18 所詮は同じ世界だ。
それを統括しているのは同じ人間で、同じ国内となれば更にその人種まで絞られる。
そんな中で、一体どこで生きていくことが正解なのか。
何があれば、何が出来れば、楽しさや幸せを感じることができるのか。
考え方によれば、この牢獄も天国に変わるのかもしれない。
Side Taisei 今日は一週間で唯一、鶏が鳴かない日。囚人たちに与えられた、つかの間の休息の日だ。
休日に何がいいって、それは時間に縛られないということだ。
食事時間は決められているが、労働がない代わりに朝は食事がない。だからいつものように早起きをする必要もない。
「あ――もう。何が休日だくそったれ…」
早起きをする必要がないはずなのに、何で俺はこんなに朝早くに起きているのか。
何が悲しくて胸糞悪い煙草の匂いを纏わなきゃいけないのか。
労働に出たわけでもないのに、どうしてこんなにも体が重たいのか。
「まぁまぁ、そうかっかするなよ」
誰のせいだと思ってんだよ。死んでしまえ。
おそらく年中無休で性欲底なしの要は、日も昇らないくらい朝早くからそれを存分に発揮してくれた。
平日には俺が起こすまでまるで起きる様子を見せないくせに、迷惑もいいところだ。…いやまぁ、平日は労働までの合間を縫って散々な目にあってるってるんだから。これ以上早起きなんてされたらたまったもんじゃないけど。
でもだったら、せめて休日も普段通りでいいだろ。食事がない分寝かせてくれたっていいんじゃねぇの。
「はい、食べる?」
「……食う」
くそ、チョコレートめ。
その美味さは絶品だが、同時に俺の要への怒りを軽減させる恐ろしい食べ物だ。
差し出された板チョコを手に取り、口に入れるとわりと全部がどうでもよくなってくる。チョコレートひとつで要の横暴にも目を瞑れるのだから、自分の単純さには全く呆れて物も言えない。
いや、これは俺のせいじゃない。俺が単純なんじゃなくて、チョコレートにそういう作用があるに違いない。そうだ、チョコレートが幻の食べ物になってしまったのは減量の問題じゃなくて、この美味さのせいで人間が体たらくになってしまうからだ。……馬鹿馬鹿しい。
「俺にもちょーだい」
「自分で食、んっ……」
チョコレートの匂いとは別に、甘ったるい匂いが鼻に通った。
新しいのがまだあるのに何で人のものを、しかもわざわざ口の中から奪って行こうとするのか。
「ん、ふ…んんっ」
絡みついてくる舌は、冷たい唇とは裏腹に熱い。
口の中のチョコレートが解けて、唾液と共に喉に流れていく。
息をしようと微かに口を開けると、空気と共に煙草の匂いが鼻を通る。
チョコレートの効果は本当に恐ろしい。
冷たい体温が悪くないのは前からだが。忌々しい要の煙草の匂いさえも、悪くないと思わせてくる。
「ごちそうさま」
顔を離した要は、そう言って無邪気に笑った。
普段はまるでそうは見えない要も、今のように笑う時だけはいつも年相応に見える。
口元に少しだけチョコを付けているところなど、本当に子どもらしい。
「ついてる」
「わっ……!」
付いていたチョコレートが勿体ないので舐めとってやると、これまた子どもらしい反応を見せた。
確かに万人がするほど一般的なことじゃねぇけど、そんなに驚かなくてもいいだろうに。
「散々人を弄んどいて、これくらいのことで照れんなよ」
「てっ…照れてねーよ!びっくりしただけだ!」
「ふうん。よしよし」
ちょっと面白かったので、今度は頭を撫でてやることにした。
要はまた一段と驚いた顔をしてから…その顔を伏せた。
「も―――もういいから、出かける……」
なんだこいつ。可愛いな。
……馬鹿言え。
チョコレートの効力がまだ収まってないのか。
「やっぱこれ、嫌いじゃねぇんだな」
「っ、うるさい!!出かけるっつんってんだろ!」
「知るか勝手に行け」
「大晟も行くんだよ!馬鹿!」
お前にだけは馬鹿なんて言われたくねぇ。
自分の頭脳も理解していない馬鹿っぷりに腹が立ったので殴り飛ばしてやろうとかとも思ったが。
キッと視線を見上げて睨み付けて来るくせに、俺の手を払わない可愛げに免じてそれは勘弁してやることにした。
**
この牢獄内は広く、本土とは離れた島をまるまる牢獄としている。
現在収容されているのは5千人だが、牢獄になる前は2万人程度の一般人が住んでいた島らしい。
そのため、島の中は4地区に分類されており、管理している看守たちも地区ごとに分けられている。もちろん、シャワーや食事の場所もそれぞれの地区に一つずつ設置されている。
労働は基本的に自分の収監されている棟の地区内にある労働施設でローテーションとなる。ただ、人手が足りないとか、急ピッチで進めなければならない場合によってはバスなんて古風な乗り物を使って労働場所に移動することもまれにあるそうだ。
そんな風に聞くと、まるで自分の棟のある地区からは出てはならないように思うかもしれないが。囚人たちはこの牢獄内であれば基本的にどこに行くことも自由とされている。ただ、地区ごとに派閥があるために自分の棟のある地区から外に出る囚人はほとんどいないらしい。
「で、この遊び場は数少ない全地区の共有地」
遊び場。
そう表すには実に何もない場所だ。
「ただの広場じゃねぇか」
要に連れられてきた場所は、遊び場というのにはあまりに違和感を覚えるような場所だった。
柵で覆われたその“遊び場”の扉には『KU地区入口』と書かれてあったが、特に鍵などはかかっていなかった。多分、ここからが共有地だという目印のようなものなのだろう。「ケーユー地区」と読めばいいのか、「く地区」と読めばいいのか少し気になったが、要に聞いても無駄だと思って気にすることをやめた。
柵の向こうは、本当に何もない場所が広がっている…としか言いようがなかった。本当に何もない、いったいれのどこが遊び場といえるか全くわからない場所だ。
「おまけに人もいねぇし」
4地区共有の場所だって言うのに、ちらほらとしか人がいない。
それもなんか、いかにも悪やってますって感じのやつばっかりだ。昔の任侠映画とかに出てきそうな顔ばっかりだ。
要の容姿と、そしてこの金髪が映える。
「平和に休日を過ごしたい奴はこんなところ来ねーよ。いつ他の地区の奴に不意打ちかけられるか分かんねーし」
なっ!?
「何が遊び場だ軽い戦場じゃねぇか!」
涼しい顔してなんてとこに連れてきてんだよ。死んでしまえ。
「馬鹿だなー、大晟。だから絶好の遊び場なんだろ?」
要はそう言って、楽しそうに笑った。
「他の地区の奴らと殴り合いすんのが?」
「それもちょっと楽しそうだけど。そうじゃなくて、ここは俺たちが……」
「ぎゃあああああああ!!!!」
要の言葉を遮るように、遠くの方から叫び声が響き渡ってきた。
俺の記憶に間違いがなければ、これは…捷の声だ。
「げっ、もう始まってる!大晟早く!」
「はぁ?何が!」
「いいから、走れ!!」
要はそう言うと声のした方に向かって走り出す。
心情としては全然よくはないのだが。だからといってこんなところで放置されても困る。
仕方がないので、俺も後を追うことにした。
「ちょっ…待っ…も、死ぬ…!死にますからぁ…!」
「これくらいのことで死ぬほど人間は軟弱じゃない」
「ぐっ…が…!!」
要に走って付いて行くと、ごつい顔ばかりだった中に花が見えた。それも一つではない。何人か…俺も見知った顔ぶれがそろって並んでいる。
更に近寄っていくと、これは…花…というには少しちょっと…違う気分になった。
状況から察するに。
奇声を上げていたのはやっぱり捷で、それを上げさせているのは稜海のようだった。
向かい合うような位置で、捷が稜海を相手に跪いていた。
それを少し離れたところで、腹黒王子と…あれは、いつかコインランドリーで会った関西弁の方だ。
「龍遠!雅!」
要が声をかけると、腹黒王子こと龍遠とコインランドリーが同時に振り返った。
「随分と遅かったね」
「いやー、今日も今日とて大晟が…ごふ!」
多分余計なことを言うと察して、それを口にする前に頭を思いきり殴っておくことにした。
この間は脱力して殴る気力もなかったが、これ以上人のことを吹聴したらその度に一発お見舞いしてやるからな。
「が、顔面ストレート…」
「大晟さんやるぅ」
コインランドリーの関西弁が驚く反面、龍遠は面白そうに笑った。
「大晟…!」
「てめぇが余計なこと言おうとしたからだろうが」
「まだ言ってねぇし!」
「つまり言おうとしたってことだな?」
「あっ」
こいつの馬鹿は無視しておくとして。
殴っておいてよかった。
「雅、この人が要の飼い主さんだよ」
「え?飼い主?」
「嫌だよこんなペットいらねぇ」
さっきはちょっとばかし可愛げを垣間見たもんだが。あんなの少し見たくらいでペットにするような奴じゃない。
家の前に置かれていようもんなら、迷わず山の中にでも捨てに行く。
「違ぇだろ!俺の玩具だよ!」
「……まぁ、どっちでもええけど」
「よくねぇわ!」
要が目くじらを立てるが、コインランドリーの関西弁はまるで相手にしていないように溜息を吐いた。
これは…馬鹿にされている。
「そんなことより雅、ちゃんと挨拶したら?」
「ああ、そやった」
「そんなことって…!!」
要の扱いが…。
見ていて楽しくて仕方がない。
「青谷雅です。この間はどうもありがとうございました」
要から俺に視線を移して、コインランドリー改め雅は俺に頭を下げた。
本当、要の友人は誰もかれも要の友人をやっているのが不思議に思えるくらいに常識人だ。
「別にいいよ。トイレ行きたかっただけだし…間に合ったのか?」
「はい、おかげさまで」
「そうか、よかったな。あと敬語もいらない」
もういっそ、いつか会いそうな知り合い連中全員にそう言っておいてほしい。
面倒くさいから。
「何?どういうこと?」
「この間、えっと…大晟さん、でええんやっけ?」
「ああ」
そこもいちいち聞かなくていいってみんなに言っといて。
「大晟さんのおかげで全てが上手くいってん」
「……適当に話し過ぎじゃね?」
「まともに話してもどうせお前の脳みそじゃ理解できひんて。諦め」
「哀れみの目を向けるな!ムカツク!!」
お…面白い!!
この間のコインランドリーの時にも思ったが、やっぱり面白い。
「じゃれてるのもいいけど、そろそろ終わっちゃうよ」
龍遠が口を開いて、さきほど稜海と捷がいた方を指差した。
そういえば、先ほどのあれは一体どういう状況だったのだろうか。
視線を向けると、先ほどのまで2人いた場所には捷がうつぶせになって地面に貼り付いている。手足をバタバタさせていていつか、初めて会った日のことを思い出した(こいつ後ろ取られてばっかだな)。ただ、あの時は俺が上から押さえつけていたからだが…今回は誰が上に乗っているわけでもない。それなのに、まるで背中を何かで押さえつけられているように身動きが取れないらしかった。
稜海はそれよりはるか上で、高みの見物のように捷を見下ろしている。
ちょっと待って。見てもどういう状況か理解できねぇんだけど。
なに、この柵の中に入ると超能力でも使えるようになんの?
「え、ちょ…恒例行事くらいでそこまで……」
「あの子昨日、稜海が大事に取っておいたプリン食べちゃったらしいよ」
「あ……ああ…」
雅の顔がさあっと青ざめた。
プリンって…何でそんな高級デザートを所持してるんだ、稜海は。
あと、あれだけ人は見かけによらないって自分に言い聞かせたけど。ちょっと似合わないって言ったら怒られるかな。
「何か言うことはないのか」
「は…い、ごっ…めん、な…さぁい…!」
「労働に響かない程度で終わらせてやるだけありがたく思え」
「ぐっ、かっ、はぁ……!!」
上空にいた稜海が、すとんと軽やかに捷の上に降りてきた瞬間―――めりっと、捷が地面にのめり込んだ。
稜海は捷に触れていない。そのまま捷を避けるように、すとんと地面に降りてきた。
労働に響かない程度で終わっているように見えないのは俺だけか。
「捷、お前…、あほか。何でずみさんのプリンなんておっかないもん食べてん…」
「だ…て…ゆりちゃ、んの、れいぞうこ…に……」
稜海が捷の上から退くのとほぼ同時に、雅が捷に駆け寄って行った。
雅に体を起こされながら、捷は時折血を吐きつつ、ぜぇはぁと荒い息で事の端末を述べる。改めて問うが、労働に響かない程度って…どの程度なんだろうか。
「それはずみさんが悪い!こいつが明日働けなくなったら俺にとばっちりやねんぞ!」
「知るか。有里のだったら食べてもいいという考えから既に間違ってるだろうが」
それは確かにそうだ。
稜海の言っていることは正しい。実に正しいのだが。
「それに、労働に支障ない程度にしてある」
「どこが!?」
うん、やっぱり「どこが?」ってなるんだ。
俺の感覚は間違ってなかったんだな。よかった。
「容赦ねぇな…」
「稜海にとってのプリンは多分、大晟にとってのチョコレートみたいなもんだよ」
「ああ、なるほど。それなら納得した」
もしも自分のチョコレートを無断で食べられたら、容赦なんてしてられねぇな。
次の日なんてどうでもいいから、とにかくコテンパンにしてやらねぇと。
「………何で大晟さんまでいるんだ?」
要が俺を会話しているのを見つけた稜海は、驚愕したような表情を浮かべた。
そしてそれから、その驚愕の意味を口にする。
「要が連れてきたからだよ」
「連れて来たって…何でまた唐突に」
「大晟強いらしいからー、俺の相手してもらおうと思って!」
「は?」
そんな話は聞いてねぇ。
あと、それと稜海が見られたらどうのとどう関係してるかがさっぱり分からねぇ。
「え?何言ってるのこの子?馬鹿を通り越しておかしくなっちゃった?」
「お前こそ何言ってる?馬鹿なんて当の昔に通り越しているだろ」
「あ…ああ、そうか。じゃあしょうがない」
しょうがないのか。いいのかそれで。
「馬鹿にするのも大概にしとけよお前ら!!」
そこはしょうがない。お前は馬鹿なんだから。
「でも、おかしくなったからって…大晟さんを遊び相手にするのはどうかと思うけど。いくら強いって言っても、何も知らないんでしょ?」
「それを龍遠に教えてもらうために、わざわざ捷の公開処刑の日を選んだんだろ」
「い、稜海どうしよう…!この子ちょっと頭使えるようになってるよ!大晟さんのおかげかな!?」
もうこっちがどうしようだ。爆笑しそうだ。
要を馬鹿にするのは大いに楽しいことだが、龍遠のそれに関しては群を抜いている。
「ちょっと稜海!龍遠がいつにも増して俺を馬鹿にするんだけど!?どうにかして!!」
「そんなことはどうでもいい。それより、お前が自分から自分のことを教えるなんてどういう心境の変化だ?」
「稜海までそんなことって言う…?大晟を連れてきたのは、捷を倒した大晟がどれくらい俺についてこれるか試してみたいだけ。別に自分のことをどうとかんなんて思ってない」
誰からも相手にされない辺り少し可哀想な気もしたが。
俺に対して随分と上から目線なところでそんな気は微塵もなくなった。
それに、俺はまだ相手するなんて一言も言ってねぇ。
「試してみたいだけ?戯言も大概にしておけよ。ちょっとそこに直れ」
「えっ」
「直れ」
「は、はい」
看守の言うことはさっぱり聞かない要を整列させるとは。流石だ。
じゃなくて、一体何が始まるんだ?
**
「どうやらお説教が長くなりそうだし、俺が大まかに話をするね」
あれはお説教が始まるのか。しかも長くなりそうなのか。
なら話はいいから、その間に帰っちまっていいかな。
「じゃあ俺…」
「帰るのは駄目かな。多分あの子、無理矢理でも相手させる気だから」
「あっそう……」
つまり、俺に断る権利はないってことか。
まぁ帰っても暇と言えば暇だし、別にいいけど。
「大晟さんは、ロイヤルの制度についてはいくらか知ってる?」
「…そういう制度があることと、そいつらが特別優遇されてるってことくらいは」
「そう。じゃあ、どうやってロイヤルになるかは?」
龍遠の問いに俺は首を振った。
前の時にはそれを聞こうと思ったら、看守はどこかに行ってしまった。
「ロイヤルである条件は2つ」
である?
ロイヤルになる条件ではなくて、ロイヤルである条件?
「その1、政府の偉い人とか、権力のある人が犯した罪を自分と罪として背負うこと。その2、政府の実験台となって検体を受けること」
その1、他人の罪を背負う。
その2、政府の実験台となる。
1+1が2にも3にもなるような国だ。それくらいあって当然か。
やはり、この国は腐っている。
「……なるほど」
「あんまり驚かないんだね」
「まぁな」
この国が汚いことをやっているところを俺は何度とは言わずに見てきた。
それほど驚くことでもない。
「ロイヤルにも階級があって、10からAという階級と、そのマークによっても階級は分かれる」
「マークでも?」
「そう。話の本筋からずれるけど…ロイヤルの仕組み、詳しく聞く?」
「ああ」
別に知らなくても支障はないだろうが、この前も途中だったし。
それに、気にならないと言えば嘘になる。
「ロイヤルの階級は、数字が下から10、J、Q、K、A、マークが下からクラブ、ダイヤ、スペード、ハートだよ。だから同じQでも、クラブのQよりダイヤのQの方が階級は上。例えばその2人が同時に看守に何かを申し入れたら、先に採用されるのはダイヤのQだ。そして、僕たちロイヤルじゃない人間はもちろん、基本的に階級が上のロイヤルには同じロイヤルでも刃向うことが出来ない。何か文句でも言おうもんなら、鶴の一声でたちまち独房行きなんてざらにある。中でも特にAの力は他のロイヤルとは比べものにならないくらいに影響力が強くて、場合によってAが望めば気に入らない相手を半永久的に独房に閉じ込めておくこともできる」
その割に、要は有里に大分生意気な態度を取っていたような気がするが…。それはまぁ、仲が悪かった場合の話なのだろう。
Aの権力については、有里がこの間俺を助けてくれた時に垣間見たが。
「それほどの特権があるのは…それだけの代償を払っているということか」
「その通り。代償にも色々あるんだけど、例えば、Qの要の検体は月に1回だけど、Aのゆりちゃんは月に3回」
「まじかよ…」
さすがに驚きを隠せなかった。
「検体には軽いのからナチュラル、ハード、グレート、マスターの4種類あるんだ」
前に苦しんでいたときの要は確か、グレートだと言っていた。
それよりも前に1回10時になったら教えろと言って出て行ったときはそれほど大したダメージなく帰ってきたようだが…なるほど、種類が違ったわけか。
「Qの検体は基本的にナチュラルかハード。まぁでも、要みたいに生意気やってると、グレート突っ込まれることもあるみたいだけど。でも、ゆりちゃんの検体は、基本的にグレートで、2か月に1回くらいマスター」
要があんなに苦しそうにしていたのを、当たり前のように受けているということか。
それどころか、それ以上の苦しみまで。
「ここまでで質問は?」
龍遠の説明は分かりやすいので質問はない。
ただ、疑問ならある。
「ロイヤルである条件がそうなら、ロイヤルになる条件は何だ?」
俺が問うと、龍遠は少しだけ驚いた表情を浮かべた。
「いつもあんなのを相手にしているから、頭のいい人と話せるのは嬉しいよ」
「それはどうも」
あんなの、と言いながら龍遠が指差した先には要がいた。
稜海に何を言いくるめられたのか畳み掛けられたのか、不貞腐れているようだ。
「ロイヤルになる条件は、ロイヤルである条件とあらかた同じ。ただ、ロイヤルになってからの検体は嫌でも強制だしその種類は選べないけど、ロイヤルになりたい人はまず自分で種類を選んで検体を受ける。ゆりちゃんみたいに検体マイスターならともかく、受けたこともない人がいきなりマスターなんて死んでもおかしくない。でも、それを承知の上で受けにマスターを選ぶ人も少なくない」
検体マイスターって…。
別に受けたくて受けてるんじゃないだろう?
受けたくて…受けてんのかな。ちょっと気になるじゃねぇか。
「つまり、どれでもいいから検体を受ければロイヤルになれるわけじゃないんだな」
俺の問いに、龍遠は頷いた。
それはそうだ。検体を受けるだけでロイヤルになれるのならば、きっとそこらへんロイヤルだらけになっているに違いない。
人間なんてそんなもんだ。
いつでも地位を欲している。
誰かの上に立ち、誰かを見下して笑いたいと思っている。
もうどうせ出られないというのなら、せめてこの狭い世界での地位が欲しい。
外の世界では得ることができなかった地位と、権力が欲しい。
そのためなら何でもする。自分の体さえ差し出す。
そんな人間はいくらでもいる。沢山いる。
「ロイヤルになる最大の条件は検体を受けた結果――身体に異常が出た者」
「体に…異常が…出た者」
有里のことを思い出した。
この間、自分がロイヤルなのは電気人間であるせいだと言っていた。
「検体によって本来人間が持っていないような能力を宿すと、ロイヤルになることができる。どの検体でもその可能性はあるけど、マスターですら10%未満。それでも他の検体よりは可能性が高いから、最初の検体でマスターを選ぶ人も少なくない」
10%未満の賭けのために、自分の命を賭けるのか。
そうまでして地位が欲しいのか。
耳を疑ってしまいそうになる。
俺は絶対に嫌だ。
とはいえ、ここで一般人していても淡々とした毎日を繰り返すだけだ。
それを考えると、死んでもいいから可能性に賭けるのもありなのかもしれない。
まさに、人生最後の大勝負といったところか。
「中には…、地位とは別の理由でロイヤルを望む人もいるんだけど」
「別の理由…?」
地位と特権を得る以外に、ロイヤルを望むメリットがあるのだろうか。
「ゆりちゃんが検体を受けることになったのは、その結果ロイヤルになったら家族に安全な生活を保障するって条件があったから。そもそも…ロイヤルの制度が確立したのは結構最近で、今でこそロイヤルになるために自分から検体を望む人が多いけど、数年前までは検体になりたがる人が少なくて実験台に苦労してたんだ。それで、囚人たちにいい条件を出して検体を集めてたってわけ。今はもうそんな条件ないけどね」
なるほど。そうやって基準となるロイヤルを作り、待遇を与えることで他の囚人たちを引き込んだのか。
本当に汚い国だ。とはいえ、それはこの国に限らずどこの国も似たようなものだが。
「ロイヤルになった後はどの階級になるかなんだけど、能力の脅威具合によって階級が変わるんだ。どの辺で線引きしてるのか、その辺は分からないけどね。あと、階級は自分で選択できる部分もあって、10程度の能力しかない人がAになることはできないけど、Aの能力がある人が10に留まっておくことは可能なんだよ」
ロイヤルになってしまえば、どこ段階で止まるかは選択できるということか。
そりゃまぁ、身体にかかる負担を考えたらロイヤルにさえなることができれば下の階級で止まっておくという者も少なくはなさそうだ。
「ゆりちゃんなんて、10からAまでどこでも選べるって言われてさ。どうせなら一番上になっとくかとかいう感じでAになったんだから、この点では要に負けず劣らず馬鹿だよ」
軽いなおい。
そんな軽い感じでAになっちゃうのか。
いや…でも、俺はまだ有里のことはあんま知らないけど。
この間会った限りでは、それだけでもないような…そんな気がする。
「とはいえ、自分でそう決めてロイヤルになってるんだから、まだマシか」
「え…?」
どういう意味だ?
そうじゃな奴が…いるというのか。
どうしてかは分からない。
でも、なぜか要の方に視線が向いた。
不貞腐れているらしい要は、肩を大きく落して顔を俯かせている。
一体何があったというのだ。
「ちなみに」
あ、ちょっとごまかした。
…まぁいいか。
ここまで教えてもらったんだし、あまり深く突っ込まない方がいいんだろう。
「稜海もさっき変な力使ってたけど、ロイヤルじゃないんだよ。そもそも、責任者とロイヤルは兼任できないからね」
「じゃあ…あれは……?」
「ここに収監される前に違法で人体実験をされて使えるようになった能力。というか、稜海がここに収監されたのはその能力で実験施設をぶち壊しちゃったから」
お、おおう……。
なんてヘビーなことを何て軽い口調で言うんだこいつ。
それ以前に、他人のことそんなにペラペラ喋っていいのか。
「さらにちなみにー、せっかく稜海が上手く施設だけ破壊したところ、同じ施設にいた俺が稜海に罪を着せるべく大爆発を起こして実験者を根こそぎ病院送りにしました。てへぺろ」
「てっ……てへぺろじゃねぇ……!!」
何だこの腹黒王子!えげつねぇな!
大体、てへぺろって何だ?
ちょっと可愛いけど。けどそうじゃねぇだろ!
「罪…着せれてねぇじゃん」
だから今…ここに収監されてるんだよな?
「うん。なんか最初からそのつもりでしたみたいな態度の稜海に腹が立ってやめた。今思えば稜海の思う壺だったのかもしれないけど…」
思う壺にはまったと自分で言っているのに。
「嬉しそうだな」
「幸い友達に恵まれたからね。ちょっと無茶苦茶してもゆりちゃんがどうにかしてくれるし、要からは珍しいものや美味しい物を押収できる。他にもからかい甲斐のある子が沢山いるから」
腹黒王子揺るがねぇな。
龍遠が視線を向けた先には、苦笑いを浮かべた雅がいた。
その雅に肩を借りてどうにか立ち上がっている捷が稜海を睨み付けている。
その視線先にいる稜海は、素知らぬ顔で立っていて、そのすぐ隣で…どうしたんだあの馬鹿は。
要は稜海のすぐ隣で体育座りを決め込んでいた。不貞腐れるを通り越して完全にしょげてしまっている。
「まぁ…飽きなさそうではあるけど」
「本当に飽きないよ。労働とかは面倒だけど、それでも俺は外にいるよりもよっぽど楽しい。大晟さんは…要のせいで、そういうわけにもいかないかもしれないけど」
外の世界で、楽しいことなんて何一つなかった。
楽しいという感情のことなんて考えたこともなかった。
だから、ここに収監されるときもあまり心情に変化はなかった。
要と同室になってからも、基本的にそれは変わりない。
当たり前だ。
年端もいかない子どもに玩具にされて、何が楽しい。
それも、子どものくせに底知れない性欲を毎日休むことなく発揮してくれる。
何も楽しくなんかない。いい迷惑だ。
いい迷惑だが。
「確かに…、外よりはマシかもな…」
「え?」
「……要がいなけりゃな」
一瞬驚いた顔を浮かべた龍遠の表情は、付け加えた俺の言葉で苦笑いに変わった。
本当に…要がいなければ、マシになるのか。
……なるに決まってるだろ。
何考えてんだ、俺は。
「さて、じゃあそろそろ本題に戻ろうか」
「ああそうだ、何の話だったっけ?」
脱線したということは分かっている。
ただ、何が脱線してそもそも何の話だったのかもう忘れてしまった。
…そもそも、何の話か教えてもらったっけ?
「根本は、ロイヤルは人にはない能力を持った人がなるって話で、じゃあ一体要はどういう能力でしょうって話。そこに行くまでに大分脱線したけど」
「なるほど、分かった」
要にも有里や稜海のように、普通の人間にはできないようなことができるってことか。
「ずばり!」
龍遠はそう言って人差し指を立てた。
自分で「じゃじゃん」と効果音を付けている辺りがまた可愛らしい。
「要は透明人間になれます」
「ほう」
「それから、俺たちが収監されてる棟くらい指一本で壊せるくらいの怪力も出せます」
透明人間に怪力って…。
要みてぇな奴にそんな能力つけたら、ろくなことになんねぇだろ。
いや、既にろくなことになってねぇじゃねぇか。
「そうか…それであいつ、あんなでっけぇ本棚をいとも簡単に盗んできたのか…」
盗みのことだけじゃない。俺が住むはずだった棟を破壊できるのも無理はないし、独房に当たり前のように顔を出したこともそうだ。
ああ、俺のどうでもよかったけどちょっと気になってた疑問が解消されていく。
「そうだけど…、驚くところそこ?」
「え?他にどこに驚けって?」
前にも同じようなことを言われた気がする。
「た、大晟さん面白い…!!」
確実に前にも同じようなことあった。
でも、俺今回はそんなに興奮してなかったと思うんだけど。
「それなのに何で笑われるんだ……」
「わ、笑うつもりはなかったんだけど…ごめんね。でも、そんなに余裕で大丈夫?今からその怪力の透明人間と殺し合いするんだよ?」
物騒だな。
せめて喧嘩とか、手合せとか…もっと他に言い方あるだろ。
相手が怪力透明人間でしかも馬鹿だから手加減できないっていうのか?いくら要でもそれくらい……うわ、出来なさそうすぎて言葉もない。
「まぁでも大丈夫だろ。あいつ馬鹿だし」
馬鹿だから問題なのかもしれないが、同時に馬鹿だから手加減をされなくてもなんとかなるともいえる。
「そうは言うけど…要は本人が頑なに拒んでQだけど、本来ならAレベルの能力だよ」
へぇ…そうなんだ。あいつ…上にいくの拒んでんのか。
まぁ…あれだけ苦しんでたら、それも無理はないか。
じゃあでもなんで…ロイヤルになんて。
そう思った時に、さっきの龍遠の言葉を思い出した。
どうなればいいのか(どこにいれば、誰といれば、楽しいと言えるのか…そんな場所があるのか)
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