。

「……今日は一緒に寝ような」

同じ布団に入り、彼女の体を抱き締める。人より体温が低いけれど、それでも温もりがある。目の前にあるまだ幼さの残る彼女が愛らしい。そうしていると、自然と眠気がやってきて、俺もやがて眠りについた。


「……今日はやめとこ」

それを見た禰豆子は、持ってきた布団を持ち直して、自分の部屋へと戻っていった。