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揺らぐ君の馨り

あいつの気配がする。
家族を殺し、己を鬼に化えた男。

鬼舞辻無惨の気配が。

その気配を察し、私は屋外へと飛び出していく。しかし、町の中に紛れ込んだ瞬間に、奴の気配が薄れてしまった。だが、鬼の匂いが微かに残っている。

「やめてくれ!! この人に誰も殺させたくないんだ!! 邪魔をしないでくれ、お願いだから!!」

少年の声が響き渡る。そのざわつきに引き寄せられていくと、僅かにだが、鬼の気配が濃くなった。そちらに視線を向けると、そこには少年が一人の男性を押さえつけていて、警察に取り囲まれていた。

バキッ

「……えっ?」

少年を男性から引き剥がそうとしている警察に、鞘に納めた状態の刀を振るう。気持ちのいい音と共に警察の一人は倒れ、それに気をとられているうちにもう一人、峰打ちをする。

「…………」
「はっ、待ってくれ! 俺のこと助けてくれたんだろうけど、あまり傷つけるのは……!」

「惑血、視覚夢幻の香」

少年がむすっとしている私に何か話しかけていたが、その間に珠世さんの術が辺りに広がった。これ以上は、ただの暴力となるだろう。そう思い、私は刀を背負う。

「あなたは、鬼となった者にも、「人」という言葉を使ってくださるのですね。そして助けようとしている」

ならば私たちも手助けをしよう、と珠世さんは申し出た。少年は、匂いで私たちが鬼である、ということを理解しているのか、酷く驚いた表情をしていた。

その後、珠世さんの家へと帰宅した時に、「なぜ家を飛び出したのか」と尋ねられる。答えようとしない私に、珠世さんは諦めの表情を浮かべながら、首を横に振った。

「……あなたがここへ来てから、一言も言葉を発したところを見たことがありません」

口が縫われているわけでもないし、どういった理由なのか、と珠世さんは思案する。決して私は、喋りたくないわけではないのだ。ただ、声が出したくても出せないのだ。どういうわけかは、解らないけれど。兄が死んでしまって泣き枯らしたからだろうか。

しばらくしてから、先程の少年と、見たことのない少女が愈史郎と共にやってきていた。

「この方なら大丈夫ですよ。この子の血鬼術で傷を癒しました」
「……その子も、鬼…なんですか? 匂いが大分薄くて……」
「……ええ、ですがこの子は頑なに喋ろうとしません。なので名も分からないのです」

私に視線を向けた少年と少女を見て、ズキッと頭痛が走る。脳裏によぎったのは、兄さんの影。その二人を見ていると、私と兄さんのことを思い出す。

「わ、わ、わっ」
「……」

彼らに近づき、その顔をまじまじと見つめた。顔を近づけた私に、少年は顔を赤くし、少女は不思議そうに私を見つめ返している。

「……その子が、そこまで興味を示したのは初めてです」
「そ、そうなんですか?」

珠世さんの言葉に、少年、炭治郎は動揺しながら問いかけた。しばしのあいだペタペタと彼らの体を触ったのちに、私は体を離していく。

「……出会ったときから思ってて。なんだかその子、懐かしい匂いが」

する、と言いかけた彼と目が合う。赤みがかかった瞳と交差し、兄さんの影を思い出す。それを振りきるように、私はぶんぶんと頭を振るった。

 *

最初に彼女が現れたとき、人でも鬼でもなく、精霊か何かだと思っていた。巫女の装束をし、その手には鞘におさめられた刀が握られ、次々にやってくる警官を蹴散らしていく。
しかし、微かにだが香ってきた鬼の匂いに、血の気が失せていく。その子が鬼だと、なぜすぐに気付かなかったのか。このままではこの人を押さえつけている間に、その子が喰らってしまうかもしれない、という俺の心配を他所に、その子は警官を倒していく。
そして、倒れた警官には見向きもせず、あとからやってくる警官たちに視線を向けた。

「まさか…俺を守ってるのか…?」

俺の呟きなど聞こえていないのか、彼女はやってくる警官たちを張り倒していく。そんな彼女にそれ以上の乱暴は、と注意しようとしたとき、呼応するように現れた。

二人の、鬼が。
二人の名は珠世さんと愈史郎さんというらしいが、彼女には名がない、というか名乗らないようだった。どうやら、彼女は話せないらしい。禰豆子のように、幼子のような状態なのだろうか、と彼女に視線を向けると、それに気づいたのか、彼女も俺を見つめ返してきた。

「あ……」

なぜか、反射的に、会釈してしまった。そんな俺を見て、彼女はひとつ間をおいたのちに、こちらに向かって会釈を返す。その反応を見て、思わずほっこりしていると、驚いたような表情の珠世さんが彼女を見つめていた。

「これほど明確な反応を示したのは、二度目です」
「? 一度目は……?」
「彼女から、刀を取り上げようとしたときです。よほど大事なもののようで、片時も離すときはありませんでした」
「へぇ……なぁ、その刀、見せてもらってもいいかい?」

話を聞いていたのか、と怒鳴る愈史郎さんに、珠世さんが注意する。手をさしのべた俺に、彼女は「嫌だ」というかのように、首を振って刀をきつく握りしめる。そんな彼女と視線を合わせるように屈むと、彼女はビクッと肩を揺らした。

「雑に扱ったりしないから、約束する」

彼女の手を取り、小指を結んでゆびきりげんまんをすると、彼女の腕の力が弱まり、彼女はそっと、刀を俺に差し出してきた。それを「ありがとう」と受け取り、鞘から刀を抜いてみる。

そこには、錆びきった刀身があった。

「すごい錆だ……いつぐらいのものなんだろう」
「…………」
「あぁ、ごめん。はい、ありがとうな」

くいくい、と俺の羽織の裾を引っ張ってきたので、俺はそれを鞘に納めて彼女に返した。すると彼女は再びぎゅうっと大事そうに抱き締める。表情が一切変わらないけど、微かに今「不満」の匂いがした。感情はあるようだ。部屋で蹲る彼女に再び視線を合わせると、今度は怯えずに俺に視線を合わせてくれた。

「俺は、竈門炭治郎。あっちは俺の妹の禰豆子だ。君は?」
「…………」
「あ、そうか……話せないんだったな」

俺の一言に、微かに匂いが変わる。それは「否定」の匂い。その匂いに、俺は不思議そうに彼女を見つめた。それから何か言いたげな表情をして、夜空のような瞳が俺を映す。そのことに、少しだけ心臓が跳ねる。
ちょっと照れくさくなって、頬をかく。珠世さんは200年以上生きているというが、彼女はいったい何年生きてきたのだろうか。俺と同い年くらいに見えるけれど。

「その子が鬼にかえられたのは恐らく最近……ここ2年のあいだの話でしょう。その間、人を喰らったこともないようです」
「! それって……」
「えぇ、禰豆子さんと同じように、稀な存在……なのでしょう。無惨からの支配も逃れられているようです」

ぼうっと宙を眺めている彼女は、やがて疲れたのは寝入ってしまった。そんな彼女を、愈史郎さんが部屋へと運んでいった。

「あの子は人の血を飲むことさえも拒みます。普通なら飢餓状態となり、誰彼構わず襲いかかるはずなのですが……」
「でもあの子は……俺を守った」
「はい……あの子の意思が、ようやく動き始めたのでしょうか」

彼女は俺を見たときに、小さく反応を示していた、と珠世さんは言う。その反応は、今までに見たことがなく、微弱ではあったものの、確かなものであったと言い切った。

「炭治郎さん。もしかしたら、人間の時の記憶と、あなたの姿が誰かと重なっているのかもしれません。どうか、許してあげてください」
「え? 許すもなにも…あの子の気持ちが表に出てきて、もしかしたら話せるようになるかもしれないですし…むしろ嬉しいことですよ!」

にぱっと笑った俺に、珠世さんは安心したように息を漏らす。恐らく、彼女のことが大事なのだろう。愈史郎さんも、何だかんだ言ってお世話しているようだし、まるで兄妹のようだ。

「彼女は、いつも外に出たがっています。活動不可能な昼になっても、まるでなにかに心が駆り立てられているかのように……ですが、彼女の体は不安定…一人で出歩かせるわけにはいかないのです」
「……」
「そこで、炭治郎さんにお願いがあります」

そこから先の珠世さんの言葉は、簡単に予想ができてしまった。きっと、あの子を外に連れ出してほしいのだろう。しかし、あの子がなぜ外に出たいのかが分からない。外に何か、あるのだろうか。

「!? まずい、ふせろ!!」

愈史郎さんの言葉と同時に、何かが部屋を突き破ってくる。てん、と転がったのはなんと毬で、穴の空いた壁の向こう側にたっていたのは、鬼であった。

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