Long story


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13

 生きていくのに味方は必要不可欠か。
 結論からして、不可欠ではない。
 しかし、いないよりはいた方がいいかもしれない。
 それを判断するのは自分だ。
 例えその人物が、その誰か以外の大勢に化け物だと称されていたとしても。
 自分が味方であると思えば、その人物は敵ではない。


Side Taisei


 俺がコンピュータを使わされる作業に回されることがあるとは意外だった。ここに来てからずっとここに飛ばされることはなかったので、てっきり故意に回されないのだと思っていたが…そうではなく、たまたまそうだっただけなのだろうか。それとも、手違い?何にしても、今日の作業はこれまでの中で一番楽な上早く終わりそうだ。
 終わりそうだが、紙媒体に印刷された文章をただ打ち込むだけという古典的な作業に既に飽きてきた。というか、これ早く終わったら帰れるのか?このままだとあと1時間もしないうちにノルマが終わってしまう。
 否……、何もなければ終わると思うのだが。


「ごほっ…ごほっ…」

 さっきから隣の咳が気になって仕方がない。
 正確には少し違うな。咳だけなら別にいいんだ。俺は隣の家の話声が気になって勉強できないと隣人宅に突撃するほど、心は狭くない。
 しかしながら。

「ごほっ…あ!…ああ……またデータが…」

 隣から落胆するように聞こえてきた声に、何故か俺も落胆してしまった。
 変に視線を向けるのは忍びないので顔は見ていないが、その表情がどんなものか想像できるのは容易だ。

 なにせ――もう5度目だ。

 咳き込んでいるからなのか、もともと能力が低いのか、そのどちらもか。それは分からない。しかし、作業を始めて1時間も経っていないのに5回もデータを消すのはいくらなんでも尋常じゃない。
 これが、俺が隣を気にしてしまう理由だ。先程から何度も同じ光景を見せられて進歩もなくて気にするなと言う方が無理だ。ここまでくると、気になるというより心配になってくる。まぁ、隣の奴からすると俺に心配される筋合いなんてないんだろうから言わないけど。


「ちょっと享、大丈夫?だから休んだ方がいいって言ったのに…」

 さすがに見かねたのか、俺の隣の隣に座っているらしい人物が声をかけた。
 名前を呼んでいることから(多分名前だよな?)、どうやら知り合いらしい。

「大丈夫だ」
「大丈夫?いつもの10分の1のスピードでかつ5回もデータ消してよくそんなこと言えるね」

 鋭いというか容赦がないというか。
 その言葉から、どうやら俺の隣のやつは普段は出来るらしいということが伺える。やはり、あの咳き込んでいるのが原因なのだろう。

「おま…言うなよ。士気が下がることを言うなよ……」

 隣のやつの声のトーンが下がる。
 気持ちは分からなくもないが。ただ、俺としてももう一人の意見に賛成だ。

「だから、今からでも休みなって」
「俺が休んだら、巻き添え食うのは純だぞ……。あいつ、ただでさえ今月夜勤突っ込まれてんのに…これ以上負担かけらんねーだろ…」

 話の合間にごほごほと咳き込みながら、辛そうな声が聞き取れる。
 どうやら、休まなかったのは誰か――名前は純と言うらしいが――にそのツケが回るのは嫌だったからなのか。

「それは自業自得…じゃないんだよなぁ。自業自得だったらざまみろで済まされるんだけえど。…ああ、享のルームメイトが俺だったらよかったのにね」
「まったくだ」
「そこは何の遠慮もないんだね」

 漫才でもしてるのかこいつら。面白い。いつかのコインランドリーを思い出した。
 しかし、休んだ分のツケを払うのがルームメイトっていうのは初めて知った。…今度無断欠勤でもしてやろうか。

「でもさ、純だって分かってくれると思うよ?」
「そりゃああいつは文句ひとつ言わずにやるだろうよ…。だから余計に申し訳ないだろ…」
「まぁ、確かに……」

 なるほどそれは災難だ。…災難と言えるのかどうかわからないが。
 いっそ要みたいに普段からクソ生意気だったら何の気負いもなく押し付けられるというものだ。

 …てか俺、盗み聞きし過ぎ?
 いやいや、これは勝手に聞こえてきてんだって。この前のコインランドリーのときもそうだっただろ。勝手に聞こえてきただけだっただろ。決して盗み聞きじゃない。
 それに、この間とのときは結果的に人助けになったわけだし…情けは人のためならずだし。


 ―――情けは人のためならず。


 確かに…この間はいいことをしたら、いいことが返ってきた。午後9時に要が寝るという、奇跡にも近いいいことが起こった。
 もしかして今回も、起こったりするだろうか。これはフラグだろうか。

「でも…このままだともたないよ。享が倒れたりなんかしたら、俺が雅と捷にどんな仕打ちを受けるか」

「捷…?」

 聞いたことのある名前に不意に反応してしまい、後悔した。
 しかし、出てきてしまった言葉は戻せない。
 隣から視線を感じた俺は、見ないようにしていた隣に視線を移した。

「――――ん?」

 あれ、捷?

 …いや、違う。
 あいつの髪はこんなに明るく…というか最早ど金パ。
 要の金髪とは少し違うように見えるが。…要の金髪の方が綺麗だな。

 いや、そうじゃなくて。
 それよりも…顔が、顔が捷と同じだ。全く同じだ。


 一体どうなってる?


「……あ、要の新しい玩具…?」

 俺のことを知っている。やっぱり捷?
 だが…捷ならば疑問形で首を傾げたりしない。
 やっぱり違う。

 じゃあ、これはまさか。
 数世紀前に都市伝説であった、ドッペルゲンガーってやつか。
 でも、ドッペルゲンガーって全く同じって話だよな。髪の色違うけど、それって許容範囲なのか。


「ああ…本当だ。見たことない美人だなって思ったけど…そっか」

 隣の隣にいた男が声を出す。この間の、龍遠とは違うタイプのさわやか系だ。
 さすがに3人目のドッペルゲンガーはいなかった。少し安心した。

「ああ…えっと…悪い。話の腰、折って」

 普通の顔(って言ったら捷のドッペルゲンガーに失礼だけど)を見たおかげか、少しだけ頭が回ってきた。だから、手始めに勝手に話に割り込んだ(割り込むつもりはなかったが結果的にそうなった)ことを謝罪すると、捷のドッペルゲンガーはすぐに首を振った。

「あ…いや別に。…例の、2052番…えっと…菅大晟…さん?」
「例の…かどうかは知らねぇけど」

 俺の名前って、誰もが知ってるのが常識なんだろうか。
 だとしたら、すげぇ嫌だ。

「やっぱり。この間は、うちの馬鹿兄が大変失礼をしたようで…」
「は?……あ、ああ、捷のことか?」
「俺は北山享…あいつの双子の弟です」

 あ―――双子。なるほど、そういうことか。
 双子何てそれこそ都市伝説だと思ってたから想像もつかなかった…。

 それにしても、双子ってこんなにそっくりなのか。
 一人っ子政策が世界共通になったのはいつだったか、習ったような気もするがもう忘れてしまった。しかし、それが決まったのは少なくとも俺が生まれる前のことで、だからこれまで双子なんて見たことがなかった。なにせ、双子の場合は生まれる間に中絶が法で定められているから、まず生まれるはずがない。
 それにしたって、改めて考えるとドッペルゲンガーよりは現実味があるけど。

「ついでに俺は相原蒼です。俺は特に血縁とかはないけど、それなりに交流があるので重ねてお詫び申し上げます」

 奥にいたさわやか系――改め蒼(もう面倒くさいから龍遠に習って呼び方は勝手に決めることにする)が丁寧に謝罪の意を示して頭を下げた。

「別に…失礼ってほどの…ことだったけど。いいよ、特に被害はなかったし」

 この前も稜海に対して同じようなことを言った気がする。
 代わりに謝ってくれる人が大勢いるなんて、やはりあいつはいい奴なんだろう。要と友達っていうくらいだし。

「あの馬鹿が一方的にねじ伏せられたんですよね。それならよかったです」

 双子の弟がねじ伏せられたのにそれでいいのか。
 まぁ、その辺はどうでもいいけど。

「敬語じゃなくていい」
「…でも、俺たち17ですよ?」
「俺の一番近くにいる奴は14だが敬語なんか使われたことない」

 見たところこの2人も要の知り合いらしいが。
 こんなに真面そうな知り合いがいるのに、どうしてあいつはあそこまで真面じゃないんだろうか。俺の年齢を知った時に名前にさん付けをしようとはしたが、敬語で話す気なんて毛頭なかった。

「そうですか。…じゃあええと…改めて、作業の邪魔してごめん」
「体調悪いんだろ?別に気にならねぇから」

 そもそも知った名前が出てきたから咄嗟に口に出しちまっただけで、そうじゃなきゃ特に滞りなく…いや、若干気になってはいたけど。それは咳が邪魔なわけじゃなくて、大丈夫かコイツ的な感覚だった。

「よかったね、享。隣が良心的な人で」
「…何だよその目は」
「俺としては目障りだから、そろそろ休んでもいいんだよ?」
「だから、そしたら純が…ごほっ、ごほっ」

 さすがに人の心配する前に自分の心配をすべきだと思う。
 ぜぇぜぇ言ってるし、どっちにしてもそれじゃあ作業なんて出来そうにない。

 ……フラグなのか。やっぱりフラグなのか。

 今まで一切来ることのなかったコンピュータ作業に初めて回された日に、隣になった囚人が体調が悪そうに咳き込んでいた挙句、それがたまたま知りありの知り合い(しかも肉親)だなんて、そうそうある話じゃない。
 五千人が収監されている牢獄だぞ。考えれば考えるほど、情けは人の為ならずフラグだ。
 いや、しかしまだ分からない。いくらフラグが立っていても、俺がそれを実行できるという保証はない。

「もし…、このコンピュータがシステム異常で停止したら、作業はどうなるんだ?」
「え?…多分、今日の作業は終わりになって棟内待機だと思う。他の作業場は他の囚人たちでいっぱいだから、回されることはないと思うし……そんなこと、起こったことないけど。だからこそ、他に対処方がなさそう…ではある」

 ああ、これは完全に情けは人の為ならずフラグだ。

 もう逃れられない。
 ここまで知ってしまったら、フラグを回収しなければならない。
 蒼の説明に、俺は無意識に苦笑いを浮かべていた。


「まぁ、入力作業も飽きたしな……」

 それにどうせ、あと数枚で終わるし。
 終わって返してくれるならともかく、追加ノルマなんて言われたらたまったもんじゃねぇし。
 それなら、さっさと強制終了させるに越したことはない。

「え?」
「あと10分頑張れよ。多分、部屋に帰れるから」

 随分と古いコンピュータだから、かなり使い辛いところはあるが。とはいえ、その分コンピュータ自体のスペックも低いからプラマイゼロといったところだろう。それに、使いづらさはそのうち慣れる。そう考えると、どちらかというとプラスかもしれない。
 俺は視線をコンピュータの画面に戻してから進めていた作業の画面を閉じた。


 **


 数世紀前の人間は、よくこんなものに頼っていたなと心底思った。
 管理システムも穴だらけだし、いざ入るとセキュリティのセの字も通わせていないくらいの無防備っぷり。外からデータ引っ張ってくるのも簡単だし、おい看守。人が労働してる間にアダルト動画なんてみてんじゃねぇよ。そんなだから簡単に侵入されるんだ。…いやまぁ、看守が馬鹿なのは置いておくにしてもこれは酷い。まるでウイルス流してくださいって言ってるんじゃないかと疑いたくなるくらいの状態だ。やり甲斐がないにもほどがある。
 何が10分だ。いざやってみたら、ものの3分ですべてのコンピュータからキチガイのような笑い声が聞こえだした。

<ケケケケケケケケケケ>

 突然作業場に響き渡った機械音に、多くのものがビクリと肩を鳴らした。…ちょっとうるさすぎたかもしれない。これじゃあ、病人の体に障りそうなくらいの騒音だ。

「え、なにこれ…画面が真っ赤なんだけど…」
「こっちも……ていうか、この声…こっから出てんのか?」

 隣で蒼と享が首を傾げている。
 2人だけではない。作業場にいる誰もが首を傾げていたり、隣の画面を覗き込んだり、中には立ちあがっている者もいた。どこもかしこも騒然としていて、もう作業どころではない。


「これで部屋に戻れたらいいな」

 何せ前代未聞のことらしいから、本当に戻してもらえるかどうかは分からない。もしこれで無理だったら、俺の情けは人の為ならずフラグは回収失敗ということになるが。
 ま、その時はその時だ。しょうがないとしか言いようがない。
 俺が隣で首を傾げいている方に向かっていうと、享と蒼が同時に目を見開いて俺を見た。

「これ…大晟さんが?享のために…?」
「まさか」
「バレたら…、独房3日じゃ済まないよ……?」

 蒼が困ったような顔で俺を見ている。
 俺は「まさか」と言ったのに、どうやら俺がしたことだと確信しているようだ。
 そりゃ、察しはつくよな。要と違って頭よさそうだし。
 だが、今の一言はあまりいただけない。

 バレたら?何を戯言を。

「はっ。俺がそんなへまするかよ」

 実際にヘマしたから今こうしてここにいるわけだが。
 とはいえあれも…操作をミスしたわけじゃない。俺がしくじったのは機械のように1+1が必ず2であるものではない。
人間という、それも1+1を気分しだいで3にも4にも変えてしまう、やっかいな人種のせいだ。

「ありがとう……」
「まだ部屋に戻れるって決まったわけじゃねぇだろ」

 享の礼に対してそう答えた瞬間、キイイインと頭に響く音が鳴り響いた。
 なんだこの音は。超音波か。その音が天井に設置されているスピーカーから出ているものだということは、この音のでかさを聞けば誰もがすぐに気付いただろう。

<今日の作業は中止!全員ただちに、棟に戻るように!その後、夕食まで待機…!>

 ヒステリーを起こしたみたいに金切り声で叫んだ看守の指示が、作業場全体に響きわたった。コンピュータから聞こえているけたたましい音に負けないようにと大声を出したのだろうが、何とも迷惑極まりないうるささだ。


「改めてありがとう」
「いーえ」

 指示を繰り返している看守と、コンピュータからけたたましく鳴り響く音の中に微かに聞こえた声。俺はその声に短く返してから、自分の部屋に戻るために席を立った。
 なにはともあれ、情けは人の為ならずフラグ回収完了だ。


 **


 部屋に戻ってくつろいでいると、勢いよく扉を叩く音がした。
 最初は要が帰ってきたのかと思い無視したが、しかし眺めていたテレビの時刻を確認すると、12時半。まだ労働が終わる時間ではない。そもそも、要は部屋に入ってくるのにノックなんかしない。
 そして、今の音はノックなんて優しい音じゃない。もはや騒音だ。

「2052番!!」

 要じゃないことを確信して立ち上がり荒々しく叩かれる扉に近付くと、俺が扉を開けるより先に耳障りな叫び声が響き渡った。
 だから今出ようとしただろ。出ようとしたところで怒鳴られると出る気失せる。…とはいえ、出ないわけにもいかない。少し苛々しながら扉を開けると、看守が俺よりも苛々した顔で立っていた。

「今日の作業場の事件、お前の仕業だろう!!」

 なにかと思えば、そんなことか。
 そんな下らないことで、要のいない俺の優雅な午後のひと時を邪魔しにきたってのか。
 迷惑この上ない。

「証拠は?」

 俺はアシがつくようなヘマはしていない。絶対に。

「証拠などなくても、お前以外にはありえない!!」

 何それ。なんだよその理屈。…理屈にすらなってないだろ。
 無茶苦茶だ。名誉棄損だ。

「証拠もないのに勝手に決めつけんじゃねぇよ。俺はやってない」
「貴様以外にあんな芸当の出来る奴はこの獄中にはいない!」

 それは、他の囚人たちに失礼なんじゃないだろうか。
 俺だけじゃなくて、ここにいる五千人全員の名誉棄損だ。

「勝手な思い込みで人を犯人扱いすんなっつの」
「黙れ!」
「証拠もなく犯人扱いされて誰が黙るかよ。大体、俺にそんな芸当ができると思ってんなら最初からあんな作業場に回すなよ。馬鹿じゃねぇの?」

 ていうか、正真正銘の馬鹿だろ。
 管理者用のコンピュータでアダルト動画見てたの絶対お前だろ。

「2052番!!口の利き方に気をつけろ!!」
「その前にお前が囚人の扱い方に気をつけろ。確たる証拠もねぇのに適当なこと言ってっと、そのうち作業場のシステムだけじゃなくてここを統括しているすべてのシステムがおじゃんになっても知らねぇからな」

 さすがにそこまで出来るかは分からないが。
 今日のコンピュータを見る限り、やればできなくはなさそうだ。

「やはり貴様だったのか!」
「そうは言ってねぇだろ!てめぇの頭には脳みそが入ってねぇのか?」
「貴様ぁ…作業遂行違反で今すぐ独房にぶち込んでやる!!一週間だ!!」
「はあ!?」

 作業遂行違反って。だから俺が犯人だって証拠ねぇよな?
いや確かに俺が犯人だけど、けれどもこれはおかしくないか。
 不当逮捕(逮捕じゃないけど)だ。名誉棄損どころか、人権侵害だ。

 …てか、あれ?
 情けは人の為ならずじゃねぇの?

 なにこれ。状況最悪なんだけど。



「あのー、お取込み中悪いんですけどー」

 どこかやる気のない声が、俺と看守の言い争いに割り込んでくる。
 声のする方を向くと、少し遠くに赤色が見えた。

「さっ…355番!!」
「有里…?」

 看守に355番と呼ばれた男を、俺は違う呼び方で認識していた。
 佐藤有里。少し前に名乗られてから会ってはいなかったが、その名前を忘れてはいない。

「そちらの看守さんの声がうるさくてー、おちおち昼寝もできないんですけどー」

 そう言いながら歩いて有里は、看守と俺のすぐ近くで立ち止まった。
 この棟の住人なのだろうか。

「なっ…お前は…この棟ではないだろう!」


 …違うらしい。


「あれ?そうだっけ?」

 そういて首を傾げる姿は、明らかにすっとぼけている。
 分かっていてやっている。

「まぁー、その辺はどうでもいいっしょ。んなことより、俺の昼寝の邪魔しないでくんね?」
「お、お前の邪魔をする気はない。俺はこいつを独房に放り込みにきただけだ」

 おい看守。さっきまでの威勢はどうした?
 俺にたいしては理不尽なことをでかい声で叫んでたくせに。その差はなんだ。

「大晟さんがやったって証拠ないんだろ?」
「証拠がなくても、こいつがやっていることは明白で…」
「証拠がないなら明白とは言えないっつの。看守規則其の七、疑わしきは罰せず」

 そんな規則があるのか。
 それなのにこいつ、俺のこと問答無用で独房に入れようとしたのか。

 ふざけんなよ。


「……だが…」
「だが、何?普段は俺たちに規律規律うっさいくせに、自分たちは何してもいいっての?そんなことが許されると思ってるわけ?」

 そう言った瞬間、有里の体がバチッと音を立てた。

 なんだ、今のは。


「355番……」
「階級特別規則その五、Aは看守の度を超した扱いを規制することができる」

 またバチッと音がした。
 それだけじゃない。今有里の体から、電気が発したように見えた。

「今のうちに退散した方が身のためだと思うけど?」

 バチバチっと、今まで以上に激しい音がした。
 やはり気のせいではない。有里の体から放電している。

「っ……!……2052番、今回は見逃すが、次はないからな…!」

 看守はそう捨て台詞を吐くと、まるで逃げるように去って行った。

「バーカ。おととい来やがれ!」

 ちょっと格好よかったけど、ヒーローみたいだったけど。正に戦隊レッドだったけど。
 舌を出しながら中指を立てるそのさまは、とてもヒーローとは言えない。
 とはいえ、ヒーローだろうと悪役だろうと助かったのは事実だ。


「ありがとう」

 そもそも、何で棟の違う有里がこんなところにいるのか知らないけど。
 これ、俺のこと助けてくれたんだよな。お礼言っても大丈夫だよな?

 情けは人の為ならずって、やっぱりマジだったってことだ。

「むしろ俺の方がありがとう」
「は?」

 俺がお礼を言うことがあっても、有里が言うことはないだろう。
 あれ以来会っていなかったのに、一体何をしたというのか。

「今日のコンピュータの故障、大晟さんがやったんだろ?」
「ああ…まぁ」
「俺もその作業場だったんだ。大晟さん、すげーこと出来んのな」
「別に…、大したことじゃない」
「いや、十分大したことだって。あんなに慌てふためいた看守初めてみたし、ちょー面白かった。だから、いいもの見せてくれたお礼」

 え?それだけ?

「…って言うのは冗談で」

 よかった、冗談で。
 そんな理由で独房行きを止めてもらったなんて、なんだか等価交換になってない。

 だが…。

「じゃあどうしてわざわざこんなところまで?」
「享のためにやってくれたんだろ?」
「ああ……ため…ってほど大げさじゃねぇよ。俺も、作業に飽きてたし」
「でも享と蒼が感謝してたから。で、大晟さんが目つけられて危ないかもしれないからどうにかしろって言いにきた蒼が俺の眠りを妨げた。…そして冒頭に戻る」

 冒頭っていうのがどこかは分からないが。多分、やる気がなさそうに登場したときのことだろう。
 というか、人類皆友達かこの牢獄は?
 今日会ったばっかりの奴が知り合いの知り合い(肉親)で、それがしかも前に会った知り合いの知りあいで…ってもう、考えるのも面倒くさい。とにかく全員要の知り合いだ。
 世間は狭いって、いくらなんでも狭すぎだろ。


「どうして…有里に?」
「享のルームメイトが俺の可愛い恋人で、大晟さんが作業中止にしなかったら次期に蒼が強制的に享を退去させてたから、そのツケが俺の恋人に回ってきて一緒にいる時間がなくなってた。それを回避できたんだから、お前が恩返しをしてこいって理由で派遣された」

 一応、筋が通っているような気もするが…でも確かに、ちょっと無理がある気がする。
 おまけに長いし。

「あと多分、俺がAだからってのもある」

 えーす。
 前に看守に話を聞いた。ロイヤルの最上級ランクだ。

「ああ…、そういえばさっきそんなこと言ってたな」
「そう、さっきも言ったけど。Aはロイヤルの中でも特別で、看守の行き過ぎた態度を規制できる。そういう利点もあって、蒼は俺の所に来たんだろうな」
「なるほど…」

 蒼は頭がよさそうだと思ったが、やっぱり頭がいいらしい。

「まぁ、Aの特権なんてなくても、俺普通の人間じゃないし。ちょっと威嚇したら看守の一人くらい簡単に黙らせられるけどな!」

 そう言うと、また有里の体がバチバチと放電した。

「そこは特権を使っとけよ。無駄に反感買うだろ」

 何でわざわざとばっちり受けるような方法を使うんだ。
 それじゃあ、特権の意味がないだろ。


「…え?それだけ?」
「え…何が?」
「いやもっとこう…ないのか?何それーとか。こわーいとか。気持ち悪ーいとか」
「女子か」
「うんだからそうじゃなくて」

 多分、有里が言いたいのは。
 さきほどから有里の体から発してる電気についてもっと他に言うことはないのかということだろう。


「電気だな…」
「そうですけど…」


 …沈黙。


 ……長い沈黙。



「特に言うことなんかねぇよ!」
「いやいやいや!そこは何で電気なんか出んのとか!お前化け物だろとか!あるだろ沢山!!」

 確かに…。なるほど、そう言われればそうだ。

「なんで電気なんか出てんの。お前化け物だろ」
「復唱したんじゃ意味ないって!」
「じゃあ他にどうしろと!?」

 お前がそう言うったら、確かにそうだなって思った。
 だから聞いた。
 それで駄目って言われたら俺はもうどうしようもないだろ。

「どうって…大晟さん、何とも思わないわけ?」
「そりゃ電気が出てんのはびっくりしたけど。別に問うほどのこともないかと。実際、俺はそのおかげで助かってるわけだし」
「助かったのは電気のおかげじゃなくて俺がAだからで…いやまぁ、俺がAなのも俺が電気人間だからなんだけど」
「電気人間…!?まさかお前、ストロンガーだったのか!!」

 戦隊レッド改め、ライダーだ。
 まさかこんなところでライダーにお目にかかれるなんて。

「驚くことそこ!?てかストロンガーって何!?」
「要の部屋にある漫画に出て来るヒーロー!ストロンガー!」

 変身…は多分できないんだろうけど、電気でバチバチ戦うのか。
 やばい。めちゃくちゃテンションあがってきた。

「いや俺ヒーローってか、どっちかっていうと化け物とか悪役とかそっちの方…」
「馬鹿言え!お前みたいな化け物悪役がいてたまるか!全世界の化け物悪役が可哀想だろうが!」

 興奮冷めやらぬ声でそう言うと、有里は一度きょとんとした表情を浮かべた。
 しかしそれは一瞬のことで、次の瞬間にはまるで何かのネジが外れたのではないかというように腹を抱えて爆笑しはじめた。

「あはははは!ちょ…大晟さん、まじウケる!最高…!」

 爆笑する有里を見て、ようやく俺の興奮も治まった。
 それどころか、ちょっとテンション高くなり過ぎたのが途端に恥ずかしくなってきた。

「笑うとこじゃねぇんだけど…」

 …いや、まぁ。
 笑われても仕方ないけど。

「俺…今まで散々いろんなこと言われて来たけど…ヒーローは初めてだな」
「冷静になると恥ずかしいけど、真面目に言ってんだからな」
「いいと思うよ。大晟さん、本当面白い」

 有里は目からこぼれそうな涙をぬぐいながら、俺を見た。
 泣くほど面白かったのか。ますます恥ずかしい。

「それは喜んでいいのかどうか…」
「うん、喜んどいて」
「あっそう…」

 本人がそう言っているのなら、喜ぶ他ないだろう。

 すげぇ恥ずかしいけど。


「でも大晟さん、凄い確率で要の交友関係と接触するな」

 あ、やっぱりすごい確率なのかこれ。
 人類基、牢獄内皆友達って訳じゃないらしい。

「接触したくてしてんじゃねぇんだけど…」
「それで片っ端から好かれてくってのは中々出来る芸当じゃないぜ」
「はい?」

 何だそれは?
 好かれるようなことなんて全くした覚えがないんだが。

「捷は前に会ったときに弟子になるって豪語してたし、稜海もいつもみたいに苛々してないし、龍遠もなんか喜んでだし、享と蒼は今日のことずっと感謝するだろうし…感謝って言えば、雅と純も」

 弟子にはしねぇ。
 いつも苛々してるってこれまでが問題だろ。
 一体どこに喜ぶ要素があったんだ。
 感謝より先に体を治せ。
 誰だお前ら。

「突っ込みどころ満載だし、最後の2人に至っては知らねぇし」
「名前は知らなくても、会ったことはあるはず。ほら、この牢獄内でまともに会話した人たちを思い浮かべてみたら?」

 まともに会話した人たちって…。
 基本的に要としか喋らねぇよ。他って言ったら…今有里が挙げた面々と…あと、ロイヤルのことを教えてくれた看守?じゃあさっきの看守もその内に入るな。
 ああ、あと俺がぶっ飛ばした囚人番号…もう忘れた。あれも多分、俺が会話した数少ない囚人のひとりだ。その他にまともに会話なんて――――あ。

「コインランドリー!」
「正解。あれの可愛い俺の恋人の方が純で、もう片方が雅」
「いやどっちがどっちか分かんねぇよ」

 もう本当に、俺の接触率ハンパねぇなおい。
 なんかの才能か?
 だとしたら、微塵もいらねぇ才能だな。

「関西弁じゃない方が純。あの2人も、大晟さんに感謝してた。それから俺も、前から面白いと思ってたけど、今日の一件でちょー好きになった」
「ならなくていいから」

 まぁ、好きと言われて悪い気はしないが。
 そこまでストレートに言われると恥ずかしいし、もちろん恋愛的な意味合いじゃないことは分かってるけど反応に困る。

「そう嫌がらなくても。要の玩具が俺たちと馬が合うなんてこれまでにない快挙だぜ?」
「そんな言い方されてもぜんっぜん嬉しくない」
「ああ、ごめん。まぁでも…とにかく凄いことなんだよ。だからさ、また何かあったら遠慮なくこき使ってくれな」
「こき使うってのは…。……せっかくだから頼りにはしとく」

 頼るようなことがないような、平和な生活を送りたいもんだけど。
 そう言うと、有里は笑ってからバチッと体を放電させた。

 やはり流石ストロンガー。放電が様になっている。

「じゃ、俺そろそろ戻るわ。あー、そうだ。俺たちが大晟さんのこと大好きって話、要には内緒な」

 そう言って、有里はくるりと体の向きを変えた。

「誰がそんな話好んでするか」

 あいつらは俺のこと大好きなんだぞって、なんだそれ。
 ただの馬鹿だろ。馬鹿は要だけで十分だ。俺まで馬鹿になってどうする。
 俺の言葉に有里は一度振り返ってから少し笑ったが、何を言うでもなく向きを戻して、そのまま歩いて行った。
 俺は有里の後姿が見えなくなるまで見送って、部屋の扉を開けた。




諺に誤りなし
(こうして俺は、心強い味方を得た)


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