Long story


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20

 これまで出来て当たり前だったことが突然出来なくなる。
 そのような事態が起こった際のストレスは大きい。
 大きなストレスを解消するためにはどうすればよいか。
 これまで出来ていたことと同等の新しいことが出来ればいい。
 そう考えるのは単純なことだがこれが意外と難しい。


Side Kaname


 ヤりたい。
 ヤりたい、ヤりたい、ヤりたいヤりたいヤりたい。ヤりたい。

 労働何て今すぐにすっぽかして、この持ち場のどこかで荷物を運んでいるらしい大晟を見つけ出し、どこかに引っ張り込んで、気を失うまでめちゃくちゃにしたい。いつかのシャワーの時みたいに、声が出そうになるのを必死に堪えている大晟を鳴かせたい。
 そもそも、今まで全く労働場所が被ったことがないってのに、こんなときばっかり被せてくるなんて絶対に看守の嫌がらせだ。だからここで俺の制御がきかなくなって、あの美人を食べに行っても俺のせいじゃない。
 全部看守のせいだ。


「ふぁあああ、ヤりたぃいいいい!」
「だまらっしゃい」
「ぶほっ」

 10キロも砂が入ってる麻袋が顔面に激突した。
 どうして俺の知り合いって、みんなこんなに容赦ねぇの?

「蒼…何すんだよ」
「自分から話しかけてきたくせに、会話の最中に急に叫びだすからでしょ。いくら温厚な俺でも、4回目ともなると痺れを切らす」

 10キロの麻袋を何の躊躇もなく顔面に飛ばしといて何が温厚だ。
 温厚の意味くらい俺でも知ってるからな。そしてお前がそれに値しないことも分かってるからな。

「誰かと話してないとおかしくなりそう」
「たった3日の禁欲で大げさだな」
「吾輩にとっての3日がどれほど重労働だと思うてか」
「そのようなこと、我の知ったことではないわ」

 なんて馬鹿な会話をさっきから幾度となく繰り返している。
 蒼は文句を言いつつもなんだかんだそれに付き合ってくれて、だから俺はまだ労働をすっぽかしてない。
 とはいえ、ずっと喋っているおかげで作業は全然進んでいない。肉体労働は俺の専売特許だから、平均よりもかなり多くやってロイヤルとしての威厳を保ってるんだけど(実際に保ててるかどうかは知らないけど)、今日に限っては平均以下だ。


「お前ら、看守から睨まれてるぞ」

 少し遠くの方から声がする。
 俺とは少し違う色の金髪が、苦笑いを浮かべながら近寄ってきた。
 捷と全く同じ顔だが、その他のいいところを全部持って行ってしまった罪な男だ。

「あれ、享も一緒の持ち場だったんだ。ここ広いから、気付かなかった」
「今そこで目立つ金髪見つけて…要だけなら無視してたけど」
「俺がいたから来てくれたとか?」
「…そう思いたいならそれでもいいけど」
「じゃあそういうことにしとくよ。俺たちの持ち場がよく被るのはきっと運命だね」
「…そうだな」

 いらぁっ。

「こんのバカップルがぁ!いちゃつくなら余所でやれ!!」

 何だこいつら。喧嘩売ってんのか。
 今が労働中じゃなきゃ迷わずぶっ飛ばしてるところだぞ。


「どうした要、ご機嫌斜めだな」
「そりゃこっちがお預け食らってる中、目の前でいちゃいちゃされたら腹も立つだろ」
「お預け?…ああ、それはお前の自業自得だろ。相手の力量を見定めようとしないからだ」

 そんなことは分かってる。
 分かってて、弁えて生活できてたら苦労しねぇんだよ。

 享がどうしてその話を知っているのかということについてはもうノータッチだ。
 どうせ、捷か雅あたりから聞いたか、龍遠が面白がって吹聴した可能性の方が濃厚かもしれない。
 蒼も俺が話す前から知っていたのだろう。

「見定めるって言うけどさ。どういう見方したら、あの美人が国を破滅に追い込んだ密偵だって見抜けるわけ?」
「そんなこと見抜けっつってんじゃねぇの。どういう相手か分かりもしないのに正面から突っ込んでいくから、見定める前にやられるんだよ」

 俺は馬鹿だけど、享の言っていることが正論だってことは分かる。
 こういうの何て言うの?論破?
 いや、それ以前に議論にすらなってないのかもしれない。

「まぁ、そういうギャップがまたいいんだけど。国を破滅に追い込むほどの美人を意のままに操れるなんて…そうそうあることじゃない」

 ああ、考えただけで興奮する。

「ちょっと…この子、大丈夫?」
「龍遠の棟に移したから、性格が似てきたのかも」
「ほらみたことか。だから俺はあんな変態のところに移すのは反対だったんだ。ずっと稜海さんのところに置いておけばよかったんだよ」

 龍遠…酷い言われようだな。否定はしねぇけど。
 あと、性格が似てきたとか言わないで欲しい。そんなの嫌だ。

「でもほら、ずみさんだと甘やかすから」
「変態を移されるくらいなら甘やかされた方がマシってもんでしょ。あの子は本当に救いようのないど変態だよ?」
「要はまだ救えるだろ?」
「何言ってるの?要はその素質がある上に救いようのない馬鹿なんだよ?救いようのない馬鹿が救いようのない変態と一緒の棟にいたら、救えるものもすぐに救えなくなるよ。ああ、可哀想に」

 物凄い勢いで物凄く失礼なこと言ってないか?
 俺のことを哀れんでいるのは分かるが、それ以上に馬鹿にし過ぎな気がするんだが。
 いやまぁ…でも、多分…心配してくれてるんだよな?多分。

「俺がこういうこと言うのは大晟だからで、別に龍遠の変態が移ったわけじゃ…」

 畳み掛けるように捲し立てていた蒼に向かって言うと、険しかった表情が驚きのそれに変わった。
 蒼だけではない、享までもが驚いた表情を浮かべている。

「それ…どういう意味?」
「誰彼かまわず欲情してるんじゃなくて、大晟だから興奮するんだろって話」

 まずあの顔。多分この牢獄一の美人と言っても他言ではない。
 その気になれば、世界中の誰でも意のままに操れそうなくらいの美貌。そんな美人を意のままに操っているのが俺なわけで。
 それから経歴も凄い。スパイってだけで凄いのに、いとも簡単に一国を壊してしまったというのだから凄いなんて話じゃない。でも、いくら簡単に国を壊せても俺には逆らうこともできない。
 ただ、俺の言われるままに喘いで、鳴いて。涙を流しながら必死に耐えて、俺の欲を呑みこんで、そうして何もできないままに、堕ちていく。

 堕ちたその先にあるそれは、癖にならずにはいられない。


「要…それは……いや、まぁいいか」
「何だよ。気になるだろ」
「何でもない。どうぞ、妄想で欲求不満を解消して」

 んなこと出来たら苦労しねぇっつの。
 むしろ。

「あーあ。考えてたら余計にヤりたくなってきたじゃん」
「そんなの、知ったこっちゃないよ」
「どうすんのまだ1日も経ってねぇってのに…」
「そんなことで3日も持つのか?」
「自信ない。今すぐヤりたい……ヤりたい、ヤりたいヤりたいヤりたい」
「もう黙って」
「無理!!もうだめだ!!今すぐ大晟を捕まえてヤりたい!!滅茶苦茶にしたい!!た――――いせ――――い!!にゃ―――んこ――――!!ヤ―――らせろ―――ぐはぁ!?」

 もういても立ってもいられなくなって、とりあえずこのストレスを解消しようと声を上げていたら、それを妨げるように後頭部に何かが激突した。
 妨げるようにっていうか…これは明らかに妨げるためのものだ。いや、それどころか確実に仕留めにかかってる。
 だって、20キロの小石が詰まった麻袋だもん。それを容赦なく頭にぶつけて来るって、これはどう考えても殺す気満々だよね。
 また蒼かと思ったが、蒼は前方にいるから違う。というか、蒼でもさすがにこれは投げてこないと思う。享なら場合によっては投げてくる可能性もあるけど、蒼と同じように前方にいるから違う。後は、さっきから看守が睨んでたけど、痺れを切らしたのならばこんな横暴なことをせずに独房にぶち込むだろう。
 さて、こう考えて最後に行きつくのは独りだけ。俺の知り合いで今日の持ち場が同じだと分かっていて、尚且つ何の躊躇もなく俺に20キロの小石袋を投げてきそうな人物。心当たりがありすぎて困る。


「大晟!!死んだらどうしてくれんだ馬鹿野郎!!」
「むしろ何で死んでねぇんだ。今すぐ死ね」

 何の躊躇もなく20キロの小石袋を投げつけ、あまつさえ一言目から「死ね」のオンパレード。
 俺にむかってそこまで容赦なく暴言を吐く人物は、大晟を置いて他にはいない。

「死んでたまるか。つーか痛ぇよ!」
「てめぇがそこら中に響き渡る声で俺の名前を叫びさえしなけりゃ、そんな目に遭わず済んだってことも分からねぇのか?ああ?」

 あ…それでご立腹なんですね。
 うん…凄い見られてた。看守だけじゃなくてそこら中の囚人たちに見られてた。

 大晟が俺のにゃんこだってバレてるわけだし、きっとすごい視線浴びたんだろうな。
 そりゃ小石袋も飛ばしたくなるよね。

「あ、ああ…ごめん」
「謝る気があるならさっさと死んで詫びろ」
「幼気な少年にそんな言葉を浴びせて心が痛まないのかな、大晟くん?」
「これくれぇで心が休まったら苦労しねぇっつんだよ」

 あれ、痛むかって聞いたんだけどな、俺。
 何で休まるって話になってんの?


「稜海さんの言ってた通りだ。本当にコント見てるみたいだね」
「ああ、面白い」

 いや笑ってないで助けろよ。
 成人男性に胸倉捕まれて今にも殴られそうは少年を前にして、楽しそうに高みの見物してんなよ。
 コントじゃないんだよ?面白くもないんだよ?

「あ?…あれ、お前らはこの間の……」

 この間?
 どういうことだ。まさか、顔見知りなのか?

「要の相手も大変だね」
「全く…いっそ死んでくれたら早いんだけどな…」
「諦めた方がいいな。こういう奴ほど長生きするから」
「ああ、気が重い」
「頑張って。応援してる」

 あれ、会話について行けない。
 というか、大晟が俺に酷いのはもうお約束としても、蒼と享は何?
 何でそっちサイド?

「そういえば…この前の、蒼が有里を呼んでくれたんだってな。おかげで独房行かずに済んだから、助かった。ありがとう」
「ううん、ゆりちゃんも行くに足る理由があったわけだから。独房に入る前に間に合ってよかったよ」

 何の話?
 ゆりちゃんが出てきてるのも意味分からないし、独房って話も分からない。
 分からないことだらけで逆に分かった気になってしまいそうだ。

「享は…大丈夫だったのか?」
「うん。おかげですぐ治った、ありがとう」
「そうか、それならよかった」

 やっぱりわかんない。
 分かった気になっても分かんないもんは分かんない。


「ちょっと、俺にも分かるように説明して」
「何も聞いてないの?大晟さんのおかげで全部上手くいったって話」

 あれ、それ昨日も聞いた気がするんだけど。
 デジャヴ?

「簡単にまとめすぎだから。ていうか大晟、俺の知り合いに関わりすぎだから」
「お前と違ってまともな奴ばっかりだからな。お前と違って、関わって損はしてない」

 その「お前と違って」ってわざわざ2回言わなくていいし。
 強調しなくてもいいし。

「そんなことないから。みんな俺よりおかしい」
「要よりおかしいのは龍遠だけ。あれは魔性の外道だけど、他はみんなまともだよ」

 ま…魔性外道って……。

「随分と龍遠に手厳しいな」

 大晟の言うことは最もだ。
 手厳しいっていうか、目が完全に軽蔑の眼差しだ。

「事実だよ。あれは絶対人間の心なんて持ち合わせ居ないね。外道の中の外道だ」
「まぁ…あの猫耳の件は頂けなかったからな……」

 ね…猫耳……?
 猫耳ってまさか……!?

「そ、それって、あ、あの…神経連動式の……?」
「まっ…マジで使ったのか…?」

 俺の言葉に繋がるように大晟が聞くと、享と蒼は思いきり顔を引きつらせた。
 その表情から、使ってしまったのだということは言われなくても伝わった。

「使ってなきゃ俺の中での変態順位は要の方が上だったかな」
「……それ、喜んでいいのか?」

 大体「変態順位」ってなんだ?誰がどんなふうにランクインしてんだ?
 ちょっと気になるけど、そこまで掘り下げるような内容じゃない。少なくとも今は。

「被害者は無事だったのか?」
「とりあえず死んではない。ただ、まだ労働には出られないらしい」

 その引きつった表情から、とりあえず販売禁止になっただけの代物であることは既に想像できた。
 そもそも、死んではいないにしても労働に出られないほどの衝撃を与えるって…それは性玩具としてどうなんだろう。最早拷問器具と称した方がいいんじゃないのか。

「ちょっと気になる…」
「お前、死ななかったからって便乗する気じゃねぇだろうな?」
「しねぇよ。龍遠見つけたら少しだけ感想聞くけど、使おうとは微塵も思わねぇ」

 俺は大晟を拷問したいわけじゃない。
 確かに龍遠に感想を聞いたら場合によっては使ってみたくなるかもしれないけど、あの2人を見る限りそう思わないような結果であることは既に明らかだ。
 それに、もしも使って見たくなったとしても、大晟の本気で、それはもう本当に心底嫌そうなこの顔をされたら、何でかわかんねーけど使えない。

「まぁ…今日は棟の責任者の集まりがあるから、龍遠とは会えないかもね」
「よりによってこんな時に?お前も気苦労絶えないな」
「そう、もう今から気が重いよ。終わったら慰めてくれる?」
「……気が向いたらな」

 もうまじ、何なのこいつら。
 自分たちはいつでもイチャつけますよってか?俺への当てつけか?
 ぜんっぜん羨ましくなんてないですけど!!

「ちょっと大晟、このバカップルどうにかして。苛々する」
「知らねぇよ。俺は別に苛々しねぇ」

 何で?目の前でいちゃいちゃされて苛つかないとか。
 いやまぁ、俺もいつもはそんなに苛々しないんだけど。
 いちゃいちゃとか以前に、欲求不満なことに対して苛々してんだよな。

「俺は苛々してんのー。せめて俺の下で喘ぐとかして、この苛々を解消して」
「ふざけんな。約束くらい守れ」
「頑張って守ってるけどもう限界です。欲求不満で爆発しそう」

 どうせ爆発しろとか言われるんだろうな。
 そろそろ大晟の言動パターンも読めて来たぞ。

「勝手に爆発しろ」

 ほーら、思った通りだ。

「わーい、俺の勝ち」
「はぁ?」
「大晟の心を読み取った俺の勝ちだからヤらせて」
「ふざけんなエロウサギが。つーか、そんなにヤりたいならそこら辺の奴捕まえてヤればいいだろ」


 …………。


「確かに……!!」
「今まで思いつかなかったのかよ。本当に馬鹿だな」
「大晟天才じゃね?」
「いやだからお前が馬鹿なんだっつの」

 大晟が呆れてかつ馬鹿にしたように俺を見ていることについては置いておくとして。

 いやしかし、全然思いつかなかった。
 別に俺は大晟からセックスそのものを禁止されてるわけじゃない。
 大晟以外とヤるなら問題ないんだ。何でそんな簡単なことに気が付かなかったんだ。
 それは俺が馬鹿だからだ。

 …なんて、自虐してる場合じゃない。
 そうと分かったら、さっそく相手を見つけなければならない。
 多分、相手なんて簡単に見つかるだろう。今までだって簡単に見つかったし。

 それに今回は臨時の相手だから、別に吟味して探す必要もない。
 平伏せたいわけでもないし、ただ性欲を解消させてくれればいいだけだ。
 正直誰だっていい。
 誰だっていいとなると、探すのはもっと簡単だ。

 欲求不満の連中が一夜限りの相手を求めて集まる場所っていうのは大体決まっている。
 そこに行って適当な相手を捕まえればいいだけの話だ。
 ただ少し気になるところは、ロイヤルだから避けられるだろうし、脅迫でもしない限り相手が見つかるかって話だけど…まぁその点はどうにでもなるだろう。元々性欲に飢えているんだから、無理矢理押し倒したとしてもすぐその気になる奴ばっかりだろうし。

 なんだこれは。
 何もかもが上手くいくじゃねぇか。


「急に石みてぇになったけど…」
「大丈夫。スズメの涙ほどの脳みそで必死に今後の予定をシミュレーションしてるだけだから」
「ああ、なるほど」

 おいこら聞こえてんぞ。
 誰の脳みそがスズメの涙だこら。スズメ本体くらいはあるわ。…多分。

 まぁこの際何でもいい。
 とにもかくにも、俺は欲求不満から解消されるんだ!!


 **


「ただいま」
「早ぇよ。出ってから1時間も経ってねぇじゃねぇか」

 扉を開けると、大晟がすこぶる嫌そうな声を出した。
 ベッドに座って月明かりを頼りに本を読んでいた大晟は、俺に文句を言うとすぐにまた本に視線を落とした。文句を言うのもいち早ければ、そこからの切り替えも早い。

 そもそも文句言われたって、俺だってこんなに早く戻ってくる予定なんてなかったわ。
 言っとくけど、俺が早漏だったとか決してそういうわけじゃねぇからな。


「全部大晟のせいだ」

 本当に散々だ。
 あの後俺が必死に構想を練っている間に他の3人はどこかに行っていて、俺だけ最後までサボってたって看守からぐちぐち言われるし。危うく夜勤ぶち込まれるところだったところを1時間残業でどうにか回避するも、めっちゃ疲れたし。
 食堂で必死に探したけど龍遠いないし。目当ての人物はいないのに、どうでもいい奴ばっかり出くわすし。捷に禁欲のことを10分もからかわれて殴らなかった俺を褒めてくれ。ゆりちゃんにも出くわして昨日大晟にこてんぱんにやられた話になって流れて猫耳のこと話したら、血相変えてどっか行っちゃうし。俺の愚痴を聞いてくれよ。
 そんなこんなで夕食でも目的は果たされることなく。部屋に戻って煙草を吸うことにして。残業と食堂で疲れたから、欲求解消に出かけるのもちょっと面倒だなって思ってたら、煙草がうざいからさっさと出て行けと蹴飛ばされるし。まぁ確かに、欲求不満のせいでいつもより数本数は多かったけど。
 そんなわけで自ら出陣したにも関わらず、結果的に欲求不満を解消するまでもなく舞い戻ってくるって。
 もう何なの。

「あっそ」
「もっと興味示して。話を聞いて」

 何でどいつもこいつもこんなに俺に冷たいんだ。
 やっぱり俺に友達なんていないのか。

「興味なんて微塵もわかない」
「そんなこと言わずに。幼気な少年が頼んでるだろ」
「時間の無駄だ」
「次に看守室行ったらもっといっぱいチョコレート取ってくるから」
「…しょうがねぇな」

 うん、聞いてくれる気になったのはいいんだけど。
 なんかすげぇ複雑な気分だなおい。

 まぁ…せっかく聞いてくれるんだから話そう。
 文句言って聞いてくんなくなっても困る。


「大晟に蹴飛ばされて、俺は88棟に行ってきたわけですよ」
「88棟?」

 本を閉じた大晟の視線が俺に向く。
 その隣に腰を下ろして、薄っぺらい掛け布団の中に足を入れると少しだけ暖かかった。

「うん。88棟は全地区共有地のひとつで、この牢獄で唯一誰も収監されてない棟なんだ。まぁ言うなれば監獄全体のラブホテルみたいな場所だよ。地区が違う奴ら同士で付き合ってたり、行き当たりばったりの相手を見つけたりするために全部の地区から集まってくるんだ」
「牢獄にラブホテルねぇ…」

 大晟はあまり実感がわかないというような表情を浮かべながら呟いた。
 まぁ確かに、牢獄にラブホテルなんて、犯罪者に罰を与える場所なのにぬるすぎるような気もするけど。
 これは前に龍遠に聞いたことだけど、ここに投獄されている囚人の8割以上は100年以上の懲役か終身刑で、一生外に出ることがない囚人らしい。だから、下手に規則を厳しくするとどうせ規則を守らなくても外に出られる可能性はないのだからと、ボイコットをする囚人が多発する可能性がある。規則を守らない奴は基本的に独房行きだけど、独房だって無限じゃない。例えばストライキみたいに集団で何かを起こされると事が厄介になるから、囚人たちがストライキを起こさない程度に規則を緩くしているんだとか。
 ロイヤルを作ったり棟の責任者を囚人に任せたりするのも、囚人には本来ないような格差を与えることで秩序が保たれるからという話だ。ロイヤルについては元々海外で使われていた制度らしいが、試にどこかの牢獄で仮採用して目覚ましい効果を発揮した結果、2000人以上が収監される牢獄では義務化されたという。とはいえ、ロイヤルになる条件まで海外や他の牢獄と同じなのかそこまでは定かじゃない。
 ちなみに、龍遠がどうしてそんなことを知っていたのかについても知らないし、もしかしたら口から出まかせかもしれない。腹黒王子改め暗黒魔性外道王子のことだから、丸っきり適当なことを言ったという可能性も十分に有り得るところがまた恐ろしい。


「まぁとにかく88棟に行った俺は、目ぼしい獲物がいないか睨みを利かせたわけな」
「うさちゃんが頑張って目を凝らしたわけか…」

 ちょっと大晟さん?
 3日間襲われることがないからって、調子に乗りすぎじゃあないですかね。
 笑いながら頭撫でてんじゃねぇぞ。美人だからって何でも許されると思うなよ。
 明らかに馬鹿にされてるって分かってるのに、無理にでもその手を振り払おうと思わない自分に少しだけムカついた。

「うさちゃんって言うな」
「次からは気を付けるよ、うさちゃん」

 そう言って大晟は俺を馬鹿にしたように見おろして笑う。
 3日後には覚えとけよ。
 今日の仕返しは3日後にするとして、今は愚痴を聞いてもらうことにしよう。

「ちなみに今日は既に部屋を使っていた奴を除き、外でふらふらしている奴がざっと50人はいた」
「この牢獄は欲求不満ばっかりか」
「そうは言うけど、全部で5千人いるってことを考えるとそうでもねぇだろ」
「1%か…」

 すごい。何で今の一瞬で1%とか分かっちゃうんだろ。
 多分、分からない俺の方がおかしいんだろうな。別に分からなくてもいいもんね。

「1%って聞くとむしろ少ないような…」
「あのな、年中無休で盛ってんのなんてお前とウサギくらいのもんだぞ」

 ああ、なるほど。
 毎日同じ50人が来てるわけじゃなくて、入れ代わり立ち代わりって考えるとそんなもんか。
 それによくよく考えれば平日だし、労働のことを考えて寝る方を優先する奴もいるだろう。休日前に行けばもっと人数が増えているのかもしれない。

「まぁパーセンテージはともかく、50人いればまぁそれなにり相手になりそうな奴もいたんだよ」
「うさちゃんだから相手にされなかったのか?」
「ううん。それが意外とモテた」

 もううさちゃんには突っ込まねぇぞ。
 3日後の一発目に蓄積されていくんだからな。

「意外だったのか?」
「俺ロイヤルの中でも滅茶苦茶やってて有名だからさ、ビビッて寄ってこないかと思ってたんだよ。でもなんか俺が色んな玩具をとっかえひっかえしてるっていうのが他地区でも有名らしく、新しい玩具を探してるならどう?ってめっちゃ売り込んでくんの」
「俺はいつでも新しいのに変えてくれて構わねぇぞ」

 待ち望んだような顔をするな。
 残念ながらそうならないことを、これから説明するからちょっと待ってろ。

「俺は一度手に入れた玩具は壊れるまで使う派なの。まぁでも、今後またこんな事態があった時のためにキープくらいはありかと思って、その中で一番良さそうなのを選んだわけですよ」
「あんまり粘着質なのを選ぶとあっちがキープじゃ済まないんじゃないのか。ストーカーでもされて仕方なく乗り換えるっていうのも有りだ」

 だから自分の都合のいいように話を進めようとするな。
 どう転んでもそうならないだってことを、これから説明するの!

「選んだのは大晟とは正反対でよく言うこと聞くタイプだった。顔もまぁまぁだったし、あの感じは経験値もそこそこかな。まぁ、結局最後までしてないからその辺はよく分かんねぇな」
「最後までしなかった……?お前、本当に要か?熱でもあるのか?」
「俺は正真正銘俺だし、熱もねーよ」

 そこまであからさまに驚かなくてもいいだろ。
 いやまぁ確かに、いつも大晟に向けてる性欲を思えば途中でやめるなんて想像もつかないかもしんねーけど。
 朝食に間に合うまいが夕食に間に合うまいが最後までヤるからな。しかも1回じゃ終わらないし。

「なんかこう、物足りなくて」
「物足りない…?」
「うん。最初から従順だし、すぐに堕ちるし。堕ちたからって何がどうなるわけでもなし。大晟はほら、いっつも耐えてるじゃん?そのくせ堕ちたら豹変する。あれどうなってんの?そう教え込まれてんの?」

 実は前から聞いてみたかった。
 あの豹変は、一定の快楽を超えるとそうなるように教え込まれているのだろうか。
 それとも、自分で頃合いでも見計らっているのだろうか。もしそうならば相当な役者だ。


「……違う、と思う」
「思う?」

 問うと、大晟は溜息を吐く。
 視線を向けた先の表情は曇っていて、いつも綺麗な瞳が雲っているように見えた。

「別に言いたくないなら言わなくていい」

 あまり人に気を遣うようなタイプじゃないけど。
 ただ、これ以上その瞳が曇るのは嫌だった。

 でも、大晟は一度俺に視線を向けてから静かに口を開いた。


「俺はずっと目の前のことから意識を逸らして、もう終わるのか、まだ終わらないのか、いつ終わるのか、いつか終わるのか…そんなことを漠然と考えていた。だから、感じていたことが快楽だったのか、堕ちていたのか、自分がどんなことを口にしていたのかもよく覚えてない」

 大晟はそう言ってまた溜息を吐く。
 俺は何も言うことが出来なかった。何を言えばいいのか、まるで見当もつかなかった。


「意識を逸らさないと……、与えられているのが快楽だということも、自分が堕ちていく様も、何を口にしているのかもよく分かる」

 それは、今の話をしているのか。
 それとも、また別の話をしているのか。

「自分の意志とは関係なく体が反応するのも、頭がおかしくなりそうなのも、勝手に口が動くのも、すげぇムカつく。殺してやりたいくらいにムカつく」

 どうやら、今の話をしているっぽい。
 言葉のニュアンス的に俺に向けてるっぽいし、言葉ににじみ出てる苛立ちが真っ直ぐに俺に向かっているような気がしてならない。


「でも、意識を逸らそうとは思わない」


 それはつまり、殺してやりたいくらいにムカつくけどそれでもいいってこと…なのか。
 言いたいことはよく分からなかったけど…あまり悪いように言われているようには感じなかった。
 馬鹿だから悪く言われてるのを理解できてないだけかもしれないけど、自分のいいように考えておけばいい。

 顔を恐る恐る覗くと、その瞳は先ほどのように曇っては見えなかった。
 なんとなく、もう大丈夫なのかなって思った。


「……流れでヤらせてくれたりする?」
「冗談じゃねぇ」
「惜しい」
「何も惜しくねぇわ。調子に乗んな」

 大晟はそう言うと、閉じた本を再び開いて視線を落とした。
 どうやら、俺に与えられた会話の時間は終わってしまったらしい。
 俺…愚痴らしい愚痴をあんま喋ってないような気がするんだけど気のせい?
 
 まぁいいか。
 自分が何を愚痴りたかったか、もうあんま覚えてない。

 それから、欲求不満についてもわりとどうでもよくなった。
 今は、そんなことよりも。

「大晟、キスしたい」
「はぁ?」

 再び視線が上がる。
 ブロンズの髪が揺れる。月明かりに照らされて綺麗だった。

「キスもセックスのうち?」
「違ぇけど…」
「じゃあオッケーってことだな」

 少しだけ背を伸ばして、顔を近寄せて、唇を重ねる。
 避けられるかと思ったが以外にもすんなりと受け入れられた。

「ん…」

 大晟の唇は熱い。口の中はもっと熱い。漏れる吐息も熱い。
 この熱は、冷たい俺を一瞬だけ熱くする。

 大晟の熱は、嫌いじゃない。

「寝る」
「……何でひっついてんだよ」
「この方が夢の中で犯せそうだから。これくらいいいだろ」

 ちなみに昨日は俺が性欲を我慢できないかもしれないと言ったら、ソファで寝ろと追い出された。
 意外に寒くて、夢で犯すどころか雪山に遭難する夢を見た。あんな思いはもうしたくない。

「よくねぇよ邪魔だ」

 頭を掴まれて揺さぶられたけど、俺はお構いなしにそのまま目を閉じた。
 ただいつもよりも距離を詰めて寝ているだけなのに、大晟の体温を感じとることができる。
 今までくっ付いて寝たことなんてなかったけど、これはこれでありだ。

「セックスできないこと以外はいつも通り俺が主導権握ってんの。逆らう余地なし」
「今度何か賭けた時は2m以内に近寄らないって条件も付けねぇとな……」

 いやそれ確実にソファコースじゃん。
 ちょっと待って2mってソファすらだめじゃん。部屋の外で寝ろってか?

「次は負けねぇよ」
「言ってろ」

 すぐそばで感じる大晟の体温は思いのほか心地いい。
 既にどうでもよくなっていた性欲を完全に押しのけて、睡眠欲が襲ってきた。

 俺の体温がくっついてたら大晟の方が雪山で遭難する夢を見るかもしれないけど。
 それならそれでおあいこってことで。




欲求不満
(これは、意外と気の持ちようなのかもしれない)


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