Long story


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31

 どちらがいいかと話し合い埒が明かないときは。
 最終的にどちらでもいいと落ち着く場合が多い。
 それは結果としてどちらでも変わらない証拠であり、
 最初からどちらをとっても結末は同じなのかもしれない。

Side Taisei



 目を覚ますと、どこかに横たわっていた。
 天井が見える。これまであまり天井を意識してみたことがなかったからここが自分の部屋なのかどうか一瞬だけ迷った。
 しかし首を回すとテレビにソファという見慣れた風景があって、しかもその中に見知った顔が何人かいたために自分の部屋であることを認識した。
 どうやれ俺はちゃんと寝ることが出来たらしい。再生速度を上げたおかげで体は鉛のように重たいが、寝起きにも関わらず頭は自分でも驚くほどにすっきりしている。一体どれくらいの時間寝たのだろうか。


「ああ――!!何やってんの俺、馬鹿なんじゃねーのマジで何やってんの馬鹿だろ!!」
「いい加減しつこい。お前が馬鹿なのは誰もが知ってるし、スペードのAに喧嘩売るなんてもはや馬鹿なんて言葉じゃ表現できないくらいに馬鹿だが、売っちまったもんはしょうがないだろ」
「少しくらい慰めろ馬鹿ぁあっ!」

 そう言って頭を抱えているのは要で、そんな要に容赦ない言葉を投げかけているのは稜海だ。何だか自分に言われているような気がして、ちょっとだけ気分が萎えた。
 有里は苦笑いでその光景を眺め、要が泣きつくように縋るとその背中をぽんぽん叩いていた。ちょっとだけムカついた。
 俺は視線を天井に戻して、少しだけこの3人の会話に静かに耳を傾けることにした。

「慰めてどうなるんだよ?なかったことにでもなるなら、慰めてやってもいいが」
「そうだけどぉ〜…」
「そんなに後悔するなら喧嘩なんか売らなきゃよかっただろ」

 有里の言うことは最もだ。そんなに頭を抱えるなら、放っておけばよかったのに。
 そうすれば、もしかしたら俺も串刺しにはならなかったかもしれない。
 まぁ、俺は別に後悔はしてないが。

「だってあいつが俺の大晟に気安く触るから!あと別に後悔はしてない!」
「当たり前だ。俺らが看守を引き止めとくために費やした苦労を思えば後悔なんてされてたまるか」

 だからあれだけの騒ぎだったのに看守たちが全く割って入ってこなかったのか。
 納得した。

「そっち?いやまぁ確かに大変だったけど。…最終的に一番苦労したのは一切関係なかった龍遠だし、何とも言い難い」
「龍遠?何で龍遠が苦労したんだ?」
「ほら、大晟さんの血が大量に床に流れてただろ。あれ見て医療班が大晟さんの容体を確認に来ようとしたのを追い返したらしい」
「うわ、まじでか。よかった、医療班になんて連れて行かれたらそれこそ何されるかわかったもんじゃない」

 何されるか分からないって、医療をしろよ。そんなこと言われる医療班って一体どんなだよ。
 あの猫耳事件から相変わらず龍遠には会ってないが、会ったらお礼を言わないといけない。

「まぁそうだけど…ただ、後々のことを考えると医療班に任せた方が後々安全だったかもしんねぇよな」
「絶対却下!!俺が前に足の骨負った時は変な薬飲まされて俺の意志に関係なく透明になるようになったし、稜海が火傷した時は注射打たれてからコントロールが利かなくなって龍遠を殺しかけたし、有里ちゃんがアキレス腱切った時なんて3分おきくらいにそこかしこに雷落ちてたじゃん!」

 何だそれ。全然医療じゃない。
 あとどいつもこいつも怪我をし過ぎだ。

「そう言われると、お世辞にも安全とは言えねぇけどさ。でも少なくとも、スペードのAが乗り込める領域じゃない。野晒し状態のここにいるのと、どっちがマシかって話だよ」
「まぁ…医療班も普通の囚人には医療してるらしいけどな」
「普通?この状況見てそう言えるなら稜海は俺よりも馬鹿だぞ。こんなの、どう見たって実験マニア共の格好の餌食だ」

 それは多分、俺の体質のことを言っているのだろう。
 あれだけ八つ裂きにされているみたいに痛かったのに、今はもう全くなんともない。体中のどこにも穴など開いていないだろうし、傷跡すら残ってはいないはずだ。

「そんなことは分かってる。だからわざわざ有里を龍遠の所に行かせたんだろ」
「俺は伝書鳩じゃねぇっつの。で…要は知ってたのか?」
「ううん。前にシャワー室で声抑えてて口切った時は、あんなふうにはならなかった」

 随分と懐かしい話を覚えてるもんだ。
 つうか、余計な描写を挟むんじゃねぇよ。

「お…俺は指摘しねぇぞ。聞かなかったことにする」
「右に同じ」

 いい判断だ。

「何が?」

 何がじゃねぇんだよ、馬鹿野郎が。
 もう少し有里と稜海を見習え。

「しかし、要も知らないとなると本人に聞くしかないな」
「経歴に書いてんじゃねーの?」

 稜海の言葉に要が疑問を飛ばす。
 俺は囚人になった自分の経歴を見たことはないが、それがもし外にいた頃の履歴書のようなものなら書いてはないはずだ。いや、そうでないとしても書いているはずはない。

「書いてなかった。そもそも、もし書いてあったら要の玩具以前にマークしてただろ」
「つーか、あれが何かの能力なんだとしたら、明らかにロイヤルか責任者にされてるはずだろ。俺らなんかよりよっぽど厄介だ」

 有里や稜海、要の能力の方がはるかに使い勝手はいいと思うが。
 厄介だと言われれば、確かにそうかもしれない。

「まぁ…あんなアナログな機械いじってものの10分で電気供給止めるくらいだからな。自分で経歴なんて簡単に書き換えられるだろうし……誰もその能力を知らなかったとしてもおかしい話じゃない」
「ああ、なるほど。確かに…それはそうだな……。じゃあ、やっぱり実験施設?ここに来てからの検体だと、経歴書き換えたって流石に厳しいだろうし」
「でもな……もしも実験施設なら、あんな特殊な能力を持った人間を外には出さないと思うんだが…。俺ですら独房で24時間監視だったぐらいだから」

 24時間独房監視って。何だそれほぼ監禁状態じゃねぇか。
 そんなの絶対に気が狂うだろ。…いや、俺が言えたことではないけれども。
 そりゃあ、施設をぶっ壊したくもなるな。
 もしも稜海みたいな力があったら、俺ももっと早くにあそこから抜け出して、あの呪縛から解放されていたのだろうか。


「……もしかしたら、…検体でも実験施設でもなかったのかも…」


 有里と稜海の会話を聞いているだけだった要が、ふと口を開いた。


「まさか、生まれもったとか言わねぇよな?」
「違う。あの、スペードのAだよ……」

 数十分ぶりに出てきた言葉に、少しだけ驚きを隠せなかった。
 要にしては鋭い。

「だって…あいつ、……聞いてただろ?大晟のこと……色々と」
「ああ…あの……可愛がってやった、ってやつ?」

 声のトーンが一気に低くなる。
 普通に生きていればまず経験することのないことばかりだ。
 そして経験の有無に関係なく、聞くだけでも楽しい話ではなかったと思う。

「もしもあいつの言っていたことが本当なら…、大晟の身体に傷一つないなんておかしい……それ以前に、目とか…見えなくなってるはずだし、腕…だって」

 あまり口にしたくないのだろう。歯切れが悪い。
 あの時、あいつはどの話をしたんだったか。目を潰されたことも1回や2回ではないし、腕をもがれたのも同じだ。だから、要の言葉を聞いてもどのときの話をしていたのかいまいち思い出せなかった。

「だから…少なくとも、拷問されてたときには能力があったってことじゃねーの……?」

 要のくせに、今日は随分と頭が働いてるみたいじゃねぇか。
 さて、そろそろ盗み聞きもほどほどに起きた方がいいかもしれない。


「というより、拷問しても死なせないためにその能力を与えた…って方が正しいな」


 俺が起き上がりつつ口を開くと、視線が一斉にこちらを向いた。






「た―――大晟…っ!」
「おわっ…!?」

 俺が起き上がると、間髪入れずにソファに座っていた要が飛びついて来た。
 流石ウサギ、ジャンプ力も並大抵じゃない…なんて思っている場合か。

「よかった!起きた…!」
「首に巻きつくな苦しい!」
「うん!」

 そう言って要は離れようとしない。人の話を聞かない病は今日も今日とて絶好調だ。
 まぁいい。ちょっと、いやかなり可愛いから、言わなくてもいいシャワー室の描写の件はなかったことにしてやろう。

「どっちがペットだか……」
「ご主人様が無事で尻尾振って喜んでるみたいだな」

 そう言われるともっと可愛く見えるから、あまり余計なことを言わないでほしい。
 ところで、ウサギの尻尾って振れるんだろうか。

「うっせー!俺がご主人様だバーカ!」
「はいはいもう勝手にどうぞ。俺らは帰る、だろ?」
「ああ。大晟さんが起きたならもう心配ない」

 そう言うと、有里と稜海はおもむろに立ち上がった。
 さっきまで議論していたことの真実を知らなくていいんだろうか。もしかしたら、俺のあの一言で大体見当がついたのかもしれない。

「有里も稜海も、色々ありがとうな」
「うん。まぁ…一番色々したのは龍遠なんだけど」
「あいつは擦り切れるまでこき使えばいい」

 どうやらまだ相当猫耳を根に持っているらしい。
 稜海の容赦ない発言に、有里と要まで苦笑いを浮かべていた。

「まぁ…でも、龍遠にもお礼言っといてくれよ。最近めっきり会わなくなったから」
「多分、会わないようにしてるんだろ。伝えておく」
「じゃあ、お大事に。あと、要のことよろしくな」

 どうして龍遠が会わないようにしているのか、要の何をよろしくなのか。
 その辺りのことがさっぱり分からないまま、有里と稜海は部屋を出て行った。


 **


「大晟」

 有里たちが出て行って少しして、首に巻き付いていた要が俺を見上げた。
 視線を落すと、どこか心配そうな表情がうかがえる。

「…もう大丈夫なのか?」
「ああ。最速で治したからな、もう何ともない」

 身体は大丈夫だか、改めて見ると服はやべぇな。
 血まみれだし、穴だらけだ。

「それ……俺たちと同じ…そういう、能力なのか…?」

 要が少し不安そうに俺の顔を覗き込んできた。
 何がそんなに不安なのか。もしかしたら、不安なのではなくて不気味なのかもしれない。

「検体や実験がどういうもんか知らねぇから同じかどうかは分かんねぇな。俺がこんな体になったのは、あの男に何回も変な液体を注射されたからだ」
「何回も…?」
「そうだ。突然こんな風になったんじゃなくて、毎日注射されていくうちに段々と傷の治りが早くなって、そのうちにコントロールできるようになった」

 あの男は常に誰かの上に立ちたいと思うあまり、人のもたない力を手にすることを予てから望んでいた。
 その力を得るために俺を薬の実験台にして、自分が高みの望むために使用する薬の安全性を確かめていたのだ。つまりはモルモットのようなものだが、あの男は俺のことをモルモットほどにも生き物扱いはしていなかったように思う。

「どんな傷でも…治るのか?」
「治すっていうより…体内の細胞を自由に操れるって言った方がいいかもな」

再生速度を操ることはもちろん、出血多量になったら他の細胞から血液だって作れるし、首を絞められて酸素がなくなったら体内で酸素も作れる。
 どのパターンにしても自分の意志でコントロールは出来るが、しかし自分でコントロールしなくても体が勝手に反応する。だから最終的に俺の意志には関係なく人よりも何倍、何十倍もの速さで傷は癒える。そして逆に、どんなに治したくないと願ってもそれは叶わない。

「それって…不老不死…って…いうやつ?」
「そんな大層なもんじゃねぇよ。まず不老じゃねぇし、病気には無効だ。ああ、でもいつか青酸カリ飲まされたけど生きてるから…毒は大丈夫なのか」

 自分の体質について自分で追求したことはないから、どこまでが大丈夫でどこからが駄目なのか、あの男に試されたこと以外は分からない。
 毎年馬鹿みたいにインフルエンザにかかるのに、青酸カリは大丈夫というのも不思議な話だ。毒には対処出来るが病原菌には弱いということなのだろうか。

「でも…それ…ただ治るわけじゃないだろ…?すげぇ、痛そうだった…」
「そう、傷を治すのに特に条件があるわけじゃねぇけど、とにかく痛い。だからあんまり使いたくねぇ」

 傷が深ければ深いほどに、痛みも強い。
 解放されてから検査された時に、医者に言われたことをよく覚えている。
人間は元々がその身体が耐えられる限界の再生速度を持って生まれている。普通はそれ以上の速度で無理矢理再生すると身体が治る前に痛みに精神が耐えられないはずだ。だからそんなことをすればたちまちに精神崩壊を起こしてしまう。だが俺は4年間の拷問漬けのおかげで、死にかけの傷を一瞬で再生しても耐えられるほどに、痛みの感覚が麻痺しているらしい。
そんなことならいっそ、痛みなんて感じないくらいに麻痺してしまうか、再生の痛みに耐えられなくなって精神が崩壊してしまえばよかったのにと思った。もしそうなっていたら、俺はあの拷問の苦痛から解放されていたはずだった。痛みを感じないくらいに麻痺すれば拷問器具に怯えることもないし、精神が崩壊してしまえば恐怖なんて感情すら分からなくなってしまっていただろう。
 それなのに俺はそのどちらもではなく、死んでしまいたくなるような痛みを伴う再生能力と、そんな痛みを前にしても崩壊しない精神力を手にしていた。そしてそのせいで、あの男の拷問は悪化した。


「俺がこの体質になってからしばらくして、あいつもあれを使えるようになってた」

 その能力は空気中にある物質から氷を生成するものだった。
 ただ氷を生成するだけではなくその形も自由に帰ることが出来るし、その戸数も物質さえあれば無限に作ることが出来る。また、生成した氷を自由に溶かすこともできるようだった。

 あれ。
それは、数えきれないほどの氷の刃を俺に突き刺す遊びのことだ。

 拷問前に俺を性奴隷として散々弄んだ男たちの一人が、あれを見て興奮していた。
 まるでアイアンメイデンのようだ、と。
 それははるか昔の拷問器具で、その中でも特に怖れられていたものの一つだと後から知った。でも俺はそれを知った時、一度串刺しにされて死ねるものの何が拷問器具だ――と、あざ笑ってしまいそうになった。

串刺しにされては、俺が再生するのを待って…完全に治りきる前にまた串刺しにする。その繰り返しだ。
色々な拷問器具で弄んだ後に、いつもそれが仕上げだった。本人も言っていたが、相当お気に入りのようだった。だからあの男が能力を身に着けてから両親を殺し捕まるまでの間、他の拷問器具には飽きてもそれだけは飽きることなく毎日続いた。泣き叫ぶ声が枯れるまで終わらなかった。

「大晟…大丈夫……?」
「……大丈夫だ」

 と、言ったのにどうして要は俺に抱き付いてきた。
 そこは普通、抱きしめるもんじゃねぇのか。何ちゃっかり人の首元に顔埋めて落ち着いてんだ。
いやまぁ、それならそれで俺が抱きしめるだけのことだけど。


「大晟は俺のだから……」

 抱き付いている腕に力が込められる。
 首元に埋まっている頭に視線を向けると、少しだけ持ち上がった視線とぶつかった。


「もう絶対に痛い思いなんてさせない」

 紫色の瞳が、恐怖と絶望以外の感情を灯しているのを見たのは初めてだ。それがどういう感情なのか、言葉で表すのは難しい。
 ただ、その瞳はいつもと同じように警戒心を抱かせるような奇抜な色なのに、どうしてか酷く安心させられた。

「ありがと」
「っ…!」

 思いのほか嬉しかったので素直に礼を言って目元にキスをすると、要は途端に顔を赤くして逃げるように俺の首元に伏せてしまった。
 毎度毎度のことだが。普段あれだけのことをしておいて、どうしてこれくらいのことでそこまで動揺するのか。不思議でならない。



「……大晟、ごめんな」
「何が…?」

 要は俺の首元から顔を上げない。たが、もう照れている風でもなかった。

「俺が…朝から無茶させなかったら……会うこともなかった、だろ?」

 申し訳なさそうな視線が向けられる。
 誰となんて、言わなくても明白だ。気を遣って口にしないのだろうか。

「同じ牢獄内にいるんだ。どのみちいつかは会ってたはずだ」
「…でも……」
「むしろ、一緒にいる時に会ってよかった」

 一人だったら、俺は逆らうことができなかったかもしれない。
 あの眼に、あの指先に。
 恐怖に怯えて。言われるがまま、従っていたかもしれない。


「そういえばお前、敬語なんて使えたんだな」
「あ…っ、あれは……とてもじゃないけど、ため口なんて使えない」

 要の表情が強張る。
 あの男が常軌を逸していることは重々承知だったが、要にため口を使えないと言わせるとは。その異常さを改めて痛感させられる。

「最終的にため口利いて結果これだけどな。お前、俺が庇えなきゃ死んでたぞ」
「大晟が庇えたから良かったって問題じゃねーけど…ありがとう……」

 いつも素直だったらもっと可愛げがあるのにと思っていたが。
 ここまで素直すぎると、逆にちょっと違和感を覚える。

「でも、お前を殺したらあいつもタダじゃ済まなかっただろうし……殺す気はなかったのかもしんねぇけど」
「いや…殺してたかも……」
「……どうして?」

 獄中殺人は最も重い規則違反のはずだ。
 そんなことをしたら、いくらAだって独房に入れられるだけじゃ済まないだろう。

「前にゆりちゃんが言ってた話、覚えてる?ハートのAの話」
「ハートのAもあいつの仕業だって噂が立ってるって…いう、あれか?」
「うん、それ。ハートのAは元々スペードのAと同じ地区だったんだ。でも、今は…特別独房に入ってる」
「特別…独房……?」

 俺が復唱すると、要は静かに頷いた。

「長期間にわたって独房に入れられる時に使われる独房のこと。前に大晟が入れられたところと少し作りが違って…こんくらいの大きさだ」

 要が大きさを手で表現する。
 俺が入れられた独房は横たわっていないといられなかったが、要が表現したそれは座っていなければいけないような縦長のそれだった。大きさからして、一度入ってしまったらまず身動きは取れそうにない。

「普通の独房みたいに、柵なんてものはない。完全に鉄の箱の中に詰められたような状態だ。食事は体内から外に管を通して直接体内に最低限の栄養素を送り込まれる。排泄も同じ要領だ。それだけじゃない、脳まで徹底的に管理されていて寝なくていいようにコントロールされてる」
「そこで何もせずに…ただ……座ってるってことか?」

 何も見えない、聞こえない、完全に孤独の中で。
 何ひとつ自分で行うことはない、寝ることすら奪われ、何もすることなく、ただ。
 ただ、座り続けている。

「そう。ハートのAはもう1年間、その特別独房に入ってる」

 1年。想像したくもない。
 時間や日にちを考えることすら、忘れてしまいそうだ。

「ハートのAが特別独房に入れられたのは、88棟の囚人34人を殺した容疑で捕まったから」
「34人……」

 狂気の沙汰じゃない。

「1年前…その地区の作業があまりに遅れていることに疑問を感じた看守が調べると、88棟の囚人たちが何人も連日労働に出てないことが分かった」

 集団のストライキかと思ったがそれにしては労働に出なくなり始めた日がバラバラだった。それで看守が棟を調べたら、34人の囚人たちが自室で死んでいるのを見つけた。
 全員、死んだ時期はまちまちだった。前日まで労働に出ていたことを確認できた者もいれば、随分前に死んで腐食が始まっている者もいた。ただ、死因だけは全員同じだった。34人全員が、圧死だった。コンクリートにめり込むくらいの力で上から押さえつけられて、内臓が飛び出していた者も1人や2人じゃなかった。
 最初はこれほど多く者が死んでいて気付かないはずがない棟の責任者が疑われた。しかし責任者は知らないと言い張った。責任者は能力を持たない人間であったことから、容疑者から外れた。普通の人間が人を殺す場合、まず圧死など選ばずにもっと他に簡単な方法があるだろうということだった。
 要はそう説明してから息を吐いた。

「ハートのAは重力を操る能力を持っていた。だからハートのAにとっては圧死というのは他にないくらい簡単に人を殺せる方法だったんだ。そして…34人を殺した容疑がハートのAにかかった。本人は否認したけど…その訴えは却下されて、特別独房にぶち込まれた。でも、本当に34人を殺したのは……スペードのAじゃないかって、言われてる」

 確かに、あの男なら何の躊躇もなく人を殺すだろう。
 そしてあの男は氷を操れる。思いきり大きい氷を作って押しつぶせば、簡単に圧死させられるはずだ。
 だが…圧死させることはできても、問題がある。

「あの氷で殺したら…溶けたときに水が残るだろ?」

 問うと、要は少しだけ驚いたような表情を浮かべた。
 それから、少しだけ困ったような表情になる。

「だから…犯人になったのはハートのAだった。でも、それもスペードのAが何か仕組んだんじゃないか…って、みんなそう言ってる。俺も…あの人があんなことするようには思えない」
「知り合いなのか?」
「うん。共有地で…よく遊んでくれた。もしかしたら…、殺人者だってばれないように外面よくしてただけなのかもしんないけど」

 その可能性もなくはない。
 しかし、要はそうでないと信じたいのだろう。その表情はとても切なそうに見えた。
 そして多分、要が信じていることは間違ってはいない。

「外面よくするようなこと考える奴は、自分が疑われるような殺し方なんてしねぇよ」
「え…?」
「そうじゃなくても、わざわざ自分が犯人ですって言ってるような殺し方する殺人犯なんているわけねぇだろ」

 なるほど、だから要は自分も殺されていたかもしれないと言ったのか。
 あの男がどういう細工をしたのかは分からない。
 だが、ハートのAがあの男に嵌められて特別独房にぶち込まれたのは証拠何てなくても明白だ。
 そして、もしあの場で要が死んでいたとしたら。
 あの男はきっと、何らかの方法で俺に罪をなすりつけていたに違いない。もしくは、誰かに罪をなすりつけることはできなくても、自分が疑われないという自信があったに違いない。


「誰もスペードのAには逆らわない。そんなことしたら、今度は自分が特別独房にぶち込まれるかもしれないから……」

 要はそう言って、また俺の首元に顔を埋めた。

「分かってて何で喧嘩なんか売るかな、お前は」

 抱きしめる力を強める。
 他の誰にもない、要だけの体温を感じる。

「それは…いや、それより大晟だって人のこと言えないだろ」

 抱きしめ返してきた要が、少し怒ったように声を出した。
 要は喧嘩を売った理由を言わなかったが、それはさっき寝たふりを決め込んでいた時に聞いていたので知っている。
 もう一度、俺に向けて言って欲しかったが、そう簡単にはいかないようだった。

「あいつが、俺の要に気安く触ろうとしたからだよ」

 そう言うと、要は目を見開いて俺を見上げた。


「ち…違うだろ。大晟が俺のなんだ。お前が俺のペット」
「つまりお前は俺の…いや、俺だけのご主人様だ。誰にもやらねぇ」

 相手は14歳の子どもで、おまけに尋常じゃない性欲でどうしようもない馬鹿なんてオプションまで付いている。そんな子ども相手に、しかも俺がペットなんて。冷静に考えたら俺は相当変人っていうか、変態なのかもしれない。
 けど、誰に何て言われたってどうでもいい。底なしの性欲にも馬鹿さ加減にもあきれ果てることはあっても、俺はこのどうしようもないご主人様がいい。

「……恥ずかしいこと言うな、ばか」
「素直に嬉しいって言えねぇのか、てめぇは」

 大体恥ずかしいことなんて、お前の方がよっぽど言ってるだろ。
 自分の発言を棚に上げて何言ってんだ。

「嬉しい」

 小さく、呟く声が聞こえた。

「すげぇ、うれしい……」

 聞こえるか聞こえないかの声で要は呟いた。
 今度は、耳まで赤くなっている。

 まさか、素直に言うなんて思ってもいなかった。
 お前までそんなこと言ったら、約束もくそもなくなっちまうだろ?
 まぁ、言わせたのは俺だけど。


「USB、捨ててもいいんだぞ」
「何でそうなるんだよ。やだよ、捨てねぇ」

 お前が俺のものになって嬉しいなんて口にした、今。
 もうあんなもの、ただ邪魔なだけだろうに。

「頑固なやつ。ま、いいけどな」

 要、お前はもう俺のものだ。
 誰が何と言おうと、お前の気が変わろうと、知ったことじゃない。
お前はまだ何かに囚われてそれを口にしないだろうけど、それでも、俺のものだ。

 だから。
 あんな奴に、お前は傷つけさせない。
 俺が初めてそう思った相手を、絶対に傷つけさせたりはしない。




ペットとご主人様
(もうどっちだっていい、どっちにしたって俺のものだから)


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