Long story


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57

 一度感じたことはそう簡単には変わらない。
 ならば素直にその感情を飲み込み、受け入れ。
 そして順応すればいい。

Side Taisei

 不服だ。
 21歳にもなって、14歳だか15歳だかのガキに引っかけられ。別に玩具にされ、ペットにされ、飼い主になり、首輪を付けられ…そんなことはどうでもいい。
 そんなことをいちいち気にするようなら、最初から玩具になんかなってない。
 
 けど、これは不服申し立てる。
 何であんな、あいつのちょっとした言動に、あんなにも。鼓動を速くしなければならないのか。
 ちょっと大人っぽい顔したからって、何であそこまで…死にそうなくらいドキドキしねぇといけねぇんだよ。それも可愛いって言われて、キスされて、ときめくなんて有り得ねぇ。

「女子か俺は!」

 バンッと机を叩いた瞬間、PCの画面がフリーズした。高さが合わないから椅子に膝ついて、手の大きさも自分の思ってるのと違うからタイプミスしまっくて、それでも必死に半分くらいまでやったってのに。
 なんだ今日は。俺を虐める日か。
 大体、この大きさで労働に入ってスルーってのはいよいよどうなってんだよ。あれか、俺が俺であるかは首輪だけで判断されてんのか。それとも、要の御用達には何があっても不思議ではない的な認識なのか。
 …どっちの可能性も十分に有り得ると思えるなんて、マジでこの牢獄はどうなってんだ。

「相変わらず面白いなー、大晟さんは」
「どこがだよ!」
「まぁまぁ、落ち着いて」

 有里は苦笑いを浮かべながら、机からぶら下がった有線のマウスを元に戻す。そのまま電源ボタンではないことろを軽く触れると、フリーズしていた画面が元に戻った。
 しかしもうすっかりやる気の失せた俺はポケットから飴を取り出して咥えつつ、いつもよりもでかい椅子にいつもは出来ない胡座をかいた。

「大体、この椅子ももっと調節できる高さの幅を大きくしとけっての」
「まぁ…あくまで大人用だからな」
「大は小を兼ねるってか。ふざけんなよ」

 だからてめぇらは総じて使えねぇ看守なんだよ。労働効率を上げてぇなら、もっと労働環境を整えろ。
 まぁ、そんなこと分かってたら当の昔にやってるだろうからな。今更何言っても無駄なことは重々分かってんだけどな。
 分かってても苛々しちまうんだから仕方ない。子供ってのはそういうもんだろ。

「あ、いたいた。大晟さん」
「ああ?」

 名前を呼ばれ、頭の中の苛々を整理する間もなく苛立ちをそのままに顔を向ける。稜海の顔を目の当たりにして、ちょっと態度が悪かったと反省した。
 しかし、稜海はそんなこと気にもしていないというようだった。というか、俺が至極不機嫌なことを分かっていたというような顔だ。

「珍しいな、お前が遅刻なんて」
「龍遠の倉庫に行ってた」

 それが物が溢れているという龍遠の部屋のことを意味するのか、それとも本当に倉庫が存在しているのかは分からない。そして、どうして労働前に倉庫に行ったのかも俺には分からなかったが。
 稜海は脇に何かを抱えていた。そして理解していない俺とは違い、有里にはその理由が分かったようだった。

「もしかして、また龍遠の思い出の品を引っ張り出して来たのか?」
「ああ。多分苦労してるだろうと思って…有里、ちょっと」
「へいへい」
「?」

 訳も分からないまま、有里にひょいと持ち上げられる。特に暴れる理由もないので、俺はそのまま大人しくしていることにした。
 そうすると稜海はまず、俺の座っていた場所に高さを高くするクッションのような物が置いた。そして次に、PCに繋がっていたキーボードを外し、別のキーボードを取り付ける。元あったものよりも2回りくらい小さいものだった。

「はい、大晟さん専用機」

 有里がそんなことを言いながら、俺を元の席に戻した。
 すると何だ。
 椅子の高さが俺の身長と机とで丁度いい高さになってる。それに、キーボードも今の俺の手に丁度いい大きさになっている。

「……貴方が神か」

 稜海がやってきて1分足らず。労働開始から2時間近く感じていた不平不満を全て解消してくれた。これでいつもと同じように作業をすることが出来る。
 俺はついさっきまで感じていた苛立ちが嘘のように、神々しいものを見るような眼差しを稜海に向けていた。

「よく大晟さんが困ってるって分かったな。お母さんテレパシー?」
「要の時もそうだったからな。まぁ、あいつには環境を改善しても無意味だったが」

 お母さんテレパシーは華麗に無視したな。でも正直、俺もお母さんと呼びたいくらいには感動してる。
 この分だと、30分もしないうちに遅れを取り戻すどころか、今日のノルマをきっちり終わらせることが出来るだろう。ありがとう、お母さん。

「遅刻で何か言われなかったのか?」
「最近妙に寛容的でな。色々と言い訳を用意したんだが、使うまでもなく…ノルマさえ終わらせればいいとさ」

 稜海はそう言いながら俺の隣に腰を下ろしてPCの電源を付けた。
 稜海なら俺が手助けをするまでもなく、残り時間内にノルマをこなすだろう。このお礼はまたの機会にさせてもらうことにしよう。

「龍遠の一件以来、随分と警戒されてんだな」
「ああ。俺もそうだが、龍遠なんか扱いがまるでガラス細工」
「どこの鉛捕まえてガラス細工だよ」

 有里がケラケラ笑う。失礼なんじゃないかと思いたいが、俺も賛成意見だ。
 龍遠にガラス細工なんてお上品さは欠片もない。それに文字通り、あいつ鉛玉ぶら下げて歩いてるしな。

「笑い事じゃねぇから。看守が変に気を回すせいで悪目立ちしてて、他の責任者から不満オーラが凄いことになってる」
「……まさか、食って掛かって来やしないだろ」
「どうだろうな。あいつにはどう転んでも太刀打ちできない弱点もあるし」

 龍遠に弱点?
 まさか、そんなもんがあんのか。

「いや弱点突くとかそれある意味自殺行為じゃね?場合によっては地区ごと破壊され兼ねねーじゃんか」

 弱点突かれて太刀打ちできないのに地区ごと破壊ってなんだよ。
 意味分からなすぎんだろ。

「まぁそうだな。他の責任者連中がそれをするほど馬鹿じゃないことを祈るが、龍遠の棟の連中に手出しされる可能性はある」
「あー、成る程。そう来るか」
「流石に全員を見張っておくわけにもいかないし、影で何かされても証拠がなけりゃ問い詰めることも出来ない」
 
 取りあえずだ。弱点で地区ごと破壊って件は置いておくとして。
 棟の連中が狙われるとなると、自分に食って掛かられるよりも厄介だな。この間龍遠は能ある鷹は爪を隠すと言ってたが、これまで本気を出さなかった理由はそこにもあるんだろう。けれど今やその爪も剥き出し状態。一度出てきた爪を隠し直すことはもう出来ない。
 だからあいつ、棟中に監視カメラなんて要望をしてきたのか。自分の保身ってのもあるんだろうが、そうは言ってもやっぱりそれなりに囚人たちのこと考えてんだな。
 とはいえ、未然に防ぐことは難しいかもしれない。ひ弱な囚人は気を付けとかねぇと…………ちょっと待て。

「それだとお前、今の俺なんか格好の餌食じゃねぇか」

 こんななりでよ。誰よりもひ弱そうじゃねぇか。
 おまけに拷問全盛期だから体力もからっきし、労働場所に移動するだけで疲れるレベル。いくら脳はそのままでも、頭でやろうとしたことに体が付いてこないことは目に見えてる。
 流石に手も足も出ねぇぞ。

「龍遠もそれを懸念してた」
「いやでも、大晟さんには要がいるじゃん。いくら暴動起こす馬鹿でも、ロイヤルと親しい奴に手ぇ出す程じゃなくね?」
「今の大晟さんを見て、大晟さんだと気付く奴が何人いるかって話だ。そりゃあ、うちの地区じゃあ首輪で一目瞭然だが、他の地区の連中にはそうはいかない」

 やっぱり首輪なのか。
 俺が俺である判断基準は首輪のみなのか。

「てことは大晟さん、かなりヤバイんじゃね?夜道に気を付けねぇと」
「気を付けるだけじゃなくて、1人で出歩かない方がいい。常に要を連れてれば、いずれはその姿の大晟さんも周知されるだろうし」
「いやあいつとは一緒にいたくない」

 特に、今は。

「……また何かやらかしたのか?」
「要がどうとかってより、大晟さんの感受性の問題?」
「感受性?」
「要にときめくのが嫌なんだって」
「どうして?」

 どうして?
 そんな普通にどうしてなんて聞くのか。そんなこと言うまでも…いや、言わねぇと分からねぇか。
 だったらよく聞け。そして共感しろ。

「たまにな、たまーにだぞ?あいつが可愛いと思うのは悪くねぇんだよ。お前らにもあるだろ、ファンクラブ会員なんだから」
「…まぁ、そうだな」
「だがな。あんなクソガキがちょっといい男みたいに見えるのは絶対にない。14か15のクソガキだぞ?それにあんな………ああくそ、ムカつく!」

 何度思い出しても腹立たしい。
 何が一番腹立たしいって?その時のことを今思い出しても、やっぱり同じ事を思うのが一番腹立たしい。
 それが嫌だってことを再三脳で理解してるのに。何回思い返しても、ちょっとときめくのが一番ムカつくんだよ!

「…別にいいんじゃないか?」
「どこかだよ!?」

 何だその、あっけらかんとした顔は。
 他人事だと思って適当なこと言ってんじゃねぇぞ。

「……これは俺の勝手な解釈だけど。多分、今の大晟さんは記憶と思考は大人のままだけど、感じ方は年相応になってるんじゃないのか?」
「感じ方…って何だよ?」
「何って言われると…例えば、いつもの大晟さんにとって要は見え方も年齢的にも子供なのは間違いない。けど、今の大晟さんにとっての要は年齢的に考えても大人に見えるもんだろ?」

 14か15だから大人ってくくりではねぇけど。でも、言いたいことは分かる。
 今の俺が推定10歳として、もし本当に10歳の子供ならば。それから見た14歳は十分大人に見えるだろう。

「つまり何か。頭では子供だと思ってるのに、無意識的に大人に見えてるってことか」
「多分そんな感じ。それでいつもは子供相手だと思って何ともないようなことでも、ちょっと違う感じ方をするんじゃないか…ってことだ」

 ……なるほど。
 それは一理ある…というか、しっくりくる。

「てことはさ、今大晟さんが感じてることは、元に戻ればもう感じなくなるってこと?」
「そう。だから別にいいんじゃないのかって」

 俺がどれだけいつもと同じだと思っていても、脳の無意識には逆らえない。自分でどれだけ頭脳をフル回転して考えたとして、今は俺の方がガキだから…ってことか。
 だから何回思い返しても、同じ結論にしか辿り着かない。実際問題、どうあがいて今のも俺が年齢的に下回っていることは間違いないからな。
 別にいいというよりは、例え嫌でもそれを甘んじて受け入れる他ないってことじゃねぇか。

「じゃあむしろ、せっかくの機会に存分にときめいとけ…的な?」
「そう。ときめくなら今しかない」

 逆に、もしも体が小さくならなければ。
 俺があいつにドキドキしてときめくなんて、そんな感情が芽生えることはなかった。きっと一生、知ることもなかったってことだ。
 そして、何度思い返しても同じ結論に行き着く今の感じ方は。体が元に戻れば感じることもなくなる。

「…………まぁ、それならそれでいいか」

 これがあくまで、10歳としての感性というなら。目くじらを立てて憤慨する程のことでもないような気もしてきた。
 存分に味わうってとこまではいかねぇけど…たまに感じるくらいなら、別に悪くないか。と、思ってみなくもない。

「ついでに年相応に甘えてみたら?」
「馬鹿抜かせ」

 流石に、それは絶対に有り得ない。


 **
 

 圧迫感が背筋を伝う。
 ビリビリと駆け抜ける感覚に、体が震える。

「なんかやっぱ、悪いことしてる気分」
「あ…っ」

 要が俺の背中を撫でる。
 冷たい指が、とても心地よく感じた。

「……だったら…やめ、ああッ!」

 ぐっと深くに押し入られ、上擦った声が漏れる。圧迫感が脳の先まで突き抜け、頭がくらくらした。
 しかし、増した圧迫感はすぐに後退し…耳元に息遣いを感じる。

「やめて欲しい?」

 耳か脳に伝わる声が、少しいつもと違う。
 妙に色気を感じる。
 気持ちいい。

「……い、や…」

 やめて欲しくない。
 決して激しい刺激ではなく、圧迫感が快楽よりも強い。
 それなのに、凄く、気持ちいい。

「嫌?」
「あ…ああっ!」

 その声と、背中から伝わる冷たい体温。
 再びぐっと奥に突き上げられ、脳がくらくらと振動した。

「大晟?」
「んん……っ」

 名前を呼ばれて振り向くと、紫色の目と視線が合う。少しだけ汗ばんだ額にかかる金髪が、月明かりに照らされていた。
 何もかもが、いつもと違って見える。

「………もっと」
「もっと?」
「ふああ…っ」

 気持ちいい。
 この圧迫感も、耳元から伝わる声も。
 垣間見える全てが、堪らなく。

「……やっぱり可愛い」


 堪らなく、ドキドキする。


「ふぁっ、ああ…っ!」

 奥を突き上げられ、圧迫感が突き抜ける。
 全身を突き抜ける。

「キツいけど…癖になりそう、だなっ」
「あっ…あ、ひああっ」

 耳元に響く声が堪らない。
 さっきまでただの圧迫感だったものが刺激となり、快楽に繋がる。
 ぐちゅぐちゅといやらしい音を立てながら突き上げられる。ゆっくりと、何度も。何度も。
 気持ちいい。堪らなく、堪らなく、気持ちいい。

「大晟、こっち」
「んっ…んぅ、んん……っ」

 冷たい唇と、熱い舌。
 舌から伝わる緩い刺激と、下から伝わる鋭い刺激が頭を掻き回していく。
 もう我慢できない。限界が、もうすぐそこにある。

「かな…め、もう…っ」
「じゃあ、一緒にイく?」

 要の声が耳に届いた瞬間、動きが速くなった。
 体の熱が高まっていく。溢れだす熱が、頭の奥まで昇り詰める。奥の奥まで、止めどなく。

「ん…っ、ぁああっ!」

 そして弾けて、混ざり合う。
 
「っ…」

 熱が吐き出されると同時に、別の熱が溢れてくる。体の中を満たし、ゆらゆらと頭の奥で絡まっていく。
 ずるっと熱が抜けた後も、頭の中に余韻が広がっている。ふわふわとした感覚が抜けない。それが心地よくもある。

「大晟、ほら」

 体を仰向けにされ、要と目が合った。
 紫色の瞳。最初の頃は光なんて見えなかったのに、今は随分と明るく見える。

「……もう終わりか」

 そう言えば、昨日もそうだったな。
 ……いや、別に俺としては好都合だろ。何言ってんだ俺は。

「何?まだ物足りねーの?」
「……まぁ、実際にこの大きさだった頃は、文字通り休む間もなかったからな」

 痛みと、快楽以外の時間は何もなかった。
 余韻を感じる時間も、普通の会話をする時間も。
 何ひとつなかった。

「じゃあむしろ休むべきだろ」
「……要のくせにまともなこと言うな」

 要が俺の頬にキスをする。
 俺がたまに、そうするみたいに。
 
「くせには余計」

 何ひとつなかった。
 こんな風に、誰かの仕草にこんな感情を抱くこともなかった。
 だから…有里には、あんな風に言ったけど。
 
「……ぎゅーとちゅーは」
「は?」

 手を伸ばすと、要は宇宙人でも見つけたみたいな顔をした。ま、それも無理はない。
 もしかしたら、俺が何か変なもんでも食ったか…もしくはドッペルゲンガーかと考えてんのかもしんねぇけど。俺にはそんなことどうでもいい。

「だから、ぎゅーとちゅー」


 せっかくだから。


「ドッペルゲン…」
「うるさい」
 
 予想通りのことを口にし始めた口を塞いで、自分から要の首に腕を回した。
 相変わらず冷たい体温。小さくなっても、この体温の心地よさは変わらない。
 俺には、それだけあればそれでいい。
 でも。




せっかくだから
(存分に味わってみるのもありかもしれない)



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