Long story


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29

 忘れたころに、やってくる。
 忘れたくても忘れられないのに、それでもやってくる。
 逃げ場など、探しても意味がないのかもしれない。


Side Taisei

 眠い。寝たい、寝そう、眠い。眠い。ああ、寝る。

「はぁ―――…」

 寝てしまいそうになった頭を振ってどうにか意識を手繰り寄せる。霞んで見えていた文字がはっきり見えるようになったが、どうせまたすぐに霞むだろう。
 紙媒体に入力されている文字がきちんとデータ入力できているのか危ういところだが、この際その辺はどうでもいい。この杜撰な管理体制の中では、誰がどの紙媒体を担当したかなんて分からないだろう。分かったとしても、ごまかしようはいくらでもある。

「凄く顔色悪いけど、大丈夫なのか?」
「寝不足なだけだ」
「寝不足でここか。それはキツイな」

 稜海の言葉は正にその通りだった。
 どうしてこういう日に限ってPC作業なのかということについてはもう考えつくした。結果、学習の力のない看守がこれ以上ないくらいに間の悪いときに俺の労働配属をしくじった以外に考えられない。肉体労働なら動きっぱなしだから眠気に負けることなんてなかっただろうに、本当に間が悪いとしか言いようがない。
 まぁ、考え方としては。昨日検体だった要を俺が迎えに行くと考え、その末に部屋に戻った要の後遺症に2時間半ほど付き合い、その後に要の底なしの性欲がいつも通り発動した結果、俺は寝ることさえままならず、食事を放棄してなお1時間半の睡眠で労働に出勤。そうなると、いくら俺でもウイルスを流す気力はないだろうが、しかし他の囚人たちよりデータ入力速度は速いから敢えてここに配属した。…と考えられなくもないが。
 ここを管理しているのは囚人の労働中にAV鑑賞をしているような奴だ。とてもじゃないがそこまで頭は回らないだろう。

「あれ…でも、あいつ昨日ハードだっただろ?」
「その末に恩を仇で返された」

 わざとらしい呆れ顔でお手上げポーズを見せると、稜海は眉間に皺を寄せた。
 常に瞳孔が開いてるからか、睨まれてるわけでもないのにちょっと身構えるくらいに厳つい。

「……いくつか結末が見えるけど」
「一番悪い結末を言ってみろ」

 稜海の眉間皺が深くなる。
 さて、一体どこまで近い推理を聞かせてくれるだろうか。

「この間のグレート翌日をみたところ、大晟さんがいれば要は検体の後遺症からいち早く復活する。今回はハードだったからこの間よりも早く復活して、それは同時に底なしの性欲をも復活させてしまった。自分は検体後の猶予で休めるのをいいことにその性欲を存分に発揮した結果、朝食に行く時間を惜しんで寝たとしても1時間かそこらしか寝られなかった…ってところ」

 何この子。
 開きまくってる瞳孔は人の過去でも見れるのか?

「寸分の違いなく正解」
「…冗談だろ」

 自分で言ったくせに、そんなにびっくりしなくてもいいだろ。

「悪魔かあいつは」

 ドン引きしている。
 元々開いている瞳孔が更に開いて、それはもうこれ以上ないくらいの軽蔑の眼差しが向けられた。その眼差しは俺に向けられたものではないが、そんな目で見るなよと思わずにはいられない。
 あと、そこまでドン引きする前に自分の身辺をよく見ろと言いたい。

「お宅の外道よりマシでしょうよ」
「外道は否定しないが、そっちの悪魔みたいに恩を仇で返したりはしない」
「うちの悪魔は恩を仇で返しても分別は弁えてる」
「それ、今の自分を鏡で見ても言えるのか?」
「神経連動式を使うかどうかで比べるなら言えるな」
「それに関しては反省してるし、学習する。その点そっちは反省も学習もしない」
「反省する前に反省するようなことはしない」
「だから、鏡で自分の顔を…」
「ちょっと待った、ストップ、ストップストップ!!」

 稜海の言葉が途中で遮られた。
 話を遮った張本人である有里は、俺と稜海の間の席に座ってそれはもう嫌そうな表情を浮かべていた。

「人を跨いで底辺レベルのうちの子談義すんのやめてくんねーかな」

 レベルの低いって、失礼な奴だな。
 まぁ、間に挟んで話をヒートアップさせたのは悪いと思うけど。

「あと俺からすれば要も龍遠も同レベルだから。争う余地なし」

 いや待て。それは聞き捨てならない。
 同レベルなわけないだろ、冗談じゃねぇ。

「あんな底なしの性欲なんて論外だ」
「神経連動式の壁はでかいからな」
「だからどっちも一緒!はいもう終わり、以後うちの子談義禁止!」

 目の前でバチッと放電されると口を閉ざさざるを得ない。
 だからこれ以上何も言わないが、それでも譲らないからな。



「はぁ―――…」

 会話が止むとまた眠気が襲ってきた。
 それも今の会話で体力を消費したのか、先ほどよりも悪化している。紙媒体に何が書いてあるかも曖昧だし、キーボードもかすんで見える。
 これはもう、ちょっとやそっとの意気込みでどうこうなる問題じゃない。このままじゃあと数分もしないうちに勝手に意識がどこかに行ってしまう。

 寝ないために何か考えないと。

 今ここで寝たらどうなるんだろう。いつだったか、蒼と享と一緒だったときに言っていたことを思い出す。享は確か、途中で休むとルームメイトと夜勤をしなければいけないというようなことを言っていた。……ならばそれでいいんじゃないかと思わなくもない。
 いやでも、あのエロウサギは夜勤だろうと性欲を抑制することはしないだろうから、そうなると夜勤後にいつも通り盛るに違いない。それってつまり無限ループってことだよな?
 でも、無限ループになって毎日同じようにそれを繰り返すなら、そのうちその生活習慣にも慣れて……待て、落ち着け。落ち着くんだ。
 やばいぞこれはヤバイ。
 寝ないために何かを考えないといけないと思ったが、それは間違いだった。頭がまともに働かないだけじゃなく、明らかに思考がイカれている。イカれていると理解できているうちにどうにかしないと。

「……有里」
「何?」
「全力で俺に雷落としてくれ」

 こうなったらもう痛みしかない。
 無限ループにはまるくらいなら、一時の苦痛に耐えた方がマシだ。…そう思えるうちに早く手を打たないといけないんだ。

「今の一瞬でどういう思考めぐらせたら自殺願望呟くようになんの?」
「このままじゃ俺は地獄の無限ループにはまるんだ。俺を助けると思って一発ドカンと」
「いや勘弁してください。あとそんなことしたら大晟さんに電気が残るから。目が覚めたとしてもそのまま作業したらPCが壊れちまう」

 そう言えば前に服を焦がした要が帰って来たとき、すげぇ静電気だったことがあったな。あれは有里の電気のせいだったのか。
 要がいつ有里の電気を食らったのか知らないが、労働が終わって帰ってきてあれだけの静電気が残っているのだから…確かにPCが壊れるというのも大げさじゃない。

「……壊れる?」

 PCが壊れたらどうなる?
 ここには詰め込めるだけの囚人が詰め込まれているわけだから、PCが壊れたとしても空きはないだろう。その場合、どこかに移動になるのか?多分休みになることはないが、それでも肉体労働に移動になるかもしれない。…だが、それでまた別のPC施設に移動させられたら意味がないな。

「よし、全部壊そう」

 この時間から他の地区に飛ばされることはないだろうから、この地区の施設だけぶっ潰すとして。まずこの地区にどれだけPCを使う施設があるか探らないといけないな。それからウイルスを流すか。
だが、そんなことしたらバレないとしてもまた理不尽な理由で俺が犯人にされ兼ねない。実際犯人だとしても証拠もなしに独房に放り込まれるなんて溜まったもんじゃ…変に無限ループになるよりは独房の方がよくないか?馬鹿に性欲の強いウサギもいねぇし、労働にも出なくていいし、よく寝られ……だから落着け。よくない、独房なんて全然よくない。狭いし臭いし最悪だ。


「……大晟さん、何する気?」
「帰って寝る」

 疑わしきを罰するならば、疑われないようにすればいい。
 あいつらには証拠なんて関係ない。疑わしいと思わせたらもうその時点でアウトだ。それはこの間身に染みて分かった。
 この間は自分のいる場所で事を起こしたから失敗した。それならば今度は、俺を疑うなんて微塵も考えないところで事を起こしてしまえばいいだけの話だ。


 **


 この牢獄の地図は、昨日要を迎えに行くのに覚えたばかりだった。地図は埃を被っていたキーボードパッドを使ってこの牢獄の管理システムに忍び込んでデータを盗んだわけだが、その時にこの牢獄の管理体制がいかに杜撰なのかということを改めて痛感していた。
 俺が30秒で地図を入手できるほど杜撰な管理体制のくせに、その全てを機械任せにしていると事が尚悪い。使っている機械は悪くないのに、どういう使い方をしたらこんな状態になるのかとつくづく思った。まるで意味のない使い方をされている機械が可哀想すぎて、一からセキュリティを組み直してやりたくなったくらいだ。
 そんなクソみたいな管理体制で成り立っている牢獄だ。電気供給を一か所だけ止めることなど簡単なことだったし、もちろん俺だとばれないようにするのも容易いことだった。
 いくらなんでも、ここから10キロ以上離れている電気供給施設のシステムエラーが俺のせいだなんて思わないだろう。例えばそれがここに直接電気を送っている施設なら疑われる可能性もあるが、俺がエラーさせたのは本来ならここじゃないところに電気を送っている施設だ。
 いやまぁ、色々と細工して電気の供給先を変えて、実際にはエラーが出たところからここに電気が送られるようになってたから結果的にここの施設の電力がダウンするんだけど。でも、電気が落ちてしまったら供給先が変わっていたことなんて誰も分からないようにしてあるし。それが終わったら本来の入れ替えた供給先を元に戻せば、供給元が戻った施設の電力も落ちて万事解決。
 つまりどこかの電気供給施設がシステムエラーを起こして、そこから直接電気を送られていた施設の電力が落ち、その流れてこの施設の電力まで落ちてしまったという結果になるわけだ。こうすれば誰だってここの電力が落ちたのは二次被害だと思うだろう。元々の原因はこことは全く関係ない施設で起こっているのだから、俺に疑いが向くことはない。
 馬鹿な看守共にどうして施設がエラーを起こしたのか、何で二次被害が起きたのかという原因を突き止められるわけもなく、原因不明で事態は収拾するだろう。そして、エラー後は少なくとも3日は再起動できないように細工もしてあるから、今日の労働はこれでおしまいというわけだ。
 ああ、その前に俺にこんな面倒を起こさせた馬鹿に渾身の罵倒メッセージを送っておくことも忘れないようにしないと。


 ブツンッ。

 PCの画面が真っ暗になった。電源ランプも付いていない。
 これが俺のPCだけだったら頭を抱えて悶絶しそうなものだが、全員そうなのだから何も怖いことはない。赤信号、みんなで渡れば怖くないとは正にこのことだ。それがみんなで同意して渡ったものではなく、知らない間に渡らせられていたものであっても。
 最初は至る所からで悲鳴のようなものが聞こえていたが、しばらくもしない間にそれもなくなった。

「これで帰って寝られる」
「いや、眠いからって何してんの。やばすぎだろ」
「また看守にちょっかいかけられるんじゃないのか」
「今度は疑われもしねぇから大丈夫だ」

 ウイルスの時と同じだと考えて、あと10分もすれば何事もなく部屋に帰って寝られる。
 10分か…長ぇな。ここまで来たら部屋に帰るまで頑張んねぇと。

「やだこの人絶対敵に回したくない」
「それを要にもよく言って聞かせてくれ」

 そうすれば俺は寝不足になんてならないし、こんなことしなくても済むだろう。
 本当に万事解決だ。

<今日の作業は中止!全員ただちに、棟に戻るように!その後、夕食まで待機…!>

 前と全く同じセリフを全く同じヒステリックな声が叫ぶのが響く。
耳障りで腹立たしいが、眠気に負けそうな今はありがたいと思えなくもない。


「大晟さん、一人で帰れる?」
「必要なら送っていくけど」

 囚人たちが我先にと出入り口に向かっている中、有里と稜海はまだ席から動く気配を見せない。賢い選択だ。
 早く出ようが遅く出ようがせいぜい10分くらいの差だろう。そのためにわざわざあんなむさ苦しい思いをするなんて馬鹿げている。帰るだけで汗だくになんてなりたくない。
 だから俺も有里や稜海と同じように、机から動くことなく頬杖を付いた。本当はキーボードを退けて頭を伏せたいところだが、そんなことをしたら10秒と持たずに夢の世界に旅立ってしまうだろう。

「要のタブレットに来いって送ったから問題ない」
「それで素直に来る奴じゃないだろ」
「来るよ」

 何の根拠もないけど。

「ちゃんとひらがなで送った?」
「………しまった…!!」

 あいつがまともに漢字を読めないことをすっかり忘れてた。
 俺なんて送ったっけ?
 駄目だ全然覚えてない。送ってすぐに送信履歴も削除してしまったから確認もできない。

「こりゃ俺らが送っていくしかねぇな」
「…一人で帰れる」
「帰れないって思ったから要に連絡したんだろ」

 そう言われるとぐうの音も出ない。
 ぶっちゃけ、途中で帰ることを諦めて寝る可能性が高い。今も既に立ちあがることも億劫で、出来ることならここでこのまま寝てしまいたいくらいだ。

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 その辺で諦めて寝てもいいが、出来ることなら部屋で寝たい。
 ベッドは寝心地が良いとは言えなくても地面よりはマシだし、丁度いい抱き枕もいることだし。発情しやがったら容赦なく気絶させて矯正抱き枕にしてやろう。後でどんな仕打ちが待ってようと、今は譲らない。



 ドウンッ!!

 突如、ごった返していた入口の方から眠気を吹き飛ばすほどの爆発音が聞こえてきた。

「うおっ、うるせっ」
「乱闘でも始めたのか…?」
「冗談じゃねぇ…」

 有里が耳を塞ぎ、稜海は面倒臭そうな顔をしている。俺は稜海の言葉に顔を顰めた。
乱闘なんて始まったら当分帰れねぇじゃねぇか。勘弁しろよ。

「もー、邪魔!」

 爆発音を追いかけるように、苛立った声が室内に響き渡る。その声に耳を傾けた瞬間、ドウッと、入口から室内に向かって突風が起こった。すると、まるで突風に煽られて木の葉が舞うように、人間が散っていく。
 入口付近が一気にすっきりとした。その中心に、見知った顔がひとつ。


「だから吹っ飛ばされたくなかったら退けっつたじゃん!」
「いや言ってないだろ」
「言ったら吹っ飛ばしていいって問題でもねぇし」

 さすが付き合いが長いだけあって指摘が早い。
 稜海と有里の素早い突っ込みが聞こえたのか、入口で顔を顰めていた見知った顔がこちらを向いた。

「あー!いた!大晟!」

 要は俺を見つけると、大声で叫びながらこちらにやってきた。

「もう少しマシな登場できねぇのかよ…」
「だってあまりにも邪魔で」

 確かに邪魔だっただろうけど。あんなに大量に吹っ飛ばして、大丈夫なのかあれ。結構な人数が伸びてるぞ。
 そもそも労働休んでるような奴がそんなピンピンした姿晒しちゃダメだろ。馬鹿な看守共がシステムダウンを慌てふためいて全員どっか行っちまってるからいいものの、誰か残ってたらどうするつもりだったんだ。

「しかしお前、よく俺が送った文章読めたな」
「感心するくらいなら最初からひらがなで送れ!読むの大変だったんだからな!」
「眠くて頭が回ってなかったんだよ。結果的に読めたんだから、漢字の勉強にもなって一石二鳥だろ」

 どんな文章を送ったのか全く覚えてないから、どんな漢字を使ったのかも覚えてねぇけど。
 とはいえ送った文章が大半罵倒文だったことは覚えている。となると、自分で一石二鳥とか言っといてだが、多分ろくな漢字の勉強にはなってねぇな。

「覚えなくていいような漢字ばっかりだったじゃねぇか!読んだことを後悔するようなことばっかり書いていたのに、それでも頑張って辞書引いて最後まで読み切って迎えに来た俺を褒めろ!!」
「そんなに酷ぇこと送ったか?もう覚えてねぇけど、来たことは褒めてやる」
「あれだけのこと書いといてよく忘れられるな!つうか、ゆりちゃんと稜海がいるならわざわざ俺を呼ばずに送ってもらえよ!」

 それは有里や稜海に悪いだろ。いやまぁ、要が来ないだろうと推測していたさっきまでは送ってもらう気満々だったけど。
 ただ、わざわざリスクを冒してタブレットにメッセージを送ってまで来させようとした理由は、それだけじゃない。

「俺はいちはやく落ち着きたかったんだよ」
「はぁ?うわっ…」

 怒ったように言う要の腕を引き、立ちあがってその首元に頭を乗せる。
 要の首から伝わる冷たい体温が心地いい。抱きしめるとその冷たさが全身に伝わって、更に心地いい。

「あー、落ち着く。これは寝れる」
「寝れるじゃねぇよ、何してんだ!ばかか!」
「うるせぇな眠ぃんだから喚くな。俺は寝るから運んで帰れ」

 俺はこの心地よさを感じつつ、速やかに夢の世界に旅立つから。
 どうせそこら中にバレてるんだから、今さら何を見られようとどうでもいい。

「はぁ!?お前には年上としてのプライドはねぇのか!」
「ないない。だからさっさと運んで帰れご主人様」

 そんなもんあったら首にこんなもん付けてねぇわ。
 つうか、この話は前に有里と稜海としたから。同じ話はもういいから。
 本当に眠いから。旅立つから。

「とんだ我儘猫だな!せめて運んでくださいって言え!」
「んー、はいはい、よしよし」
「この野郎、馬鹿にしやがって…!!」

 それほど強い力で抱きしめてるわけでもあるまいし、そんなに嫌なら文句を言う前に引きはがせばいいだけのことだ。それをしないってことは、ぶつぶつ言いながらもそれほど嫌じゃないってことだろ。
 言ったら自棄にやって引きはがしてきそうだから、言わねぇけど。

「まぁ、寝るために労働中止させるくらいだからな。しゃーない」

 そうだ。有里の言う通りだ。
 そして労働を中止させようと目論むほどの眠気は全て要のせいだ。俺が運んでくださいと頼むどころか、本来ならお前が運ばせてくださいと言うべきだ。

「大晟がこの騒ぎ起こしたのか!?」
「馬鹿、大声で叫ぶな。大晟さんを独房に突っ込む気か」
「えっ、嫌だ」

 そう言って俺の服を掴むところとか、ちょっと可愛いんだけどな。
 その生意気な口と性欲さえどうにかなればな。

「だったら静かにしろ。そもそもお前はここにいないはずなんだから余計にだ」
「要もそうだけど、俺らもそろそろ動いた方がいいな。入口も大分空いてきたし、看守が戻ってくるかもしんないし」

 入口が空いたのは要が大量に吹っ飛ばしたからなような気がするが。
 とはいえ稜海と有里の言うことは最もで、看守がいつ戻って来てもおかしくはないし、そうなると要がここに居ると色々面倒だろう。


「貴様らいつまで残っているんだ!!さっさと出て行け!!」
「うん、手遅れだったな」

 入口の方から猛るような声がした。どうやら相当ご立腹のようだ。
 有里が苦笑いで椅子から腰を上げると、それに稜海も続く。それに続いてこの重い身体を要に運ばせたいが、そうすると看守に何を言われるかわかったものではない。

「結局自分で歩くのかよ」
「尋問されたら面倒だろ。出たら運ばれる」

 入口に近付くにつれてまっすぐ歩くのが困難になっていく。要がふっ飛ばした囚人たちが足元に転がっていて邪魔になっているからだ。それをかいくぐって進むと、運よく吹き飛ばされなかった連中が少しだけ残っていた。


「さっさと出ろ!他地区の囚人たちはこっちへ!!」

 看守の苛立った声が響く。

「他地区が来てんのか。相当遅れてんだな」
「通りで激昂してるわけだ」

 ただでさえ作業が遅れているのに、システムエラーだからな。激昂する気持ちもわ分からなくはない。
 それも、最低3日は動かないようにしてやったからな。いや、技術者が無能だったら1週間は動かねぇかもしれねぇな。これはちょっと、やりすぎたかな。

「バレたら独房1週間は固いな」
「バレねぇから問題ねぇよ」

 何のためにクソ面倒臭ぇ方法使ったと思ってるんだ。
 もしこれで疑いをかけられたら、今度はメインシステムごとプログラムを書き換えてやる。

「本当に大丈夫かよ?1週間も独房なんて嫌だからな」
「何だお前、俺がいないと寂しいのか」
「ちっ、違ぇよ!大晟がいねぇとヤる相手がいないからだっつの!!」

 だから人の名前をでけぇ声で叫ぶんじゃねぇよ。




「大晟…?」


 ふと、少し離れた所から声がした。


 振り返ってはいけないと、脳が警告を出した。
 しかし眠気で鈍っていた俺の頭がその警告を出し遅れたせいで、駄目だと思った時にはもう振り返った後だった。




「――――……」




 頭の中に、警告音が鳴る。

 近寄るなと、身体が震える。

 見てはいけないと、瞳孔が開く。




 違う。
 違うと言ってくれ。

 誰か、早く。
 早く“違う”と、そう言ってくれ。



 何度もそう願ったのに、誰も俺の望む言葉を口にしてはくれなかった。



「大晟」


 やめろ。

 俺の名前を呼ぶな。



「会いたかった、大晟」




 絶望が、すぐそこまできている。


 それなのに俺は、指の一本さえ動かすことができなかった。



蘇る絶望
(夢ならばいいのにと、思うこともできないほどの恐怖が襲う)




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