21 楽しい時間が過ぎるのは早い。
苦痛の時間が過ぎるのは遅い。
それは誰でも経験があることだろう。
逆ならどんなにいいことかと、願わずにはいられない。
Side Taisei 1週間くらいにしておけばよかったと思ったのは、約束の3日があまりに早く過ぎ去ってしまった後だった。
楽しかったかと聞かれればそれはよく分からない。ただ、過ぎてしまえばあっという間で、1週間くらいにしておけばよかったと後悔しているのだから、それなりに充実はしていたのだろう。
思い返すと、セックスをしていないこと以外は何らいつもと変わりなかった…というのは少し違う。
欲求不満の要がいつも以上に面倒臭かったのは言うまでもないが。それに感化されたのか、自分でも意識していないところで3日間の自由に浮き足立っていたのか、何にしてもあの頃のことを口にしたのは自分でも驚いた。
要は言わなくてもいいと言ったのに、それでも話したのはどうしてか。
それは一番思い出したくない記憶で、忘れられない記憶で、忘れたいとずっと思っている記憶だ。
それが分かっていて、口にした自分が不思議で仕方がない反面、別に分からなくてもいいとも思っている。そう思っているのは、話すと楽になるなんてことはなかったけど、話して重荷になったわけでもないからかもしれない。
「はぁ――――…」
大きく息を吐いて瞼を持ち上げると、紫色の瞳と目があった。
いつもは何を考えているか読み取れない瞳から、今日は実に楽しそうな感情が伺える。
「久々の手錠の感触はどう?」
「最悪だ」
労働から帰ってくるや否や待ち構えていた要は、手錠片手に満面の笑みを浮かべていた。
どうして足し算もできないくせに時間の計算だけはきっちりしてるのか。
こいつに時計の見方を教えた奴は誰だ全く。
「そんなに嫌そうな顔しなくても、夕飯もあるし軽めにしとくって」
軽いとかそうじゃないとか、そういう問題じゃない。
お前はデータ処理だったからろくに体力も使わず元気なのかもしれないが、こっちは肉体労働だったんだよ。それも作業が遅れてるからってノルマがいつもの倍だったんだぞ。
せめて休憩くらいさせろ。
「こんなところに尿道バイブ発見」
どうやらこの馬鹿は「軽い」と言う言葉の意味を誤って覚えているらしい。
もしくは自分の発言を既に忘れてしまったか。
何にしても、日本語を一から叩きなおす必要がある。
「前々から思ってたが…どっからそんなもん調達してくんだよ」
「9割は看守室だな。あいつら変態ばっかりだから」
要に変態なんて言われたら看守も立場がない。
とはいえ、人の労働中にアダルト動画見たり、看守室に道具を常備していたりするのだから言われても仕方がない。
わざわざこんなところまで来てしなくても、外の世界にいけばもっと快適にヤれる場所が沢山あるだろうに。
「でもこれは確か…もう一人のAにもらったんだ」
「もう一人のA……」
そういえば、前に看守が今この監獄にいるロイヤルは12人だと言っていた。
要の口ぶりから察するに、その中でAになっているのは有里とそのもう1人だけということか。
そう考えると、有里って実質囚人たちのトップ2ってことだよな。俺は有里が何のAなのか知らないからそいつとどっちが上なのかも分からないけど。どっちにしても、やっぱりストロンガーって凄い。
「地区が違うから普段はまず顔合すことなんてないけど…3か月にい1回あるロイヤルの集まりの時に。たまたまポケットに入ってたのが落ちて、俺が拾ったんだ。返そうと思ったら、もう使い飽きたからあげるって」
尿道バイブがポケットに入ってるってどういう状況だよ。
しかもそれを使い飽きたと言うくらいだから、要以上の強者なのかもしれない。俺がこの地区で要に捕まったのはある種ラッキーだったのか。
いや待て。どこでも変態がいるってわけじゃないし、要に捕まったのだって部屋が同じになってしまったからに過ぎない。
要よりも上級者が現れたかもしれないからって、今がいいってわけじゃないんだぞ。自分を見失うな、俺。
「それをサラッと受け取るお前もお前だな…」
「違うって。1回断ったけど、捨ててもいいからって言うからもらったんだよ。正直苦手だから、あんま話してたくなかったし」
「苦手…?」
要が苦手意識を持つなんて珍しいと思った。
嫌いと苦手の使い分けが出来てないだけかとも思ったが、表情から察するにそういうわけでもなさそうだった。
「支配するのが大好きって感じで…ええと、何だったけ?ゆりちゃんがなんか言ってたんだけど……」
支配するのが大好き?それが苦手?
自分のことを棚に上げて何を言ってるんだこいつは。
「お前だって俺を支配して楽しんでるじゃねぇか」
「それはそうだけど…なんていうか、支配への執着心が違う。俺はほら、大晟さえ言うこと聞いてくれればそれでいいわけ。それも常にそうさせたいわけじゃなくて、多分俺が殴ったら約束違反だって言ったら大晟は殴らなくなるんだろうけど、そこまで従順になられてもつまんねーの」
今までの奴らはそれでも勝手に従順になってたからすぐにスクラップだったのか?
なんてことを俺に問われても、そんなことは知ったことではない。
「でもあの人はとにかく貪欲で、何でも自分の思い通りにならないと気が済まない。自分の世界の中では、何においても上に誰かがいるなんてことは許されないって……あ、思い出した。ゆりちゃんが、絵に描いたような独裁者タイプだって言ってた」
絵に描いたような独裁者。
貪欲で、何でも思い通りにならないと気が済まない。
自分の世界の中に、自分よりも上に立つものがいることを許さない。
―――ここは僕の世界だ。
―――最も優れている者は僕でなければならない。
―――お前のような存在は許されない。
ああ…そうだ。
だから、俺は……。
「いっ…!?」
突然下腹部に電気が通ったような痛みが走って、意識が覚醒した。
脳裏にもう少しで浮かんできそうだったあの顔が、一瞬で頭の中から消えて行った。
「あれ、痛かった?」
まるで悪びれもしない様子でそう言う要は、腹立たしいことこの上ない。
ただ、目の前に見えた顔が脳裏に浮かびかけたそれでなかったことは、俺に少しだけ安堵をもたらせた。
「ああ、そういえば。最初はブジーとかカテーテルとかで拡張した方がいいって言われたな。それもあったはずだけど……」
「そういえば、じゃねぇ…!」
なにをあっけらかんとした顔で言ってのけているのか。
いや、もうこの際それはそれでいいから、思い出したのならば早く抜け。
ブジーやカテーテルがあることももう突っ込まないから、とにかく早く抜け。
「ま、消毒してあるし大丈夫か」
違う。根本的な問題が違う。
消毒をしたことは評価してやるがそれは別にバイブだけに限った話じゃない。
ブジーだろうがカテーテルだろうが消毒は必要だし、それ以前に拡張した方がいいけど消毒してるから大丈夫って何だそれ。どういう思考回路になったらそんな結果にいきつくんだよ。
「お前ふざけ―――っう!!」
痛みに耐えながら文句を言おうと思ったら、再び痛みが走った。
集中的に電気を流されたような、ビリビリとした痛みだ。
「大晟、どうせ拡張済みなんだろ?」
「だから、って…いきな…っ、あ、っああ!?」
「振動を開始しました」
開始しました、じゃない。
痛いって言ってるのが聞こえないのか。
そうじゃない。俺の意見など聞く気がないのだ。
たった3日空いただけで、そんなこともすっかり忘れてしまっていた。
こいつが俺の意見を聞いた試しなんかない。
俺に意見を言う権利は最初からない。
「はぁ…う、っ………んんっ」
もうどうにもならないと諦めると、それまでとは少しだけ感じ方が変わった。
ビリビリとした痛みが、少しずつ快感になっていく。前立腺を刺激されているのが分かる。
「さすが、順応が早いな」
こんな経験はもう何年も前のはずなのに、身体はよく覚えている。
俺が気を逸らしていたことも、忘れたいことも、身体は全部覚えている。
要に言ったように、確かに俺はあの頃に感じていたことがどんなものだったのかよく覚えてはいない。
俺自身が何も覚えていなくても、身体は全部覚えている。俺が教えられたことを、与えられたことを、数年経った今でも詳細に覚えている。
だから、身体が覚えていることをされると分かってしまう。
覚えている体がそれを快楽と認識しているということは、あの頃に感じていたのもまた快楽だったのだと。
そんなこと、分かりたくなんかないのに。
「っ…あ、んっ……」
体の芯が熱い。
いつも感じているのとは違う刺激が、身体を震わせていく。
いつもよりも格段に弱いそれのはずなのに、どうしてこんなにも感じるのか。
「大晟、挿れていい?」
「ふあっ…ぁ、うああ!?」
足を持ち上げられて、その間に体を乗せてきた要が耳元で囁く。ぞくぞくする感覚に耐える間もなく―――別の快感が一気に突き抜けてきた。
尿道バイブのせいか知らないが慣らしていないにもかかわらず、痛みを全く感じなかった。みちみちと要のものが奥に進んでいくことで中が無理矢理広げられ、圧迫感が快感となってこみ上げてくる。
「早く答えないから」
わざとらしくそう言って、要は楽しそうに笑う。
答えを言う暇も与えなかったくせに。
「はっ、あっ…ふあっ」
「すげぇ締め付けてくる」
いちいち言わなくていい。
俺はそんなこと言われて興奮したりしない。
「久々だからそう感じるのか、これのおかげか…どっちだと思う?」
「ひっ、ああ、あああッ!」
奥を突かれながらバイブをゆっくりと上下に動かされ、快感が限界を超える。
耐える間もなく快感が押し寄せてきて、吐く場所もないままに達してしまった。
「はっ…はぁ、あっ……」
ガクガクと体が震える。
息を吐くことも許されないというように、また快感がくる。
さきほどよりも、強く、深い。
「いまイった?」
「し…らな……あっ」
「イった?」
「ふああッ!あ、あっ…ああっ!」
ずるっとバイブがギリギリまで引き上げられた。そのまま抜くのかと思いきや、すぐにまたずっと奥に進んでいく。
振動しているのとそうでないのとでは、快感の度合いがまるで違う。今達したばかりなのにすぐにまた限界を超えそうになる。出せないということでは以前エネマグラでドライをさせられた時と似ているが、快感の種類が違うとでも言えばいいのか。
苦しい。この間よりも格段に苦しくて、そして格段に気持ちいい。
それは尿道バイブのせいもあるかもしれないが、それだけではない。いや――そうじゃない方が明らかに大きい。
「答えないと抜いてやんねーよ?」
要が意地悪く笑みをこぼす。
そして、ゆっくりと顔が近づいてきた。
「んっ…ふぁっ…んんっ」
質問してくるくせに、俺に答えさせる気が全くない。
キスされながら、言葉が話せると思っているのだろうか。
「ほら、舌出せ」
いや―――そうじゃない。
要は言葉通り、俺に答えさせようとしているのか。
絡みついてくる舌からざらざとして、漏れる息が熱くて、触れる肌が冷たくて、気持ちいい。
「んっ、ふ、んっ…んん――――ッ!!」
なにもかも全部気持ちよくて、何も考えられなくなって。
耐えられない絶頂が襲う。
出すこともできないのに、それが辛いだけなのは分かっているのに達してしまう。
そして、それでも足りなくなる。
もっと気持ちよくなりたくて。
そうして俺は、堕ちていく。
「今度はちゃんと言えるだろ?さっきも、今もイったよな?」
何もかも分かったように、要が俺を見下ろして笑う。
頭の片隅でそれを疎ましく思っていても、そんな思いはもう何の役にも立たない。
「いっ…た……っ」
堕ちてしまうと、反抗する気もなくなってしまう。
だから、俺は要の問いに素直に答える。
「堕ちるほど気持ちよかった?これ」
「ひあっ…ちがっ……」
少しだけバイブを動かされ、身体が跳ねる。
見上げた顔が少しだけ顰められ、そして次の瞬間に思いきり奥を突きあげられた。
「ああ…っ!」
「正直に言えよ。これが気持ち良すぎて堕ちたんだろ?」
人の話を聞こうとしないのはいつでも変わらない。
このまま違うといっても埒が明かないのは分かっている。
いっそ、そうだと言ってしまった方が楽なのかもしれない。
それでバイブを抜いてもらえるのかは定かではないが、事が早いのは確かだ。
分かっているのに。
どうしてか俺は、苦痛な体をおもち上げて要に顔を近づけた。
「大せ…っ…!?」
唇を重ねて、舌を押し込む。
一瞬驚いた顔をした要が、すぐに俺の体を支えて引き寄せる。
冷たい唇、冷たい身体、熱い舌。
「こっちの、ほう、が…きもち、い……」
俺はあの頃のことを覚えていない。
それはここで同じことをされて、初めて快感を与えられていたのだと分かる。
きっと、他にも沢山あるのだろう。
いくら俺が分かりたくないと思っても、身体はハッキリと覚えている。
ただ、ひとつだけ言えることがある。
これから先、また分かってしまったとしても。
それがどれほどの快楽であったとしても。
このキスには敵わない。
「そんなこと言って優しくしてもらおうたって、そうはいかねーかんな」
「あっ、はぁっ…あ、あっ…!」
俺の言葉に動きを止めて目を見開いた要は、そう言うとまたすぐに動き出した。
快感の波がくる。締め付けると自分だって苦しいのに、身体は快感を求めるばかりだ。
「久々だから俺も限界。…大晟、こっち向け」
「あ、んっ……んん――っ!!」
また唇を塞がれる。舌が絡みついてくると今度はすぐに我慢の限界を超えて、あっという間に達してしまった。
それと同時に、要の欲が中にどくどくと流れてくるのを感じる。耳にかかる息でぞくぞくと体が震え、びくびくと肩が跳ねる。
「っ…ん、っ―――!!」
間髪入れずに、また限界を超えた。
「出されただけでイッたのか?」
「ぁ…ん……」
耳元で問われて、余韻の残る体がヒクつく。
本当におかしくなりそうだ。
「あと5回は解放してやんねぇけど、そんなんで大丈夫?」
「………だ…いじょうぶじゃねぇよ」
飛んでいた意識が一気に戻ってきた。
労働が終わってから何時間経っただろう。夕飯まであと何時間あるだろう。
間に合うだろうか。
いや、間に合ったとして俺は立てるのだろうか。
さっきまで快楽を求めることしか考えていなかった頭が、目まぐるしく回転していく。
「そうか。じゃあしょうがない」
「っ、ああ―――ッ!」
俺の返答に対して頷くや否や、要は尿道に入っていたバイブを一気に引き抜いた。
今まで射精を抑止していたものが快楽を与えながら抜けていく。その瞬間、意識を取り戻して回転させていた思考回路が、再びショートした。
刺激からくる快楽を制御することもできずに、また一瞬で限界を超える。今度は達すると同時に抑止されていた欲が解放されて、思いきり外に吐きだされた。
「これはもうおしまいな。あと、これも」
「はぁっ…はぁ……あ」
要はそう言ってバイブを玩具の巣屈になっている箱にしまうと、そこから鍵を取り出して俺の頭上に手を伸ばして手錠を外した。
カチャンという音と共に、拘束されていた腕が自由になった。
「これならあと10回はイけるよな?」
「んなわけあるか…!」
俺が大丈夫じゃないと言ったのはそういうことじゃない。
拘束されているとか、バイブが入っているとか、そういう問題じゃない。
「はいはい。文句ばっかり言ううるさい口はこう」
「んっ…!」
覆いかぶさってきた要の冷たい体温を感じながらキスをされると、今吐きだしたばかりなのにもう体に熱が籠ってきた。
俺は要みたいな欲求不満体質じゃないっていうのに、どういうことだ。
「大晟、もう勃ってんじゃん」
「…んっ」
すっかり熱を戻したものを撫でられると、微かに体が震えた。
さきほどまでの余韻が残っているのか、感度がおかしい。
「今までそんなことなかったのにな。もしかして、俺の性欲に対応できるように体が変化してんのかな?」
「はぁ?」
「どっかの誰か専用だった大晟のやらしい身体が、俺専用になっていってるってことだよ」
「ふ、んっ……」
要はそう言うと、再び俺の口を塞いだ。
欲求不満の塊みたいな要の性欲に対応できるように変化するのなんて冗談じゃない。
そんなことになったら、今以上に欲求不満が悪化することは目に見えている。
それなのに。
俺は今、一体何に満足しているのだろう。
専用(その言葉が、頭の中で何回も繰り返されていた)
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