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初弦の月

「小夜莉……」

その声を聞いて、ようやく泥の中から意識が浮上したかのようだった。目を、覚ました気分だった。目の前の男性が、そう名前を呼んだ。私に縋るように、掠れた声で告げた名が、私の名前であることに気づくのに、数秒時間を要した。

「もう戻れない……父さんも母さんも、死んだ……俺も直に、命を落とす……」

息を切らしながら、私に訴えるその人のその声は震えている。それでもしっかりと、私に何かを伝えようとしていた。ひゅーひゅーと、苦しげな呼吸が繰り返される中で、彼は血塗れのその手で私の頬を包み込む。

「生きろ……生きてくれ……俺たちの分まで」

そして、願わくば。
再びお前が『人間』に戻れる日が来ることを、強く望む。

どしゃっと力なく倒れたその人は、もう息をしていなかった。滲み出る血の量は尋常ではなく、もうこの人は助からないということを悟る。
そして。糸が切れたように、私もその場にへたり込む。あぁそうだ、この人は、私の最愛の兄だった。
それを思い出した瞬間に、止めどなく涙が溢れてきた。拭うこともせず、手繰り寄せるように冷たくなっていく体を抱き締める。血だらけになったとしても、身体中がそれで汚れることになったとしても、それでも良かった。この人から、離れたくなかった。

「うあ、あああ、あああ……!」

ただひたすら、枯れるまで泣き叫んだ。

大好きだった家族は、誰一人助からない。私はこの世界でたった一人、取り残されてしまったのだ。その絶望に、喪失感に、飲み込まれていく。どれほどそうしていただろうか。もう日付も分からないほどだった。

ただ、私はやるべきことがある。

家族を殺したあの男を、倒さねばならぬと。心の奥底で、激しい怒りと憎しみが、燃えるように沸き立っていた。

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