Long story


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3

 約束はたった3つ。
 俺の命令は絶対にきくこと。玩具は命令に忠実でなければならない。
 他の誰にも抱かれないこと。汚れた玩具はいらない。
 本気にならないこと。玩具は道具なのだから感情は必要ない。


Side Taisei


 囚人の朝は早い。午前5時に鶏がけたたましい声で鳴き始めて起床する。それから5時半には朝食だ。一秒でも遅れると食堂に入れなくなるので、その日の朝食は抜きになってしまう。何もせずにごろごろするだけなら朝食くらい抜いてもいいかもしれないが、囚人ニートなんて言葉はない。朝食が終わったら一服おいて(本当は部屋や棟の掃除の時間だが監視がいないので誰もやっていない)7時から労働が始まる。労働時間は午後2時までの実に7時間。朝食を抜いて働くことはできなくもないだろうが、絶対にしたくはない。

「起きろ」
「ぐへっ!」

 要の腹を思いきり踏みつけると、カエルの鳴き声のような声が漏れてきた。しかし、すぐに寝返りを打ったかと思うと次の瞬間には寝息を立てていた。俺としてはあの鶏の鳴き声を聞いて起きないことに最初は聴覚に異常があるのではないかと疑ったが、容赦なく踏みつけてこの有様だ、今となっては聴覚どころか全身の感覚に異常があるに違いないと思っている。

「起きろって言ってるだろ」

 腹を踏みつけたくらいでは起きないことは最初から承知だ。俺が毎朝の努力の末に効率よく要を起こす方法は、今のところたった一つしか見いだせていない。しかし、最初からその方法ですんなり起こしてしまうほど俺は優しくない。毎日重労働させられているのだから、ささやかな抵抗くらいしてもいいと思っている。
 昨日は蹴り飛ばしたから、今日は踏みつけた。明日は殴り飛ばすことにしよう。そんなことを考えながら、要の鼻と口を同時に覆った。

「…………―――――――っんんん!!!」

 要の目が見開かれ、両腕が要の口と鼻を塞いでいる俺の手を掴んだ。ようやく目を覚ましたようだが、それを確認して尚手を離さずにいると、片方の手で力強く腕を握られてもう片方の手で鼻と口を塞いでいる手を何度も叩かれた。

「はっ…はぁっ…はぁ―――っ」

 苦しむ姿を見て満足したので手を離すと、要は必死に空気を吸っていた。もう見慣れた光景だが、など見ても気分がすっとする。これがないと朝は始まらない。

「飯食いに行くぞ」
「…今日はえらくみぞおち辺りが痛いんだけど。肋骨いってるよ、これ」
「そうかそれはよかったな。さっさとしろ」

 少し踏みつけられたくらいで大げさな。俺はお前の並外れた性欲のせいでほぼ毎日寝起きの体の重さと腰が痛みと格闘しているのだから、それくらい我慢して当然だ。それに、もしも本当に肋骨が折れているならそれに越したことはない。痛みで多少なりと性欲も抑えられるだろう。

「全然よくないっつの。もっと優しく起こせよな…」
「起こしてやってるだけありがたいと思え」
「別に俺のことを気遣って起こしてるわけじゃないだろ」

 当たり前だ。同部屋の2人が一緒でないと食堂に入れないなんて規律さえなければ、こんなやつわざわざ起こしたりしない。寝過ごして朝食を食べそびれようが、労働に遅刻してペナルティを貸せられようが知ったことではない。一体誰がこんな面倒臭い規律を作ったのか。同部屋だからといって揃って食堂に入らないといけない意味が分からない。俺たちはもちろん、看守側だって何のメリットにもならないだろうに。

「まぁいいや。今何時?」

 要の言葉に返す代わりに、俺は露骨に顔を顰めて見せた。要が俺に時間を聞くときは、その返答次第で――というより、どんな返答をしてもほぼ確実に事に及ぶことになるからだ。そのせいで一昨日も夕食を食べそびれたばかりだ。

「……5時50分」
「でたらめ言ってんな。まだ5時10分じゃん」

 どこから盗んできたのか(この部屋にある機械類は大半盗品だ)タブレットを取り出した要がそれを少しスライドさせると、画面から時間が浮き出てきた。タブレットは今日も正常に時間を表示してくれていた。まったくいい迷惑だ。

「自分で確認するなら最初から聞くな」
「大晟がちゃんとした時間言ってくれてたら確認しなかったよ」

 タブレットをしまった要が、ベッドから降りるとゆっくりと俺に顔を近づけてきた。まだ煙草を吸っていないというのに、既に甘ったるい匂いが香っている。毎日馬鹿みたいに吸っているから、服に染みついてしまっているのだろう。

「ちゃんとした時間を教えて俺にメリットがないことは明白だからな」

 このままだと確実に朝食は食べそびれるし、無駄に疲労るし、後処理だってしなきゃいけないし、…ああ、嫌になるほどにデメリットしか浮かばない。

「どうして?朝の体操なんて、超健康的じゃん」

 耳元で囁いたと思うと、そのまま首筋に舌を這わされた。暖かい感触がすっと首筋を通って行き、実に気持ち悪い。

「ッ……何が体操だこのど変態」
「それは大晟だろ。ほら、こうやって言い争ってる間にも時間は過ぎていくし、どうせ断れないんだからさっさとその気になった方が賢いと思うけど」

 俺がその気になろうとならまいと、どうせ行く先は同じだ。現に、俺がどんなに嫌な顔をしても顔色一つ変えず、それどころか既に服の中に手が伸びてきていた。

「冷てぇ」

 こいつの体が冷たいのはいつものことだ。しかし、さきほどまで寝ていたというのに、どうしてこんなに冷たいんだ。これは流石に異常だろ。

「冷え症だからな。いい加減慣れろよ」

 これに慣れるのは無理があるだろう。
 要は言いながら腰を低くすると、服を捲って腹部に舌を這わせ始めた。腰に添えられている手の冷たさに相反して舌が暖かく、何とも奇妙な感覚だ。

「ん…朝飯食べそびれるのだけは嫌だからな」
「おっけー」

 要は聞いているのか分からないトーンで返事を返すと、微笑して俺の腕を引いた。紫色の瞳がちょうどいい具合に朝日に照らされて淡く光る。どうやら本格的にスイッチが入ったようだ。こうなったらもう、後はさっさと終わることを願うほかない。


**


 何が「おっけー」だこのクソ野郎。聞いていないような生返事だと思ったら、本当に全く聞いていなかった。後処理の時間がないからアナルプラグだと。そんなことなら最初から中に出すな。まったく、ふざけるのも大概にしろと言いたい。とはいえ、それを口にしたとしても殴ったとしてもどうなるわけでもない。俺に拒否という選択肢はない。
 手のひらサイズの部品Aと部品Bを繋げるという作業をひらすら続けること1時間。さベルトコンベアのおかげで周りには聞こえていないだろうが、さきほどから一定間隔で腹が鳴っている。作業かいしから1時間でこの状態ということが、意味することはひとつだけ。朝飯にあり付けなかったということだ。その事実だけでも苛立ちは最骨頂なのに、下半身の違和感のせいでそろそろ苛立ちが爆発してしまいそうだ。今日が肉体労働の日でなくて本当によかった。要はそれを望んでいたらしいが、もしそうだったらあいつは俺に殺されても文句は言えなかったと思う。というか、肉体労働ではなくてももし同じ作業場だったら危なかった。


 **


「2052番さん」
「ああ?」

 不意に囚人番号を呼ばれて隣を向くと、真っ赤な瞳と目があった。目が真っ赤なら髪の毛も真っ赤だ。戦隊物の番組なら確実にセンターに立っているようなタイプだ。いや、ここまでいくと厳つすぎてヒーローってタイプじゃないな。敵の幹部って感じだ。…ってか俺、敵の幹部に物凄く威圧的には態度を取ってしまった。歳は多分、俺よりも下だろうけど、これはマズったかもしれない。

「……呼ばれてる」
「え?」

 敵の幹部はそう言うと背後を指さした。指先の方向に視線をずらすと、俺よりも爆発しそうなくらい苛立った顔をした看守がこちらを睨んでいた。

「2052番!!」

 こちらっていうか、ピンポイントで俺を睨んでいたらしい。
 あまりに苛立っていて全然聞こえなかったが、あれは多分相当何回も呼んでいたに違いない。敵の幹部は全く気付く気配のなかった俺に教えてくれたってことか。敵の幹部何て言ってごめん。戦隊レッドに改めるから許してくれ。

「あー…なるほど。ありがと」
「いいえ」

 教えてもらわなかったら、多分ずっと気付かないままだっただろう。戦隊レッドは微笑して自分の作業に戻った。無表情だとやっぱり厳ついが、笑うとそれなりに愛嬌があってレッドっぽい。こいつは多分、いい奴だ。

「2052番!!!」

 それに引き替え何だあの看守は。お前なんか幹部にも及ばないんだよ。一話限りで、それも全員じゃなくてピンク辺りにさらっと倒されるザコ怪人なんだよ。馬鹿の一つ覚えみたいに叫びやがって。せっかく戦隊レッドのおかげで少しマシになった俺のライ立ちを一瞬で最骨頂に戻すんじゃねぇよ。

「2052番!!!」


 苛っ。


「うるっせーな!用があるならテメェが来い!」

 あ、しまった。そう思った時には既に遅かった。

 最骨頂を超えた苛立ちのせいでつい叫んでしまったせいで、周りの作業の手が止まり一斉に俺に視線が集中した。それどころか、遠くの方で叫んでいた看守も、苛立ちの最骨頂を超えてしまったようだ。

「何ぃ!貴様、誰に向かってそんな口を利いている!」

 ピンクに倒されるザコ怪人だよ、馬鹿野郎。
 いくら何でも、俺もそれを口にするまで冷静さを欠いてはいない。…というか、さっきの自分の冷静さを欠いた発言のおかげで冷静さを取り戻したと言った方がいいかもしれない。
 今にも顔から火を噴きだしそうなザコ怪人…基、看守は蟹股で俺の方に近寄ってきた。結果的に自分でから来たからまあいっか、なんて楽観的に考えてられるほど事はいい方向には進まないだろう。

「作業効率も悪ければ、仕事も雑!おまけにその態度!独房行きだ!」


 独房。

 看守の気に障ることをしたり、規律に違反したりするとそこに一定期間(その期間は機嫌の損ね具合や違反の程度による)入れられるらしい。何でも、100年くらい前の刑務所がモチーフで、とても人が過ごすような場所ではないと聞いた。俺にはそもそも100年前の刑務所を知らないから、全く想像が出来ないが。だからといって、入ってみたいと思うほど俺は馬鹿ではない。

「立て!!」
「…はぁ」

 俺は戦隊レッドでもなければピンクでもない。立場的には逃げ惑う一般人というよりは、怪人たちにこき使われる戦闘員に他ならない。だから、いくら相手がザコ怪人であろうとも、その命令に背くとはできないのだ。全く、俺は一体どこまでM属性なのだろうか。自分では決してそんなことを望んでいないのに、どう転んでもそうなってしまう。きっと俺は一生、誰かに虐げられていく運命なのだろう。ここに来て要に出会った時点で分かっていたことだが、改めてその事実を突き付けられたような気がした。
 なんだか激しくどうでもよくなってきた俺は、深い溜息を吐いてからなるべく下半身に衝撃を与えないように静かに立ち上がった。


 **


 独房というだけのことはある。例えるならば、動物の檻。横たわっても足が延ばせない、立ち上がることもできないくらい狭いコンクリート張りの箱の中、一面だけ鉄格子がはめられている。手かせと足枷をつけられているので大した身動きもできず、ただ横たわっているだけ。上を見ても下を見てもコンクリート。鉄格子の向こうは人一人が歩けるくらいのスペースを経て壁があるだけ。微かに周りは見えるので完全な暗闇ではないが、ほぼそれに近い状態、そして無音。話し声も聞こえなければ、物音さえ聞こえない。誰も前のスペースを通らない。ここに居る間は食事もない。トイレは多分、檻の隅にある小さい穴があったのでそこにしろということだろう。一応蓋がしてあるが、それでも異臭が物凄い。

 俺に命じられた期間は24時間だが、既に嫌気がさしている。こんな中に何日も入れられると高確率でおかしくなってしまうだろう。なるほど、何千人も犯罪者が収監されているというのに、みな大人しいわけだ。

「あ、みーっけ」
「うわッ!」

 鉄格子の向こう、上からぬっと顔が出てきた瞬間思わず声をあげてしまった。
 すると、鉄格子の向こうにある顔が少し顰められる。

「そんなに驚かなくても」

 誰もいるはずがないと思っている暗闇の中に、突然金色の髪の毛がぶら下がってきて驚くなと言う方が無理だ。レベルの低いホラー映画よりよほど心臓に悪いわ。
いや、そんなことよりどうしてこいつがこんなところにいるのだ。それも、さも当たり前のような顔をして。

「お前……どうやって入ってきたんだ」

 俺が来るときも途中から目隠しをされたので、ここがどこにあるのかも分からないというのに。
 聞くと、要はニコリと笑った。

「看守に喧嘩売ったって本当?」

 どうやらお得意の“人の話を聞かない病”が発症したらしい。
 これが発症したら問い詰めるだけ無駄だ。こいつがどうやってここに入ったのかという疑問の答えは、もう出ることはないだろう。

「本当じゃなかったらこんなところ入れられないだろ」
「俺の作業場まで噂がきてたぞ。例の新人が看守に喧嘩ふっかけて独房送りにされたって」
「例の…って、何だよ」

 かなり離れていた要の作業場まで話が伝わったということも中々問題だが、それよりも俺に対する“例の新人”という表現の仕方が気になった。収監されてまだ日が浅い上に今日まで目立ったこともしていないのに、どうしてそんな表現の仕方をされているのだろう。

「大晟、あんまり自分のこととか興味ないんだな」
「興味があるから聞いてんだろ」

 こいつは馬鹿なのだろうか。
 …馬鹿なのは知っているが、俺の問いの意味が分かっていないなら予想をはるかに上回って馬鹿だ。

「そうじゃなくて。前から結構噂されてんよ。最近、罪人の常識を覆すほどの美人が収監されたって。おまけにその絶世の美人が収監即日俺の玩具だからな。有名にもなるっしょ」

 なんだそれ。全然気づかなかった。

「気にしてないだけかと思ってたけど、気付いてなかったのかよ。毎日食堂でもどこでも超見られてるし、他の棟からも結構な人数の見物人が来てるってのに」
「全然」

 大体、罪人の常識を覆すほどの美人って何だ。ハーフだからちょっと顔立ちが違うだけだし、全然うれしくない。それに、容姿が目立つことはともかく、どうして要の玩具だということが有名になる要因に含まれているのかさっぱり分からない。
 何にしても、注目されているなんて言われても全然ピンとこなさすぎる。こいつ、俺のことをからかってるんじゃないだろうな。そう思いつつも返した俺の言葉を聞いて、要は顔を顰めて溜息を吐いた。どうやら、からかっているわけではないらしい。

「鈍すぎ。…もう少し注意しろよな」
「その必要性を感じない」

 要の言っていることがどこまで本当か分からないが、それが本当だったとしても俺は別に何か被害をこうむっているわけではない。それなのに、何に注意しろというのだ。俺からしてみれば、要の方がよほど要注意人物と言える。そもそも俺がこんなところに放り込まれたのだって、元をたどればこいつのせいだ。

「あんま聞き分けの悪こと言ってると、お仕置きすんよ」

 そう言って、要は手のひらに収まる程度の四角いキーホルダーのようなものを指にぶら下げた。視界が暗い上にそれ自体が黒いのでよく分からないが、スイッチのようなものがついているように見える。

「…何だそれ」

 俺が問うと、要はニヤリと笑った。ほぼ真っ暗な中で紫色の目が不気味に光る。
 要がどういう方法でここに来たのかは相変わらず分からないが、何の目的でここに来たのかは分かった。というか、冷静に考えたらそれ以外の目的でわざわざ独房まで足を運んだりはしないだろう。

「作業場が違ったから諦めてたけど、まさかこんな形で遊べるとは」

 そう言って、要は手にぶら下げているキーホルダーのスイッチのようなものを押した。

「―――ッ!?」

 静かな独房にカチっという音が響いたかと思うと、体の中で突然何かが振動を始めた。 朝、要に突っ込まれたアナルプラグ――だと思っていたのだが。どうやらただのアナルプラグではなかったらしい。
 思わず声が漏れそうになったが唇を噛むことで防ぎ要を見上げると、さきほどまでとは打って変わって楽しそうな顔をしていた。正に敵の幹部に相応しい邪悪な笑みだ。

「さすが大晟。これくらいの刺激じゃあ屈しないな」
「お前…何……」
「よくぞ聞いてくれました!実はアナルプラグと見せかけて、遠隔操作できるバイブでしたー」

 カチッ。

「っ…!!」

 要の手が微かに動いたかと思うと、また音が響いて振動が強くなった。しかし、朝中に出されたのがそのまま残っているせいか、突然の刺激なのにもかかわらず一切の痛みを感じない。それどころか咄嗟に体に力を入れたせいで、中を締め付けてしまった。どうにか声を出すことは防げたが、唇を噛んでいなかったら危なかった。

「頑張るなぁ。…じゃあ今度は一気にいってみる?」

 カチッ。

「はっ…あっ、ん……!」

 今度は一気に振動が強くなって、さすがに声を抑えられなかった。さきほどからの微弱な振動で敏感になっていたところでのこの振動はやばい。少し動いただけで中をかき回されるような感覚に襲われて、とてもではないがもう平静を装ってもいられない。

「流石に我慢できなかったな」

 要のしてやったりという顔が実に腹立たしい。だが、俺には苦し紛れにその顔を睨むこと以外に打つ手はない。

「あらま、憎たらしい顔しちゃって。…もう少し可愛い顔しろよ、ほら」

 カチッ。

「っあ!…は、…あ…んんっ」

 あの耳障りな音がトラウマになりそうだ。
 また一段と強くなった刺激に、思いきり表情を歪めてしまった。

「そうそう、やれば出来るじゃん」

 俺の苦痛にゆがむ顔を見て笑う顔は、修羅以外のなにものでもない。
 本当なら誰もが羨むような笑顔が全然眩しくない。それはこの環境がほぼ暗闇だからではない。多分、こいつが全身から黒いオーラを放っているに違いない。

「まだ上の段階もあるけど、試しとく?」

 そう言ってキーホルダーをふらふらと揺らす。
 既に快感に呑みこまれそうなのに、これ以上の段階なんて、想像しただけで眩暈がしそうだ。

「……俺に…選択肢なんて、ない…だろ」

 どうせ与える気なんてないのだろうから、最初から聞かなければいいものを。

「そうだなー。要様止めてくださいってお願いできたら、やめてやってもいいけど」

 俺の性格的に、ここで「死ね」と言ってやれば要の思惑通りなのだろう。本当はそう言ってやりたいところだが、正直今はプライドを保つよりもこの振動を収めて欲しい。

「……カナメサマ…ヤメテクダサイ」

 要が少し驚いたような表情を浮かべた。
 さあ言った。言ってやったから今すぐ止めろ。

「予想外…でも感情こもってなさすぎ、不合格」

 カチッ。

「ああ!んっ…あ、ふざ…あっ、けんな!…はっ…あっ!」

 言ったら止めるって言っただろ。感情がこもっていないとダメなんて言ってなかっただろうが。俺が捨てたプライドを返せ、このクソ野郎。

「そんなに喘ぎながら悪態吐かれても、何のダメージもないな」

 逆にこれまでの悪態でダメージを食らったことがあるのか。絶対ないだろ。

「あっ…う、ん…ふっ…ああ……」

 かろうじて要の言葉に対する反論の思考は回るが、それを言葉にするほどの余裕はもうない。それどころか、もう声を抑えるとかどうとかの問題ですらない。
 頭がおかしくなりそうなほどの振動が体の中をかき乱す。頭がおかしくなってしまいそうなくらいの快感が体を襲う。いっそのことさっさと達してしまいたいが、後ろの刺激だけではそこまで到達できない。それがまたもどかしく、余計に頭をおかしくさせる。

「まぁでも、珍しいもの聞けたから、手助けくらいしてやってもいいか」
「は…?」
「大晟、もう少しこっち来て」

 要が手招きをする。
 俺としては今この状況で動くなんて自殺行為以外のなにものでもないが、逆らうことはできない。それに、要の表情が少し柔らかくなっていることから、どうやらまた何か新しく俺をいたぶることが目的ではなさそうだ。

「ん…あ…んん……」

 まるでミミズのように体をうねらせて鉄格子の近くまで行くと、要の手が鉄格子の中に伸びてくる。一体何をする気だろうと見ていると、手が俺のズボンの中にするりと入ってきた。

「あ―――ッ!」

 俺のズボンの中に入ってきた手が俺のものを握った瞬間、思いきり体が跳ねた。要の手はとても冷たかったが、すぐにその冷たさなんて分からなくなるくらいの快感が襲ってきた。

「大晟、その表情、最高に可愛い」
「あっ…あ、あ…かな…んんっ…やめ……ああ、あっ!」
「やめねぇよ…ほら、イッちゃえ」

 そう言って動かす手の速度が上がる。
 もうだめだ。何も考えられない。

「んっ…はっ、あ、あ、あ…あ…ああっ、あッ―――あああ!!!」

 考えることをやめると、すぐに快感の中に意識をもっていかれて要の手の中で達してしまった。要が満足そうにこちらを見ているが、さすがに今はそれを憎たらしいとも思わない。なにせ、俺が達したことで要の手の動きは止まっても、相変わらずバイブは俺の中で振動を続けているのだから。

「はぁ…はぁ…あ、う…はぁ…ああ…」
「その切なそうな顔が、たまらなく好きなんだよな」

 要はそう言うと、俺のズボンから手を抜き取って自分の口元に持って行った。俺の出した精液がべったりついた指を口に咥えて笑う表情は、やはり敵の幹部だ。そんなもの、好んで口に入れる神経が分からない。

「さて、あんまり長居すると俺の方が我慢できそうにないから、そろそろ帰るかな」

 そう言って、要はすっと立ち上がった。

「おま…これ…止め……!」

 帰るのは勝手だが、その前にこのバイブをどうにかしろ。
 それともまさか、そのまま帰る気か。いくらなんでも、そこまで非道な悪党ではないはずだ。…そう信じたい。

「こっから出て来たらすぐにヤれるようにしとかないとな」
「なっ…!」

 この敵の幹部は、俺の願いもむなしくこれ以上ないほどに非道だった。
 腰を曲げて見えてきた顔は、実に清々しい笑顔を浮かべていた。清々しいが、今の俺はその顔を見ても憎しみしか生まれない。

「あ、イくの禁止な。…じゃ、頑張って」

 笑顔をそのままにそう言って手を振ると、要は俺の前から姿を消した。

「――――死ね!!」

 俺の精いっぱいの叫び声は、要がいなくなったことで暗く、無音に戻った独房内に響き渡り、反響した。要にこの声が届いているかどうかは分からないが、届いていたとしても要をにやつかせるだけだと思うと、届いていない方がいいと思った。
 叫び声の反響も去ることながら、再び静かになった独房内。ここで俺は、24時間経つまでひたすらに快感に耐えなければならない。あと何時間残っているのか、そんなことはもう考えたくもなかった。




独房、それはたった独りきりの世界
(そこまで来ても、俺は支配から逃れることが出来ないのか)


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