32 何度も考えて。
何度も何度も考えて。
それでもまだ答えは出ない。
Side Kaname 俺は一体どうしたいのだろう、と考えてみた。
大晟は俺のことを裏切らないというくせに、俺を自分のものだと言い切った。
その言葉の意味は俺でも理解できて、本来ならば終わりを告げる意味合いだけど。
俺はそれがどうしようもなく嬉しくて、あまつさえその気持ちを口にした。
それはつまり、俺がそれを受けて入れているということに他ならない。
でも俺は、あと一歩のところで踏みとどまって前に進めないでいる。
「捨てるの?それ」
「そうしたいけど…って、うわ!龍遠!?急に出てくんな!!」
一体どっから湧いてきたんだ。
「普通に前から近寄って来たでしょ。久しぶり」
「久しぶり…って、何だその格好!?」
そのフリフリは何だ。頭にも服にも足にもとにかくどこかしこフリフリだ。しかもそれだけではなく、フリフリに一際不釣り合いな足枷に鎖で鉛が繋がれている。大きく刻まれている数字の20が、きっとあの鉛の重さなのだろう。
足枷と鉛はともかく、そんないつの時代の服装かも分からないような服はどこから調達してきたんだ。そしてどうしてそんな謎な服装で俺の前に沸いて来たんだ。
「可愛いでしょ?」
「……似合ってることに不信感を抱けよな」
見たこともない服だけど、明らかに女物の服だということは分かる。
初めて見たら見慣れない服装に驚きはするが、そこに違和感はない。つまり龍遠はどこの時代の服装かもわからない、しかも明らかに女のものの服をまるで違和感なく着こなしているということだ。
「着たくて着てるんじゃないけど、2週間も着てるともうプライドなんてなくなっちゃうよね」
「2週間も着てんのかよ…!!」
俺はもう2週間も龍遠に会っていないということか。ということは、前に共有地で会った時から最低でも2週間以上は経っているということだ。
そう考えると、龍遠がいわゆる女装スタイルを2週間も続けているという事実よりもあれからもう2週間以上も経っているという事実の方に驚きが偏った。
「まぁ俺の話はどうでもいいでしょ?それより、捨てることにしたの?それ」
龍遠は自分の話を半ば無理矢理切り上げ、俺の手の中にあるものを指差した。
この小さい塊の中に、俺の今の生活を支えている決定的証拠が保存されている。
「…捨てねぇ」
「そうしたいって言ってたのに?」
「いっ…言ってない!!」
「そう?ならそれでもいいけど」
そう言って龍遠は俺の隣に腰を下ろした。
ちなみに現在は労働時間中だが、俺はまるでやる気が出なかったために早々に職務放棄をして看守の目の届かない場所に逃げてきた。しかし、今日の最低ノルマ分はしっかり終えてのことなので見つかっても文句を言われる筋合いはない。とはいえ、本当に見つかったら残業くらいはさせられるだろうが。
龍遠はノルマが終わっているのかいないのか知らないが、この肉体労働の職場においてその足枷を突けた状態で既にノルマを達成しているのだとしたら、俺の少ないボキャブラリーでは異常という言葉に意外に当てはまるものはない。
「俺は大晟のものなんだってさ」
「大晟さんがそう言ったの?」
「うん。誰にもやらないって…そう言った」
「嬉しかったんだね」
「……うん」
その感情が意味することを、俺はもう十分に分かっている。
その感情を認めたいと思う反面、認められないでいる。大晟を信じたいと思う自分と、信じられない自分がずっと喧嘩をしている。
「大丈夫だよ」
龍遠はそう言って、まるで口にしていない感情まで全て悟っているかのように俺の頭を撫でた。
大晟ほど心地よくなかったけど、少しだけ安心した。
「何が大丈夫なんだよ?」
「無い頭でいくら考え込んだってどうしようもないって」
「はぁ?」
なんだコイツ唐突に超失礼になりやがった。
今さっき安心したって思った俺の心を返せ。
「そもそも要、共有地で稜海に色々言われたでしょ?」
「……言われた」
「何言われたか知らないけど、相当キツく言われたんじゃないの?」
相当っていうか、あれは確実に俺を苛めていただけだと思う。
「そうやって簡単に感情移入してまた同じことを繰り返したいのか。そんなことじゃ今度は本当に化け物になって、おまけにAになって一生検体漬けにされることになるぞ。言っておくが感情移入していない今までと同じだなんて戯言は言わせないからな。そうじゃないことはお前が一番よく分かってるだろ。もしも同じことを繰り返したくないなら、今すぐスクラップにでも独房にぶち込むでもして新しい手頃なのを探せ。それが出来ないのならもう手遅れだ。また同じことを繰り返して化け物に拍車をかけて戻って来い」
まぁてっとり早く大まかにまとめるとこんなことを言われた。ただ、本当はもっと長かったしもっと酷いことを言われた。
俺の復唱を聞いた龍遠は少しだけ表情を引きつらせて「容赦ないなぁ…」と呟いた。
「それでも要が大晟さんと一緒にいることにしたのは、自分が二度と感情なんかに流されないって自信があったから?それとも、仮に自分が感情に流されたとしても大晟さんが裏切ることはないって思ったから?」
「……そんなの、自信があったからに決まってるだろ」
「今でも本当にそうだったって言える?」
そう聞かれると、自信があったからっていうのは嘘だ。正直、その時点であまり自信なんてなかった。
それでも俺は、稜海の忠告を無視した。
その時はどうしてそうしたのか考えようとも思わなかったけど。
今ならその理由が分かる。
俺は、大晟がいなくなることが嫌だった。
あの時稜海の忠告を無視したのは、ただ、それだけの理由だった。
「ほら、考えなくたってそのうち分かるようになるんだから。無理に今考えなくても、そのうちどうすればいいか分かるんじゃない?」
龍遠はそう言って笑った。
確かに今無理に無理矢理答えを出すよりも、放っておけばそのうち答えは出て来るのかもしれない。
大晟はずっと俺の傍にいると言った。
「なぁ龍遠、これ持っといてくんね?」
「え、何で?ていうか嫌だよ。こんな責任の重いもの」
俺がUSBを差し出すと、龍遠は思いきり顔を顰めた。
だって、大晟が自分の見つけられないところに隠せって言ったんだからしょうがないだろ。もしも部屋に置いといて見つけられたら、ゆっくり考える暇もなく俺が結論を出さなきゃいけなくなる。
「失くしたら失くしたでいいからさ。とりあえず持ってて」
「えっ…ちょ、は!?待ちなよ!!」
嫌がる龍遠に無理矢理押し付けて、俺は急いでその場を立ち去ることにした。龍遠なら絶対に誰も見つけられないところに閉まってくれるだろう。
いつも俺に検討外れのことばっかり教える罰だとでも思ってくれたらいい。
**
「遅ぇ」
「ぶはっ」
部屋に戻った途端、顔面に枕がぶち当たった。
この前看守室から根こそぎ持って来たときに拝借した上等な枕だったから痛みはなかったけど、それでも労働から戻って早々暴力を受ける言われはない。
ちなみに枕カバーはちゃんと洗濯してしかも裏面で使っているから看守の加齢臭は心配無用だ。
「何すんだよ…」
「何でこんなに遅ぇんだよ。もうとっくに労働の時間終わってんだろうが」
「…サボってたのが看守にバレて残業してた」
何で俺はあっさりバレたのに、あんなに派手な格好でうろついてる龍遠がバレないのか意味が分からない。
もしかしたらあの無駄に似合ったフリフリの格好で看守をたぶらかしてチャラにしてもらってんじゃねーだろうな。アイツならやりそうだ。
「サボってんじゃねぇよ、馬鹿が」
「うっせぇな!誰のせいで労働に身が入らなかったと思ってんだ!」
そう言ってから、この切り返しは不味かったと思った。
しかしそんなことを思ってももう遅いし、更に大晟は俺のこの言葉の意味に気付かないほど馬鹿じゃない。
「俺がお前に何したっつんだよ?」
「えっ…あ、いや。…別に大晟のせいだっつったんじゃねーけど……」
「今そう言っただろ」
「いや、だから…あーもう、うるせぇ!!この話終わり!!」
「はぁ?」
かなり無理矢理に話を終わらせようと大声を出すと、大晟はそれはもうこれ以上ないくらいに顔を顰めた。
しかめっ面でさえ崩れない美貌は相変わらず凄いと言わざるを得ない。
「あーそうだ。そんなことより、お前の言った通りUSB龍遠に預けてきたから」
「は?」
「何だよその顔は。お前が預けろって言ったんだろ」
自分で言っておいて何豆鉄砲を食らったような顔をしてんだ。
まさか、忘れたなんてことないだろうな?
「お前…俺にそれ言ったら意味ねぇだろうが……!」
あ!!!
「ほっ、ほんとだ!!意味ねぇ!!」
大晟はそう言って爆笑して、俺がはっとしたように返すと更に爆笑した。
ていうか、何をやってるんだ俺は。
言われた通りちゃんと隠したことを報告しなきゃと思ったけど、隠し場所を報告したんじゃ何の意味もない。そもそも、報告なんて必要ないだろ。
まずそこに気が付けよ、俺。
「っとに筋金入りどころじゃねぇ馬鹿だな!」
「うっせー!だ、大丈夫だよ!龍遠のことだからきっととんでもない所に隠すに決まってる!!」
そもそもの性格が捻くれているのだからまず普通の人間が思いつかないような場所に隠すに違いない。
それに加えて大晟が凄腕のスパイだったってことも知ってるから、きっと念入りに隠してくれるだろう。…そう信じたい。
「まぁ、別に探さねぇからいいけど…」
大晟は未だクスクスと笑いながらそう言ってから、枕を拾ってベッドの上に投げすてた。
そう言えば、どうして俺は入ってきて早々枕を投げられたんだろうか。
「大晟、俺に何か用事があったんじゃねーの?」
入って来た瞬間に痺れを切らしたように「遅い」と言って枕を投げつけてきたということは、俺を待っていたということだ。
大晟が動労から俺の帰ってくるのを待っていること自体珍し過ぎて(もしかしたら初めてかもしれない)、その理由が全然分からない。
「あー…お前が遅いせいで時間帯が微妙になっちまったからな。…いやまぁ、いいか」
パッドを手にした大晟は時間を目にしながらぶつぶつと呟いた。
現在の時刻は夕方4時。一瞬だけ2時間近く残業をさせられたという事実に至ら立ちを感じたが、大晟が一体何に悩んでいるかということに対しての興味の方が勝った。
「何が?」
「行くぞ」
「え、だから何が?てかどこに?」
「いいから黙ってついて来い」
「……分かった」
大晟はパッドを先ほどの枕と同様にベッドの上に放り投げると、俺の頭を軽く撫でてから出入り口の方に歩き出した。さっきまで怒ってた風だったが、俺のあまりにおバカな発言に怒りも冷めてしまったのだろうか。
何にしても、俺は相変わらず大晟に頭を撫でられるとどうも反応が鈍くなってしまう。おまけにまるで躾けられたペットのように言うことに従ってしまうのだからもう様はない。
そしてそんな自分に憤りを抱くことすらなくなったのだから、全くもってどうしようもないとしか言いようがない。
**
大人しく大晟に付いて行くと、見覚えのある場所にたどり着いた。
前に残業させられた時に腹が立って尾行した看守がやってきた場所だ。全く読めない漢字で書かれて会った字を大晟に見せたら「おんせん」という聞いたこともない言葉を発して…。なんでも外の世界では高額な金を払わないと行けない場所らしかった。
そして、これまでの素行の悪さが祟ったか(ものすごく今更だが)、その部屋の鍵はゆりちゃんに捧げる羽目になった。それどころか、あまつさえ稜海と大晟には鍵を貸すと言っていたゆりちゃんは俺にだけその鍵を貸してくれないと言っていた。
「大晟…ここって……」
「有里が鍵貸してくれたからよ」
大晟はそう言って、元々は俺のものだった鍵をちらつかせた。
「……俺が見張り番とか言わねぇよな?」
「お前に見張らせとくくらいなら一人で来た方が安全だっつの」
大晟は相変わらず失礼なことを言いながら手際よく鍵を開けると扉を開いた。
この前来た時も横開きの扉なんて珍しいと思ったけど、大晟によるとはるか昔は日本では横開きの扉が主流だったというのだから驚きだ。
「俺、ゆりちゃんに駄目って言われてんだけど…」
「ろくに規則は守らねぇ癖に何でそういうところだけ律儀なんだよ、お前」
「看守よりゆりちゃんの方が百倍怖いから」
「なるほど。納得した」
そう言いながら大晟はさっさと扉の向こうに行ってしまった。
俺は入ることを禁止されているわけだが、やはりここで見張り番をしていろということだろうか。
「有里には言ってあるからさっさと入れ。看守に見つかったらどうすんだ」
「え?」
「さっさと入れ!」
「は、はい…!」
さっき俺はまるで自分の方が躾けられたペットみたいだって思ったけど。
今の状況だとペットってか下僕の方が近くないか?どうなんだよ、それって。
「大晟がゆりちゃんに頼んでくれたのか…?」
「過保護だとか甘やかしすぎだとか散々言われたけどな」
…それってペットとか子どもとかに使う言葉だよな?
ゆりちゃんは俺と大晟の関係を何だと思ってるんだ。
主導権を握ってんのは俺だぞ。
「でも…何で?」
「この間は一応お前に助けられたわけだし。たまには褒美くらいくれてやってもいいだろと思ってな」
あれ?主導権握ってんのって俺だよな?
何この超上から目線。
ペットがそこそこいいことしたから、しゃあなし褒美を与えるかみたいなそれ何?
「…大晟、生意気」
「それはお前みたいなガキのことを言うんだよ。ほら、さっさと入らねぇといつ看守が来るか分かんねぇし、夕食の時間に間に合わなくなる」
なるほど。それで時間を気にしてたのか。
確かに、看守のためにあるような場所なのだからいつ来てもおかしくはないし、悠長にしていたら夕食の時間にも間に合わない。
ここは大晟にぐだぐだ文句を言うよりも、理由と態度はどうあれ一応俺のためにゆりちゃんから許可を取ってくれたわけだから、ありがたく頂戴しておくことにしよう。
「ところでさ、温泉って具体的に何するところ?」
「何するって…前にも言っただろ。平たく言えばでかい風呂だよ」
確かにそうだろうし、それは見れば分かる。
ちなみに俺は生まれてこのかた湯船というものに浸かったことがない。前に看守室に取り付けてある浴槽が何か分からずにゆりちゃんに聞いて、人間が浴槽にお湯をためてその中に浸かる文化があるということを初めて知った。
「でかいこと以外に普通の風呂となんか違うのか?」
「湯の成分が違うんだろ。詳しいことはよく分からねぇけど、疲労回復とかに効果的らしい」
「ふうん」
大晟でも知らないことってあるんだな。
なんて思いながら浴室の手前の脱衣所で服を脱いで、いざ出陣。
浴室に繋がる扉を開けた瞬間にぶわっと湯気が脱衣所に侵入して来くると同時に熱気が漂ってきた。この間は何とも思わなかったけど、なんだか知らない世界に入り込むみたいでわくわくした。
「おお…っ、すげぇ…っ」
「お前前にも見たんじゃねぇのか?」
「前見たときは足首くらいまでしかなかった」
それが今日は浴槽いっぱいまでお湯が溜まっている。
これほどまでに水が大量にたまっている場所を見るのは初めてだから、それを目にしただけでテンションが上がってきた。多分、さきほど感じた異次元に入り込んだ雰囲気からのこの状況だから、テンションの高ぶりが大きいんだと思うけど。
「大晟、早く入ろ!」
「頭とか洗ってからな」
「先に入りたい!!」
「却下」
さっきからやっぱり主導権が間違ってる気がするんだけど。
ていうか、それなら俺だけ先に入っちゃえばよくね?
「入んなっつってんだろ」
「ぎゃあ!!」
浴槽に向かって行こうとしたら、足を引っ掛けられた。
もちろん普段の俺ならこんなことに引っかかったりはしないが、相手が大晟だということと湯気で周りが見えにくいことが災いしてものの見事に転がった。
しかも地面が滑るから凄い勢いがよかったし、これは場合によっちゃ大けがに繋がったんじゃないのかと思うくらいに綺麗に転んだ。俺じゃなかったら確実に大惨事になってたと思うよ!
「……くそぅ」
起き上がると既に大晟はいなくなっていた。間もなく水の出る音が聞こえたのでそっちを向いたら、まるで何事もなかったかのようにシャワーを浴び始めている。
ここで文句でも言ったら追い出されるか、また転ばされるのが関の山だ。最終手段データ拡散作戦に打って出てもいいんだけど、こんな下らないことで使うような手段じゃないし、何よりそんなことはしたくない。
そう思わせられている時点で俺にはもう勝ち目はなく、大人しく大晟の言う通りにしなければならないのだが。それはそれでなんだか腹立たしいので大晟の言うことを聞いた上で後から仕返しをしてやろう。
**
仕返しをしてやろう、と思いながら頭を洗い、身体を洗った。
俺たちが普段使っている石鹸とは打って変わって近代的なシャンプーとボティーソープに俺がはしゃいでそこら中を泡だらけにしたとかそういう話は置いておくとして。
一通り洗ってから大晟にチェックされ許可をもらって(お前は看守かと言ってやりたくなった)やっと湯船に浸かることが出来たわけだが。
「人はこれを極楽と呼ぶんだろうなぁ…」
湯船の中はそれまでのうっぷんなんて一瞬でどこかに投げ去ってしまうほどに極楽だった。
俺が初めてここを見つけた報告をした時にどうしてゆりちゃんや大晟、稜海までがあそこまで興奮していたのか。ようやく分かったような気がする。
数万円払わなくては入れないようなところに誰が好き好んでいくものかと思っていたが、これならば多少お金に余裕があれば行く。俺の場合、どこからか金を盗んででも通いたくなる。
「ジジイかお前は」
少し離れたところでお湯に浸かっていた大晟がくすくすと笑う。
大人が軽く10人は入れるくらいの広さがある風呂だし、ただでさえいっつも一緒にいるんだから別にくっつく必要がないのは分かるけど。
何だろう、この距離感が落ち着かない。
「……遠い」
「あ?」
「遠いっつって…うわっ」
あ、やば。
そう思った時には、既に俺の身体は傾いて取り返しのつかない状態になっていた。
「おい…っ」
大晟に近付こうと立ち上がって足を踏み出した瞬間に風呂の中で思いきり滑った俺は、そのまま湯船にダイブしてしまった。
反射的に目を閉じて間もなくばしゃんっという音と共に水に沈む感覚がした。しかし自分で体勢を立て直してお湯から顔を出す前に、腕を捕まれるや否や強制的に引き上げられた。
「ごほっ、ごほっ……」
「何やってんだ馬鹿」
「大晟が遠くにいるのが悪いんだろ…」
すぐに引き上げてもらったからか、それほど咽ることなく復活した俺は言葉通り馬鹿にしたような表情の大晟を睨み付ける。
しかし大晟はそんな俺を見てまたクスクスと笑った。
「ジジイみたいなこと言うかと思えば、今度は親が近くにいないと不安なガキか」
「ジジイでもねぇしガキでもねぇよ!」
いやまぁ、大晟からすればガキはガキなのかもしんねーけど。
「はいはい、見たことない所に来て不安だったんですよねー」
「むかつく…!!」
馬鹿にしたような、じゃなくて全力で馬鹿にしにきてるんですけど。しかも馬鹿にしてる感じを微塵も隠そうとしてないんですけど。
「ほら、もう近くに来たから怖くないですよー」
「しつけぇ!もう怒った!」
「うわっ」
今日はずっと大晟が主導権を握っていて、そのせいで俺は振り回されっぱなしだ。
このままではいられないと判断した俺は、強制的に主導権を引き戻す作戦に出ることにした。
「んっ…んんっ」
馬鹿にしたような大晟の腕を掴み、先ほどよりも近くなった距離を更に縮める。肌が触れるくらいまでに縮まった距離で無理矢理キスをすると、大晟の身体が少しだけ跳ねた。
キスをしながら浴槽の端まで押しやって唇と解放すると、不満気な表情が俺を見上げた。
「……ゆっくり浸かろうって気にはならねぇのか?」
「そういう気分をぶち壊したのは大晟だろ」
まじまじと眺めると相当エロいから、別に怒ったとかそういうのがなくてもそのうちそうなってたって。
これまもう、美人の宿命だからしょうがないって諦めてもらうしかないな。
「っ…うあっ…」
「文句言う割にその気になってんじゃねーか」
お湯の中で大晟の身体を撫でていると、すっかり熱を持った中心に到達した。
熱い風呂の中でもその熱を感じることが出来るのだから、相当ヤる気になってるって受け取っていいんだよな?
「るせ…っ、ん…っ」
今度は後ろに指を立てると、大晟は唇を噛んで声が漏れるのを抑えた。
いつかのシャワーの時はそうやって唇を切っていたけど、今日はそんなことしなくてもここには俺たち以外誰もいない。
「また切るなよ」
「だったらやめ、あっ」
やめるわけないだろ。
と言う代わりに、後孔に立てた指を中に押し込むことでその意思を伝える。
今度は間に合わなかったのか、甘い声が漏れた。
「お湯の中だからするする入るな。それともお湯は関係ねーの?」
「はっ…あ、っ……」
指で中を掻きまわすと、大晟は俺の腕を掴んでその快感に耐えようとする。
前にも言ったが、力任せに掴むもんだから爪が食い込んで痛い。
「だからそれやめろって言ってんだろっ」
「ああ…っ、んっ…あ……」
指の数を増やして大晟が感じるところばかりに指を押し付けると、快楽に耐えることもままならなくなってきたのか段々と腕を掴む力がゆるくなった。
腕の痛みがなくなったことに安心したもつかの間、今度は大晟の身体がずるずるとお湯に沈み始めた。
「そこは耐えろよな」
「んっ…あ、…無茶、言うな…っ」
悪態を吐く腕が俺の首に巻きついてくる。
大晟の体温はいつもよりも熱く、そして耳にかかる吐息もいつもより熱く感じられた。そのいつもとは違う熱に背筋がゾクリをなるのを感じながら、大晟の腰を引き寄せる。
「欲しい?」
「……っ…耳元で喋んな……!」
「好きなくせに」
「ふああ…っ」
わざとらしく耳に息を吹きかけてから耳たぶを甘噛みすると、大晟の身体がビクッと跳ねた。俺の指を咥えこんでいる後孔もきゅっときつくなり、俺の首に絡まっている腕の力もぐっと強くなる。
より密着することで、先ほどよりも更に熱を感じた。いつもは冷たい俺の体が奥の方から熱くなってくるような錯覚に陥る。
「欲しい?」
「ほし、い……っ」
まだ堕ちきっていない大晟が切羽詰まった様子で、俺を睨み付けてそう吐き捨てる。
その返答に満足した俺は、指を引き抜いて自身を思いきり大晟の中に突き上げた。
「んああっ……」
大晟の口から嬌声が漏れ、俺の耳に息がかかる。
さっきの大晟みたい感じる訳じゃないけど、背筋がぞくっとして体が熱くなるのが分かった。
「あっ…あ、はっ…んっ」
腰を揺らすたびに熱を帯びる体が触れ合う感覚が心地いい。
その心地よさに身を任せながら、甘い声を漏らす大晟の口を塞ぐ。
「ん、ふっ…んんっ…」
口の中に舌を押し込むといつもよりも熱かった。
大晟は熱に浮かされて素直になってきたようで、自ら快楽を求めるように舌を絡ませてくるばかりか首に回されている腕にも力がこもった。
「はぁっ…ん、あっ……」
唇を離して腰を打ち付けると、大晟の身体が震える。
至近距離にある顔が物欲しげに俺を見上げた。とろけた大晟のそれを直視してしまうと、こちらが熱に浮かされそうな感覚に襲われた。
エロいなんてもんじゃない。
「煽ってんの?」
「……誘ってるんだよ」
「っ…!」
完全に理性を飛ばしたのかと思っていたが、もしそうならばそんなことは言わないし、声のトーンがもっと甘めかしいはずだ。
しかし、理性があったとしても大晟が自分から俺を誘うなんて今の今までなかったことだし、それどころか俺の首元に顔を埋めて唇を押し当てて来るなんて初めてのことだった。
「何動揺してんだよ?」
「……してねぇ」
相変わらず蕩けた甘い表情の合間、どこか余裕を漂わせながら大晟が微かに笑う。
上手く切り返せずにいる俺に追い打ちをかけるように大晟は先ほど俺がしたのと同じように耳を噛んだ。
「っ……!!」
ゾクリと背筋を電流が駆け抜けたような感覚と共に、耳に熱い息がかかった。
頭がぐらぐらと揺れるような衝撃を受けたが、このまましてやられてたまるかと思考回路を切り替える。
「調子に乗んなよ…っ」
「ああ…っ!!」
一番いいところを突き上げると、浴室内に一際高い声が響く。
先ほどまでの余裕の表情がなくなり、再び快楽に溺れる表情が浮かび上がる。今度はそこで容赦などせずに、一気に快楽の底まで突き落としてやろうと執拗に突き上げた。
「あっ、待っ…あっ…ああっ…!」
「待たねぇよ…っ」
「あっ、あっ、ああっ…!」
大晟は俺の与える快感に身を任せながら、必死に俺の首に腕をからませている。
それ自体は悪くないのだが、嬌声が漏れる度に耳にかかる息といつも以上に熱い身体が密着することでこっちまで熱で溶けてしまいそうな感覚に陥ってしまう。
けれど、それならばそれでいいとさえ思えた。
この熱すぎるほどの熱を感じながら、この熱に溺れてしまえればいい。
そうすれば、きっと何も考えなくてもよくなるだろう。
葛藤と快楽と(そうして俺はまた、快楽に逃げ道を作るのだろうか)
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mokuji
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