Long story


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16

 プレゼントというのは、つまり贈り物ということだ。
 それは別に、必ずしも相手が喜ぶものをあげなくてはならないというわけではない。
 プレゼントをあげようとするその気持ちが、何よりも大事なのだ。
 とはいえ、あげれば何でもいいと言うわけではない。


Side Taisei


「たーいせい!」

 やけにテンションの高い声とともに、身体にずしりと重荷がかかった。まるで俺の苛立ちを助長させるように、甘ったるい香りが鼻につく。
 布団の中からボディに一発かましてやると、忌々しい重荷がなくなった。甘ったるい匂いは、まだほのかに漂っている。

「病み上がりの子どもに何て仕打ちを……!」

 何が病み上がりだクソ野郎が。
 どこが病んでたって?もしもこの間俺の眠りを妨げて吐いていた日のことを言っているなら、なもんとっくの昔に完治してるだろうが。
 そのくせ、昨日も今日も労働にも行かずにここでニートの如く悠々自適な生活を送ってたくせに。検体後の猶予だかなんだか知らねぇが(そもそも俺は検体が何かもあまり知らない)、こんな奴に休養なんて必要ねぇ。過労死するまで働き尽くさせろ。

「一日中ごろごろしてるてめぇと違って、俺は疲れてんだよ」
「うん、正にその通り。俺は一日中ごろごろして体力有り余ってるから相手して」
「よぅし、サンドバックにしてやるからそこに直れ」

 体を起こすと窓から微かに光が差し込んでいるのが見えた。
 そういえば、一体今何時だ?
 テレビのリモコンに手を伸ばして電源ボタンを押すと、画面が明るく光った。


「まだ2時じゃねぇか…!」

 ちょっとだけ冗談のつもりだったが、マジでサンドバックにしてやる。
 ふざけるのも大概にしろよ。

「ちょ…!ちょっと待って!!殴るまでにこれ見て!!」
「ああ!?」

 殴りかかろうと立ち上がると、苦笑いを浮かべた要がソファの方を指さした。
 その前に置いてあるガラステーブル?何だこれ。どっから持ってきたんだこんなもん。
 それだけじゃない。テーブルの上には見慣れない機械のようなものが置いてあって、茶色い液体が滝のように上から下に流れていた。

「お前…これ……」
「これだけじゃないぜ。あっちも」
「あっち…?」

 要が一瞬にやりと笑い、指差す方向が変わる。
 部屋の隅に、それはそれは上等な本棚が聳え立っていた。しかも本棚だけじゃない。その本棚一杯に本や漫画が並んでいる。

「まじかよ…」
「すげぇだろ?朝まで待とうかとも思ったんだけど、早く見せたくって起こしちまった」

 そう言って要は無邪気に笑う。
 たまに垣間見る、年相応に見える笑顔だ。

 ちょっとかわ…違う。
 ちょっと可愛いなんて思ってねぇからな、俺は。


「どうしたんだよ、これ」

 俺が聞くと、要はポケットから煙草を取り出してきた。
 振るとカタカタと音がすることから、中身が入っていることが伺える。

 なるほど、どうやら看守室に盗みに入ったらしい。

「グレートにされて腹が立ったから、3往復して根こそぎ取ってきてやったんだ」
「…よくやるな」

 3往復なんて結構な労力を使うだろうに。
 おまけに、こんなでっかい本棚持ってきてたら尚のことだ。それも中身入りなんて重さの想像もつかない。
 50型のテレビなら辛うじて運べないことはないだろうけど、これは流石に一人で運べるような大きさでも重さでもないような気がする。一体どうやって運んだのだろうか。

「休みで体力有り余ってたから。いつもは休みも死んでるけど…ま、大晟のおかげってことにしてやらんでもない」
「いちいち捻くれた言い方するんじゃねぇよ」

 あの時、素直に「ありがとう」と言われたような気がしたのは俺の幻聴だったのか?
 俺の腕の中で大人しく寝てたときは多少の可愛げもあったというものだが。

 次の日にはもうすっかりこの調子だった。
 いつもは数日死んでいるなんて、そんなこと最初から知っていたら俺はあんな余計なことしなかったのに。

 次は絶対に慰めてなんかやらない。


「てことでー、はいこれ。プレゼント」

 そう言って要はガラステーブルの上の何だかよく分からないものを指差した。
 相変わらず茶色い液体が上から下に流れている。多分、循環しているのだろう。

「何んなんだこれ?」
「知らない。でも看守が使ってて美味そうだったから持ってきた」

 美味そうってことは…これ食いもんなのか?
 どうやって食うんだこれ。

「使い方分かんねぇとどうしようもねぇだろ」
「そこら辺抜かりない。はいこれ」

 要はそう言って紙媒体を出してきた。これは多分…説明書だ。
 表紙に大きく英語の文字が書かれていた。

「チョコ…フォンデュ…?」
「って読むのか?」
「ああ。てことは、これ……チョコ?」
「うん。それは看守がこの真ん中に突っ込んでたから間違いない」

 近くまで行って機械を見て見ると、確かに山のようになっている真ん中に穴が空いていた。一度しか嗅いだことはないが、鮮明に覚えているチョコの匂いもする。

「ちなみに、看守はこうやって食べてた」

 そういって要はどこからともなくイチゴを出してきた。
 これまた、高級な生のフルーツだ。

「それをどうするんだ?」
「こうやってヘタ切って…フォークに刺して……」


 待て待て待て。
 ナイフにフォークって。それ完全に凶器だよな?武器だよな?
 何普通に持ってきてんだよ。

 いやそもそも何で囚人がこんなもん持てる環境下に置かれてるんだよ。
 どんな警備だ。どんな管理してんだ。


 いや。そもそもこの部屋を前にしてそれは今更なんじゃねぇの。
 落着け、俺。
 今更それらしい凶器を見たからなんだっていうんだ。

 それ上にすげぇもんを普通に使ってんじゃねぇか。
 タブレットとかテレビとかの方がよっぽどおかしいから。
 あれも凶器になるから。


「はい大晟、どーぞ」


 俺が必死に目の前の事実を受け入れていると、要がフォークに刺さったイチゴを差し出してきた。
 チョコが…かかっている。なるほど…こうやって食べるのか。

 要からフォークを受け取って、口に運ぶ。


「………うまい!!」


 なんだこれ。
 なんなんだこれは。


 うますぎる。


「起こされて損はなかっただろ?感謝したまえ」
「ああ、ありがとう」
「えっ」

 要の顔が素っ頓狂なものに変わった。
 何を驚いているのか。俺は要と違って、感謝くらい素直に言える。
 今までは感謝するようなことが全くなかっただけのことだ。

「また取ってきてくれよ」

 慰めてやった甲斐があるってもんだ。
 こんな褒美があるのなら、次もし同じようなことがあっても慰めてやろうって気になる。

「……うん」

 照れたように笑う表情は実に子どもらしい。
 顔が整っているのだから、普段からそういう表情をしていればもう少し友達も増えるだろうに。
 どうしてそれができないんだか。



「お前は食わないのか?」
「…食べるけど、俺は大晟を具にするから」
「は?」

 子どもらしさが一瞬にして消え去った。



「服脱いだ方がいいぞ。汚したら面倒だろ?」


 その言葉の意味することは嫌でもすぐに理解できた。
 先ほどの照れた顔などまるで夢だったというように、要は手錠を片手にいつものいけ好かない笑みを浮かべている。

 前言撤回だ。
 二度と慰めてなんてやらねぇ。


 **


 あつい。
 いや、どちらかというと、あたたかい。

 体を覆う熱も、その感覚も、今までに感じたことのないものだ。
 チョコレートの甘い匂いがほのかに香る。味を想像しただけで唾液が滴りそうだ。…もっとも、このチョコレートが俺の口に入ることはない。
 とはいえ、これでいつもの甘ったるい匂いがなければ多少なりと気分もまぎれるだろうに。久々の喫煙に調子に乗ったのか、悲しいことに要から漂う煙草の匂いはいつもよりも強めだった。

「どこから食べられたい?」
「っ…」

 要はそう言って俺の首にチョコレートを垂らすと、すぐにそれを舐めとった。
 熱で覆われ、それをまた違う熱が拭い取る。一瞬だけ触れる唇だけが冷たくて、何だか凄く変な感じだ。

「これ放っとくと固まるんだよな?ここ固めたらイけなくなんの?」
「固まらねぇだろ」
「どうして?」

 どうしてって…人間には体温があるってことを知らないのか。
 ああ…そういえば、こいつ超冷たいだったか。
 顔を持ち上げてその頬を要の頬に押し当てると、やっぱりまるで体温がないみたいに冷たかった。

「分かったか」
「あったかい」
「てめぇが冷てぇんだよ馬鹿」

 この体温なら、もしかしたらチョコも固まるのかもしれない。



「冷たいのは嫌い?」

 要の指が俺の唇に触れる。
 冷たい。


「てめぇのことは殺したいくらい嫌いだ」


 でも。


「その体温は嫌いじゃない」

 要の指が俺の唇を撫でると、背筋がぞくぞくする。
 熱い体に冷たい感覚。

 それは俺の知らなかった感覚だ。


 初めて知ったその感覚は。
 今まで感じてきたどの体温よりも、心地いい。



「ふーん、あっそ」
「んっ…!」

 要は興味なさげにそう言うと、俺のものを咥えこんだ。
 チョコレートのねっとりした熱と、要の舌の熱が混ざりあう。
 奇妙な感じだ。

「んぅ…あっ」

 奇妙で、気持ちいい。

「やっぱ美味いな、チョコは」

 要はチョコレートを全部舐めとると、満足げに笑みを浮かべた。
 忌々しいことこの上ない。

「普通に食えばもっと美味いと思うけどな」
「そう?じゃあ食べてみろよ」
「!?っ…ふああ!」

 足を持ち上げられ、身体の中にどろっとしたものが入ってくるのを感じた。
 もしこれが要の思う普通の食べ方なら、こいつの頭はイカレてる。

「おいしい?」
「はっ…っ…んんっ」

 俺の中で要の指が動く。
 いつもよりも刺激が弱いような気がするのは、チョコレートのせいだろうか。


「それとも、物足りない?」
「ぁ…っ、んあっ!」

 数が増えた要の指は、的確にいいところをかき回していく。
 それでもやはり、いつもよりも刺激が弱い。

「大晟」
「はぁっ…ん…、んん!」

 名前を呼ばれて視線を持ち上げると、顔が近寄ってきた。
 冷たい唇が触れる。そして…熱い舌が忍び込んでくる。

「んっ…んん…は、ふっ、ん……っ」

 口の中にチョコレートの味が広がっていく。甘い。とても甘い。
 頭に酸素が回らなくて、思考回路が止まってしまいそうになる。
 全身を突き抜けるような、甘い感覚に襲われる。

「はっ…ん………」
「美味かった?」

 問いに答える代わりに睨み付ける。
 こんな状況でまともに味わってられるわけないだろ。

 ……美味かったけど。


「んっ…」

 余所事を考えていると、俺の中から要の指の質量がなくなった。
 しかし、チョコレートはまだ残っていて、中に出されるのとはまた違った感覚で気持ち悪い。
 もどかしい。


「もう一口欲しい?」


 そう言うと手でチョコをすくって口に含み、にやりと笑った。

 腹立たしい。無性に腹立たしい。
 あまりにも腹立たしかったので、自分から奪いに行くことにした。


「――――…!?」


 両腕を縛られていることで不自由な体をそれでも力任せに引き起こし、その腹立たしい顔と距離を詰め、唇を当てる。
 要が驚いて、身体の力を抜いたところで舌を押し込んだ。

 甘い。美味い。


「っ……どんだけ好きなんだよ、チョコ」
「―――ああ!!」


 ずぷっと、指とは比べものにならないくらいの刺激が全身を襲う。
 それでもやっぱり、いつもよりも刺激が少ないような気がした。

「あっ…ん…っ」
「なんか…チョコが膜張ってるみたい。気持ちいい?」
「…し、るか……!」

 気持ちよくないと言えば嘘になる。
 ただ、物足りないというのも事実だ。

 とはいえ、そんなこと理性がある間は口が裂けても言わねぇけど。


「うーん…なんか微妙」
「はうっ…」

 要は首を傾げると、俺の中から自身をずるりと引きぬいた。

「舐めとって」
「ああ?」
「ほら、早く」
「んっ!」

 顔を押し付けられ、仕方なくチョコレートでどろどろになった要のものに舌を這わす。
 ……うまい。

 さっきまで自分の中に入っていたものだと考えると吐き気がしそうだが、それを考えなければ味はチョコレート。
 甘くておいしい。

「ん…ふ…んんっ」
「随分美味そうに舐めるじゃん」

 まぁ、美味いからな。

「ん…んっ…」
「っ…、ちょっと…マジになりすぎ」

 自分が舐めろって言ったくせに。
 今度は顔を引き離すように押してきたので、仕方なく口を離した。
 要のものから俺の口に伝った糸が微かに茶色く見えた。

 貴重なチョコレートが、勿体ない。

「いつもそれくらい積極的になれよな」
「あっ……はぁ!」

 ずぶんっと、再び下腹部に圧迫感がこみ上げる。
 指を入れられていたときとも、先ほど挿入されたときとも、比べものにならないくらいの快感が一気に駆け抜けてきた。

「うん、いい感じ」
「あっ…ぁっ、んぅ……ぁ!」

 言い知れぬ快感が襲う。
 全身を揺さぶられるように突き上げられて、頭がおかしくなってしまいそうになる。


「大晟、キスしよ」

 体を持ち上げられて、唇が触れ、舌が滑り込んでくる。
 離れないように、俺の体を支える要の腕の力が強くなった。

「あ…んっ…ふぅっ……」

 冷たい。密着する肌が冷たくて、心地いい。
 熱い。舌から伝わる熱が熱くて、心地いい。

 快感を助長する。

 何も、考えられなくなる。




 ああ、また堕ちる。




「いい顔」

 そう言って要は笑う。
 自分がどんな顔をしているのか。
 一体どんな風に見えているのか。

 そんなことがどうでもいいくらいに、欲しくなる。

 もっともっと欲しくなる。


「気持ちいい?」
「あっ…ん、はぁっ、ああ!き…もち、い…」

 頭の隅ではそんなこと口が裂けても言いたくないと思っているのに。
 口が勝手に動いて、それを求める。

 一度口に出してしまうと、もう止まらない。
 頭の片隅に残っていた抵抗心すら、完全になくなってしまう。


「もっと欲しいならそう言えよ。俺が欲しいって」
「ほ…しい。は、あっ…かな…めが、ほし…、い…っ」

 その熱で俺を溶かして欲しい。
 何も分からなくなるくらいに、溶かして、おかしくしてほしい。

 もっと。もっと、もっと。


「よくできました」

 そう言うと要はどこか満足そうに笑って、ピストンを速めた。
 刺激が強くなる。快楽に覆われる。

「あっ…は、ああっ、んぁ…かな…も、いき…そ…ああ!」
「うん、いいよ」

 汗ばんだ額に貼り付いた髪をかきあげると、要は再び俺の唇に自らのそれを押し付ける。
 まだ少しだけ、チョコレートの味がした。

「んっ…ふぅっん、…んん―――!!」

 要の肌と俺の肌が密着している。
 ひんやりとした肌がぞくぞくと背筋をこわばらせた。既に限界寸前だった体がその刺激に耐えられることもなく、俺は溜まった熱を吐きだした。




プレゼント
(結果的に俺があり付けたチョコは、驚くほどほんの少しだけだった)



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