Long story


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11

 誰かについてもっと知りたいと思うは、相手に興味があるから。
 どうして興味があるのか、その真意を見極めるのは難儀なことだ。
 その真意を見極めた方がいいのか、知らない方がいいのか。
 それを見極めるのは、もっと難儀なことだ。


Side Kanamae


「なー、ゆりちゃん。頭撫でてよ」

 唐突に呟いた言葉に、ゆりちゃんは手に持っていた木箱を思いきり足の上に落とした。

「いだあ!!」

 悲鳴とも取れる叫び声が響き、バチッっと火花のようなものが散った。周りの視線が一瞬集まるが、その声を出したのがゆりちゃんだと分かった途端に、誰もが何も見なかったというような態度で視線を逸らした。
 ゆりちゃんはそんな周りの視線には全く気が付いていないようで、しゃがみ込んで足をさすっている。そんなに痛かったのか。…そりゃそうか。ゆりちゃんの持ってた箱「10」って書いてあるってことは、10キロの鉛が入ってるってことだし。

「大丈夫?」
「大丈夫なわけあるか!何だお前、藪から棒に!」
「唐突に頭撫でて欲しいなって思ったんだから、しゃーねーじゃん」

 それ以外に理由なんてないだろ。
 唐突にでも思わなきゃ、こんな、労働時間真っ最中に他人の目も憚らずそんなこと言わない。

「どうしたんだよ。先週の検体で甘え促進剤でも打たれたのか」
「ちげーよ」

 まぁ、先週のことが関係してるのは間違いじゃない。
 でもそれは検体とは関係ない。関係があるのは、検体に行く前のことだ。

「じゃあ何だ?」
「…撫でてくんないなら別にいい」

 俺はただ、自分の脳内がどうなっているのか知りたかっただけだ。
 久々にゆりちゃんに会って、ふとあのときのことを思い出して。だから、ちょっと試してみようと思っただけだ。
 大晟にされた時のような、よく分からない変な感じがするのかどうか。



「ほら」

 俺のが不貞腐れるように言うと、ゆりちゃんは一瞬訝しげな顔をした。しかし、荷物を脇に寄せて立ち上がると、それ以上何も聞かずに俺の頭を撫でてくれた。

 …でも、なんか、違う。

 だって、大晟にされた時みたいな変な感じが全然しない。
 どこか心地いいような、安心するような、あの感じたことのない変な感じ。

 2回されて、2回ともそうだった。
 馬鹿にされてるって分かってるのにはずなのに、嫌じゃなかった。先週のときなんて、大晟が自分で手を退けるまで払うことができなかった。
 それだけじゃない。いつまでも頭にその感覚が残っていて、変な気分だった。心なしか、あの日の検体はいつもより憂鬱じゃなかった気がした。


「ゆりちゃん、へたくそ」

 そう言うと、ゆりちゃんの体がバチバチと静電気を発生させた。
 やばい。怒らせた。

「てめっ…させといて何だその言い草は…」
「いや、だって…!全然違うから!」
「何が」
「…大晟に、されたときと」

 そう言うと、バチバチと発生していた静電気が一瞬で止んだ。
 今にも燃えだしそうなくらい怒っていたゆりちゃんの顔が、とたんに驚きのそれに変わる。

「そんなことされたことねーから…他の人にされたらどんなかなって、思ったんだよ」

 俺の言葉を聞いたゆりちゃんがまたバチバチと静電気を発生し始めた。

 え、ちょっと待って。
 俺、なんか怒らせるようなこと言った?


「俺は…お前のそのクソどうでもいい惚気のために……10キロもの重荷を足の上に落とされたのか!!」

 は?のろけ…?何それ!

 …ていうか。


「おっ…落としたの自分じゃん!!!」

 やばい。逃げなければ。
 そう思った時には既に遅く、直後、けたたましい轟音と共に晴天の空から落雷が堕ちてきた。

 なんなのこれ、俺、全然悪くなくね?


 **


 ちくしょう、酷い目にあった。何で俺がこんな目に合わなきゃいないだ。
 そんな不満一杯の思いで部屋の扉を開くと、大晟は手にしていた紙媒体から視線をあげた。
 ブロンズの髪が揺れる。くそ、今日も腹が立つほどに美人だ。

「…どうしたんだ、その服」

 あまり興味がなさげに呟きながら、ベッドに腰掛けている大晟は俺の全身を一見した。
 耐久性に優れた服は全く破れなかったものの、全体的に茶色くなっていた。


「別に」

 まだ体にピリピリと痛みが残っている。それでもマシになった方だ。頭上から一直線に堕ちてきた落雷を一身に受け止めた体は、しばらくその場で痙攣して全く動くことができなかった。それも10分くらいで治まったが、治まるまでは正直地獄だった。
 落雷をもろにくらってこの程度で済んでよかったなんて看守は言っていたけど、何がこの程度だ。あれはゆりちゃんが意図的にやったことで、俺に与えるダメージも全部計算づくでやったことなのだ。この程度にするよう落雷を落したのだから、この程度で済んで当たり前だ。

「あっそ」

 案の定興味がなかったようで、大晟は素っ気ない返事を返して再び紙媒体に視線を落とした。
 根掘り葉掘り聞かれるもの嫌だが、さすがに関心が薄すぎだろう。もう少し興味を持て。

「何読んでんの?」
「数世紀前のヒーローもの。昔は色の戦隊とは別のヒーローが沢山いたんだな」

 大晟がそう言って表紙を見せたのは、ここにある紙媒体の中でも俺が特に気に入っているシリーズだ。ゆりちゃんや他の連中に見せたときも、かなり好評価だった。これは確か、確か数か月前に看守の部屋から盗んだ紙媒体――昔は漫画と言っていたのだと、数多き友達の一人から教えてもらった。
看守室には、看守が夜中に居眠りをしないために沢山物が置いてある。しかし、どうしてかそのほとんどが今はもう衰退してしまった昔のものばかりだ。ここにあるテレビしかり、ゲームしかり、漫画しかり。

「それ、俺も気に入ってんだ。結構面白いだろ。虫がヒーローって、中々思いつくもんじゃない」
「ああ、俺もそこがいいと思う」
「昔の人間も色々と知恵を絞って―――って、俺は何普通に世間話してんだ」

 うーん、これは世間話というのだろうか。
 いや、この際そういうことはどうでもいい。問題はそこじゃない。

「世間話って言うのか」
「今俺の中で考えることを後回しにした疑問をいちいち言わなくていいんだよ」
「はぁ?」
「とりあえず没収!!」

 大晟の手から漫画を奪い取ると、表情が思いきり歪んだ。
 それから、俺が奪い取った漫画に手が伸びてくる。

「返せ――って、痛!」
「痛!」

 大晟が俺の手に触れた瞬間、バチッっと手のひらに電気が走った。
 突然の衝撃のせいで、思わず手から漫画滑り落ちる。それを阻止する間もなく、漫画は一瞬で落下してバサリと音を立てて床に転がった。

「お前…何だよその静電気」
「全部大晟のせいだからな!」

 いや厳密にはゆりちゃんのせいなんだけど。
 大体、ゆりちゃんもゆりちゃんだ。
 あれくらいのことでキレるなんて、一体何がそんなに気喰わなかったんだ。結局怒ってどっか行っちゃったから教えてもらえなかったし。

 ていうか、のろけってなに?それも結局聞けず仕舞いだった。
 でもそんなことよりも、そもそも大晟があんなことしなきゃこんな目に合うことはなかったんだ。服を抹茶色にすることも、のろけなんて聞いたことない言葉に首を傾げる必要だってなかった。だからやっぱり、大晟が悪い。

「そういうのを責任転嫁って言うんだ」

 大晟は時々難しい言葉を使う。さすが俺より6年も早く生まれているだけのことはあるってやつだ。
 だが、今はそんな難しい言葉の意味を聞き返す気にもならない。

「もう怒った!俺は怒った!すごく怒った!!もうただじゃ済まさない」

 そう言うと大晟は思いきり顔を顰めたが、そんな美人な顔を顰められたところで嫌悪感すら抱かない。
 むしろ、俺の支配欲を促進させるだけだ。


 **



 さぁ今日は一体どんなプレイをしてやろうかと頭の中で悩みながらベッドの下を探っていると、面白いものを発見した。
 以前、いつかの玩具の時に使ってみたら、何回目かの時に失神して動かなくなって病院送りにしてしまった道具だ。あれからその玩具は戻ってはこなかった上に、なぜか俺が独房に入れられて軽くトラウマになったから、それ以降お蔵入りになっていた。


「大晟なら、大丈夫かな…?」

 ベッドの下から顔を覗かせると、大晟は怪訝そうな顔をして俺に視線を向けた。

「は?…んっ…はぁ、あ…」

 ヘッドパイプに括り付けられた手首が動くと、手錠がガチャリと音を立てる。下の口ですっかりディルドを咥えこんでいる姿は見慣れても見飽きない。美人は得だな。
 バイブではなくてディルドだから快感が薄いのか、その表情はよがっているというよりもどこか苦痛そうだ。涙を流しながらよがっている姿が好きな俺としてはどこか物足りないが、この道具を使うなら今はそれくらいでちょうどよかった。

「大晟、ドライって知ってる?」
「あっ…ん!」

 俺がその質問をした瞬間、大晟の表情がこれでもかというくらい顰められた。
 それは俺がディルドを少し奥に突いたのが苦痛だったからじゃない。
 なんだ、知ってるのか。

「知ってるなら話が早い。今日はそれしよ」

 いつかの玩具は訓練してようやく調教できたと思ったらどっかいっちゃって俺の苦労が水の泡だった。大晟が訓練を必要とするのかどうかは分からないし、どの程度で病院送りになるのかは分からないけれど。でもま、今回はそれを教訓に病院送りにならないように頃合いを見測ればいいだろう。大晟、いつかの玩具よりは忍耐力ありそうだし。
 そんなことを思いながら俺がベッドから引っ張り出してきた道具――エネマグラを出して見せると、一瞬で大晟の顔色が変わった。


「お前……それ……」
「…なに、これ知ってんの?」

 難しい言葉を知ってるだけあって、その辺の知識も豊富なんだな。
 ちょっと意外だけど。

「もしかして、既に調教済みとか?」



「……だったら?」

 冗談で聞いた言葉に予想外の答えが返ってきて、俺は思わず顔をしかめてしまった。

 何、その反応。
 それは俺の冗談に冗談で返しているのか。それとも。


「本当に使ったことあんの?」
「だから、そう言ってんだろ」

 大晟はどこか苛立った様子でそう返して、俺から視線を逸らした。
 どうやら、冗談ではないようだ。


「ふうん」

 確かに、いくら媚薬を使っていたとはいえ最初からやけに感度がいいなと不思議には思った。だが、それはそういう体質なのだと思っていたが。

 まさか、既に開発済みだったとは。
 おまけにエネマグラで調教済み?中古も中古、フリーマーケットで激安価格だ。
 確認しなかった俺が悪いと言われればそれまでだし、そもそも俺は別に新品にこだわっているわけじゃない。今までの玩具だって既に開発されていたものはいくつかいた。さすがにエネマグラで調教されていたのはいなかったけど、されていたとしても別になんてことはない。
 むしろ、その方が病院送りにするのを回避するのは簡単だろうから好都合のはずだ。


 それなのにどうしてだ。

 すごく、苛々する。


「じゃあ、説明も何も必要ないな」
「ん…っ」

 荒々しくディルドを引き抜くと、銜え込んでいた場所がひくひくと脈打った。生意気な大晟の代わりに、体が物足りないと訴えている。実に正直で淫乱な体だ。
 そのひくついている部分にエネマグラを押し当てると大晟の体が一瞬ビクッと震え、そして強張った。

「ほら、力抜け」
「ん――――はっ、んう…!」

 ゆっくりとエネマグラを挿れていくと、奥に進むたびに大晟の体がふるふると震えた。さきほどまで苦痛だった表情が、既に緩くなっている。まだ挿れてるだけなのにもうイきそうだ。とはいえ、さすがにそれだけでイくことはなかったようで、エネマグラを根元まで咥えこんだ大晟は「はぁ」と息を吐いた。

「やり方は知ってんだろ?自分で気持ちよくなれよ」

 そう言うと、大晟は嫌そうな顔で俺を見上げる。
 体中に舌でも這わして遊んでやろうかとも思ったが、そんな気分でもなくなった。

「俺が満足するまでドライでイかないと抜かないからな、それ」

 誰かに調教された体がどんな風に喘ぐのか、高みの見物といこうじゃねーの。
 大晟から離れると、俺は煙草に火をつけた。
 そうすると大晟は何かを諦めたようにため息を吐いて、静かに目を閉じた。


 **


 どんな奴が、どんな風に、目の前の体を調教したんだろう。
 それは今俺がしているような、強制的なものだったのか。それとも、恋人から甘い言葉を囁かれならが望んでしたものだったのか。
 どちらでもなく、ただの御遊びだったのか。

 何故だか分からないけど、どの可能性を考えても余計に苛々した。


「あっ…あ、あっ…はああっ…――あああ!!」


 あ、またイった。

 大晟は甲高い声をあげたかと思うと、はぁはぁと肩で息をした。しかし、休憩している間もなく、すぐに再び快感に耐えるようにきつく目を閉じだ。この分だと、またすぐにイくだろう。

「随分と楽しそうだな」

 高みの見物を始めて4本目の煙草が、もう終わりを迎えている。箱を見たら、もう次の煙草は残っていなかった。まだ何箱か残ってたっけ?どっちにしても、また盗みに行かなきゃいけないな。

「あっ…だま…れ…っ、はっ、ああん…はぁ、ああッ…」

 どうやらまだ悪態を吐く元気はあるようだ。
 しかし、既に顔は生理的な涙でぐしゃぐしゃだし、うっすらと開かれた目はまるで溶けてしまいそうなほどトロンとしていている。そんな顔で悪態なんて吐かれても、嘲笑の笑みがこぼれるだけだ。

「調教された時もそうやって悪態を吐いてたのか?それとも、素直に気持ちいいって言いながらで喘いでいたのか?」
「んっ…そんなっ…あっ、ああっ…あ、んん、…んああ!!!」

 そんな、なんだ。

 俺の質問に返そうとした大晟は途中でイッてしまって言葉を最後まで繋げられなかったようだ。
 小刻みに震える体がどれだけ大晟に快感を与えているかを鮮明に教えてくれている。ぱんぱんに膨らんだ大晟のものからは射精したのではないかというくらいの先走りが漏れていて、シーツにいやらしい染みがついている。涙が枯れるんじゃないかと言うほど泣いているのに、それでも涙は流れ続けている。無意識なのか逃げられるわけもないのに、ガチャガチャと音を立てて手首を動かしている。

「そろそろ煙草もなくなりそうだし、俺が手伝ってやろうか」

 手伝わなくてももう嫌というほど達しているけど。無意識のうちに手を抜いていると言えなくもない。
 それにもう10回はイったか?いい加減、見ているだけなのも飽きてきた。

「嫌…はっあっ…やだ…んあ…はああっ」
「お前に拒否権なんてあるわけないだろ」

 そんなこと承知の上で嫌がるってことは、相当やばいのかな。
 だったら、余計に手伝わない手はない。
 ソファからベッドに移動すると、大晟が懇願するような瞳で見上げてきた。本人は必死なのだろうが、俺には誘ってるようにしか思えない。

「はっ…あ、あっあああっ―――ああああ!!」

 エネマグラをゆっくりと動かして大晟の前立腺を刺激すると、大晟はガクガクと体を震わせながら目をぎゅっと閉じてたちまち達した。
 そしてどうやら、それが何かの決定打になったらしい。

 次に目を開けた大晟はいつかの休日に見た時と同じ、最高に甘い表情をしていた。


「いい顔になってきたじゃん」

 あれ以来見ることがなかったけど、やはりこの顔は癖になる顔だ。
 俺は意気揚々とエネマグラを再びゆっくりと動かして、前立腺を刺激した。

「ああっ…嫌だ…だめっ…はぁ、んっ…また…またいくっ……!」

 もしかして大晟は、どこかでタガが外れるといつもよりも素直になるのだろうか。
 この間の時はあまり気にしていなかったけど。たしか、それまで頑なに拒んでいたのにバイブを動かして思いきり感じさせてから聞きなおしたら、すこぶる甘い表情でいやに素直になっていた。
 今もそうだ。さきほどまで喘ぐだけで絶対に自分からイくなんて口にしなかった。それどころか、俺の言葉に悪態すら返してきていたのに。この表情になった瞬間にこれだ。
 これはむしろタガが外れるというより、何かのスイッチが入ったといった方がいいかもしれない。大晟の中の、本格的な淫乱スイッチ。


「あぁっ…はぁっ、んっああ、ああ、んん――!!」


 そうこう考えている間にまたイってしまったようだ。とろけそうなくらい甘い表情が、辛そうに息を吐いている。
 うだうだ考えていても仕方がない。俺の予想が正しいのかどうか、そんなことはてっとり早く試してみればいい。


「大晟、そんなに気持ちいいか?」
「ああっ…は、ん…きもち…い…あ、んああっ…きもちいい…っ!」


 ……やばい。


 どうやら俺の予想は見事的中したらしいということは分かったが。
 こうなった大晟の破壊力は予想外にすさまじいということも同時に分かった。
 ギャップがどうとかの問題ではない。ここまでいくともはやテロだ。

 いつかの玩具なんてまるで比にならない。
 病院送りで調教が無駄だとか、独房がトラウマだとか、そんなことはもうどうでもいい。
 中古がなんだ。フリーマーケットで激安がどうした。

 どんな調教をさせられたのか知らないが、そんなもの掻き消してしまうくらいに快感の波に呑みこませて、何もわからなくなるくらいめちゃくちゃにしたい。


「そんなに気持ちいいなら、ずっとこのままでもいいな?」
「はっ…いやっ…ああっ…ん、ああ、あっ…おかしく…なる…!」
「おかしくなったりなんかしないだろ。しっかり調教されてるんだから」

 大晟の体に覆いかぶさるようにして、首筋に舌を這わす。すると、ただでさえ震えている体がビクンと跳ねた。


「ぁっ…だめ…!ああっ、あぁ…あ―――ッああ!!」
「またイったのか。淫乱にもほどがあるだろ。前に調教された時はどれくらいイってたんだ?」

 イったばかりの体に舌を這わせると、大晟はそれを拒むように体をよじった。しかし逆に体内のエネマグラを動かして刺激を強くしたようで、大晟は今度は息を吐く間もなく喘ぎ声を再開した。

「んっ…あっ、はぁ…!…おぼえて…な、い…ああ…っ」
「そんなことないだろ。10回?20回?失神するまでイったんだろ?」

 耳元で囁いてから耳たぶを甘噛みすると、手首を拘束している手錠がこれまでより激しく揺れ、ガチャガチャと音も一際大きくなった。


「ちが…っああ、耳…だめぇ…ああ!」


 へぇ、耳でも感じるのか。
 今まで耳はノータッチだったけど…これは耳が性感帯なのか、それとも今この状況だから全身どこでも性感帯なのか。どっちにしても、ど淫乱であることに変わりはない。

「失神したことないのか?」

 俺の言葉に大晟は声を出す代わりに小さく頷いた。この状態で嘘を吐くような余裕はないだろうから、本当のことなのだろう。
 だとするなら、今日の最終目標は決定だ。それでまた病院送りになったら、それはそれまでということだろう。俺は相変わらず、目先のことしか考えない。
 大晟をまだ感じたことのない快楽の海に突き落とすことを想像しながら、俺は再び耳を甘噛みする。すると、また体が跳ねた。


「はぅ……あっ、はあっ…みみっ…やめっ…ああん!!」


 耳を咥えたまま息を吹きかけて舌を這わすと、嫌だと言いながらも簡単に達してしまった。
 先ほどから、徐々に達するまでのスパンが短くなっている。


「気持ちよさそうにイっといて何が嫌だよ。もっとしてください、だろ?」

 そう言って耳に息を吹きかければ、甘い顔が懇願するように見上げてきた。

「んっ…ああっ…だめっ、だめぇ…ああっ」

 甘い顔で甘い声で喘いじゃって。人の興奮を誘う天才だな。
 だが、命令はちゃんと聞かないとだめだろ。

「だから、そうじゃねーだろ。ちゃんと言えよ。もっとしてくださいって」
「んんっ…はぁっ…ああっ…もっ、と…して…くだ、さ…ああん!…あ、ん!」

 ああもう。本当にやばい。

 そんな溶けそうな目で見られたら、こっちが溶けてしまいそうだ。
 俺は大晟から逃げるように視線を逸らして、触ってくれと言わんばかりに膨らんでいる胸の突起に舌を這わすことにした。


「はああ!あっ…吸っ…だめ!あああ!!」

 少し吸っただけでこれだ。やはり、イくまでのスパンが大分短くなっている。
 そのまま吸ったり舐めたりを続けながら、手で反対の突起をいじってやると、イったばかりの体がぶるぶると震えた。

「ああっ、だめっ、ぁ、だめっ…んんっ、はぁっあ、っあんん!!」

 もうイったのか。これはもうそろそろかもしれない。
 胸の突起から口を離して顔を上げると、とろけそうな瞳と視線がぶつかった。

「っ…かな…ぁ…かなめ…もう、もう……ぬいて…おかし…く…なる…!ああ、あああ…っ」

 やっぱりそろそろ限界らしい。
 はあはあと息をする大晟は、またイきそうなだという表情で必死に訴えてきた。その必死の訴えが逆効果だってことには、気付かなくていい。

「そういう聞き分けのないこと言う口は塞がないとな」

 喘ぎっぱなしの大晟の口はまるで顎が外れてしまったかのように開かれたままだ。そこに自分の舌を滑り込ませることは容易なことだった。

「んん!っ…んっ…」

 息もつかせないくらいに舌を絡めると、大晟が苦しそうな声を漏らした。大晟の舌は初めのうちは逃げるように動き回っていたが、やがて観念したのか俺の舌に答えるように絡まってきた。
 時々口を開けて漏れる吐息が熱い。俺の唾液と、大晟の唾液が絡まってねっとりとした感触が口の中に広がっている。この何とも言えない感覚は嫌いじゃない。

 ゆりちゃんが前に言っていたことを思い出す。
 確かに、気持ちいいし、気分もいい。


「んっ…ふっ…んんっ、んん…っ!」

 限界を訴えるように大晟はガチャガチャと手首を動かす。
 しかし、そんなことは聞こえないことにして、俺は大晟の舌に自分の舌を絡めて溢れそうな唾液を吸った。次の瞬間。

「んっ…ん、ん、んんん―――――ッ!!!」

 大晟はガクガクと震わせた体をのけぞらせた。
 そして同時に、口の中で俺の舌に絡んでいた大晟の舌が動かなくなった。それどころか、あれだけ震えていた体も大人しくなり、耳障りな音を立てていた手錠も静かになった。
 それを確認してから口を離すと、つうっと糸が伝った。そのまま視線を大晟に向けると、さきほどまで俺を見上げていた甘い瞳は閉じられていて、全く動く気配はない。どうやら完全に意識を飛ばしてしまったらしい。
 失神しても美しさは揺るがない。美人は三日で飽きるなんて言うが、そんなこと絶対に嘘だな。いつまでも見ていられる。


「目標達成」

 俺は大晟の口から滴る唾液を舌で舐めとってから、誰にでもなくそう告げた。
 結果的に俺は干欲求不満のままだが、何故かすこぶる気分がいいからよしとしよう。

 未だ沈み込んでいるエネマグラを抜き取ると、大晟の体がビクンと跳ねた。目を覚ますかと思ったが、そんな様子はない。どうやら相当消耗させてしまったようだ。
 今日はもうこのまま寝かせておこう。俺的には手錠はかけたままの方が優越感に浸れていいんけど、さすがに可哀想だから外してやろう。

 バチンッ。

「痛っ…!!」
「!!!」

 手錠に触れた瞬間、物凄い電気が腕を駆け抜けた。俺が咄嗟に手錠から手を離すのとほぼ同時に、大晟の体がビクンと跳ねる。
 そういえば、そもそもこうなったのもこの電気のせいだった。すっかり忘れてたけど。
 さっきまでまるでうんともすんともいわなかったくせに、何だこの電気。何がどうなって発生するんだよ。怖ぇな。


「……痛い…」

 あら、起きちゃった。

「ごめん大晟。起こす気はなかったんだけど…」
「………」
「……大晟?」

 目を覚ました大晟は、まるで知らない誰かを見ているような目で俺を見上げてきた。


「ああ……要か…」
「?」

 何言ってんだ。


「よかった………」


 そう言って大晟は、酷くほっとしたような表情を浮かべた。

 一体俺を誰と間違えたのか。
 否、間違えたというのは少し違うかもしれない。

 どんな記憶と、錯覚したのか。

 そんなこと、俺には関係ないことだ。


 もう一度手錠に手を伸ばすと、今度は難なく外すことが出来た。
 腕が自由になった大晟はどこか安心したように、すぐに眠りに落ちた。




その身体を調教した誰かは
(いくら馬鹿でも、恋人ではないのだろうということは想像できる)



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