Long story


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12

 らしさ、というのは固定概念だ。
 だからそれは勝手なイメージの植え付けにした過ぎない。
 けれど、人は「らしさ」で人を見る。
 イメージに合った「らしさ」は、人を惹き付ける。


Side Taisei


 週に一度の休日、朝から部屋の中では要がやいやいと独り言を言いながら動き回っていた。そのせいで8時も回らない時間に俺まで意識が覚醒してしまった。そのまま寝たふりを決め込んでおけばよかったのだが、起き上がったのが失敗した。

「大晟、このゲーム俺の棚の中に隠して!」

 そのせいで、俺は朝っぱらから部屋の掃除(というか盗品隠ぺい)に付き合わされる羽目になった。
 大体、俺は休日の遊び相手になってやるとは言ったが、掃除の手伝いをするなんて言ってない。何で休日に朝から埃まみれにならないといけないんだ。

「自分でやれ。俺は自分の紙媒体を処理するので忙しい」

 苛々しながら返すと、要が怒ったようにゲームのカセットを投げつけてきた。

「いつからお前のになったんだよ!あと紙媒体って言うな!漫画って言え!隠さないとその漫画の続き盗んでこねーぞ!」
「チッ…」

 紙媒体…改め、漫画の続きが見られないというのは頂けないので、しょうがなし投げつけられたゲームを拾って指定された棚にしまう。それから、俺はクローゼットの上の隙間に自分の漫画を隠した。
 それとほぼ同時に、部屋の扉がコンコンと音を立てた。

「4036号室、囚人番号778番、問題児要くーん。室内点検の時間ですよー」

 外から軽い口調の声がする。
 そう、休日だというのに朝っぱらから掃除をさせられていた原因はこれだ。
 今日は不定期で休日に行われる室内点検の日だ。規律違反の物を持ち込んでいないか、棟の責任者がチェックしに来るらしい。室内点検はいつも抜き打ちで、その日の早朝に部屋の扉に張り紙が貼られているらしい。それ、気付かなかったらどうするだと思ったが、規律に違反するものを所持していないのが当たり前で、それならば気付かなくて点検されても何ら問題はないだろうということらしい。まぁ、確かにそれはそうだ。
 しかし、生憎この部屋は問題だらけだ。隠すものしかないと言ってもいいくらいに、大問題だ。そんなわけで、要は早朝から必死になってその問題の物を隠しているわけだ。そもそも、そんなイベントでもなければ、要が自主的に掃除なんてするわけない。

「やっべ!大晟、時間稼いで!!」
「はぁ!?ちょっ…おい!」

 叫び声をあげた要に腕を捕まれ、無理矢理外に追い出されたかと思うとすぐさま扉を閉められた。
 ふざけんなよ、クソ野郎。

「ああ…そうか。もう一人増えたんだっけ。ええと…囚人番号2052番、菅大晟さん」
「どうも」
「会うの初めてだよね?あ、俺より年上だから敬語使った方がいい?」
「いや…」
「そう。じゃあ改めて、俺がこの棟の責任者の中島龍遠です。あ、勝手に名前で呼ぶから、俺のことも名前で呼んでね。まぁ、嫌ならいいけど」
「はぁ」

 右側の襟足だけが長い、アシンメトリーの髪型が揺れる。笑顔が実に爽やかだ。
 そして何より、口調が軽い。
 この間少しだけ喋った厳つい奴――確か稜海だった。稜海も棟の責任者だと言っていたが、タイプが違いすぎて正直驚きを隠せない。

「で、部屋の点検をしたいんだけど」
「ああ、どうぞ」

 俺が扉の前から体を退かすと、龍遠は驚いたような表情を浮かべた。
 言われた通りにしたのに、何でそんな顔するんだ。

「え、いいの?要に止めるよう言われて出てきたんじゃないの?」
「何で俺があいつのいいように使われないといけねぇんだよ」

 それに、それが分かってて聞くそっちもどうなんだ。
 そんなんでいいのか、責任者。


「それならさっそく点検といきますか。要ー、観念して出てきなさーい」

 俺の返答を聞いた龍遠は、扉に手を掛けて容赦なく開け放った。
 開かれた扉の向こうでは、要がベッドの下に何かを突っ込んでいた。デジャヴだ。もしも馬鹿の一つ覚えなら、あれは煙草に違いない。

「ちょ――!大晟!時間稼いでって言っただろ!」
「どうして時間を稼ぐ必要があるのかな?ん?」

 俺に向かえって怒ったように声をあげる要だったが、それに対して龍遠が笑顔で返す。

 なにこの笑顔。怖い。
 要もその笑顔に顔を引きつらせて、一歩後退りをした。

「いやっ…ちょっと龍遠、それ以上進むとプライバシーの侵害だから!」
「囚人にそんなもあるわけないでしょ?今隠したものは何?」

 まぁ、ですよね。

「なっ…何も隠してない!ちょっと体操してただけ…」

 こりゃ、馬鹿の一つ覚えはほぼ確実だな。
 言っていることが最初にここに来た時と全く同じだ。

「そんなふざけた体操ありません。今隠したものを出して」
「俺のオリジナルの体操に…」
「出せ」

 またしてもデジャヴが続くかと思ったが、要の言葉は途中で遮られた。
 さきほどから変わらない笑顔から、まるで違う人間が喋ったのではないかというくらい低い声が発せられた。そしてそれが、俺をデジャヴから抜け出させると同時に新しい展開を促進した。
 要は表情をこわばらせ、ベッドの舌からおずおずと何かを取り出した。アルミ缶(これも今はもう製造されていないが、旧世代のものは見慣れたので初めて見た時も何ら驚きはなかった)の中には、大量の煙草。
 やはり馬鹿の一つ覚えだったらしい。

「これは何?」
「煙草です……」
「誰の?」
「俺の…って、知ってるだろ」
「余計なことは喋らなくてよろしい」
「はい、すいません。俺の煙草です」

 すごい。要を完全に圧倒している。
 何を言われるまでもなく正座している要とそれを涼しげに見下ろしている龍遠を見ていると、まるで手なずけられている猛獣とその調教師のようだ。

「煙草を吸っていいのは20歳からって前も言ったよね?それとも、性欲しかないその貧弱な頭はそんなこと1分と持たずに忘れちゃうの?」

 指摘すべきはそこなのか。
 年齢の問題じゃなくて、規律の問題じゃないのか。

「いや…あの…俺これないと生きてけない…です」
「そう。じゃあ本当に死ぬかどうか試してみようか。没収」
「ああ!それだけはご勘弁を!!」
「却下」

 容赦ない。
 龍遠は縋るように言う要からアルミ缶ひったくると、部屋の中をぐるりと見回した。
 この分だと、俺の隠した漫画も見つかってしまうかもしれない。昨日のうちに最後まで読んでおけばよかったと、今さらになって後悔の念が浮かんだ。

「じゃあ次。その布団は何かな?」
「えっ……布団です」

 龍遠が視線を向けた先はいつもテレビが置かれている――テレビの上に布団が掛っているだけだ。お前これ、もはや隠すきないだろ。見つけてくださいって言ってるようなもんだろ。テレビは俺も使うってのに何て有様だ。やる気あんのか。
 案の定、布団を捲った龍遠があっさりとテレビを見つけてしまった。

「この間は32型だったけど、随分と大きくなったね?」
「…看守室に新しいのがあったから。50型」

 型、というのはテレビの大きさを表す。
 龍遠が「大きくなった」と言ったことでふと思った。今更ながら、こんなでっかいもんどうやって運んだんだろう。

「じゃあ前の32型は?」
「クローゼットにしまってる」

 いやそこは返すんじゃないのかよ。
 そんなもんクローゼットにしまってても宝の持ち腐れだろ。

「じゃあこの50型を俺の部屋に移動させて、32型を使いなよ。それで煙草ひと箱返してあげる」

 まじか。なんか取引始めたんですけど。
 この責任者、当たり前のように何つーこと持ちかけてんだ。

「ひと箱はちょっと少なくないっすか…。このテレビ持ち出すの結構骨が折れたんだけど」

 まぁ、そうだろうな。これだけでかけりゃ。
 一人で持ち出したのかそうじゃないのかは分からないが、 どっちにしても重いし目立つし、大変だということは容易に想像できる。

「ならまた頃合いを見計らって盗みに行くことだね」
「あ――!いいです!ひと箱でいいですぅぅぅ」
「最初からそう言っておけばいいんだよ」

 龍遠はそう言って要の頭の上に煙草をひと箱落した。
 要は落ちてきた煙草を頭に当たる前にキャッチし、まるで大事にしていたぬいぐるみを扱うように頬ずりをした。…気持ち悪い。

「俺の煙草ちゃん〜〜〜」


 やっぱり気持ち悪い。


「はいはい。じゃあ次は…」
「えっ!まだ荒らすのかよ!?」
「当たり前でしょ。タブレットはこの間壊れたって聞いたから…、あとは最低でもゲームと漫画を見つけるまでは退散できないね」

 何があるか最初から把握してるのかよ。知った上でなのかよ。
 ていうか、タブレットが壊れたことまで知ってるって。どんな情報網だ。

「ゲームはこの前も持って行ったじゃん…」
「この前持って行ったから今日持って行かないとでも?…はい見っけ。毎度毎度、学習能力がないなぁ」

 部屋の中を歩き回った龍遠はさっそくゲームを発見してカセットを取り出した。あの口ぶりから察するに、馬鹿の一つ覚えは煙草の隠し場所だけではなかったらしい。工夫しろよ。
 本体はテレビの下に設置したままだから既に見つかっているも同然だし、そもそもカセットがなければ本体なんてただの重たい箱だ。

「これなんて媒体のゲーム?」
「…ファミコン。この前龍遠が持って行ったプレステより大分古くって、映像も荒い」
「内容は?」
「龍遠が持って行ったシリーズの最初があるけど、難易度鬼畜。復活の呪文ひとつでも間違えるとパーだし。しょっちゅうフリーズしてデータ飛ぶし」

 それは難易度が鬼畜というよりは、スペックの問題じゃないのか。

「もらっていくね。代わりにプレステは返してあげる」
「ですよね、そうきますよね…!」

 要は頭を抱えてうずくまる。
 そんな要の姿を見ても龍遠は全く笑顔を崩さない。実に恐ろしい。


「後は漫画だけど……あら、ない」

 龍遠はソファを持ち上げて首を傾げた。
 いつも要はそこに隠しているのか。

「あれ?いつもここに隠すのに…あー、漫画は大晟が隠したからか……」

 あれ?じゃないだろ。いつもここに隠したんじゃ意味ないだろ。
 そんなことならもう隠すなよ。本人が気づいてないのが嘘みたいだけど、隠してるって言えないからそれ。

「大晟さんが?」
「まだ続き読んでねぇから……」

 振り向いた龍遠は末恐ろしい笑顔から、少しだけ驚いた表情になっていた。
 つーか、どさくさに紛れて余計なこと言ってんじゃねぇよ、要のやつ。

「そうなの?じゃあいいや。今回の点検は終了」

 え?終わり?

 何でそんな唐突に。探すそぶりも見せてないけど。


「ええ!?何それ意味わかんないんだけど!何で大晟が隠したものは探しもしねーんだよ!」
「読みかけの物を持って行くなんて野暮でしょ」
「俺のゲームも途中!」
「何?生意気言ってるとこのソファも持って行くよ?」
「もう好きにしてくださ―――い!」

 要は再び頭を抱えてうずくまった。
 ここまで要が虐げられているのを見るのは―――正直、凄く楽しい。

「楽しそうだね…大晟さん」
「そりゃまぁ、俺には出来ないからな。ソファを持って行かれるのは嫌だけど、もっとやれと言いたい」

 そう返すと、龍遠はクスクスと笑った。
 先ほどまでの恐怖の笑顔とは違って、少し子どもっぽさの滲む笑みだった。

「いい性格だなぁ。聞いてた通り」
「聞いてた…?」
「漫画、読み終わったら貸してくれる?」

 俺が首を傾げているのを気もとめず、龍遠はクローゼットを指さした。
 うそだろ。こいつ、一体何者だよ。

「あ、ああ…」
「ありがとう。じゃあ、また」

 そう言って出て行く後姿を見ながら要が「二度と来るな…」と呟いた。
 これはソファもやられたかと一瞬思ったが、龍遠はそのまま部屋を出て行った。どうやら要の声は聞こえていかったようだ。悲劇は起きず、扉がぱたんと静かに閉まった。


 **


 要は考え込むように腕を組んでソファに座っていた。
 俺が漫画を読み始めた時点からその調子だったが、最終巻(今あるだけの)を読み終えても、まだその状態だった。
 腕を組んで見つめている視線の先には、ひと箱だけ生き残った煙草が置かれている。

「やっぱり行くしかないのか…」

 煙草に話しかけてる。

「この間はいつだった?この前は大晟が来る少し前だから…まだひと月ちょっとしか経ってない……え、ひと月?まじかよもうそんなに――いや、ちょっと待てよ。そういえば、この間タブレット返しに行ったばっかじゃん…あれいつだった?」

 うそだろ。
 俺がここに来てもうひと月も経っていたのか。
 ここでは日にちも曜日もなんら関係ないから、時間の経過なんて気にも留めてなかった。
 いつの間にか5月になってたってことか。全然実感がわかない。

「だよな。やっぱりひと箱はキツいよな」

 だよなって…。煙草は一体どんな返事を返したんだ。
 いつの時代もゼロは何も言ってくれないが、煙草は言ってくれるのか。技術の進歩ってすごい。

「よし決めた。このひと箱がなくなる前に行って来よう」

 そう言うと、要は唐突に俺の方に振り返った。

「漫画の続き以外に欲しいもんある?」

 一瞬何を言っているのか分からなかったが、すぐに要が何を言いたいのか理解できた。
 行くというのは、どうやら看守室に盗みに入ることだったらしい。
 しかし、突然欲しい物があるかと聞かれても。そもそも看守室に何があるかも知らないし……あ。

「チョコレート…」

 一度だけ食べた、あの味は今も思い出せるくらいに脳裏に焼き付いている。
 確かあれも、看守室から盗んで来たと言っていた。

「おっけー。今回の獲物は煙草と漫画とチョコ。この分だと、煙草は3カートンくらい持ってきても余裕だな」

 テレビに比べたらそれは簡単かもしれないが。
 一体どうやって盗んでくるというのか。俺には想像もつかない。

「にしても…よほど気に入ったのな、チョコ」
「あれは…美味かった」
「じゃあ、いっぱい持って帰らないと」

 そう言って笑う要は、見たこともないような無邪気な笑顔を浮かべていた。

 なんだこいつ。それらしい顔しやがって。

 要が14歳らしい姿を見せるタイミングは実に唐突で、少しばかり動揺させられる。
 しかし…。

「いつもそんなだったら、もっと優しくしてやるのに」

 いつだったか、要が俺に言ったことを思い出してそのまま口にした。
 すると、要の表情は一瞬で怒ったような表情に変わった。

「お前だって人のこと言えるか!」

 そう言って怒る要の背後に、先ほどの笑顔がふっと写って見えた。
 だからだろうか。今は何を言われても許せそうな気がする。




「らしい」
(普段憎たらしい中に垣間見えるからこそ、いいのかもしれない)


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