Long story


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19

 世の中にはどんなことにも上がいる。
 自分が一番上だと思っていても、思わぬところでさらに上に出くわしたりする。
 予期して自分より上に出くわす場合と、予期せず出くわす場合では感じ方も変わる。
 予期せず出くわしてしまう方が、その衝撃も大きく、そして自分のそれまでの概念を変化させやすい。


Side Taisei


 俺と龍遠が話をしている間に一体何があったのか。

 要は体育座りを決め込むばかりか、辺り一面にのの字を書き散らしていた。
 そういうのは普通同じ場所を何周もするもんじゃねぇのか。
 要の周りだけすげぇ気色悪いことになってんだけど。


「話終わったけど…何この子、どうしたの?」
「ずみさんが怒涛の言葉攻めで要を追いこんでん」

 雅が苦笑いを浮かべて横目で稜海を見るが、本には相変わらず素知らぬ顔だ。
 どういう攻めかたしたらここまで落ち込ませることができるのだろうか。
 俺にもできるようなことなら、レクチャーしてほしいものだ。


「結構キツいこと言ったの?」
「復唱しようか?」
「ううん、いい。どうせ大した話じゃないのに大げさに落ち込んでるだけでしょ」
「よく分かってるじゃねぇか」

 情け容赦の欠片もねぇな。
 俺は要が何言われたのか知らねぇから何とも言えねぇけど…。
 責任者って、みんなこんなに容赦ねぇの?

「どっ…どいつもこいつも俺を虚仮にしやがって…!!」

 あ、復活した。
 どういう状況で落ち込んで何が引き金に復活するんだよ。
 意味が分からん。

「稜海!相手しろ!けちょんけちょんにしてやる!!」

 おお、これは本格的に俺が勝手に帰ってもいい感じのあれじゃないのか。
 舐められてるのは癪に障るが、帰って昼寝が出来るならそれでもいい。

「大晟さんに遊んでもらうんじゃなかったのか」
「俺のこの怒りは大晟をこてんぱんにしたくらいじゃ収まりません!!」

 ほう、俺をこてんぱんにする気でいるとは随分と調子に乗ってやがる。
 このクソガキ。

 いや…いいんだ、俺は帰りたいんだ。
 あっちが無理矢理でも相手にする気がないならそれでいいんだ。


「遊んでもらったこともない相手をよくこてんぱんにするなんて言えるな」

 そうだその通りだ。もっと言え。

 違う、違う。
 言わなくていいから早く相手してやって。

「さっきからその、大晟が俺と遊んでくれるみたいな言い方やめない?まるで俺がペットじゃねぇか!」
「違うのか?」
「ちっげーわ!あいつがペットなの!聞き分けの悪いにゃんこなの!」


 にゃ…にゃんこ…?


「大晟さんが…にゃんこ……」

 捷の視線が少しだけ俺に向いた。
 やめろ。俺を見ながら復唱するな。

「どっちかっていうと高貴な猫様って感じちゃう?」

 雅の視線まで遠慮がちに俺に向いてきた。
 そういう問題じゃない。


「いつの間に玩具からペットに昇格したの?」
「俺が知るか……」

 龍遠は実に面白おかしそうな表情を浮かべている。
 お前はもう少し俺を気遣え。何だその、全力で楽しそうな表情は。

 大体昇格先がにゃんこってどうなんだよ。
 昇格なんてどうでもいいし、俺はそんな可愛らしい呼び方されたくない。
 まだ高貴な猫様の方が…どっちも嫌だ。


「じゃあその猫様に遊んでもらえ」
「結局俺が遊んでもらうのかよ!あと猫様じゃなくてにゃんこ!」

 意味分かんねぇわ、何のこだわりだよ。
 どっちも嫌だっつってんだろ。

「はいはい。にゃんこ様に勝ったら相手してやるよ」
「負けるわけないだろ!にゃんこ、遊ぶぞ!!」

 おいおいマジかよ。
 せっかく帰れる感じだったのになんてことしてくれんだ。

「稜海…なんて余計なことを……」
「これで大晟さんが勝ってくれたら、無駄な体力を使わなくて済む」
「冗談じゃねぇ。すぐに負けてやるからな」

 この際、負けでも何でもいいからさっさと終わらせて帰りたい。
 それにこれで勝ったとしても、それこそ稜海の独り勝ちみたいなもんじゃねぇか。


「それじゃあつまんないなぁ。どうしよう」

 そう言いながら龍遠は腕を組んだ。

 どうしようじゃねぇよ、どうもしねぇよ。
 腹黒王子、これ以上話を面倒臭くするんじゃねぇぞ。


「俺はさっさと負けて帰るからな」
「じゃあもし大晟さんが勝ったら、3日間セックスなしっていうのは?」
「よし乗った」

「早!!」
「大晟さん切り替え早!!」

 俺の言葉にすかさず声を上げたのは雅と捷だった。

 お前たちは俺が普段どんな仕打ちを受けてるか知らないから……知ってんのか。
そうだこいつら知ってんだ。
 知ってるんなら分かるだろうが。


「別に俺負けないからいいけど。でも、じゃあ俺が勝ったときのご褒美は?」
「んなもん自分で考えろ」

 何でお前が勝った時の褒美を俺に聞くんだよ。
 馬鹿か。

「なんかこう…大晟も知らないような新しい道具か何かねぇかな?」

 本当にどこまで行っても性欲だな。そこまで性欲にどん欲だといっそ感心する。
 あと、知らない道具を俺に聞いても知らないんだから答えようがない。

「最新の猫耳と尻尾とか…?」
「なっ…!?」

 ちょっと待て稜海。猫耳に尻尾って…なんだそれは。
 なんで本当にペットにしようとしてんだよ。
 何でそんなもんがあるんだよ。
 それに最新ってなんだ。響きが嫌だからやめろ。

「稜海、何でそんなもの持ってるの?」
「この間の検査で押収した」

 誰だ…そんなろくでもねぇもん所持してた馬鹿野郎は。
 そもそもどっから調達したんだよ。

「でもな、猫耳も尻尾もその気になれば看守室から取って来れるし」

 それはおかしいだろ。看守室どうなってんだよ。
 いやまぁ、囚人の労働中にアダルトサイト覗いてる奴がいるんだから、マニアがいても不思議じゃねぇけど。
 看守なんだからせめてもう少しくらい自重しろよ。

「神経連動式」
「え……まじで…?」

 神経連動式だと…!?
 お前それ、本格的にやばいやつだろ。何年か前に発売されたけど、刺激がやばすぎてイキ狂った奴が多発して中にはそのまま死んだ奴まで出て、即刻販売中止になったっていう…恐怖の道具じゃねぇか。
 バイブやローターなんて話にもならないし、エネマグラなんて比べものにならねぇくらいやべぇってやつだぞ。アダルトグッズでは異例の全国ネットで回収広告が出されて、大臣が直々に使用を控えるように声明を出したくらいやべぇやつなんだぞ。

 何で囚人がそんな高度なもん所持してんだよ。
 どうなってんだこの牢獄は無法地帯か。…聞くまでもなく、大概無法地帯だ。


「それは流石に…いや、まぁ持っとく分にはいいか。じゃあそれにする」

 そにれするじゃねぇよ!
 躊躇したんならやめとけ。持ってたらお前使うだろ。絶対に使うだろ!!
 さすがにそれはいくら調教され尽くしてる俺でもどうなるか分かんねぇぞ。ていうか絶対に死ぬと思うから勘弁してくれ。


「そんなに青ざめなくても、勝てばいいだけのことでしょ?」

 あ…そうか。

「それもそうだ」

 龍遠の言う通りだ。
 猫耳尻尾に怯むことはない。俺は勝って、3日間もヤらなくていいんだから。

「ハンデはなくていいの?」

 ハンデなんてなくても要なんかに負けやしねぇが…。
 要の奴かなり調子に乗ってるし、俺のことザコ扱いしてるみてぇだから。


「…そうだな。じゃあ、俺は右足しか使わない」
「え…」
「ただ勝っても面白くねぇだろ?」

 もしかしたら二度とないかもしれない、俺が要よりも上に立てる機会だ。
 いつも虐げられてる分、とことんまで屈服させてやらねぇとな。


 **


 俺より数十メートル先に立っている要は、体操をするように体をあちこちに曲げて背伸びをしてからくわっと欠伸を零した。
 その仕草は俺よりもよほど猫のように見えるが、普段の言動の全てを踏まえるとあいつは猫よりもウサギだろう。

「さっさと終わらせて稜海と遊ぶんだから、最初から全力で行くぞ!にゃんこ!」
「にゃんこって言うんじゃねぇ」

 まったく本当に舐めくさりやがって。
 何が悲しくて14歳のガキににゃんこ呼ばわりされなきゃいけねぇんだよ。

「にゃんこににゃんこっつって何が悪い!」
「…だったらお前はウサギだな」
「はぁ!?何だよウサギって!もっと格好いいのにしろ!!」

 格好いいのだったらいいのかよ。
 それ以前に、人のことにゃんこなんて舐め腐った言い方してるお前が人のこと言えることじゃない。

「年中発情期だし、撫でると喜ぶし、ピッタリだろ」
「喜んでねぇよ!!」

 どの口が言ってるんだか。

「ほーらうさちゃん、かかっておいで」
「むっかぁ〜〜〜!もう容赦しねぇ!!」
「はいはい」

 地団駄を踏んでる地面が段々沈んで行ってんぞ。
 能力のコントロールくらいちゃんとしろよ。


「先に膝着いた方が負けだからな!!」

 そう言った瞬間、要の姿が完全に見えなくなった。
 いきなり見えなくなるって…せめて開始の合図くらいしてもいいと思うんだが。
 とはいえ、要にそんなこと言っても無駄だろう。きっと「合図」って言葉も知らない…って言うのは少し馬鹿にし過ぎかもしれないが。

 しかし、本当に見事に見えなくなるもんだ。


「便利な能力だな」

 俺の問いかけに、要は返事をしなかった。
 要のことだからほいほいと返事をするかもしれないとも思ったが、さすがにそこまで馬鹿じゃないらしい。
 多分、これまで遊んでもらう中で返事をしたら場所が分かりやすくなるってことを学んだんだろう。稜海とか、声を聞けば簡単に的確に場所を当ててしまいそうだ。


「まぁ、俺にはそんなこと必要ねぇけど」

 誰に言うでもなくそう呟いて、飛んできた見えない拳を躱す。
 顔の横をぶわっと風が通って行った。
 指一本で棟破壊できるくらいの怪力を容赦なく顔面にぶつけてこようとしたのか。

「なっ!?」

 驚いてんじゃねぇよ。こっちがびっくりだわ。
 膝着いたら負けってんなら、もっと穏便に済ませようと思わねぇのか。

「避けられたくらいで声出してたんじゃ、ざまぁねぇな」

 声がしなくても今の風で要の位置は把握できたが、声がしたことでより体の全体像が把握できた。
 こうなれば後は簡単だ。

「うわ!?」

 要の足を引っ掛けて、間髪入れずに頭を肘で叩き落と…ああそうだ。右足しか使わないんだった。
 それならちょっと手間がかかるけど、平伏させるくらい勢い付けるには一回りしなきゃいけねぇな。

「がっ…ッ、ぐあ!?」

 今の間に体勢を立て直すくらいできたら、もう少し長引いたかもしれねぇけど。
 そんなこともなく綺麗に回し蹴りを食らわせて、そのまま膝で地面に叩きつけてフィニッシュだ。

「3日間セックスなし。ちゃんと守れよ、うさちゃん」
「……うさちゃんって、言うな…」

 膝を退けると、すうっと要が姿を現した。
 透明人間なんて初めて見たが、改めて見ると不思議な感じだ。

「何で俺のいる場所が分かったんだ?足音も気配も消してたはずなのに」
「声出しただろ」
「その前だよ。一発目を避けただろ」
「お前が動けば周りの空気も動く。さっきみたいに大振りすりゃあ、尚のこと動く空気もでかいからな。居場所の見当なんて簡単につけられる」

 気配を消すことは出来ても、動けば必ず変化が出る。
 だから俺は最初から要を動かすために挑発するような態度を取った。自分が動くよりも、相手が動いてくれた方が見つけやすい。特に姿が見えないとなれば尚更だ。


「大晟、一体何者…?外にいる時軍人でもやってたのか?」
「惜しいな。軍人じゃなくて密偵」
「みってい……?」
「もっと分かりやすく言うと、他国スパイだよ」

 国のために働いていた点については軍人と似たようなもんだが。
 大きく違うのは、そのやり方が合法か違法かと言う点だけだ。


「じゃあ、色んな国を潰してきたのか?」
「お前、スパイの定義をはき違えてねぇか?まぁ…ここに入るちょっと前に敵対してる国の軍事管理システムぶっ壊したら、政権崩壊したけど」

 そう言うとすげぇことしたみたいな感じがするけど、物理的に施設を壊して放射能がどうとかしたわけじゃねぇし、国民の生活に影響が出たわけでもない。
 政権だって、元から今にも沈んでしまいそうなくらいにぐらぐらだった。とはいえ、俺がシステムを壊したことが崩壊のトリガーになったことに変わりはなく、それがここに入れられる原因になったといっても他言ではないかもしれない。


「くっ…国を破滅に追い込んだ美人を虐げてる俺……!」

 何だこいつ。
 どういうシュチエーションに興奮してんだ。気色悪ぃ。

「言っとくが…3日はなしだからな」
「ちなみにセックスって、どっからがセックス?道具突っ込んで放置とかはあり?」
「なしに決まってんだろ」

 小声で「ケチ」なんて言ってんじゃねぇぞ、聞こえてんだからな。
 道具突っ込んで放置っていつもと大して変わらねぇだろ。
 その後お前が突っ込んでくるかそうじゃねぇかの違いだけじゃねぇか。


「下らねぇこと言ってる暇があったらさっさと立て」
「起こしてー」
「一生寝てろ」
「ぶっ」

 下らないことに下らないことを重ねてきた口の付いている頭を地面に踏みつけ、俺はさっさとその場を去ることにした。
 こんな馬鹿なんてもう放っておいて、俺はいち早く3日間をどう楽しむか入念に考えなければならない。ああ、考えるだけで3日が終わってしまいそうなところが少し怖い。



「大晟さん密偵なんてしてたんだ、凄いね」

 俺と要のいた場所と見物人たちがいた場所は100メートル近く離れていたはずだが。
 この腹黒王子は地獄耳なのか?
 まぁ別に、聞かれて悪いことでもないからそこはどうでもいい。
 ただ、龍遠に地獄耳って、一番与えちゃいけないスキルだと思うんだけど。


「密偵って…つまりスパイってこと?」

 捷が首を傾げる。
 未だに雅の肩を借りているが、それで本当に大丈夫なのだろうか。

「それも一国を破滅に追い込んだ凄腕なんだって」
「え!?」

 本当に一字一句聞き逃してねぇな。
 問題は、間違ってはいないけど言い方がちょっと肥大してるってことだ。

「たまたま俺がいち早く引き金を引いただけで、遅かれ早かれそうなってたよ」

 俺は単に、最高にタイミングが悪かっただけに過ぎない。


「でもまさか、宣言通り右足だけで勝っちゃうとは思わなかった」
「そんなこと言うてたん?あ、それでわざわざ回し蹴りやったんか」

 雅が納得したように頷いた。
 それが分かっているということは、多分、それなりに出来る奴なんだろう。

「やっぱり弟子入りしよう」
「だから駄目だって言ってんだろうが!!」

 捷がしみじみと呟いた言葉に、要の苛立った声が背後から聞こえた。
 振り返ると、擦り傷だらけの顔をした要が捷を指差しながらこっちに向かっている。最初から立てるのに余計なことを言わなければ、顔がそんなになることもなかっただろうに。


「何でだよ?玩具の私生活は干渉しないんだろ」
「玩具やなくてにゃんこ様に昇格したからちゃう?」
「あ…ああ、そういうこと?」
「違うわ!」
「いや違えへんやろ」

 どうでもいいが、にゃんこ様って言うな。
 ちょっと定着させてんじゃねぇ。



「大分釘刺したらしいけど、あんまり効いてないみたいだね」
「あいつの時とまるで同じだな」

 捷と雅と要が言い争っている隣で、龍遠が静かに声を出した。
 それに返す稜海は、どうしてか表情が険しい。

 あいつ、というは一体誰のことなのか。
 誰の…話をしているのか。

「ちょっと違うのは、肉体関係って点かな?それが凶と出るか、吉と出るか…」
「どう考えたって吉に出るようには思えない。見える結末も、どうせ同じだ」
「でも、そうじゃないことを期待してるでしょ?」
「もう手遅れかもしれない…なら、期待せずにはいられないだろ?」
「そっか…そうだね」

 2人がそう話す視線先には、相変わらず雅と捷と言い争っている要の姿が見える。
 だから、要のことを言っているのだということはすぐに分かった。

 今の話は、俺が聞いてはいけないものだ。直感的にそう思った。
 だから俺はその会話を聞かなかったことにした。


「しっかし…3日もセックスなしなんてどうやってやり過ごそう?」
「1日に1棟破壊するとか」
「冗談じゃねぇ、今度こそ本格的に独房行きだっつの」
「まじか。それなら今すぐでも壊して来い。さあ行けうさちゃん、たんと暴れていいぞ」

 あわよくば一生帰ってくるな。
 そうすれば、時間をどう有効的に使うかずっと考えていられる。

「うさちゃん?要のどこら辺がうさちゃん?」
「ウサギは万年発情期だからな」
「へぇ、そりゃたしかに要だ。ほうら、うさちゃん。お手」

 馬鹿にしてる感じは凄く面白いけど。
 残念ながら、要に限らずウサギはお手なんてしないと思う。

「捷の馬鹿はまた今度ぶっ飛ばすとして。大晟がこういう生意気な態度を取っても組み敷けないというのが凄く悔しい」

 それを見越して馬鹿にしてんだよ。
 ざまぁみろ。エロウサギが。

「負けたんだからしょうがないよね」
「そう言われるとぐうの音もでねーけど。てかずみさんさ、猫耳尻尾なんてどうせ使わないだろ?3日後に使うためにちょうだい?」

 おい待て。
 それじゃあ勝負の意味がねぇだろ。


「それは俺が使うから駄目だよ」

 腹黒王子、満面の笑み。
 引きつった表情を浮かべているのは俺だけじゃない。

「し……神経連動式だぞ…?販売禁止になった代物だぞ…?」
「何にびっくりしてるんだか。自分だって使おうとしてたでしょ」
「冗談に決まってんだろ!使ったことあるなら別だけど……いやでも大晟ならもしかして、ある?」
「ねぇよ!」

 数年前は既に仕事をしていて、一般人の生活とはいえずとも普通に世間で生活していたからな。
 でも、もしも発売がもう数年早かったら…使われていたかもしれない。否、確実に使われていたに違いない。

「ほら、あの要が使うのを躊躇うほどやで…?」
「そうだよ。あの要が躊躇うなんて、だめなやつだって!」

 雅と捷にとって要の性欲というか性癖というかは、相当常軌を逸しているらしい。
 龍遠を説得する2人の慌て方、眼差しとその必死さからその逸脱具合が受け取れる。

「要だって使ったことないんだから、だめかどうかは分からないよ。それに、死んでない人の方が多いんだし、死なない程度にやめれば問題ないって」
「使ったことないなら、死なない程度がどこかなんて分かんないだろ…?」
「大丈夫だって。大体、死ぬほど気持ちいいのが体験できるなんて喜ぶところでしょ?」
「体験すんの龍遠ちゃうやん…!」

 まったくだ。
 そういえば、一体誰が犠牲者になるんだろう。
 いや、この際そんなこと知らなくていい。知りたくない。


「い、稜海が渡さなかったら…どうにかなるんじゃね?帰って即効壊すとか」

 なるほど、その手があったか。要のくせにマシなこと言うじゃねぇか。
 そして、捷と雅と同じように要の慌て具合もなかなかのものだ。目に見えてあわあわしている。

「それは確かにそうだけど。せっかくの機会を棒に振られると、余計に使いたくなっちゃうでしょ。まぁその場合、他のルートから意地でも手に入れるけど。そんな煩わしいことさせるの?」

 お…脅しだ。完全に脅している。
 壊すなんてことをしたらその方がよほど酷い目に遭うと脅しをかけている。
 そんなに簡単に手に入るものじゃないと言い切りたいが、目が…目が本気だ。絶対に本当に意地でも入手して来るに違いない。
 これはどうあがいても渡す他に道はないだろう。

「俺…龍遠が修羅に見える」
「安心し。皆そう見えてるはずや」

 雅の言う通りだ、捷。
 俺にも龍遠が修羅に見えるよ。



「稜海、帰りに部屋に寄るからちゃんと頂戴ね」
「ああ」


 もう腹黒王子なんてレベルじゃない。それだけは確かだ。

 そんな王子の言葉に頷いている稜海は、これから犠牲になる誰かのことなどどうでもいいのだろう。そうでなければ、そんなに冷静に返事を返すことはできないと思うが。
 もしそうではなく内心では捷や稜海のようにあたふたしているのを必死に隠しているというのならば、稜海のポーカーフェイスはスパイ顔負けだ。


「もし死ななかったら…俺も看守室に探しに行ってみようかな?」

 耳を疑うような言葉が聞こえてきた。なんだそれ、完全に飛び火だ。
 そんなことになったら、俺は迷わず使用前にぶっ壊す。

 龍遠を相手にそれをするととんでもないことになりそうだから、これから犠牲になる誰かはそんなこと絶対にできないんだろうけど。
 その相手が要なら、仮に壊してその後にどんな仕打ちを受けることになっても大した話じゃないように思えてくる。


 要でよかったなんて。
 そんなことを思ってしまったのは、それ以上を目にした状況下だからに過ぎない。




更にその上
(俺がずっと前からそれを知ってるという事実については、考えないことにした)


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