50 先は見えない。
深く、深く、沈んでいくばかりだ。
そしてもっと深く。
そんなことを求めだしたら、いよいよ末期に違いない。
Side Taisei ふと視界に入った時計の針が、12時丁度を示していた。
窓から明るい光が差し込んでいる。つまり今は真っ昼間で、昼飯時――もう、そんなに時間が経ったのかと…そんな風に思った。
「よそ見してんなよ」
「ふぁあっ、―――ッ!」
時計から視線が逸れると同時に、もう何度目かも分からない絶頂が突き抜けた。体は等の昔に限界を越えている。触れるだけのような、ほんの少しの刺激でも簡単に達してしまう程に。
長い時間快楽に沈められることには慣れているはずなのに。それこそ、ついこの間…似たよな、いや、もっと酷い状況も目の当たりにしたばかりなのに。
こんな感覚は初めてだ。
「声が掠れてきてる」
「んっ…」
唇から冷たい体温と、そして喉に冷たい水が通り抜ける。
それすらも刺激になって、達したばかりで熱を持った体は覚めることなくそれを増す。それは俺だけじゃなく、俺の中にあるものも…すぐに熱を取り戻す。
「ずっと見てても、見飽きないもんだな」
かつてのように。
そして、いつものように。
何かの道具で遊ばれているわけでもない。変な薬を盛られたわけでもない。
ただ。ただ――ずっと、要だけを感じている。
夜中の12時から、ずっと。
要の性欲の底知れなさは知っていたが…それだけじゃなく、人間の体力が底知れないことを知った。そして、自分が感じる快楽の底知れなさも。
与えられても与えられても、先が見えない。どこまでもどこまでも、先の見えない闇のように…続いている。
「上もしたもぐちゃぐちゃ」
「ふあっ…」
ずるっと、要のものが抜けていく。
汗ばんだ手が、汗と涙でぐずぐずになっている俺の頬を撫でる。
そしてぐちっと、汗と要の精液でぐちゃぐちゃになった場所に指が入ってくるのが分かった。中から溢れるものが多すぎてその刺激は少ないはずのに、それでも感じてしまう。
「っ…ぁっ」
「すげー出てくる」
「んっ…ふぁ…ぁあっ」
中のものを掻き出されると、感じる指の動きが少しずつ大きくなっていく。
ぐちゅぐちゅと厭らしい音がしばらく響き、微弱な刺激が伝わってくる。それが徐々に蓄積されて、また絶頂に向かう。
「ああっ、ぁあ…っ、あ」
「はい、おしまい」
「んん…っ」
もうすぐ達してしまいそうというところで、するりと指が抜ける。体の中にはまだ、僅かに刺激が残っている。
重なる刺激を待っている。そして待ちきれず、目の前の体に手を伸ばし…冷たい体温を感じる。
「そんなに急かすなよ」
「ひあ……っ!」
ずぷっと、再び熱が押し寄せる。
待っていた刺激が――快楽が、俺を突き刺す。
「流石に…疲れてきた、かも」
「ふあ、ああっ…」
それならやめればいいのに。
なんて、そんな建て前を言う余裕はない。
やめてほしくない。
まだ足りない。全然足りない。
まさか、そんな風に思うなんて…と。自分の感情に驚きを隠せない。でも、それを隠す気もない。
今――俺が、この快楽に身を落としたいと思うのは、この場から逃げたいからじゃない。目の前の現実から目を逸らしたいからでもない。
「……大晟、気持ちいい?」
「き…もち、いい」
だから、まだ欲しい。
ハッキリとした意識で、そう思う。
「もっと欲しい?」
耳元でそう問われ、奥を突き上げられる。ショートしそうな程に、頭に刺激が立ち上る。そして、全身を駆け抜ける。
何度も訪れるその快楽をどんなに感じても、体はそれを求め続ける。そしてそれは、体だけじゃない。
「ぁ、ああ…っほし、い…っ」
まだ、足りない。
どんなに与えられても、足りない。
「っ…そんな、絞めんなって…」
「…む…り…ぁ、あっ…はや、くっ」
早く、もっと。
「っ…」
「あっ…ぁ、ああッ――!」
求めれば求める程に、求めてしまう。
終わりが見えない。
こんなにも与えられているのに、それでもまだ…求めてしまう。
「ちょっと…休憩…」
ずっと動きっぱなしの要はそう言ってから、息を整えるように深呼吸をした。
蒸気した頬から滴る汗が、俺の肌に落ちる。それだけのことでも、今の俺には確かな刺激となって感じる。
「……嫌だ」
そして、我慢が出来ない。
「は?…うわっ!」
腕を掴んで、そのまま押し倒す。
そして、先程まで見上げてた顔を見下ろす。
「ん…っ」
少し抜けかかっていたものを、自ら奥に押し付ける。思わず声が漏れるが、今さらそんなこと気にする余地もない。
そして驚いた顔の首元に、唇を寄せる。
「たいせ……っ!!」
ビクッと体が跳ね、俺の中にあるものが一段と熱を持った。
俺は、その熱がもっと欲しいんだ。
「ちょ…まっ……!」
「待たねぇよ」
「―――っ!」
首筋に舌を這わせると、舌の動きに合わせて体が反応する。その反応が、俺の中にも伝わって刺激になる。
刺激の強さは大したことはないのに、これが堪らなく気持ちいい。だから、もっと欲しくなる。
「しっかり喘げ」
「なっ…ふ、ぁ……んん!」
腰の動きに合わせて舌を這わせると、要は漏れる声を抑えようと口を覆う。それならそれでもいい。与えられることに慣れないに快楽に耐える顔を見下ろすだけでも、最高に気分がいい。
「っ…大晟…もう、やば…」
「早ぇな」
「んな、こと言われても……!」
熱が高まってくるのを感じる。
やばい。
「…っ、あ…ッ、待てっ――」
要の熱が高まるのに引かれて、俺の快楽も高まる。止まらない。
上擦った声を抑えることも出来ない。
「っ…!」
一瞬で体の中に熱が広がる。さっき出したばかりなのに、また俺の中をいっぱいにする。
まだこの体制に慣れないのか…恥じらいでもあるのか。顔を覆う腕を退けると、紫色の瞳が俺を捉えた。要がいつも口にする、溶けそうな――という表現は、きっとこういう時に使うんだろうと思った。
「確かに、癖になりそうだな」
目元にキスとする。
それだけで、欲を吐き出したばかりのものがまた熱を持つのを感じた。
「たいせい」
要の両腕が俺の首に延びてくる。
それに答えるように抱き寄せると、いつもの冷たい体温を感じた。
「……もっかい、して」
―――ああ、本当に。
どれだけ与えられても。
どれだけ与えても。
終わりの見えない、底無し沼のようだ。
**
「うご、け、ねぇ」
枕から気の抜けたような声がする。
時刻はけたたましい鶏の鳴き声がしてから、5分ほど経った早朝。それを裏付けるように、朝日が窓から差し込んでいる。
間抜けな声を出した要は枕から顔を上げることなく、溜め息を吐いた。
「情けねぇな」
「……何でそんな平気そうなんだよ」
「どっかの馬鹿が普段から一方的に人の体を酷使してるせいだろうな」
「……心中お察しします」
馬鹿のくせに何でそんな言葉知ってんだお前は。
つーか俺の心中を察するなら、謝罪の言葉のひとつでも述べろってんだよ。そして普段の行いを改めろ…ってのは、どうせ言うだけ無駄だろうな。
まぁでも、いい教訓になったろ。
「これに懲りて二度と馬鹿なこと考えんなよ」
「それはお約束出来ません」
「はぁ?」
マジで馬鹿なんじゃねぇのか。
いや馬鹿なんだが。
「だって気持ちよかったし。まぁ結局、俺の性欲に限界があるのかは謎だったけど」
性欲の限界の前に体力の限界がきたからな。むしろ俺としては、夜中0時からヤり通して24時間以上体力が持ったことが正直信じられない。本当に人間の体力は底知れない。
とはいえ実際のところ、最後の方はどうだったかなんて覚えてない。だから、何時頃に体力的な限界がきて寝落ちたのかも覚えてない…というか、寝落ちたのか…それともイき堕ちたのかも定かじゃない。
「救いようがねぇな」
「何だよ。大晟だって気持ち良かったろ?」
「……」
「ほら、良かったんじゃん」
「黙れ」
「ふぎゃ!」
後頭部から俺の枕を叩きつけると、情けない声が漏れた。
いつもなら枕を押し退けてそれを投げつけて来るが、今日はもごもご言うだけで反撃がない。つまり、本当に動けないんだろう。
「……お前、今日労働どうすんだよ」
「休む」
「俺に夜勤をしろと?」
「大晟も一緒に休も。そしたら夜勤もずっと一緒」
……最近。こいつのこういう、何も考えてない発言に苛々させられることが多々ある。
それはその発言自体に苛々するんじゃない。その発言にちょっとないしはかなり…いいややっぱりちょっとだ、ほんの少しだけ――可愛さを感じてしまう自分に苛々している。
「……俺も相当頭がやられてんだよな」
「何の話だよ」
「うるせぇ全部お前のせいだ」
「いたいいたい!」
苛々する時は、大体こいつを抱き締める。
それで苛々が解消されるのかと聞かれれば、全くそんなことはない。だが、そうせずにいられない。
「……底無し沼だな」
どれだけ与えられても。
ずっと欲しいと思うのは、快楽だけじゃない。
「大晟?」
「……やっぱり苛々する」
何で俺ばっかり、こんなにこいつのこと思わなきゃいけねぇんだよ。いやまぁ、ずっと抱え込んだこと話すくらいだから、この馬鹿も進歩したんだろうけど。
それでもなんか納得いかねぇ。俺の方がこいつのことばっか考えてる様なのが、絶対に納得いかねぇ。
「大晟、最近怒ってばっか」
「お前のことばっか考えるから苛々すんだよ。俺の頭から出ていけ」
「何だよそれ。俺も大晟のことばっか考えてるけど、別に苛々しねーもん」
「はぁ?」
「まぁ、俺は前からだからか」
何なんだこいつ。
ここへ来てまだ俺を苛々させてぇのか。いや、それどころか…これだけ苛々してたら、もう馬鹿らしくなってくる。
苛々するだけ馬鹿らしくなって…結局、どうしようもなく抱き締めたくなる。
「…どうせ欲求不満なことばっか考えてんだろ」
「そんなことありませんー。他のことも考えてますー」
「他のことって、何を?」
どうせアホな答えが返ってくるんだろうな…と思いながら聞いてみたら。
要はどうしてか枕に顔を伏せた。ない頭で何を考えているのかと思ったら…しばらくもしないうちにその顔が上がり、紫の目が俺を捉える。
「……この宇宙の誰よりも、大晟が好き。とか」
………。
「………」
「何だよ、なんか言えよ」
「……………ちょっと待て」
まず落ち着け。
そして、落ち着け。取り敢えず、落ち着け。
「何なんだよ…」
こっちの台詞だボケ。何なんだお前は。
ついこの間まで、頑なに口にしようとしなかったくせに。火蓋を切った途端に、何を…言い出すかと思えば。
ああ――ダメだ。
口を吐いて出てくる。
絶対に言わないと決めていたのに……そもそも、何でそんなこと。
―――そうだ、USBだ。
こいつが何かを完全に吹っ切って、USBをどうにかするまでは…って、思ってたんだ、俺は。完全に忘れてたじゃねぇか。
あほくさ。綺麗さっぱり忘れてた時点で、あんなもんあってないようなもんじゃねぇか。じゃあ、こんなこと思ってるだけ無駄じゃねぇか。
「要」
「…………?」
こいつ…!
人があれこれ考えてる間に夢現になってやがる。ついさっきまで俺の反応に不服そうな顔してただろうが。もう少し粘れよ。
―――って思ってる間に寝息。
お前はのび太か。いやまぁ、確かにのび太をも凌駕する程の馬鹿ではあるが……。
まぁ、いいか。
「……好きだ」
夢の中まで(届くか。別に、どっちでもいいけど)
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mokuji
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