54 どう抗おうと、足掻こうと。
一度確定した事実は変わらない。
その事実をもって何を考えるかは自分次第。
そしてその先にどんな未来を作るかもまた、自分次第。
例えそこにある考えが同じであっても。
起こす行動ひとつで、行き先は大きく変わる。
Side Taisei 今朝、要とこんな会話をした。
「首輪外してくのか?」
「直ってんのに付けとく意味がねぇだろ」
「まぁ…そうだけど」
「何だその不満そうな顔は」
「……付けねぇと、俺のって分かんなくなんじゃん」
「はぁ?」
「変な奴ちょっかいかけられたら嫌だなって」
そんな要をちょっと可愛いと思ったことは今はどうでもいい。俺はその時、要のその言葉をそれ程真面目に受け止めてはいなかった。
んなとこあるわけねぇだろ…と、軽口を叩き、そして部屋を出た。いや、別に軽口だと思ってたわけじゃない。その時は本当にそんなことねぇと思ってたんだ。
バタン!!
扉を強く開きすぎた。
だが、そんなことはどうでもいい。
「ぎゃあああ!」
うるせぇ。
確かに勢い余ったが、んな叫ぶほどじゃねぇだろ。
「大晟さん、おかえりー」
部屋には叫び声を上げた要と、それから俺に向かってそう声をかけたのは捷だ。
2人で仲良くソファに座って何かを観ていたらしい。俺が入った瞬間に停止ボタンが押されたことで何を観ていたかは不明だが……そんなことはくそほどどうでもいい。
「あれ?大晟さんく…」
「それ以上言ったら問答無用でぶっ飛ばす」
ぶっ飛ばすっつーか、マジで殺す。
「な、何でもないです」
「…何だよ大晟、何でそんなキレてんだよ」
何で?何でそんなキレてんだ?
確かに、この牢獄に来て未だかつてこんなに苛々したことなんてないかもそれない。苛々ってか…マジで腹立たしい。だからつまり苛々してるってことか。
ああもう、どっちでもいいんだよそんなことは。そんなことより!!
「首輪」
「は?」
「首輪 、どこやった」
「……ベッドの下だけど…」
「今すぐ出せ!」
要がベッドの下から引っ張り出してきた首輪。見るだけで苛々してくる。
このくそ野郎。俺の虫の居所をとことんまでに害しやがって。ただの道具にこれほど殺意を抱くことがあるなんてな!
「……付けんの?」
「そうだよ!さっさと付けろ!」
「だから何でそんなキレてんだよ……」
何がムカつくって。
なくても気になりゃしねぇけど、付けたら付けたで落ち着くのがまた苛立ちポイントなんだよ。なんでしっくりくるんだよ、くそ忌々しい。
「……大晟さん、もしかして皆から言われた?」
「皆なんてレベルじゃねぇんだよ。マジでぶっ飛ばすぞ」
「いや俺は言い切ってないから!勘弁して下さい!!」
捷はそう言ってから、さっと要の後ろに隠れる。要はそんな捷を見て訝しげな表情を浮かべる。
そして、全く理解していないと言う顔をそのまま俺に向けてきた。
「何が?」
「何がもくそもあるか!」
今朝、労働に行くのに要と別れた後。
一番手は稜海だった。
「大晟さん、いよいよ要を見限ったのか?」
その言葉の意味を、稜海が俺の首を指差したことでようやく理解した 。その時は理由を説明して事なきを得たが。
それは悲劇の始まりに過ぎなかった。
「え、大晟さん…要を捨てるのか?」
「そんなけったいな…」
と、二番手は純と雅だった。
ちょっと面倒臭ぇなと思いつつ同じ説明をして、その場も難なく終わった。
「……大晟さん、考え直さない?」
三番手は龍遠だ。
この辺りから雲行きが怪しくなることを感じつつ、それでも同じ説明で乗り切る。
「うわ、大晟さん…本気?」
「いや…別に要の肩をもつわけじゃないけど……」
四番手の蒼と享の時点で、もう色々と察してきた。
「あー、もしかしてなんかヤバめの道具使った?俺があいつにあげたせい?」
五番目の有里には、二度とあいつに変な道具を与えるなと釘を指した。というか、そもそも自分で使わないものをほいほい貰うな。
「わあ!ダメだよたいちゃん!」
「にゃー」
「違和感強ぇな…お前ペットやってる方がお似合いだぞ」
取り敢えず椿だけ殴った。猫は構った。
こんな日に限って知り合いの殆どに出会すとか、どんな確率だよ。誰か差し金じゃねぇのかと本気で疑った。けど、そんなこと差し金て何があるんだって話だろ。
「揃いも揃って、俺が捨てられる側の認識なのはどーなの?」
「んなこたぁどうでもいいんだよ!問題はこっからだ!」
それで終わってたなら、ここまで苛立っちゃいねぇよ。
どいつもこいつも要ファンクラブ会員だからな。何だかんだでこの馬鹿が心配なんだろうってことで、納得して終わりだ。
「……もしかして、マジでちょっかいかけられたのか?」
「うるせぇ黙れ」
まじで、どいつもこいつも頭沸いてんのか。
何が信じられないって、囚人だけじゃなくて看守もだからな。いちいち説明すんのも面倒臭ぇわ、労働は進まねぇわ、もう苛立ちがゲージ振り切りもいいとこだ。
そもそも看守なんて、俺が首輪付けたことはスルーなのかよ。普段しょーもねぇことですぐ独房だ何だ言うくせに、あいつらマジで意味が分かんねぇ。
「まぁそりゃそうよ。要のおさがりって需要高ぇし、それが大晟さんともなると引く手数多間違いなし」
「…需要が多いって、何で?」
「こいつが遊んだ玩具ならどんなプレイでも喜んでさせてくれるから、変態たちに大人気。特に看守は変態が多い」
「ああ…なるほど」
要が持ってくる道具の殆どは看守室からって時点で、看守が変態だらけなのは目に見えている。そして、こいつの相手をした連中が快楽に身を落とす姿も容易に想像できる。
「88棟の最上階なんて、要おさがりの吉原状態だから」
「…何それ初耳」
「だろうな。言ってねーし」
要が顔をしかめる横で、捷はあっけらかんとしている。
捷の言葉選びは多分的確なんだろうけど、こいつのおさがりコーナーで吉原状態って…色々とすげぇな。
「……お前よく出入りしてたんだろ」
「いや、俺はこれって決めたら余所見しないタイプだから。それに、たまに行っても最上階まで上がらねーもん。めんどーだし」
そいや、いつだかもそんなこと言ってたっけか。もう覚えてねぇけど。
つーか…捷の話通りってんなら、つまり。
「全部てめぇのせいじゃねぇか!」
こいつが取っ替え引っ替えして遊びまくってたせいで、数多の人間が性欲の亡者となり。首輪の有無で俺もお払い箱になり、かつその他大勢のように亡者入りしたと勘違いして……あの結果と。
大体、俺があいつの遊び道具だって知れ渡ったのもあいつのせいだ。そしてお払い箱になったか否かを判断するためのこの首輪を付ける羽目になった経緯も、こいつのせいだ。
何だこのクソガキ。何もかもがこいつのせいじゃねぇか!!
「そんなずっとキレてると血管切れるぞ」
「誰のせいだと…!」
「チョコでも食べて落ち着けって。これ今日取ってきたちょっと高級そうなやつ」
「んなもんで落ち着つ……うめぇな」
チョコも随分と食べ慣れてきて少々のことじゃ靡かなくなったけど、何でこいつこういう時だけこんなもん出してくんだよ。チョコなのにめっちゃ柔らかいし。味も甘いけど甘ったるくねぇし。
……何で落ち着いてんだよ俺は。これじゃあ、こんな馬鹿にいいように手懐けられてるみてぇじゃねぇか。
「落ち着いた?」
「………全然」
ムカつくから絶対うんなんて言わねぇ。
「あははっ。大晟さん、おもしろい」
「黙れ」
「そしてこわい」
睨み付けると、捷はまた要の後ろに隠れた。お前はもう少し年上としての威厳…いやまぁ、それに関しては俺もねぇけど。
そんなだから、俺の見え方が要と同レベルなんだよな。本当は出来るやつ感が全然ねぇんだよな。それでも吉原なんて言葉知ってる辺り、要より教養はあるんだなってのは思うけど……そう言えば。
「何で捷は88棟が吉原状態なんてこと知ってんだ?」
「ああ…それはほら、俺基本24時間フル活動じゃん?88棟とかもそこそこ行くし、他にも色々と話聞くからさ」
捷が基本的に寝ないって話は前に聞いた知ってる。寝るために自ら独房に入るって手荒なことをしてることも。
だからまぁ、夜中にどこを彷徨いていても不思議とは思わない。
「こいつ普通に看守と寝るから。ある意味俺より遊んでる」
「マジか」
「要よりってのは語弊がありますね。その辺の囚人とか看守とかと寝るのはたまにだけで、いつもは木登りとかして遊んでる」
看守と寝るか木登りかって。
何なんだよ、そのかけ離れた2択は。どう考えたらその2択に辿り着くんだよ。
「そもそも、看守が囚人と寝るのは普通なのか……」
「他の地区は知んないけど、うちの地区の看守はマジ変態だらけだから結構ざらだな。特に看守長は結構な囚人囲ってる」
「ろくでもねぇな」
「でもびっくりするほど下手…だったっけ?」
「そう!マジで下手!」
何だその、どう転んでも一生必要としないだろう程にどうでもいい情報は。
そもそも、そんな声を大きくするくらい下手って何なんだよ。どうでもいいけど興味が出ちまうじゃねぇか。
「何がそんなに」
「何が…って言われると、もう全部?終始?麻薬でぶっ飛ばされても絶対にないなこれはって感じ」
麻薬でぶっ飛ばされても駄目って、そんなことあんのか。そもそも麻薬が入った時点であるとかないとか考えられる状態じゃねぇだろ。それでも駄目ってマジでどんなんだよ。
そして当たり前のようにそんな表現が出てくるってことは、その経験があんのか。
「麻薬に手出してる時点で色んな意味で俺よりヤバくね?」
「言っとくけど、無理矢理やられたことがあるだけで常習してんじゃないかんな」
「それはそれでどうなんだよ。色々と俺よりヤバイんじゃねーのか」
「へーきへーき。…まぁとにかく、大晟さんも機会があったら試してみて。マジで下手だから!」
いや、麻薬でぶっ飛んでてもこれはないっね奴なんて、機会があっても絶対に嫌だろ。そんなもん、両手を大きく振ってお断りするに決ってる。
そもそも、そんな機会いらねぇし。
「何お勧めしてんだよ駄目に決まってんだろ!」
「いやでも1回経験すると普段自分がどれだけ恵まれてるかを痛感するから。そしたらきっと、お前のことを神様のように思って何でもさせてくれるかもしんねーぞ?」
「…………それでもだめ」
何ちょっと考えてんだよ。
てめぇ現時点で何でも好き勝手にしてるってこと認識してねぇのか。そんな馬鹿な話があるか。馬鹿も大概にしとけよ。
今以上に俺に何をさせたいのな知らねぇけど、何だったとしても断固拒否するけどな。でもどうせ、俺の拒否なんか無意味なんだろうけどな。
「なら、捨てられないように頑張れよ」
「痛っ」
捷は要の背中を叩くと徐に立ち上がる。どうやら帰る気でいるみてぇだが…会話のせいで忘れてんのか。目の前のテレビを。
今は停止状態で真っ黒だけど、明らかに何か観てたよな?もし2人で真っ黒い画面を眺めてただけって言われたら 、流石に引くどころの 話じゃねぇぞ。
「テレビはいいのか?」
「あ、忘れてた。まぁいいや、全部見終わったら感想教えて」
「1人で観れるわけねぇだろ、馬鹿か!」
「…ホラー映画でも観てたのか?」
「ぴんぽーん」
まぁ、要のびびり具合からするとそれくらいしかねぇよな。
この間はドッペルゲンガーの話にもビビりまくってたし、いかにもお化けとか苦手そうだからな。透明になるんだから、自分がお化けみてぇなもんなのに。
「捷があんま怖くないって言うから観たのにっ!ちょーこえーし!」
「お前がビビりすぎなんだよ。まー、それが面白いんだけど」
まぁ、労働が終わってからは自由時間だからよ。何しようと自由だけどよ。
お前らは休日が雨の日のカップルか?
ホラー映画に怖がる彼女を見て楽しむ彼氏って…。いかにも漫画とかドラマとかにありそうな構図じゃねぇか。
「平然と見てるお前の方が絶対におかしいんだからな!」
「んな訳あるかよ。ちゃんと観て感想教えねぇと、お化けの格好して追っかけ回してやるからな」
「そ、そんな脅しが通用するとでも思ってんのか」
「へぇ?じゃあ別に観なくてもいんじゃね?」
「……え?本気?本気でお化けに なんの?」
何だこいつ、ビビりまくりじゃねぇか。
いくら14歳なガキって言っても、こんな幼稚な脅しにそんな不安そうな顔するか。いくら怖くないって言われたとはいえ、よくそんなんでホラー映画なんて観ようと思ったな。
「じゃー、おじゃましました!」
そして無視と。
不安そうな要をわざとらしく無視した捷は、俺に向かって元気よくそう言ってから颯爽と部屋を出ていった。
そんな捷に駆ける言葉も見つからないほど、要はお化けに追い回されることに恐怖を感じているらしい。困ったような顔をしたまま、その視線が俺に向く。
「……一緒に観てやるから、小動物みたいな顔をしてんじゃねぇよ」
「そんな顔…いや、この際そんなことどうでもいい。絶対に離れちゃダメだからな!」
隣に座ると、要はそう声を大きくしてから即座にくっついてくる。こういう所は本当に子供らしい。というか、年齢以外だ。こんなのに普段から好き放題されてると思うと、それでいいのかと思わなくともないが…まぁ、そんなことは今更だな。
机の上にあるリモコンを手に取り、リモコ再生ボタンを押す。プレーヤーが起動した機械音だけでビクッと肩を跳ねて怖がる要。それを見て「面白い」という捷の意見には、大いに賛成だった。
**
かなり古い映像だった。
そしてこれは、映画というよりはドラマと言った方が正しい。1時間程度が1括りで、それが10話近くあるストーリー構成となっていた。内容としては、死んだ女が惚れていた男に寄り付く女を片端から鈍い殺していくという、ホラーとしてはありきたりなものだ。しかしながら、ただ人を殺していくだけではなく、思いもよらない展開になることも多々あり…正直続きが気になる。捷が結末を気にしていたことも頷ける程に、面白かった。
何百年も…は言い過ぎか?とにかく、すこぶる前の映像が残っていることにも驚きだが、それが今の時代でも十分に通用するほど面白いというのはまた驚きだ。そして、映像技術的にもそれほど違和感がない所から…科学技術は日々進歩していると言われているが、その加速度は衰えて来ているに違いないことを痛感せざるを得ない。
「おい、続きは」
「えぇっ…まだ観んの!?今日はもういいじゃん!十分怖がったじゃん!」
「怖がってたのはてめぇだけだよ」
テレビ画面には、エンドロールと共にドラマの主題歌が流れている。このドラマのために作られたんだろうと誰もが思う、そんなような曲だった。
まるで本当に霊が語ったかのような…この曲こそ呪われそうだ。そのくせ無駄に歌が上手いからどこか引き込まれるものがある。
「もうやだ!この歌聞くだけで呪われた気分になる…!」
「……お前でも感じ取るってことは、本当に呪われた曲なのかもな」
「はぁ!?なにそれこわい!」
そう言うと、要は固いベッドに飛び込んでいってそのまま頭から布団を被った。
ったくどこまでビビりなんだよ。
「冗談だよ。ほら、止めてやるから」
停止ボタンを押して、呪われてしまいそうな曲を止める。そのままテレビの電源を落とすと、室内がしんと静まり返った。
ドラマに夢中になって全く気がついていなかったが…いつの間にか日が沈んでいたらしい。窓から月明かりが差し込んでいる。
「……大晟なんかきらい」
要はそう言いながら、布団から顔だけ覗かせる。
何だこいつは。可愛いな。
「嫌い?」
ベッドに頬杖を付いて顔を覗き込むと、不貞腐れたような顔が少しだけ複雑な表情に変わった。
そんな要に、顔を近付けじっと見る。
「………きらい」
「本当に?」
また少し顔を寄せる。
息がかかるくらい、近い距離まで。
「きらい」
「ふうん?」
「……だーっ、もう!」
「うわっ!?」
要が布団を投げ捨てると同時に、怪力により強制的にベッドに引きずり込まれた。くそ、油断しいたせいで、あっという間もなくいつもの体勢に持っていかれちまったじゃねぇか。
見上げる要は、明らかに不服そうな顔をしいている。これはちょっと、調子に乗り過ぎたか。
「……だいすき、です」
何だ…こいつ。
しっかり面と向かって言ってから、恥ずかしくなったのか逃げるように俺の首に顔を埋める。そんなことをされると…どうしようもなく、抱き締めたくなる。
何なんだこいつは。
今日はあれか。可愛さアピールキャンペーンデーか。大売り出しか。
「要」
名前を呼ぶと、ゆっくりと顔が上がる。そしてまだ恥ずかしいからか、あからさまに目を逸らす。
そんな冷たい要の頬に触れ、キスをすると…逸れていた視線がたちまちこちらを向いた。その隙を逃さず、今度は唇にキスをする。
「っ…」
冷たい唇に一瞬だけ熱を与え、そしてまたすぐに…離れる。
今度は視線が逸れることはない。しかしそれでもまだ少しだけ恥ずかしそうに、じっと俺を見ていた。
「俺も…」
お前のことが、堪らなく。
「え?」
「…何でもねぇ」
「何…っ!」
余計なことをいう前に、口を塞ぐ。
今度は触れるだけではなく、もっと深く。冷たさの向こうにある、要の熱を感じるキスを。
そして、それから先を。
**
一目瞭然だった。
確かに要にもそうは言ったが、ここまで一瞬で気が付くとは…自分でも意外だった。椿に自分で思うよりも要に入れ込んでると言われた時、特に否定もせず聞き流したが。その言葉は正にその通りだと、こんな形で痛感するのはこれまた意外だった。
そして、痛感することになった原因を目の前に凄まじい不快感を覚えた。
「おかえり」
ガキの癖に大人びて整った顔も、背丈も、月明かりに照されると綺麗な金色の髪も、紫色の瞳も、俺を呼ぶ声も、何もかも全く同じだった。
けれど、その全てが違う。俺の不快感を募らせる。
「………ただいま」
特に何を指摘するでもなく、いつものようにベッドに腰を下ろす。そして、小説を手に取る。
ソファに座ってゲームをしているその姿と先程より距離が縮まると、どんな仕草をするでもないのにその雰囲気まで同じことが分かる。俺の不快感は増すばかりだ。
「あ、しまった」
テレビ画面からちゃっちい爆発音のようなものが聞こえる。何のゲームをしているのか知らないが、どのみちゲームオーバーに なったんだろう。すぐに気を散らして失敗するところも、そっくりだ。
何にせよ…ゲームオーバーで切りが良くなったのなら、ここらで話題を振るか。
「……下手くそだな」
顔をあげてテレビ画面を目にして、思わずそんな言葉が口を吐いてしまった。余計は話をするつもりはなかったのに…いくらなんでも、チュートリアルが終わってすぐの、序盤も序盤でゲームオーバーはねぇだろ。
しかも、コンティニュー17って…俺のせいで気が散ってとかじゃねぇし。それ以前から失敗しまくってるってことだろ?どんだけ下手くそなんだ。
「うるさい」
「いや…流石に酷ぇだろ。要でもそこまで下手じゃねぇぞ」
ボス戦とかは後先考えずに突っ込んでばっかで攻略出来ずに、結果俺に投げ来ることはままあるが。流石にチュートリアルのその次程度で躓いているところは見たことがない。だってそんなところでゲームオーバーになってばっかじゃ、先をやる気が起きなくなるから運営的にもイージーモードにしてある筈だからな。
それが…しつけぇが、コンティニュー17って……。
「…………気付いてたんだ?」
テレビ画面に向いていた顔がこちらに向く。少しの間を置いて放たれた声は、さっきまでの……要にそっくりなものと違い、随分と高かった。
そして次の瞬間、要の顔がぐねぐねと変形していく。まるで、泥酔した時にハッキリとしない意識の中で視界がぐるくると回るような…そんな、どこか気持ち悪ぃ光景だった。
「俺に用事があるのか?それとも、ドッペルゲンガーで要を脅かしに来たのか?」
ついこの間、かすみんに見せてもらった写真と同じ顔は、現物の方が幾分が可愛げがあるように思えた。要より長く肩まで伸びた金色の髪と、一段と濃い紫色の瞳でさえなければ…こんなにも不快感を抱くことはなかっただろう。
要の顔でなくなって尚も全く同じ。けれど、全く違う。
JOKER…飯島咲哉、と言ったか。
「あ、もしかしてゆりちゃんの件からドッペルゲンガーを怖がってるの?要らしいね」
くすくすと笑いながら囚人服を脱ぎ捨てると、目がちかちかする程に光る金色の軍服が姿を表した。それだけではなく背中から同じく金色のブーツを取り出して、履くと…上から下まで余すことなく金色だ。
かすみんの話では軍事兵器として戦場に赴いていると言っていたが、随分と派手な軍事兵器だな。いやまぁ、人の趣味にケチ付ける気はねぇけど。
「つまり、要を脅かしに来たんじゃねぇんだな?」
問いかけると、ニコリと笑った。
「僕の…。僕の要が、随分とお世話になってるみたいだから」
何で「僕の」って2回言ったんだよ。あれか、俺に対しての圧力か?
俺はそんな些細なことにいちいち過剰反応しやしねぇぞ。つーことで、スルーだ。
「いつも要の遊び相手を見に来てんのか?」
「いいや。要のオモチャは基本的に囚人データで把握するから、わざわざ足を運んだりはしないよ。僕は忙しいからね」
「それなら何だってこんなことまで…それも、下手な変装までして」
「下手な…か。今回はバッチリだと思ったんだけど、どこをミスったかな」
そう困ったように首を傾げる姿も、それなりに子供らしくて可愛さがある。
それでもやはり、揺れる金髪と紫色の目のせいでどうしても気にくわない。微かに動くだけでギラギラする真っ金の服も目障りで、それが不快感を増している気がする。
「まぁ、騙す相手によるんじゃねぇのか」
そもそも、俺を相手に要に扮するって時点でミスなんだよ。
俺は絶対に、要を見間違いはしない。
「何それ」
「あ?」
「要も同じ事言ってたよ」
先程までニコリと笑っていた顔が、すっと感情のないようなものに変わる。その口から発せられた声は高さを残していたものの、どこか重たさを感じさせた。
JOKER、そう呼ばれるだけのことはある。このずっしりと感じるより重みは紛れもなく、威圧感だ。
「やっぱり、悪い影響を与えてるんだね」
すっと立ち上がり、カツカツとブーツの音を響かせながら俺の前までやって来た。
紫色の瞳が俺を捉える。その目の奥に、感情はない。
「要は僕のものだよ」
「っ!」
顔がぐっと近寄ってきた瞬間、全身に凄まじい重みを感じた。座っているのもままならない程に…このままじゃ、ベッドが壊れる。
重力…これは、椿の力だ。
「僕はこんなにも要を愛しているんだから」
「ぐ…っ!」
首を捕まれ、そのまま仰向けに捩じ伏せられる。抵抗するにも、力の差がありすぎた。
人間離れしたこの怪力は、要の力。その気になれば、あっという間に首が折られるに違いない。
別に疑ってた訳じゃねぇけど、マジで何でも出来んだな…。
「本当に、要を愛してるんだから」
その言葉に嘘はなかった。
心からそう思っているのだと、そう感じる声色だった。そしてこれ以上ない程に、愛おしそうな表情だった。
それ程までに、愛しているというのなら。
本当に、愛していると言うのなら。
「それなら…どうして、苦しめるんだ?」
そう問いかけると、また先程のようにニコリと笑う。しかし押さえつけられた首はそのままで、どうにか喋ることは出来るが苦しくて仕方がない。
だが、要がこいつから与えられた苦しみは、きっとこんなもんじゃない。で
「苦しめて、苦しめて苦しめて…そして生まれる憎悪にこそ、愛があるからだよ」
憎悪から、生まれる…愛。
何を、言ってるんだ?こいつは?
「憎しみと恐怖は、人間の持つ最も強い感情なんだ。一度抱いた憎しみや恐怖は、どれ程時が経てど忘れ難いものなんだよ」
それは…特に恐怖については、よく知っている。確かに、言葉通りだと思う。
一度与えられた恐怖は、どれだけ時が経っても忘れられない。忘れたつもりでいても、ふとした拍子に顔を出す。
逃げようとすると、ずっと追いかけてくる。どこまでも、どこまでも…追いかけてくる。逃げ道はない。
「だけど、恐怖はダメなんだ。だって、怖くて逃げたいと思う気持ちは…愛には繋がらないから」
「……憎しみは、愛に繋がるのか?」
俺はずっと恐怖に怯えて生きていたが、一方で誰かを本気で憎んだことはない。
そりゃあ、要のことを憎たらしいと思うことはしょっちゅうだが。それも所詮、すぐに忘れてしまう程度のものだ。
だから、憎しみというものがどんな感情なのか…いまいち把握はしていない。けれどそれが愛とは全く別のものだということは、それを感じたことがなくても分かっている。
「僕を殺したい程に憎むってことは、それだけ僕のことを思っているってことだから。忘れたくても忘れられない、憎くて…憎くて、考え出したら止まらない。一生頭から離れない……それはつまり、殺したい程に愛おしいってことだよ。ね?これ以上の愛情なんてないと思わない?」
恐怖は、忘れたくても忘れられず、ひたすらそれから逃げようとする。遠ざかろうとする。それは、ずっと俺が感じていたものだ。
憎悪は、忘れたくても忘れられなければ、それを相手にぶつける。例えば今の言葉のように、殺意となって現れる。要は、ずっとそうだったのだろうか。
――――仮に。
仮に、かつては…そうだったとしても。
「……勿体ねぇな」
こういう言い方は、あまりよくねぇのかもしんねぇけど。何て表現していいのか、他にぱっと上手い表現が見つからなかった。
ただ本当に、勿体ねぇな…と。思う。
「勿体ない…?」
俺の首の拘束が、少しだけ緩くなった。
そして、とても不思議なものを見ているような表情で俺を覗き込んでいる。その顔は本当に、純粋無垢な子供のように見えた。
「あいつは本当に、お前のことが好きだった」
「……だった?」
「そう、好きだった。今のお前…程かどうかは定かじゃねぇけど。本当に好きだった」
それは、この間…話を聞いた時、要の口ぶりを見ていれば分かった。
あいつの時もそうだったな。
そう言っていた要を見たときに、本当にあいつ―――つまり、こいつだけど。こいつのことが好きだったんだと…分かった。
「もし、その気持ちを信じていれば……今、要の横にいたのはお前だったのにな」
要は確かに、信じていた。だからこそ、裏切られてあんな風になったんだと…それは俺じゃなくて誰もが分かっていることだ。
でも、こいつは信じられなかった。憎まれて、憎まれて、憎まれないとその愛情を信じられず。
俺はその詳しい経緯は知らない。
けれど、こいつは自分が要を信じきれないばかりに、自分が弱いばかりに。要の信頼と、愛情を同時に裏切った。
「俺は、絶対に裏切らない」
ロイヤルになってよかったと。
そう言った、要を。
俺のことを信じていたと、そう言った要を。
信じている。
だから、絶対に裏切らない。
「確かに、憎しみを忘れることはいかもしれない」
俺がずっと、恐怖を忘れられなかったように。要の中に同じように憎しみがあるのなら、それを忘れられることは一生ないのかもしれない。
俺はそれを思い出さないように、逃げることに必死だった。けれど要は、どう足掻いてもそれから逃げることは出来ない。例えば検体を受ける度に、思い出さざるを得ない。
それはきっと、俺には想像も出来ないほどに辛いことなんだと思う。
「でも、それを…何でもないことのように思える日は来る」
忘れなくても、大丈夫だと。
そう思える日は来る。
青空はある。
俺は、要といて確かにそれを垣間見たから。
それを、あいつにも与えられる。
与えてみせる。
そして。
「要には悪いが、お前があいつをはめたお陰で俺はあいつを捕まえた。だからお前には礼を言わないといけねぇな」
俺は基本的に、売られた喧嘩でもギリギリまで買わない主義だ……いや、ここに来てからははなんだかんだ買いまくってるような気もするけど。それはそうとして。
こいつに限っては、問答無用で俺の方から喧嘩を売ってやる。
「ありがとうよ。俺と要が出逢うための踏み台になってくれて」
これはもう、完全に挑発だ。
けれど、その言葉に嘘はない。本当に感謝している。
「……むかつく」
「っ!」
再び、首を絞める手に力が込められた。
俺を睨み付ける視線から、苛立ちがありありと感じ取れる。
「要は僕を憎み続ける」
「…その、ために…俺を、殺すか?」
「そうすれば、要はもっと僕を憎んでくれるかな?」
「さぁ…どうかな……」
殺されやしねぇけどな。
それに、そんな心配しなくても…こいつは、多分。
「試してみようか?」
「っ…!」
首が圧迫される。
骨が…折れたか。いや、まだ…息が出来ないだけで、この圧迫は骨までは達していない 。
わざとギリギリのところで止めて、俺が傷つかないようにしているに違いない。もしも傷を付けてしまえば、自分の都合の悪い展開になる可能性を考えているからだ。
つまりこいつは、俺に能力があることを知っている。その内容まで知っているかどうかは定かじゃないが……どちらにしても、警戒しているということは確かだ。
「何…してんだよ」
ふと、声がする。
そして、その声に気が付いた瞬間にはもう…首の圧迫感が消えていた。すぐさま、ドカッと何かが何かに叩き付けられる音がする。
どこで何が起こっているのか、音だけは認識しても反応速度が追い付かない。
………同じだ。
あの時と――氷の城を叩き破った要を、画面越しに見た時と。
「―――!」
咄嗟に起き上がる。
一番に目に入ったのは、きれいサッパリなくなっている部屋の扉。そして、廊下に横たわる金色の体。それに覆い被さり、その頭を地面に押さえ付けているのは…要だ。
少し暗くなってきた廊下に際立つ紫色の瞳が、いつもよりも一段と濃く見えた。
その瞳に宿る強い思いは(やはり、憎しみなのか)
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mokuji
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