Long story


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15

 未経験ことが予期せず起こった場合、すぐに順応できる人間はそういない。
 しかしいち早く順応するために、脳はその未経験ことに対処するのに全神経を使う。
 そうすると、他のことへの意識が薄れる。
 だから、緩和される。


Side kaname


 寒い。気持ち悪い。寒い。怖い。
 喉の奥に何かを押し付けられているかのような激しい嘔吐感と、雪の中に埋められてしまったかのような悪寒。そして、終わりのない恐怖。
 体中を支配する感覚に必死に耐え、俺はどうにか部屋まで戻ってきた。

「おえっ…はぁ、…ごほっ、ほごっ…おえ!」

 胃の中のものはもう全部吐きだした。それでもなお、体は異物を排除しようと働いているようだ。俺は窓から顔を出して、口の中に広がってきた胃液を吐きだした。酸の味が気持ち悪く咽ると、またしても激しい嘔吐感が襲ってきた。
 無限ループだ。

「くそ…5分ちょっと遅れたくらいで……」

 何が、グレートに変更だ。死んでしまえ。
 ただでさえ今月は2回目だというのに、それだけでもいつも以上に後遺症は酷いことは目に見えているのに。ハードをグレートに変更なんてしたら、こうなるに決まっている。

「うっ…おえっ……はぁ、はぁ…」

 鬼畜な看守に悪態を吐いたところで、この後遺症が治まるわけでもない。
 でも、誰かに悪態でも吐いていないとやってられない。…悪態を吐いていても、やってらんねーけど。

「まじ…死ねばいいのに」
「死ねばいいのはお前だ」

 俺が窓の外に向かって吐き捨てていると(間には本当に吐いていた)、背後から苛立った声が聞こえて振り返った。
 視線の先には、ベッドから起き上がった大晟が、声のとおり苛立ったような表情を浮かべている。

「大晟…おはよう」

 あまり回らない頭で挨拶すると、大晟は思いきり顔を顰めた。

「おはよう?てめぇ、今何時だと思ってんだよ」

 今――何時かと聞かれれば、多分2時前くらいだと思う。
 検体の時間は長くても3時間と少しくらいで終わる。今日は着いたのが10時を回っていたから少し長めだったが、それでもまだ2時を回ってはない頃だろう。

「2時…前くらい?」
「分かっててわざわざ俺の隣で騒いでんじゃねぇよ」

 大晟は苛立ちを隠そうともしないで俺に言い放つ。
 今までにこの状態の時に話しかけてきた玩具はいなかったが、そればかりか仮にも苦しんでいる相手に対してまったく同情の余地もないところが実に大晟らしい。
 だが、変に同情されるよりはよほどいい。同情されても俺の症状はマシにはならないし、無駄に腹が立つだけだ。

「俺だって騒ぎたくて騒いでんじゃねーし…うえっ、ごほっ…ごほっ」

 大晟と話しているとまた吐き気が襲ってきて、窓の外に顔を出した。
 そろそろ胃液すらなくなってしまうのではないかというくらい、吐きつくした。

 案の定、もう何も出てはこない。この状態が続くのが一番辛い。


「吐くならトイレで吐け」
「安心しろ…もう吐くものもなくなった…おえっ」

 嗚咽は止まらないが、多分もう何も出るものもないだろうと思ったのでソファに移動することにした。
 ソファに座ると、いつもは気にもならないのにソファの生地が妙に冷たく感じた。寒い。吐き気に集中していた意識が一瞬で悪寒にシフトしたようだ。
 それを紛らわそうと視線をずらすと、目の前にテレビの真っ暗闇が見えた。一瞬で、頭の中に恐怖が広がった。


「っ……うっ」

 一瞬治まったかにみえた嘔吐感が再び上り詰めてくる。
 凍えそうな寒さが体を襲う。
 計り知れない恐怖が脳裏に広がっていく。

「うえっ…ごほっ……はぁ、はぁ…」


 俺はこんな風になるのを望んだわけじゃない。

 それなのに、どうしていつもいつもこんな思いをしなければならないんだ。

 嫌になる。何もかもが嫌になる。
 苦しい、怖い、寒い。苦しい、怖い。怖い。


「…っ……」

 治まらない吐き気と悪寒、止まらない恐怖。

 その全てが俺の体を支配して、呑みこまれてしまいそうだった。
 俺は一体いつまで、この苦しみと向き合わなければいけないのか。

 自らが望んでわけではない、この絶望と。
 あと何回向き合えばいいのか。

 そんなことを考えていると、無意識のうちに目から涙が落ちていた。
 感情的なものではない。生理的な苦しみから流れる涙。


 この苦しみがなくなるのなら。
 息すらしなくていい。
 いつもそう思うのに、それでも呼吸は止まらない。
 自分で止めるほどの勇気があれば、すぐにでも解放されるのに。

 今ならできるかもしれないと何度も考えた。
 今もそうだ。
 今なら、今なら出来るかもしれない。




「要」

 頭の中の思考が停止した。
 唐突に隣から聞こえてきた声の主が誰かは、言わなくても分かる。ここには俺と大晟しかいない。
 両腕を抱えて蹲るようにしていた俺は急いで頬に伝う涙をぬぐってから、顔を上げた。きっとまた何か文句を言われるのだろうと思ったが、視線の先にいた大晟は先ほどのように苛立っているようではなかった。


「たい…せい……」

 普通に呼んだつもりだったのに、声が思うように出て来なかった。
 寒さのせいか。それとも、吐きすぎたせいか。どうしてかは分からない。

「ったく…しょうのない奴だな」

 脇に立っていた大晟は、俺を見下ろしながら溜息を吐いて隣に座った。
 一体どうしたのだろうか。

 そう思って見ていると、隣に座った大晟の腕が伸びてきた。

「―――な――――っ!」

 またこの間のように頭を撫でられるのかと思ったら、そうではなかった。
 伸びてきた腕は俺の肩を取り、そして大晟の体がぐっと近寄ってきた――否、密着した。


 俺…大晟に抱きしめられてる?
 答えは聞くまでもなく、イエスだ。


「なっ…なにっ…して……っ!?」

 現実を理解した瞬間、大晟の行動の意図が分からなくて声を出した。
 体をよじると、苛立った視線が俺を見下ろす。

「お前がいつまでもうるせぇからだ。じっとしてろ」

 大晟は面倒くさそうにそう言って、腕の中で暴れる俺を更に強く抱きしめた。
 伝わる体温が暖かい。冷え固まってしまいそうだった寒さが、消えて行くのを感じた。


「なんで……っおえ…っ」

 何で俺がうるさいとこうなるんだ――と聞こうと思ったが、言葉は最初の段階で遮られた。
 吐き気が、吐き気がどんどんこみ上げてくる。

「吐くなよ」

 それなら離せと思ったが、俺にそんなことを口にする余裕はなかった。
 大晟は嫌そうな顔をしながらも俺から離れようとはしないばかりか、まるで何かをなだめるように俺の背中を撫でた。

 どうしてだろうか。
 治まることを知らなかった吐き気が、少しだけ引いた気がした。

「っ…はぁ…はぁ……」

 乱れた息を整えながら大晟を見上げると、面倒臭そうな視線とかちあった。
 面倒臭そうだが、どこか優しい視線だった。

「何だ」
「…何で……いつも…俺が…されたこと、ないこと…ばっかり……」

 俺は今まで、誰かに抱きしめられた記憶なんてない。
 どうして大晟は、自分は何でもかんでも経験しているくせに、俺にばっかり初体験をさせるのだろう。どうしてこんなにも、俺の頭の中をかき回すのだろう。

 こんなの不公平だ。

「お前がガキだからだろ」
「そのガキに虐げられてる玩具くせに…」
「その玩具に抱きしめられてたんじゃざまあねぇけどな」
「それはお前が…っ、おえ…っ!」

 さっきから俺が文句を言おうとしたらそれを阻止するように吐き気が襲ってくる。
まるで俺の体が、素直に言うことを聞いておけと訴えているみたいだ。

「もう黙ってろ。俺はさっさと寝たいんだ」

 大晟はそう言って、俺を抱きしめる腕に力を込めた。
 吐き気が引き、寒さが消える。まるで魔法だ…なんて、子どもっぽいことを思ったのはきっとこんな状況だからだ。


「大晟…」
「お前は本当に人の話を聞かねぇな」

 喋るなと言われたのに話しかけた俺を、大晟は今度こそ本気で苛立ったように睨んできた。


「ありがと…」

 しかし、俺の言葉を聞いた瞬間、その表情は驚いたものに変わった。
 それから、どこか困ったように苦笑いを浮かべた。


「どういたしまして」

 俺はその言葉を聞いてから、大晟に体を預けた。疲れた体が、大晟の体温に暖められて眠気を誘う。
 ハード以上の検体を受けた後で、こんなにも体が落ち着いていることなど初めてだった。いつもは終わらない後遺症に耐えるのに必死で眠たいという感覚すら湧いてこないのに、今は眠くて仕方がない。

 俺はその眠気と闘うこともなく、静かに目を閉じた。
 あんなにも呑みこまれそうだった恐怖は消え、今はどこか安心すら感じている。


 **


 食堂の中は囚人たちでごったがえしていた。
 2人揃っていないと入れないなんて意味不明な規律作るくらいなら、人数に応じで食事の時間をずらしていくとか、もっと効率のいい規律をいいのにとつくづく思う。

 食事を受け取るまでの間も行列で、他の囚人たちと何度も肩がぶつかった。ようやく手に入れた食事は味のない食パンと牛乳、それから生野菜を炒めただけの質素な食事。それを受け取ってから座る席を探す間も、また何度も他の囚人たちと肩がぶつかる。


 肩がぶつかって5度目。苛々が限界を超えた。

「はい、ただいまからそこは俺の席となりました。さっさと退け」

 一番近くに座っていた囚人に挨拶もなくそう声をかける。囚人は最初苛立つように振り返ったが、俺の顔を見た瞬間に表情が青ざめた。
 全く俺ってば、有名人。
 さぁ、さっさとそこを退け。睨み付けると、囚人が腰を上げた。

「あほか」
「痛!」

 ふと背後から声が聞こえたと思ったら、頭に衝撃が走った。

 不意打ちとは卑怯な。
 一体どこのどいつか知らないが、ぶっ飛ばしてやる。そう思って振り返ったが、そこにいた人物が予想外だったために俺はぶっ飛ばすタイミングを逃した。

「大晟…」
「無茶苦茶言ってんじゃねぇよ。空いてるところ探せ」

 どうやら大晟は俺が無理矢理席を奪おうとしていたところを見たらしい。
 余計なところを見られてしまった。まぁ、だからどうしたってことはないんだけど。

「これが俺の席の空けか…痛っ」

 また叩かれた。
 しかも今度は正面だったから分かったけど、こいつお盆で殴ってた。それも容赦なく、思いきり。痛くないわけがない。

「探せ」
「分かった!分かったから、その高く掲げたお盆を下ろせ!」

 また殴られそうになったのを回避しようと訴えると、大晟はしぶしぶお盆を下ろした。
 ちょっと待って。おかしくね?これじゃあどっちが玩具だか点で分かんねー。

 …いや、それは前からか。


「あはは、見てみて、朝から漫才やってるよ」
「躾だろ」
「ああ、なるほど」

 突然背後から聞こえてきた声に振り返ると、すぐ近くの席に龍遠と、稜海が向かい合うようにして座っていた。
 朝から責任者コンビに出くわすとは、俺も運が悪い。

 つーか、そんなことより。

「どこか躾だ、稜海!」
「それ以外に何があるんだよ?」

 俺が声を荒げても、稜海はまるで興味がないように呟く。
 全く視線を向けていない辺り、本当に興味がないのかもしれない。

「おはよう大晟さん、ここ座る?」
「はよ…いいのか?」
「うん。どうぞ」

 俺と稜海が会話をしている横で、龍遠と大晟が会話をしていた。
 普段なら絶対に誰も隣に座らせない龍遠が、自分から席を進めただと?天変地異の前触れだ。
 いや、それよりも何で付き合いの長い俺じゃなくて当たり前のように大晟に進めてるんだよ。大晟も何の躊躇もなくさっさと座ってんじゃねーよ。

「何さらっと会話してんだよ!てか、俺にくれよその席!」
「そんな無駄な使い方するわけないでしょ」
「酷い!稜海、龍遠が酷い!」
「いつものことだろ。騒いでないでそこに座れ」

 稜海は面倒くさそうに言うと、自分の隣の席を指さした。
 俺は稜海と友達でよかったと思う。君のことを親友だと思う。そんなことを言ったら隣に座らせてくれなくなるだろうから、絶対に言わないけど。
 そんなわけで、結果的に俺は大晟の向かいに座る形になった。

「そうやって甘やかすから、躾が出来ないんだよ」
「アメとムチって言うだろ」
「人の葬式で爆笑するっつってる奴の何がアメだよ。ふざけんな」
「検体のこと有里にバラされたいのか」
「あー!そういうこと言う!?そういう卑怯なことするんですか!」

 やっぱりお前は親友なんかじゃない。時として龍遠よりも非常に見える。

「お前が言うな」

 大晟と稜海と龍遠の声が綺麗に揃った。
 まぁ確かに、大晟をものにしたのは十中八九卑怯な手をつかったからだけど。
 だからって、示し合わせたかのようにそんなに声を揃えて言わなくてもいいと思う。
 俺、結構優しいご主人様だと思うよ?

「でも、ゆりちゃんにバレたらやばいなんて、何したの?」
「それは言えない」

 龍遠の問いに稜海はまた興味がなさそうにそう言った。
 稜海は時に龍遠よりも非情だが、裏切らない。

「そういうところは律儀だな」
「お前の弱みを握っておいて損をすることはないかな」
「少し感心した俺が馬鹿でしたっ」

 それでも、稜海は裏切らない。だから俺は、稜海がどんなに俺を馬鹿にしても友達でいる。
 それは稜海に限った話じゃない。
 俺の友人たちは基本的に俺のことを下等評価しているけれど、絶対に裏切らない。
 それは俺にとって、もっとも重要視すべきことだ。


「稜海が口を割らないなんて、ますます興味津々」

 そう言って笑う龍遠は、この間点検に来た時のような恐ろしい笑みを浮かべていた。
 どうやら、龍遠の中の悪い引き金を引いたらしい。ナチュラルブラック龍遠が、暗黒龍遠になってしまった。
 同じブラックじゃんって、えらい違いなんだぞ。


「ま、俺はもう2回目のグレートな検体も終わって清々しいから、何でも来いって感じだけど」

 これが終わっているのといないのとではその月のテンションの具合が格段に変わる。
 いや、多分周りからしたら大差ないんだろうけど。早い段階から終わっていると、個人的に何するにしてもモチベーションが上がる。


「2回目?」
「え?あっ…しまった」

 龍遠の言葉に、自分が口を滑らせたことに気が付いた。

「馬鹿だろ、お前」

 稜海が心底馬鹿にしたように見て来るが、それを睨み返すこともできない。
 今のはどう転んでも、俺が馬鹿だった。

「要、今月2回も検体があったの?どうして?」

 ここまで来ると、もうはぐらかすことはできない。
 龍遠が刺すように俺を見ている。睨まれているわけではないが、それより怖い。

「ひと月に2回も棟壊したから独房入れられそうになったんだけど、それで回避した」
「君って子は…」

 俺の説明を聞いた龍遠が、呆れたようにため息を吐いた。
 呆れているというか、諦めていると言った方がいいかもしれない。

「いつだったの?体は大丈夫?」

 そうやって心配してくれるあたり、諦めた訳ではないらしい。
 俺って意外と、愛されキャラなんだな。

「昨日。全然、余裕」

 俺が答えると、龍遠とそれから稜海までもが目を見開いた。
 稜海は顔を顰める以外には滅多に表情を変えないのに、珍しいことこの上ない。

「昨日…?え、冗談でしょ?だって、グレートだったんだよね?」
「そうだよ」
「お前…ついに中枢神経がやられたのか。いつもなら、後遺症で3日は部屋から出て来ないだろ」
「だから、今回はそれが一晩で治まったんだよ」

 正直、俺も驚いてる。
 稜海は3日と言ったけれど、本当のところは2日だ。2日間は死ぬほど吐いて、呑まれそうなほどの恐怖に怯え、凍りつきそうな寒さに寝ることも許されない。それが毎度のパターンだ。だから最後の1日は体力回復の期間として休んでいる。ちなみに、ハードとグレートの検体後は数日労働を無断欠勤しても特に何も罰はない。まぁ、無理に次の日から労働させて検体が使いものにならなくなったら意味がないからだろうが。

「どうして?緩和剤でももらったの?」
「まさか」

 どうして、なんて。むしろ俺が聞きたいくらいだ。
 そんなことを思いながら向かいにいる大晟に視線を向けると、俺たちの話になんてまるで興味がないというようにパンをかじっていた。そういうところは稜海にそっくりだと思う。
 緩和剤とは違うかもしれないが。大晟に抱きしめられたことで凍えるような寒さが激減したことは確かだ。背中を撫でられると吐き気も治まったし、恐怖に怯えるどころか、安心さえ感じた。だから、いつもは目を閉じることすらできないのに、普通に寝ることができた。
 そう考えると、昨日の大晟は、俺にとって絶大な効果を示す緩和剤と言えなくもないかもしれない。それがなぜだかは、全く見当もつかないが。


「大晟さん…要に何かしたの?」
「何もしてねーよ」
「要には聞いてないから」

 大晟が余計なことを言う前に俺が答えると、龍遠はまるで笑っていない笑顔を俺に向けてきた。地獄の門が開いているのをすっかり忘れていた。逆らったらやばい。

「別に…夜泣きする子どもを慰めただけだ」

 大晟は冗談を言っている風でもなく、さらりと言ってのけた。
 真顔で何を言っているんだ、こいつは。

「泣いてねーよ!馬鹿か!」

 実際のところは泣いていたかもしれない。でもそれは感情的にではなく、生理的なものだ。涙というのは時に人間の意志とは関係なく溢れてくる。大晟だってよく分かっているはずだ。

「そうか?じゃあそれでもいいけど」

 何だその、余裕の表情は。お前がそうしたいならそれでもいいですよ的な顔は。
 とてつもなくムカツク。

「ははっ…いいなぁ、最高だね」

 龍遠はそう言って、楽しそうに笑った。
 その瞬間分かった。これは多分、ナチュラルブラックに戻った。
 一体、何が引き金になったというのだろう。やはり、近々天変地異が起こる。

「大晟さん、こんな馬鹿じゃなくて俺にしとかない?もっといい生活させてあげるよ」

 何を言い出すかと思えば。本当に何を言っているのだ、この腹黒責任者は。
 大晟がどうして俺と一緒にいるのか、龍遠だってよく知っているはずだ。だから、冗談で言っていることは確かなのだが。だが、その声色からは冗談が受け取れなかった。
 だから、思わず席を立ちあがってしまった。

「ふざけんな!大晟は俺の玩具だかんな!本人の意思でそんなことできないから!」

 俺が大晟の弱みを握っている限り、誰にも触れさせやしない。
 それが例え、どれほど仲のいい友人であったとしても。

 俺は玩具の共有は絶対にしない。

「何ムキになってるの?冗談に決まってるでしょ」

 そんなことは、最初から分かっていた。
 けれど、体が勝手に動いただんからしょうがないだろう。

 それに俺は、ムキになってなんかいない。


「でも…じゃあもし要が壊したら、僕が修理して使うっていうのは有り?」

 それは今度こそ本当に、冗談で言っているようには見えなかった。
 ニコリと笑うその顔からは、真っ黒い邪気を垂れ流しているのではないかと思うほどに気味が悪かった。



「そんなことさせねぇよ!!」


 俺はその悪意に満ちた笑顔に、無意識のうちにそう答えていた。
 壊れた玩具なんて、どうなってもいいはずだ。もう使えない玩具なんて必要ない。そのはずなのに、どうして俺はこんなことを言ってしまったのだろう。
 その理由は全くもって分からなかった。しかし、目の前で目を見開いて驚いている龍遠の顔が、とてつもなく凄く憎たらしく感じた。




緩和
(それは大晟だったからか、それともただの気まぐれか)



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