Long story


Top  newinfomainclap*res




26

 抗っても抗えない事実を目の前にしたならば。
 諦めて認めることが先決だ。
 もしもそれが認めてはならないことだとしても。
 それを認めてもいいような状況に変えればいいだけの話だ。


Side Taisei


 最近夜中によく目が覚める。
 目が覚めた時には、どうして目覚めてしまったのかはもう覚えていない。
だが、夢を見ていたことはかろうじて覚えている。
尋常じゃない汗をかいていることから、見ていた夢が楽しいものではないことは明らかだ。
 その夢のことについては考えなくても想像できるが、考えたくも想像したくもない。

 スペードのAが兄だと分かったあの日から、寝ることがままならなくなった。
 いや、厳密には翌日からと言った方が正しい。
 どうしてかあの日は普通に寝ることが出来た。それは俺がまだ現実を受け入れていなかったからなのか、要がそれなりに癒し系だったからなのか。

 もしも前者なら打つ手はないし。
 後者ならまた要を抱き込めばいい話だがそれは望ましいことじゃない。

 それは別に要が14歳だからとかプライドがとかそういう問題じゃなくて、単純にこのままじゃ俺が要に依存しそうになったからだ。
 玩具(最近はもっぱら猫呼ばわりだからペットに昇格したのかもしれない)でいることを悪くないと思うばかりか、このままここいたいなんてそれだけで大問題なのに。依存しそうになるなんてこんなの末期だ。
 俺は要みたいに馬鹿じゃないから、その依存がどういう感情からくるものかということを重々承知している。承知した上で口にしない。承知してはいるが認めてはいないからだ。
 …やっぱりプライドの問題なのか?だとするなら、この状況で俺に今さらそんなものが残っていたことに驚きだ。


「大晟さんってさ、あんまプライドとかない人?」
「は?」
「ああいや、喧嘩売ってるとかそういうんじゃなくて。そういうの平然と付けてるから、プライドとかあんま気にしないのかなって」

 有里はそう言って俺の首元を指差した。
 付けたまま取れなくなって、その後も取れる気配を微塵も見せない首輪だ。

「取れねんだからしょうがねぇだろ」
「でも、あんま嫌そうじゃないし。プライド高い人だとそういうの絶対許せねーじゃん?」
「まぁ…確かに」
「それ以前に、プライドが高い人間に要の相手なんてできない」

 稜海の言葉にまた確かに、と思った。
 そう言われると、やっぱり俺のプライドはもうなくなってしまったのだろうかと考える。いや、それならやっぱり元々プライドなんてなかったんだろう。

「ま、ないに越したことはないだろ。高ければ高いほど面倒なだけだ」
「うわ、かっこい。俺もそういうこと言える大人になりてー」

 どこが?お前の“格好いい”の観点おかしいだろ。
 あと、18歳はもう大人だ。それとも、数百年前の設備がはびこっているここでは成人年齢も数百年方式で20歳なのか?


「ないに越したことはないが、あるものを下手に傷つけると場合によっちゃ狂犬どころじゃなくなるぞ」
「どういうこと?」
「プライドを傷つけたがために4年くらい地下牢に閉じ込められるとか。毎日気が狂いそうなほど回されて最終的に拷問器具でぐちゃぐちゃにされるとか」

 地獄のような4年間だったが。
 口にしてみると、あまり大した話じゃないような気がする。

「いやいや、そういうこと真顔で言わないで怖い。言ってること異次元なのに無駄にリアルに聞こえるのが余計に怖い」

 無駄にリアルなのは実体験だからかもな。
 客観的に口にしたら大した話じゃないように聞こえたけど、有里が青ざめてるところを見るとやっぱりそれなりのことだったのだと思い直した。多分、無意識に大した話じゃないと思い込みたいだけなのだろう。
 そもそも大した話じゃなかったら、毎日夢に見て寝不足になったりしない。


「……大丈夫だろ。ほら、ここ…既に牢獄だし、拷問器具なんてないし」

 稜海は有里以上に青ざめてどこか自分に言い聞かせるように呟いていた。
 確かにここは既に牢獄だし拷問器具もない。ただ、龍遠はこの間の猫耳も処分したら意地でも手に入れるって言ってたから、それが拷問器具であってもあの手この手を駆使して手に入れてきそうだ。

「龍遠のことだから、拷問器具くらい簡単に手に入れそうだけど」

 俺が自重したことをわざわざ口にするとは。
 ここの連中は本当にどいつもこいつも情け容赦の欠片もねぇな。

「もっと早く言ってほしかった……」
「本気にしすぎだろ。いくら龍遠でも拷問器具なんて引っ張り出してこねぇって。あんなもん、情のないキチガイが使うもんだから」
「大晟さん、あいつが情のある真人間だとでも思ってるのか…?」

 それをお前が言うか。
 それ言うとお前が情のないキチガイと好き好んで付き合ってるってことになるけど。お前はそれでいいのか。龍遠よりよっぽど変態だぞ。

「それ言っちゃうと稜海の方が変態だぞ」
「だからお前は何で人が自重したことを逃さず拾ってくるんだよ」
「え?」

 え?じゃねぇこいつわざとやってんのか。
 これは天然の部類に入るのか。それともこいつらの間じゃこれが当たり前なのか。
もうよく分かんねぇ。

「まぁ、変態なのは稜海じゃなくて龍遠だけど、それを甘んじて受け入れてる稜海も大概変態ってことで」
「稜海が変態だったら俺なんてどうなんだよ」

 こっちの相手は14歳のガキだぞ。
 神経連動式こそ使わずに済んだが、感覚連動式でおかしくなりそうになるまでヤられてちゃ様はない。
 それを甘んじて受け入れているのだから、俺の方がよっぽど変態だ。

「大晟さんは好きで一緒にいるんじゃないじゃん」
「……ああ、そういえばそうか」

 確かに。それなら俺は変態じゃない。
 でも、そうじゃないことを俺は承知している。何度も言うが、承知してはいるが認めない。

「そういえばって…大晟さん、大丈夫?」
「寝不足だからな。思考が鈍ってんのかも」

 そうやって誤魔化すのは変態だということを隠したいからか?
 プライドなんて、微塵も残っていないというのに。
 認めてしまえば早いのだろうけど。それを認めないのはどうしてか。

「なーんだ。要に情が移ったんじゃないのか」

 俺の言葉に有里はどこかつまらなそうに呟いた。

「移って欲しいのか…?」
「うーん。それは複雑なところだな」
「複雑?」

 問うと、有里は苦笑いを浮かべた。

「情は移って欲しいけど、終わって欲しくもないから。最初に約束しなかった?」

 約束。

「ああ……、そういうことか」

 それは有里の問いに対しての答えでもあった。
 そして同時に、自分の中の疑問への答えでもあった。

 本気にならないこと。
 それが、最初に約束として出された条件の中にあった。


「本当は要が約束を破棄してあのUSBを捨てるっていうのが一番だけど。そうしたら今度は大晟さんが要から離れるだろ?USBを捨てるってことは要の情が大晟さんに移ってるってことだから、そうなるとそれがまた困る」
「何が……って、ちょっと待て。あいつ、USBにバックアップとってんのか」

 あの部屋にUSBなんて見たことねぇ気がするが。…USBなんて探そうと思ったこともないから見落としている可能性が高い。
 どうせあいつのことだから、簡単に見つけられるところに隠してそうだし。
 ……まぁ、どこに置いてあっても別にどうでもいいけど。

「…あれ、俺やばいこと言っちゃった?」
「確実に」
「心配すんな、探しゃしねぇよ」

 俺の言葉に、有里と稜海は驚愕の表情を浮かべた。

 プライドなんて最初からないか、あったとしても当の昔になくなしまっている。
俺はけれど要に依存していることを承知の上で認めていない。それは一見矛盾しているように見えて、全く矛盾なんてしていないことが分かった。
 俺が要に依存していることを認めることは、最初に交わした約束を破ることになるからだ。それはつまりUSBのデータが拡散されることに繋がるわけで、俺はそれを避けるために要の言いなりになってきたわけだが。
 今となってはそんなことは正直どうでもいい。問題なのは、そうなると約束という束縛が終わってしまうことだ。

 やっぱり俺は変態なのかもしれない。
14歳相手に好き勝手に遊ばれて、それを甘んじて受け入れているどころか、それを手放したくないと思っている。
 改めて考えると、かもしれないどころか確実に変態だ。

「大晟さん、本当に大丈夫?」
「……大丈夫じゃねぇな、多分」

 それを痛感して尚、俺は離れたくないと思っている。
 だから、自分でUSBを探すなんてしない。
 だから絶対に、依存を認めたりなんかしない。


 **


 誰かと話していると労働時間も早いものだ。
 その相手が有里と稜海となると、看守から白い目を向けられることもないから尚のこと早く感じたのかもしれない。それ以前に話しながらでも手を休めてはなかったわけだから、相手が誰だろうが文句を言われる筋合いなんてないんだけど。

 労働が終わってそのまま流れで俺の部屋になだれ込み、稜海が引き出しの中からトランプを引っ張り出してきてた。要は前に稜海が責任者をやっている棟にいたって言ってたから、あいつがどこに何を隠しているかなどはお見通しなのだろう。探し当てるのに30秒とかからなかった。
 要が部屋に戻ってきたのは、そんなこんなでトランプで暇潰しを開始してから3時間が経過した頃だった。

「いやいやいやいや、何でいんの?」

 入ってくるや否や顔を顰めたのは、有里と稜海が当たり前のように居座っていたかに他ない。
 それも、ソファも机も動かして3人で真剣に大富豪なんてしてたら驚きもするだろう。

「大晟さんと労働場所が一緒だったから」
「いくら俺が馬鹿だからって、それが理屈になってないことくらい分かるからな」
「それは意外だな。でも別に大した理由なく暇つぶしに来ただけだよ」

 有里の言葉に要はあまり納得してないというような表情を浮かべる。
 しかし追い出すのも面倒なのか、溜息を吐くと俺の隣に座って手札を覗き込んできた。

「随分と帰りが遅かったな」
「あー、うん。残業させられてた」

 いくら作業場が遠くても俺たちより3時間も遅いのは変だと思ったが、残業だったのか。
 ただ、残業にしても3時間は遅いような気がするのだが…残業時間っていうのは看守の気分で変わるもんなのか。

「またお前は…看守に喧嘩でも売ったのか?」
「だってさー、人が真面目にやってるところに来て明日の検体はグレートだーとか言ってくるから。モチベーション下げるんじゃねぇっつの」

 有里の疑問に返す要は、その時のことを思い出して苛立っているようだった。
 それは確かに、喧嘩を売りたくなる気持ちも分からなくはない。それ以前に、そんなことを労働中に知らせることに驚きだ。

「この間のグレートからまだそんなに日経ってねぇってのに。月跨いだからいいってもんじゃないし、それ以前にそもそも俺はハードかナチュラルが基本だろうがって話しだし」
「グレート……?」
「あっ!」

 有里が顔を顰めたのを前にして、要がさあっと青ざめた。
 そういえば、この間は龍遠にも隠そうとしてたな。有里にバレたらヤバイとも言ってたっけ。

「お前、先月の検体は俺と一緒の日だったよな?あの時はナチュラルじゃなかったか?」
「あ…あーそうだ。そうだった、気のせいだった、あはは」

 そんなことで誤魔化せるわけないだろ。

「2回目に棟壊した時か」
「え」
「通りで…2回も棟壊して独房じゃねぇのはおかしいと思ってたんだよ」
「違うって、あはは」

 だから全然誤魔化せてねぇっつの。
 それは有里がバチバチと電気を放っていることからも一目瞭然だ。

「あははじゃねぇ」

 バチィッと、有里の体から勢いよく電気が上がった。
 要がどうこうなるのはいいが、部屋の家電製品を壊さないでくれよ。

「まっ…丸焦げになる前にチャンスを!」

 目に見えるほど体に電気を走らせている有里の前に、要が何かを差し出した。
 あれは何だ?…鍵か?

「何だこれ?」
「シャワー室の奥にある部屋の鍵」
「……あの奥に部屋なんかあんのか」
「うん」

 それは俺も初耳だ。
 何年もいる(と思う)有里が知らないんだから、俺が知るわけねぇか。

「前から見つけてたんだけど、鍵掛ってて開かなかったんだ。んで今日、グレートにされてムカついたから残業終わりに後付けてたら、その看守がその部屋に入って行った。あとはまぁ、部屋を出た看守のポケットから鍵を拝借して部屋の中を確認して帰宅」

 なるほど。それなら残業にしては長すぎるのもうなずける。
 しかし、いくら透明になれるからといって看守のポケットから気付かれずに鍵を拝借とは。盗みに関してのスキル高すぎだろ。

「で、その部屋なんだけど…よく分かんなかった!!」
「よほど黒焦げになりてぇみたいだな!」

 丸焦げ回避する気あんのか。
 というか、既に回避不可なんじゃねぇのか。

「いやとりあえずシャワー室だったんだけど!」
「単に開放してねぇだけじゃねぇか!」

 有里の言う通りだ。
 シャワー室の奥にシャワー室。開放していないだけという他ない。

「違うだって!そうなんだけど違うんだって!大晟、これ何て書いてあんの?」

 要はそう言ってぐしゃぐしゃになった紙切れを出してきた。
 貴重な紙を何つう使い方してんだ。勿体ねぇな。

「温泉……」
「おんせん?って何?」
「定義は色々あるが…平たく言えば地面から湧き出る湯だよ。自然の風呂みたいなもんか」

 って、は?……温泉?

「温泉があったのか!?」

 俺が驚くよりも有里が声を上げる方が先だった。
 コンマ一秒くらいの差で声を挙げ損ねたが、驚きは同じくらいだ。

「よく分かんねーけど。なんかな、石の隙間みたいなのからお湯が出てて、石で作った浴槽みたいなのにお湯が少しだけ溜まってた」

 正に温泉っぽい。
 多分要が追った看守は、浴槽にお湯を溜めるためにその部屋に行ったのだろう。

「聞いたか稜海!温泉だぞ、温泉!」
「くそ看守共、俺らがシャワーで我慢してるってのに、そんな贅沢してやがったのか…」

 稜海の言う通りだ。
 AV見たり玩具集めたり温泉に入ってる暇があったら仕事をしろ、仕事を。
 全部外でも出来ることだろうが。

「温泉ってすげーの?」
「昔はそうでもなかったらしいが…今は特に貴重だからな。外で入ろうと思ったら数万円はかかる」
「うっそ!?やべぇ!!」

 そうだよやべぇんだよ。
 シャワー室しかないこの牢獄で浴槽という時点で飛び上がりそうなもんなのに、それが温泉ともなると空も飛べそうだ。
 別に、俺が入れるわけじゃないんだけど。

「これはさっそく使うしかない!」

 有里はそう言って颯爽と立ちあがった。
 使ったら感想を聞かせてもらおう。

「俺が入ったら、稜海と大晟さんにもこの鍵貸すから!」
「まじか!サンキュー有里!」
「恩に着る!」

 ストロンガーいいやつ。マジ最高ストロンガー!

「俺が取ってきたんだけど…俺は?」
「お前には貸さねぇ。グレートの罰だ、反省しろ」
「何それ酷い!」

 自業自得と言えばそれまでかもしれないが。
 気の毒な奴だ。

「まぁでも…グレートが連続っていうのは気に食わねぇから、それはどうにかしてやる」
「まじっすか!」
「落とせてハードだからな」
「ハードとかもう余裕だから!ありがとう!!」

 流石ストロンガー。最後まで格好いい。

「ということで帰ろうぜ、稜海」
「そうだな」

 有里に帰宅を促された稜海が立ちあがる。
 大富豪は途中で止まったままだが、そりゃあ温泉の方が優先だ。
 しかし、それでもちゃんとトランプを戻してソファと机も戻すところはやはり要とは違う。

「じゃあ」
「またくるな!」
「ああ」
「来なくていい!」

 ソファと椅子を戻して入口に向かった稜海と有里が軽く手を振ると、要が苛立った様子で声を上げた。

「お前ハードにしてやんないぞ」
「それはズルいっ」
「冗談だよ。ここが駄目なら今度は俺の部屋だな。ちょっと遠いけどいい?」
「ああ、行く」

 基本的に要としか接触していないから、他の誰かと遊ぶのは楽しい。
 呼ばれれば多少遠くても行く。

「だめっ!じゃあここでいい!」
「何だよ。何が駄目なんだよ」
「なんかムカつくから!!」

 なんだそれは。論理的じゃないにもほどがある。
 そのまるで論理のなっていない返答に、有里は思いきり顔を顰めた。

「こりゃ駄目だな、稜海」
「だから言っただろ。俺はもう知らない」

 稜海がどこか諦めたように言うのに対して、有里はどこか呆れたように溜息を吐いた。
 どっちにしても、褒められたことではないらしい。

「お前、どうするのかさっさと決めろよ」
「は…?」
「大晟さんが寝不足で大丈夫じゃないうちに」

 一体何をどうするのか決めるのか、俺にはサッパリ分からない。
 ちなみに口には出さないが、俺が大丈夫じゃないのは別に寝不足だからじゃない。

「じゃーな」
「いだあッ!!」

 有里は最後に要にデコピンをして稜海と共に去って行った。
 指が頭に触れる瞬間にバチッと電気が走ったことから、ただのデコピンではなかったのだろう。
 ぱたんと扉が閉まってからも、要は額を押さえてその場にうずくまっていた。それほどまでに痛かったのだろうか。

「大丈夫か」
「ヤれば痛くなくなるかも」
「一生痛がってろ」

 まったくちょっとでも心配した俺が馬鹿だった。
 痛がるのは勝手だが、夕食の時間になったら引きずってでも連れて行くからな。

「じゃあ今はキスで我慢する」
「それじゃあ後回しになっただけじゃねぇか」
「もうその辺はいいから!」
「うわっ」

 痛がっていたのが嘘だったんじゃないかと疑うくらいに俊敏な動きだった。
 立ちあがった要に腕を取られてベッドに押し倒され、顔を覗き込まれる。

「ゆりちゃんも稜海も手遅れだって言うけど、俺には分からない」
「は?」
「分からないようにしてるってことは分かってる」

 俺に話してるのか、自分自身に話しているのか。
 俺を見ている紫色の瞳は、戸惑いの感情を灯している。

「だってもし分かっちゃったら、もう…耐えられない」

 要が俺の首元に顔を埋めた。
 震えている。

 何を分からないようにしているのか。
 何に耐えられなくなるのか。

「もうあんな思いはしたくない……」

 そう言ってより一層俺に身を寄せる。

 それはまるで、何かに縋っているように受け取れた。
 触れると今にも、崩れてぼろぼろになってしまいそうだ。
 こんなに脆くなって。人のことを壊れるなと豪語する前に、自分の心配をするべきだと思う。

 要が考えていることはよく分からないところもあるが、何となく分かることもある。
 それは俺と似たようなことで、俺はそれを分かっていて認めていないが、要はそれを分かろうとしていない。
どうしてかは知らないが、分かることを怖れている。

「有里が、お前が残したデータはUSBだって言ってた」
「は?いきなり…って、えっ…ちょっと、ゆりちゃんてば、何言ってんの」
「媒体が分かれば、この部屋の中から探し出すのは簡単だな」

 要が首元から顔を上げる。ぶつかった視線は、不安そうに俺を見た。

「看守室とか、他の誰かの部屋とか…俺が見つけられないところに隠せ」

 不安そうな顔が驚いたような表情になって、怪訝そうに変わる。

「何で…?」
「俺が見つけられないからだよ」

 探す気は毛頭ない。でも、予期せず見つけてしまう可能性も捨てきれない。
たとえ見つけたとしても俺は言わないけど、それはそれでなんか、納得いかない。
 だから、見つけられないところに隠してくれるのが一番いい。

「……大晟…それ…」

 俺の言いたいことを理解しているのかいないのか。
 まぁ理解されるとそれはそれであんまよくないんだけど。
 …いや、よくなくはないんだろうけど、今の要はそれを受け入れたくないみたいだから。
 やっぱりよくない。

「約束しただろ?俺は絶対に約束は破らない」

 抱きしめると、要は素直に俺の腕におさまった。
 され慣れてないからか、他に理由があるのか。普段の図図しい態度とは打って変わってしおらしくなる。

「だからお前のことは大嫌いだが、お前と一緒にいるのは嫌じゃない」

 そう言ったと同時に、静かに収まっていた要が動いた。
 せっかく抱きしめた体が冷たくて心地よかったのに、要が勢いよく顔を上げたので体が離れてしまった。

「大晟…大丈夫?寝不足のせい?それとも…俺がヤりすぎたせいで頭おかしくなった…?」
「ぶっ飛ばすぞお前」
「だって…!俺、大晟にろくなことしてないのに…!」

 そんなことは。
 要がろくでもない奴だってことは俺だって分かってる。お前みたいな馬鹿でも分かってるんだから、俺が分かってないはずがないだろ。
 分かってて、その上で言ってるに決まってるだろうが。

「しょうがないだろ。それでも一緒にいるのは嫌じゃねぇんだから」

 顔にかかっている金髪をかきあげると、くすぐったそうに目を細めた。
 俺がこいつを17歳くらいに思ってたのは、性欲が先にきていたからかもしれない。それを除けば、基本的な性格が子どもっぽいのは正にそうだが、見た目も14歳に見えなくもない。

「……じゃあ、俺がもし…USBなくしても、どこにも行かない?」
「は?」

 要の容姿について考えていると突然思いもよらない質問が降ってきた。
 全然関係ないことを考えていたせいで、咄嗟に変な声を出してしまった。

「やっぱり今のなし」
「はぁ?」
「そんなことより痛いの治らないからヤらせろ」

 絶対に治ってるだろ。その間にさっきキスでいいって言ってただろ。
 それ以前にちょっと待て。今何時だ。

「ふざけんな。もう夕飯の時間だろうが」
「やだヤる」
「今からヤってたら飯に間に合わない」
「やだ」

 駄々っ子か。
 精神年齢14歳どころの話しじゃねぇ。5歳児でももう少し聞き訳がいいんじゃねぇのか。

 こんな子ども相手に、それでもいいかと思っている俺は相当どうかしてる。
 相手は14歳だぞ。精神年齢なんて5歳だぞ。改めて考えてもやっぱりいいかと思っているんだから、救いようがない。
 どうかしていることを分かっていて、それすらもいいと思っているのは俺にプライドがないからだ。そして、俺にプライドなんてなくてよかったと思わせているのは、紛れもなく要だ。

「やっぱりお前のせいで俺は頭がおかしくなった」
「えっ」

 要が何を怖れているのか。
 どうして自分の気持ちを分からないようにしているのか。
 俺はそれを知らないし、ぶっちゃけどうでもいい。

 ぶっちゃけどうでもいいが、じゃあこのままでいいかと言えばそういうわけにもいかない。
 基本的にこのままでも何ら不自由はないのだが、俺の頭をおかしくした奴が自分だけ分からないなんて屁理屈で誤魔化してるっていうのは気に食わない。
 自分の気持ちをはっきりと自覚してしまった今、俺がただの玩具かペットで満足すると思うな。


「責任取れよ。どこにも行かないどころじゃ済まさねぇからな、覚悟しとけ」


 今度はお前が俺のものになる番だ。




手放さない
(そして、手放させもしない)




[ 1/1 ]
prev | next | mokuji

[しおりを挟む]


[Top]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -