隠して恋情
見えない距離
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 でも結局、クレープ以外は見て回るだけだった。視線が気になったこともだけど、神崎君が話しかけられることが多く、常に開いている放送室に逃げ込んだのだ。いつか放送委員の子が言っていた。放送室は常に開いていると。今、放送部員もちょうどいないし、借りることにした。特に話もしないまま、私たちは黙々とクレープを咀嚼していく。そういえば、神崎君はなんのクレープを頼んだんだろう。料理部で作ったものも食べるから、甘いものが嫌いなわけじゃないだろうし、甘いのを頼んだんだろうと予測する。文化祭だし、おかず関係は難しそうだし。


「神崎君のクレープってどんなの?」

「苺と生クリームのスタンダードです。食べますか?」

「いいの?」

「よくないなら言いません。その代わり先輩の、一口貰っていいですか?」

「食べかけでよければ」

「オレもですよ」


 私はけっこう妹弟でやるから気にしないんだけどな。神崎君からクレープを受け取り、私のものを渡す。一口かじりついて、甘いクリームと苺の酸っぱさが口に広がる。けれど、やっぱり後味は生クリームが強いらしい。神崎君は「甘いでしょう?」と言ってくる。頷いて、交換していたクレープを互いに返す。


「これ、間接キス、ですかね」

「へ?」

「……冗談ですよ」


 いつか見た、どこか泣きそうで悲しげな表情だ。なぜか私の方まで悲しくなる。本当は気にしていた。きょうだいと好きな人は違う。妹弟とは気にしなかったことでも、好きな人とでは気になってしまうのだ。


「神崎君、あの――」

「そろそろ時間ですし、俺は家庭科室に行きますね。先輩も教室に行った方がいいですよ」


 まだ時間はあるのに、神崎君はごまかすように言って、放送室を出て行った。一人残された放送室で、私は時間いっぱい、独りで過ごした。楽しかったのに、一瞬にして楽しい気分ではなくなった、なんか面白くなくなって、テンションが下がったのは言うまでもない。けれど、友人にそんな姿を見せたら神崎君と何かあったのかバレてれしまう。給仕をしている時は、何もなかったように振舞う。
 メイドカフェという名称上、男性客が多いかと思ったら、甘いものや軽食を扱っているからか男性客以外にも女性客やカップルの客も多くいた。これで神崎君が給仕をしていたら大変なことになっただろう。女性客もだが、男性客がもっと増えたと思う。あの美少女だ。絶対に増えた。そう考えると、調理班でよかったと思う。
午後いっぱい、一日目の文化祭が終わるまで、私たちは教室に拘束されることになるなんて、予想してはいなかった。途絶えることのない客をさばき、一日を終えた。文化祭の日は部活だろうと残ってはいけない。施錠を確認して、私たちはばらばらに帰った。それは珍しくて、怪訝されたけど、私は早歩きで誰も待っていない家に帰り着いた。鍵を開けて家に入ると、やっぱりだれもいない。妹弟は部活の合宿ももう行っている。この家に一人でいるのは何回もあったけど、一人で夜を迎えるのは初めてかもしれない。理解すると、途端に怖くなって、寂しくなって、両親が死んだ時のことを思い出した。両親が死んだあと、葬式をしてこの家に引き取られるまで、私は一人でもといた家で暮らしていた。そのときは寂しかった。両親がいないことも、家に一人でいることも。なんとなくご飯を作る気にもなれなくて、手を洗って着替えて、お風呂も入っていつもよりも早くベッドにもぐった。
翌日、いつも通り起きて朝ごはんを作ってハッとする。いつもの量を作ったが、今はいない妹弟の分だと気付く。一つはお昼用に弁当箱に詰め、一つは晩ご飯用に冷蔵庫に入れ、残りは私の朝ご飯。朝からこんな調子で大丈夫かな、と少しだけ思いながら家を出た。


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