25
瀬呂範太は、少しばかり迷っていた。
それなりに友人と呼べるような相手も多く、どちらかと言うと人の機微には敏い方だと自負している。
中学の間に恋人、なんていうものも居たものだから、女の子の扱いが苦手、等ということもなかった。
けれど、肉倉名前というクラスメート。
彼女が先日、試験も終わり、翌日姿を現した時のことを思い出す。
ざわついていた教室が、一瞬時を止めたようだった。
自分ですら、その姿を視界に収めたときになんと声をかけるべきかわからなかったのだ。
隣で喋っていた上鳴や、それに無視を貫いていた爆豪すら息を呑んでいた、と思う。
肉倉名前が、演習で受からなかった事自体は恐らく、クラスの全員が知っている。
演習も終え、皆が集められたモニタールームで、そろそろ肉倉と相澤先生が演習を始める。それを待っていた矢先だ。
やってきたリカバリーガールは、サッとモニターを切り「終わったならとっとと帰んな」と言い出した。
不自然だと思ったし、恐らく皆そう思っていただろう。
「見たかったよなぁ」「案外いい勝負なるのかもしんねぇ!」なんて誰かと誰かのやり取りを聞きつつも足を進めて、更衣室へ向かう道すがら、試験終了のブザー音を聞いていた。
「クリアって、聞こえなかったね」「そんな、……名前ちゃん、大丈夫やろか」そんなセリフを確かに聞いた。
それだけじゃない。
出席番号も何故か肉倉は最後で、演習があれば、大体が「じゃあここに入って」だ。
八百万なんかは頭も良いから、気が付いてたのかも知れない。肉倉の受ける、特別な待遇の意味を。
でも今にして思えば、爆豪も知ってたんじゃね。とも思う。
息を呑んだかと思うと、真っ赤な目を瞬きで隠し、つまらなさそうについたままだった頬杖もそのままに、窓の外へと視線を向けていたからだ。
本当に「珍しい」と思ったものは、あの真っ赤な目で、こっちが萎縮しそうな眼光の鋭さそのままにじ、と眺めているようなやつだ。そう、瀬呂は思っているし、普段の緑谷やら女子への態度からそうそう気を使うやつでもないことくらいは皆も知っているだろう。
なら、知っててあの常に好戦的な態度だったのか。
そう思うと、肉倉名前が男子の中では特に爆豪に懐いている、その理由を垣間見た気がした。
本人は気を使ってほしくない。特別扱いはしてほしくない。
そう思っているのであろうことは、そんなことから明白だ。
ただ、聞きたいことはあった。
例えば、「それ、USJの時か?」とか。「どうしてそうなった?」だとか。
ただ、興味本位で聞いてもいいことではないんであろうことくらいはわかる。
もしかしなくとも、恐らくUSJのときの、前からだ。
最初・・からだ。
だったらやっぱり、今まで通りにすべきじゃね?
肉倉名前は、何も・・変わってはいないんだから。
そう自分を納得させた頃合いに、丁度待ち合わせ場所へと麗日と件の肉倉名前が姿を見せた。

林間合宿の為に各々必要な物を買うなら、ショッピングモールへ皆で行こう。という、葉隠発案のなんとも学校行事のような交友行事であった。
まぁ、誘っても来ない人間は一部はいるが。

「……ま、たせたわ」
「ごめん!待った?!」

いつもなら「待たせたわね」等と、腰元へ手を当てたヒーローポーズで登場しそうな肉倉名前が、今日は麗日の傍で視線をすら下げている。

「あれ?足……てか、服!」

空気を読んでいるのかいないのか、芦戸が肉倉へと詰め寄るのを、横目で瀬呂は見ていた。

「……今日は、いつものをつけているのよ」
「へぇ」
「大丈夫って言うのに、名前ちゃん『皆が気を使ってしまうでしょう』って言うんよ。服は、……無いんやて」

「ねぇ、おくさん」とでも聞こえてきそうな身振り手振りで以て、麗日はそう言ったが、誰よりも早くそれに反応したのは案の定、肉倉だ。

「そ、れは!言わないといったわ!!」
「そうやっけ?!ご、ごめん!!」
「なになに?仲良し?」芦戸が言う。
「私ら、今同じマンションに住んどるんよ!」麗日はパチンと手を叩き、
「へー!ご近所!」芦戸もそれを真似た。
「そう!」

そんなやりとりに、どこか恥じらうように耳へと横髪を引っ掛けた肉倉の横顔からは、真っ赤な耳が覗いている。

「世話に、なっているのよ」
「へぇ!そうなんだー!服借りちゃえば良かったのに!」
「サイズが……違ってん」
「「ああ」」

段々と女子たちはそこへ集まっていき、恐る恐るそちらへと足を向けていた峰田を一先ず瀬呂は捕まえた。

「名前さんの私生活、なんだか想像つきませんわね」
「私生活なんか、そうそうないくらいストイックやったね」
「やっぱそうなんだぁ、なんかすごいね!!」
「それは想像通りなのね」
「でも包丁使うの、めちゃくちゃ下手くそなんよ!やのにお肉の焼き加減最強なんだよ!!」
「お茶子ちゃん!」
「料理出来ない系かぁ、……いや、できんのかな?」
「えー、可愛い事言うー」
「で、きないんじゃないわ!しないだけよ!!」
「意外なような、そのままのような……」
「得意不得意は皆あるわ、ケロッ」

きゃっきゃと聞こえる女子の会話を聞きながら、切島が笑う。

「なんか、なんつーか、やっぱ良いな!こういうの!!」
「皆で集まる!みてぇのなかったもんなぁ」
「オイラはあっちに混ざるんだよォ!!離せよっ!瀬呂ぉ!!」

それに上鳴が答え、峰田が唸る。

「深淵」

常闇が何やらを呟いたところで「きた」と障子が視線を向けた、その向こうに最後の一人になっていた緑谷が見えた。

「おーッ!緑谷ぁ!!おせえ!」
「ご、ごめん!!」
「みんな揃ったな!どこ行く?」

各々が行き先ごとにグループへとなっていき、瀬呂は残りのメンバーを見渡す。
今にも一人でどこかへと行きそうな肉倉に、緑谷と麗日。
緑谷はどうか知らないが、麗日が緑谷を意識しているのはなんとなく見ていればわかる。

「私、探したいものがあるから、行くわね」
「ほんまに?一緒、行く?」
「……た、」

麗日と緑谷は二人で居させたほうが面白そうじゃね?なんて事を考えると、「頼めるかしら」だとか「お願い」と言い出しそうな肉倉はこっちで引き受けたほうが後が楽しめそうじゃね?そう考えた瀬呂範太の行動は早かった。

「一緒行く?」
「あら、時間は有限よ」
「全然、俺は見るものそんなにねぇし、あまっから大丈夫っしょ」
「……なら、お願いするわ」
「オッケー、あ、じゃあ先に俺の方済ませちまっても良い?」
「ええ」

肉倉の背中を押しながら、モールの奥へと進んでいく。
チラッと振り向いた先に佇む、残されたあの二人。
緑谷と麗日の姿に、思わず瀬呂は吹き出した。
真っ赤になったわかり易すぎる麗日と、そちらに視線すら向けられない初すぎる緑谷。
どっちが先に動くんだろうか。
女子でなくとも、恋や下の話しは高校生なら好物だ。

目的のショップへとやってきたはいいものの、瀬呂の目的の物は見つからず、早々に店を出る事にする。
瀬呂は別の棚で物珍しそうに物色する肉倉の方へと迎えに行くことにした。

「悪ぃ、待たせた?」
「いいえ。有意義だったわ」
「何買い行く?」
「あの、……服を……」
「服!」
「制服と、体操着以外は……運動用のものしか、持っていないのよ」

失敗したか?等と思ったが早いか、即座に切り替えができるのを瀬呂は自分の良いところである、と自覚していたりもする。

「女子呼んどく?」
「は、ずかしいわ」

瀬呂の言葉にキョトンとした顔をつくった後、頬を染めた肉倉はそう言った。

「い、やいや、それ本当に俺で良かったのかぁ?いやー、違うでしょー」
「私のセンスは小学生の頃で終わっているのよ」
「はい?」
「私服なんて……あれ以来、選んだ覚えが……無いわ……!」
「切実なのね」
「他の男の子たちよりも、その、……貴方まだオシャレに見えるもの」
「それは嬉しいけど、女子の服……ねぇ」

どこか切実に見える肉倉の、自分より少し低い位置にある頭の天辺を見た。
果たして、女子に見られるのは恥ずかしいのに、俺に見られることは恥ずかしくない。それは一体どういうことだろうか。
そう瀬呂は思うが、考えるまでもない。
多分だが、この肉倉名前という人間には、男女の某とかいう感覚が殆どない。のでは無いだろうか。
パンか米か。それくらいの差しかないのではないか。
ただ、女子、つまりは"友人"の前では胸を張っていたいのだろう。

「オススメのお店でも良いのよ」

上目遣いなんてものを駆使する肉倉名前は、まったくもってそのつもりも無いと言うことなのだろうか。

「俺の今着てるのと同じショップ、レディースもあんだけど、見てみる?」
「それは、良いわね……!」

そうして瀬呂は、肉倉名前の口角がきゅうと上へと上がるのを見た。

「……マジかぁ……」

レアなモン見た。
瀬呂は思わず口元を隠していた。

□□□■■

「コレとかどーよ?」
「こういう風に、着るの?」
「……」
「……」
「あ、こっちで合わせりゃいんじゃね?」

確かに肉倉名前のセンスは謎だ。
瀬呂は頭を抱えたくなった。

「この色、好きだわ」
「タイダイつって、特殊な染め方してんだってよ。洗濯が面倒くせぇのが難点ね」
「それは、困るわね……」
「ならこっちにすりゃ良くね?俺とオソロイなっけど」
「……良いわね」
「良いのね」

体に服を当てた肉倉名前は、服の裾が靡くほどの勢いで瀬呂を見る。
制服のスカートがフワッと揺れた。

「大きめなのね」

そう呟く肉倉の尻あたりまで隠れそうな丈のTシャツは、思いの外似合って見える。
長いまつ毛も、サラサラとした長い髪もあいまって、エスニックな服もそれなりに着こなしてしまえるようだ。

「似合ってんじゃね?髪上げたほうがそれっぽいかも」
「……そう。……なら、これにするわ」
「いんじゃね」

何着かを手にした肉倉は瀬呂にそう言い残し、レジへと向かう。
暫くして袋を引っさげ戻ってきた肉倉名前の手にはもう幾つか、小さなショップの袋が握られていた。

「これ、お礼にと思ったのだけれど……」

そう言って渡されたそのうちのひと袋を「サンキュ」と受け取った瀬呂は、中を見て、思わず笑ってしまった。

「小学生、ねぇ……ん、ふ……」
「わ、笑わないで頂戴!」
「わりっ、んはっぶははっ!かーわいーとこあんのね」
「も、もうっ!!」
「サンキュー」
「あ、あげないわ!」
「いやいや、もう貰ったから」

袋を取り返そうとする名前の手を、身体をひねり、その長い手足を活かして交わしつつ、肩から下げていたカバンへとプレゼントの根付を引っ掛けた。
いつもの学校での肉倉名前の動きであれば、瀬呂の長い手足すらものともしないのであろうが、ここは公共の場、と弁えているらしい肉倉名前は、無理に袋を奪おうとはしなかった。
どう見ても不細工なゾウを象ったそれが「幸運」を意味している事は、こういった店が好きなら恐らく殆どの者が知っていることで、瀬呂範太もそのうちの一人である。
レジ前に置いてある雑貨としてメジャーなキーホルダーの類い。恐らく店員にでも言われたのではあるまいか。
そんな想像すら容易なプレゼントに、自然と瀬呂の口角も上がっていた。

「……借りは、そのうち、……返すわ」
「肉倉さんて、意外と話しやすいのね」

取り返すのをすっかり諦めたらしい名前に、瀬呂はまた笑った。

「そう。……嬉しいわ」

頬を緩めながら耳に髪を引っ掛けた名前が纏う雰囲気が、どうにも柔らかい。それが瀬呂には、嫌にむず痒かった。
集合場所へと向かいながら瀬呂はまた、チラ、と名前を見る。

「それは?」
「……お茶子ちゃんと、爆豪勝己に……」

「喜ばないかしら」なんて言いながら、大きなショッパーに小袋を直そうとした名前の手を、瀬呂は止めた。

「喜ぶっしょ」
「……小学生のようなセンスでも?」
「んはっ……じゃなくてですねぇ、気持ちの問題っしょ」
「そうかしら」

小袋を目の高さまで名前が持ち上げたところで、また名前は口角を上げた。

「爆豪とも仲良いし?」

瀬呂の言葉に、またキョトンとした顔をつくった名前は「……そう、なのかしら」と眉を顰める。

「いいと思うよー?俺はね」
「そうなら嬉しいわ」
「ほぅ」
「爆豪勝己はそう言わないのだけれど、それでもそうなのかしら」
「女子の中では一番良いんじゃね?」

顔色を伺おうとする瀬呂から名前は顔を隠すように背けているが、耳が真っ赤に染まっているのを、瀬呂は見ていた。

「……そうなのね。……よく、わからないのよ。お友達って、雄英に来る前は……居なかったものだから」
「あー、そういうね」
「増えるのは、とても嬉しい、わね」
「……そういう顔、もっとすりゃ良いんじゃね?」
「どういう顔かしら」
「笑ったら可愛いって話」

「……か、わ……いい……ま、た!また!揶揄っているのね!」赤くなるでもなく、下から睨みつけるように瀬呂を見る名前に、瀬呂はケラケラと笑う。

「もうそれで良いけど」
「可愛くは無いはずよ」ぷぅ、と名前は頬を膨らました。
「ん?」
「ブスと言われたもの」
「爆豪?」

「ええ」と答える名前に、その情景が浮かび、瀬呂はまた笑った。
あの爆豪だ。どうせまた、素直にモノを言わなかった。ただそれだけの事なのだろう。
どけやブス。だとか、うっぜぇんだよ!ブス!だとか。
唐突に爆豪の顔が頭に浮かんで、また笑える。

「挨拶みたいなもんっしょ、気にしなさんな」
「ブスは挨拶にはならないと思うのだけれど、……私が知らないだけかしら?」
「いんや?爆豪がおかしいだけだかんね」

瀬呂の言葉に納得したらしい名前が前を向いたと同時、ふと震えながら着信を報せるスマホを見た。

「そうなの……ね、お茶子ちゃんから、連絡……!瀬呂範太!」

瀬呂も即刻チェックをし、名前を見る。

「行きますか」
「ええ!」
「荷物は」
「大丈夫よ!」

電話を耳へと当て、走り始めた名前は、声を張り上げていた。

「お茶子ちゃん!どこにいるの?!」


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