28 欲求というのは、一度求め始めると満足するまで収まらない。
例えそれがどんな状況であれ、欲しいと思った最後。
満足するまでその欲求を追い求める。
どんなに恩を仇で返すような事態になろうとも、人間は自己中心的なのだ。
Side Kaname 長かった3時間が終わった。
ガシャン、と古臭い機械音が鳴ったかと思うと腕やら脚やらに刺さっていた針を容赦なく抜かれる。それから間もなく固定されていた手足のベルトを解かれて、それからすぐにベッドが斜めに傾く。そうすると否が応でも床に転がり落ちて、どんなに体が重くて寒気や吐き気が酷くても休む間もなくその場を後にしなければならない。
「……うぇっ」
今日はハードだったのに。
この間のグレートよりも体が重い。頭がぐるぐるする。一歩進む度に何かがこみ上げてくる。寒い。
検体室の扉を跨いですぐに倒れそうになったが、壁に凭れてどうにか持ちこたえた。この場に座り込んで休憩したいが、いつ看守が出て来るかもわからない場所でへたり込んでいるところを見られるなんて御免だ。
「はぁ……ごほっ…げほっ」
いっそこの場で吐いてやろうか。
ここは検体を受ける人間以外は立ち入り禁止だから、囚人が掃除することはない。つまり、実験をする奴らか看守連中が掃除をしないといけないということだ。
まぁでも、いつもの俺ならともかく、今の状態じゃ吐いてすぐに逃げられないだろうし。透明になるって手もあるけど上手くコントロールできそうにないし、看守に見つかったらその場で掃除とかさせられそうだからやめとこ。
「はぁ…はぁ…おえっ」
重たい身体をずるずると引きずるように歩きながら、ぐるぐるとまわる視界を進む。一向に出口が見えないのでもしかしたら道を間違えたかと不安になっていると、真っ暗闇の向こうにようやく月明かりが見えた。
頭がぐるぐるしていてろくに右か左かの判断もできないから勘で適当に歩いていたが、どうやら間違ってはいなかったらしい。俺の勘も捨てたもんじゃない。
「う…っ……」
外に出た瞬間、月明かりに目が眩んだ。
頭がぐるぐると回って、視界もぐるぐると回る。ただでさえ重たい身体がバランス感覚を失い、ふらふらと揺れる。
「あ」
「っと」
倒れる、と思った。しかし、なぜか俺の体は地面に倒れる前に止まった。
おかげで地面にダイブすることは免れたが、はて一体どうなっているのだろう。今日の検体で新しい能力でも目覚めたのだろうかと思いながら視線を動かすと、すぐに新しい能力の目覚めではないことが分かった。
「……純?」
が、いっぱいいる。
いつの間に分身なんて出来るようになったんだろうか。
「どこ見てる?」
どこ見てるって言われても、ちゃんと純を見てるつもりなんだけど。
いっぱいいるからどこに焦点を合わせていいのか分からない。
「だって…げほっ、うえっ……いっぱい、いるから…」
そう言うと、いっぱいいる純が一斉に顔を顰めた。
そんな、全員で同じ行動を取らなくてもいいだろうに。
「ぼやけて見えてるだけだ。しっかりしろ」
「これ、俺の目がおかしいの…?」
まじかよ。
もしも俺の目がおかしいなら明らかに検体の影響だ。でも、今まで目にきたことなんてなかったんだけどな。
この間より気怠さが増してることと言い、グレートなら新しい後遺症ってことで納得できるけど、今日はハードだぞ。どうなってんだ。
「相当だな。先月2回に加えて、前回から間隔が短かったのが原因か?」
「……ああ…なるほど、それでか…」
何で先月2回だったのと、前回から間隔が短いことを知ってんの?ってことはこの際どうでもいいとして。
前のグレートよりもキツい原因が分かってすっきりした。体調的には全然すっきりしないけど。
「送ってやるから捕まれ」
「い…いいよ……ゆりちゃんの迎えに来たんだろ…?」
「子どもじゃあるまいし。一人で帰らせればいい」
ん?なんか違うぞ。
確かゆりちゃん、重ければ重いほど優しくなるって言ってなかったっけ?
優しさが見えないんだけど。
ていうか、今の言い回しだと俺は子どもってことか?
失礼な。俺だって一人で帰れるっつーの。
「俺だって一人で…うぉえ……っ」
「帰れるっていうのか?」
そ、そんな不信に満ちた目で見るなよ。いっぱいいるからなんか怖いんだって。
実際のところどうかって冷静に考えると、スムーズに帰るのはむずかしいかもしれない。
でもどこかでちょっと休憩すればどうにか帰れると思う。多分。
「帰れる…ごほっ…それにほら…もう、ゆりちゃんも出て来るだろ…おえっ」
「連続で4回もマスターぶち込まれるような奴は放っておけばいい」
やっぱり優しさが見えないんだけど。
いっぱい顔があるけど、その全部がまるでゆりちゃんのことなんて気にも留めてないみたいな顔してる。
ゆりちゃんが可哀想な気もするけど、どんなふうに思われててもすぐに会えることは羨ましい。それだけでも、ゆりちゃんにはご褒美なのかもしれない。
俺も…欲しいな、ご褒美。
大晟、ちゃんと待っててくれてるかな。
いつもならもうとっくに帰ってるはずの時間だから、待つ気も失せて寝てるかな。
どっちだとしても、早く帰りたい。
「そう言いながら迎えに来てるっていうのは、ちょっとした矛盾だな」
気のせいかな。声が聞こえたような気がした。
早く帰りたい思いが先行して、幻聴でも聞こえたんだろうか。
「要ならそういう矛盾には気付かないんですけど」
確かに、俺は幻聴が矛盾を指摘して尚、何が矛盾しているのかいまいち分かってない。
いまいち分かってないのに、その矛盾を指摘する幻聴を自分で作り出すなんて。
やばいな俺、検体の後遺症で頭良くなっちゃったりしちゃった?
いや、待て。
純にも聞こえてるなんら幻聴じゃなくね……?
「大晟…?」
名前を呟きながら視線を傾けると、ブロンズの髪の色が目に入った。
美人がいっぱいいる。
「酷い有様だ…うわっ」
ブロンズの髪と、ぶれていても揺るがない美貌を見つけた瞬間に思わず飛び込んだ。
温かい。いっぱいいるけど、全部温かい。
「危ねぇな」
「うん」
「うんじゃねぇよ、馬鹿が」
怒ったように言いながらも、大晟は俺を引き離しはしなかった。
少しずつ吐き気が引いていく。
相変わらず頭はぐるぐるするが、寒気は一気に無くなったような気がした。
「迎えに来てもらえてよかったな、要。どっちが飼い主だか分かったもんじゃないけど」
「…うっせ……」
そりゃ今の感じだと明らかに逆のように見えなくもないけど。
いつもは有無を言わさず俺が組み敷いてるんだからな。
「はいはい。えっと、呼び方は他と同じで敬語もなしでいいんですよね。俺の名前も知ってると思うから省きます」
「よしお前は合格だ」
おいこら、何サラッと流して話をはじめてんだ。
合格ってなんだ。
「この間はどうもありがとう」
「別にいいよ。間に合ってよかったな」
これ、俺が検体の後遺症で頭がぐるぐるしてるから理解できないんじゃないよな?
また俺に説明しても理解できない的なあれか。だから完全にスルーなのか。
「でも、どうしてここに?」
「こいつの帰りが遅いから気になってな」
頭を撫でられると胸の辺りがきゅんってなった。
なんだこれ、新しい後遺症か。それにしては、なぜか嫌な感じがしない。
「要のこと心配して…?」
「心配ってほどじゃねぇけど…まぁ似たようなもんか」
そう言って大晟はまた俺の頭を撫でた。
いつもはちょっとびっくしりて、でも嫌じゃなくて変な気分になるだけなのに。
今日はどうしてか何度目でもきゅんってなる。これは本当にやばい後遺症かもしれない。
「随分と物好きだな」
「お前が言うか」
「マスター4連続なんてキチガイの所業だけど、それでも総合的に見れば要より真面だ」
キチガイの方がマシって、じゃあ俺は一体何なんだ。
言っとくけどあのキチガイはマスター4連続どころか、連続記録更新狙ってんだからな。絶対俺の方が真面だろ。
「そう言われると確かにそうだ」
そこはもう少し頑張んない?
せめてあと1回くらい言い返そうって思わない?
「でもま、こいつも捨てたもんじゃねぇぞ」
そう言われて頭を撫でられると、じゃあまぁいっかなって思ってしまう。
俺の頭は相当ゆるゆるになっているらしい。
「随分と嬉しそうだな、要」
純が笑っているのが分かった。
一杯ある顔が全部俺を馬鹿にしているようで、凄いムカツク。
「うるさい、ばか。さっさと検体マニアのところに行っちまえ」
言い返しても、純はまだ笑っている。
本当にムカツク。
「要も随分と恍惚してるみたいだし、そろそろ帰った方がいいかもな」
こうこつ?
なんだそれ、体調悪いとかそういう意味か?
それとも怒ってるとかそういう意味?
「恍惚って…それはちょっと、違うだろ」
「根本的には違わないけど…じゃあ、これ以上俺が大晟さんと話してたら要が嫉視するから帰った方がいい。に、しとこう」
しっし?
さっきから重要なところばっかり分かんねぇんだけど。
「分かりにくい言い回ししやがって。わざとか?」
「さぁ、何のことやら」
大晟が顔を顰めると、純は首を傾げて笑って見せた。
なんかよく分かんねぇけど、さっきの意味が分からなかった単語はろくでもないこと言ってた気がしてならない。
辞書で調べれば俺でも分かるんだろうけど、何て言ってたかもう忘れてしまった。
「まぁいいか。帰るぞ」
「う、わ……っ」
頭がぐるんと一回転したような気がした。実際に一回転したのかどうかは分からないが、少なくとも地面から足が離れたことは確かだ。
それが分かったら、俺がどういう状況かということも何となく分かった。多分これ、抱きかかえられてる。端から見て凄い恥ずかしい感じになってる。
「…自分で…歩ける……」
「てめぇのペースに合わせて帰ってたら夜が明けるだろうが。それとも何か、置いて帰られてぇのか」
ねぇ、本当に心配してる?捨てたもんじゃないって思ってる?
そう思ってるなら、もう少しくらい優しく言ってくれてもいいんじゃねーかな?
「大晟さん、心配してる感じが微塵もしない」
よくぞ言ってくれた。
もっと言ってくれてもいいんだぞ。
「じゃあ心配してねぇのかも」
え。
「……本当に?」
「馬鹿、冗談だよ」
頭突きをされた。頭を撫でられる代わりなのだろうか、痛くはなかった。
大晟の額が俺の額に一瞬だけ触れてすぐに離れて行ったのが、少しだけ名残惜しかった。
でも、心配してないって言われて感じた不安はなくなった。
「じゃあ、有里によろしくな」
「うん、じゃあまた」
純に向かって別れを告げると、大晟はくるりと向きを変えた。
「帰ったら即効で寝るからな」
「1回くらいヤってもいいけど」
「置いて帰るぞ」
「冗談だから…」
とは言ったものの、吐き気も大分収まったしな。
今の感じだと、頭のぐるぐるさえなくなればヤれそうな気がしないでもないけど。
でも、そんなこと言うと本当に置いて帰られそうだったので言わないでおくことにした。
**
「大晟、やっぱりヤりたい」
部屋に戻ってしばらくじっとしていたら、ぐるぐると回っていた頭も元に戻った。
吐き気は随分前に引いていたし、身体も随分と軽くなった気がする。
今回の後遺症は最初にどんときてすぐになくなるタイプのやつなんだろうか。それとも、なんだかんだでハードだから前のグレートよりもマシだったんだろうか。いや、前のグレートでもすぐに寝入ることができたんだから大晟のおかげか。
「ふざけんな何時だと思ってる?」
「2時過ぎ?」
「時間感覚までぶっ飛んだか、いい迷惑だ」
そんなに睨まなくても、大体合ってるだろ。
タブレットに手を伸ばしてスリープ状態だったものを起動させる。
「…4時半……」
なにこれどうなってんの。
あと30分でうるさい鶏が鳴きだしちまうじゃねーか。いつもなら大晟にたたき起こされる時間だ。
帰ってきたのが、遅くても2時半くらいだから…少なくとも2時間?俺そんなに長い間じっとしてたのか。吐きまくってるわけでもなく、この間みたいに寝入るわけでもなく、何をするでもなく、ただ抱き込まれて?
大晟は…ずっと何も言わずに、こうやっていてくれたのか。俺は検体後で休めるけど、大晟は今日も普通に労働があるのに。あの口ぶりからして大晟は今の時間を知っていた。知っていたのに、それでも…ずっと、こうしていてくれたのか。
「……でもやっぱりヤりたい!」
こんなに密着した状態でずっと何もしてなかったって思うと、興奮してきた。
さっきまでの2時間分、興奮してきた。
「はぁ!?ふざけんな俺に徹夜状態で労働させっ、んぅ!」
ごめん大晟。
こういうのが恩をあだで返すって言うって知ってる。知ってるけど、今まじで凄くヤりたい。
嫌がる大晟の唇を無理矢理奪って舌を滑り込ませると、じんと舌に熱が伝わってきた。
キスで止めようかなんて一瞬だけ考えそうになったけど、考える前に却下だ。こんなんじゃ足りない。もっと熱が欲しい。
「んっ、ふ…んんっ…はっ」
離した口から伝う。
睨み付けてくる顔がはっきりと見える。数時間前は沢山あった顔も、今はちゃんとひとつだけだ。
「検体頑張った俺にご褒美ちょうだい」
「むしろこんな時間まで付き合ってやった俺に寄越すべきだろ!」
た…確かに。
「チョコレートいっぱいあげる。この休み中に嫌ってくらい取ってくる」
「…………何でもかんでもそれで釣れると思うなよ」
すげぇ間があったんだけど。
あながち悪くないなって顔してるんですけど。どんだけ好きなんだよ、チョコ。
「じゃあ、いらねーの?」
「そうは言ってねぇ」
「じゃあそれでいいじゃん?…俺のご褒美は大晟でいいから、楽だな」
大晟がいい、の方が正しいかもしれない。
だって他に欲しいものなんてないし、あっても大概のものは自分で手に入れられるし。
「突っ込みどころが多すぎてどこから指摘していいか分かんねぇがとにかくやめろ!」
「大丈夫。ちゅってして、ぎゅってして、ぶち込むだけだから一瞬で終わる」
「一瞬で終わりゃいいって話じゃねぇんだよ!!」
「じゃあ、ちゅーからな!」
「人の話を…ふあっ!?」
ちなみに誰も口にちゅーするとは言ってないからな。
全身くまなく…してる時間はないから、さっさと感じでもらうために耳に舌を這わせて耳たぶを噛むと、大晟の体がビクッと跳ねた。
淫乱なにゃんこ様は、これだけで体の芯に熱を帯びる。そうなればもうこっちのもので、一度帯びた熱をてっとり早く冷ますには蒸発させてしまうしかないのだ。
「こうなったら素直に従って早く終わらせた方が身のためだって分かるだろ?」
「あっ……やめっ、んっ」
耳から首筋に、首筋から胸に、舌を移動させるたびにビクビクと動く。
口先では抵抗しているが、腕は拘束しているわけでもないのにまるで抵抗心を見せていない。
「本当にやめてほしいならもっと真剣に抵抗しろよ」
「んぁっ、ああっ」
ズボンの中に手を突っ込んで大晟のモノを撫でる。既に大きくなっていたそれを一握りして、今度は後孔に指を滑らせる。入口を撫でるだけでヒクヒクとひくついて、早く欲しいと訴えている。
身体は実に正直だ。しかし、睨み付けてくるその表情から察するに心は素直じゃないらしい。
「ほら、抵抗しねぇの?その腕はおかざりか?」
「んっ、あっ……調子に、乗りやがって…!」
「うわっ」
後ろの入り口で指を入れたり出したりしていると、ずっと手持無沙汰にしていた大晟の腕が俺に向かって伸びてきた。ここで堕ちた時みたいに首に巻き付いてくればドキッとするんだけど。
あろうことか大晟は思いきり俺の胸倉を掴んで引き寄せると、これ以上ないくらいに凄い形相で睨み付けてきた。
「こ、怖いんだけど……」
少なくとも、いまからヤろうって相手に向ける視線じゃない。
しかも組み敷かれてる側じゃない、絶対。
「遊んでねぇで…さっさと、しろ…!!」
大晟はそう言うと、俺に鋭い視線を向けたまま一気に近づいてきた。
そして驚く間もなく、ゴチンッという音と衝撃に頭が揺れた。
「痛っ!!」
い、今から挿れられようってときに頭突きかますか、普通……。
まぁ、明らかに俺のせいなんだってことは分かってるけど。
「機嫌悪ぃなぁー、もう」
それも明らかに、俺のせいだ。だからズキズキと痛む頭はしょうがないってことにして。
要望通りさっさと済ませることにしよう。頭突きかましてくるくらいだから、相当怒ってるみたいだし。
「っ、んああ…っ!」
ご褒美もらうはずが頭突きされるって、なんかおかしいことになってる気がるすけど。
怖い顔もひとたび挿れればすぐさま最高にいやらしいそれに代わる。それを見れば、ご褒美のおまけに頭突きくらい付いてきてもいいかなって思う。
俺の胸倉を掴んでいた腕の力が抜けていく。そのまま流れに身を任させてもいいけど、早く終わらせたいっていうならそういうわけにもいかないな。
「ん…あっ、うわっ!?」
大晟の体を支えて、自分の体ごと反転させる。
見上げられるのもいいけど、同じ挿れる側であるなら見上げるのも悪くはない。
「早く終わりたいなら、自分でした方が早いだろ?」
「てめぇ…っ」
ああ、せっかくいやらしい顔になってたのに。
イラッとした様子で俺を見下ろすその顔にいやらしさはかけらもない。
駄目だって。そんな顔しちゃ、俺が萎えちゃうだろ?
「う、あ…っ!」
「ほら、睨んでる暇があったら自分で動けよ」
「は、ぁ…」
一度だけ突き上げて動きを止めると、大晟はぶるっと体を震わせてまた俺を睨んできた。
でも、その表情にはもう既にいやらしさが霞んでいる。
「まぁ、俺は今日休みだし?早く終わる必要もないから別に無理に動かなくてもいいけど?」
我ながら酷いと思う。
俺のせいで寝る時間を削らせて、それなのに更に寝る時間を削ってヤって、挙句の果てには自分で動けだからな。
酷いっていうのは分かってるんだけど、でも駄目だ。止められない。
「もうどうにでもなれ」
大晟はどこか諦めたように、そして投げやりにそう吐き捨てた。
そして一度息を吐いてから――ゆっくりと動き始めた。
「んっ…はっ、あっ」
うわ、何だこれ。超いい眺めなんだけど。
ちょっと苦しそうな表情が動くと快感に耐えるようなそれになる。ぎこちない動きはあまり強い刺激を与えないように制御しているようで、気持ちよさそうな中にもどこか苦しそうだ。
「もっとちゃんと動かないといつまでも終わらないぜ?」
「うっる、せ…わかって…あっ、あぁっ」
分かっているのだろうが、自分からは一定以上の快楽に踏み込めないでいる。
多分、無意識なのだろう。
「しょうがねーから手伝ってやろうか?」
本当はこのいい景色をいつまでも眺めていたいところだけど。
このままだと寝る間もないどころか、朝食にも労働にも間に合わないなんてことも有り得そうだ。それはさすがにやばい。
「ひっ、ああ…!」
「っ…おい、いきなり締め付けてくんなよ」
「お前…がっ、いきなり……!あっ、ああ、あ!」
突き上げると、途端に大晟の体の震えが増した。
それと同時に締め付けがキツくなって、耐えるようだった大晟の表情が耐えきれないというようなそれに変わる。
「ほら、自分でもちゃんと動かねぇど駄目だろ?」
「あっ、あ…っ、かなっ…だめ、もう…!」
早いなおい。
下から突かれるのがそんなに気持ちいいのか?
「イってもいいけど、俺がイくまでやめねーかんな」
「ふあっ…あ、っ…あ、ああ…かなめ…かな…め……」
「っ…!」
腕が伸びてきて俺の首に回される。覆いかぶさるように肌が密着し、体重がかかる。
肌から伝わる体温と、覆いかぶさった体の重み。耳元で囁かれる名前、嬌声。かかる吐息。慣れない体勢のなか、どんどん強くなっていく締め付け。
やばい、超気持ちいい。
さっきは早いなって思ったけど、俺ももうヤバイ。
「かな…かなめ…ふあ、あっ…あ、あっもう、くる…っ」
「ん…俺もイきそう」
今にも溶けてしまいそうな瞳は、目が合うとそっと顔を近づけてきた。
俺の冷たい唇に、熱い唇が重なる。
「っ、んっ…んんぅ…ふ、ん…はぁ、あっああ、っ――――!!」
キスから口が離れて間もなく、大晟は俺の首元に顔を埋めて果てた。首に絡まっている腕に力が込められると同時に、締め付けも一段と強くなる。
その締め付けからなる刺激に、既にイきそうだった俺が耐えられるはずもなく。この時間から中に出すのはまずいかななんて思った時にはもう後の祭りだった。
「……ごめん」
俺の首元で荒い息で呼吸をしている大晟に向かって言ってみる。
殴られるくらいは覚悟していたが、俺の謝罪を聞いた大晟は大きく息を吐いただけだった。
「怒った…?」
そんなこと、聞かなくても分かってる。
検体が終わるのを待たせて、後遺症軽減に付き合わせて、挙句眠りを妨げて疲労させて。怒るなって方が無理だ。
俺には最高のご褒美だったけど、大晟からしたらいい迷惑以外の何物でもない。
「キスして、抱きしめて、ぶち込むんじゃなかったのか……」
「え?」
「ひとつ足りてねぇ」
相変わらず荒い息の大晟は、どこか苛立ったように言い放った。
確かに俺…ちゅーして、ぎゅってして、ぶち込むって言ったけど。何かしてないことあったっけ?
キスはしたし…ぶち込んでるし……ということは。
「…ぎゅー?」
大きく呼吸して上下している背中に腕を回して抱きしめた。すると、俺に答えるように俺の首に回されていた大晟の腕に力が込められた。
「これで…チャラにしてやる…」
これで…って、抱きしめるだけで許してくれるってこと?
それを問おうと視線を向けると、大晟はさっきの今でもう目を閉じていた。荒かった息が、いつの間にか規則正しい寝息に変わっている。
おやすみ3秒どころの話しじゃない。本当に一瞬だった。
「……これ、俺が寝るとまずいよな…?」
この分じゃあまず鶏の鳴き声に目を覚ますことはないだろう。俺は休むからいいけど、大晟は朝食に間に合わなくなる可能性が高いし、それどころか最悪労働に遅刻する可能性だって否めない。
いくら何でもそれは、さすがに…駄目だよな。
そもそもこうなってしまったのは何万歩譲っても俺のせいだから、俺には関係ねーって寝る訳にもいかない。今の時点でかなり酷い奴だけど、そこまで酷い奴に成り下がりたくはない。
仕方がないから、後処理をして大晟が起きる時間までこの間借りた小説でも読むことにしようかな。
もう少しだけ、休憩した後で(この状態が幸せすぎて、動きたくない)
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