46 あまりにも大きな出来事は、時に。
あまりにも呆気なく、突然に。
終わる。
Side Kaname 目の前に大晟がいた。
「大晟…どう…し…」
どうして。という言葉がハッキリと口に出される前に、キッと睨み付けられた。
凄く怒っている顔だけど。それは分かるけど、それ以外のことはまだよく分からない。
でも、目の前に大晟がいる。
「てめぇ何で血だらけなんだよ。何のために龍遠と一緒にいさせたと思ってんだ。マジで殺すぞ」
「…だっ、て…大晟が……スペードのAが…」
「ああ?」
「………大晟…」
俺の目の前にいるのは、いつもと同じ大晟だった。まるで何事もなかったかのような、いつもと同じ大晟だ。
そんないつもと同じ大晟に、俺はどうするべきなのか。何て言葉をかけたらいいのか。
分からないことだらけだ。けど。
「大晟」
「うわっ」
飛び付く他なかった。
だって、目の前に大晟がいたから。
「ひっつくんじゃねぇよ。汚れるだろうが」
「うん」
「人の話聞いてんのかてめぇ」
「うん…って!」
大晟はそう悪態を吐きながら、ぎゅっと抱き締めてくれた。いつもの大晟の体温で、どうしようもなく安心した。
そして同時に、なんか凄い痛かった。
「そりゃそんだけ血だらけになってりゃ痛いだろうな」
血だらけ?……血だらけ!
「なっ…何で俺こんな血だらけ!?…あ、あっちこっちすげぇ痛ぇよ!何で!?」
「自分の怪我にも気付いてねぇって…馬鹿もそこまでいくといっそ清々しいな。お前、知らないうちに死んだら殺すからな」
死んだら殺すって。大晟の言ってることが滅茶苦茶だってのは馬鹿でも分かる。
でも確かに、怪我しても気づかないなんて…そもそも俺、どうしたんだっけ?ていうかマジで今どういう状況?
龍遠が大晟が来るからって、そう言ってて。そしたらスペードのAが…。
「あ!!」
「あ?」
「大晟、大丈夫なのか?」
「何が」
「だって、スペードのAが…」
言ってたことは、きっと嘘じゃない。
もしも、それが本当だったら。
「俺は大丈夫だって、言っただろ」
大晟はそう言って、わしわしと俺の頭を掻き回した。
やっぱり、いつもの大晟だった。
その言葉は、嘘じゃない。
「……信じてた」
本当は色々と葛藤…というか、俺には信じることしか出来なかっただけだけど。
情けないことだけど。
でもやっぱり、それしか出来なくても。大晟を信じたことは間違いじゃなかった。
「さて、帰るか。これじゃあどうせ労働も中止だろ」
「あ、う……うん?は?」
いやちょっと待って。
確かにこの有り様じゃあ労働なんて中止だろうな…なんてあっさりと頷こうとしたけど。
そんな場合じゃない。
だってほんの少し前まで、ここは地獄絵図だった。いや、今だってそれは変わってないはずだ。
スペードのAが………あれ?
「スペードのAは……?」
俺が何回か吹っ飛ばして…あ、そうだ。俺が吹っ飛ばしたんだ。
でもそもそも、箱の中に入ってたのにどうやって吹っ飛ばしたんだっけ?それに、箱の下敷きになっていた人たちもいない。
ていうか、スペードのAも…いない。
「お前を殺そうとする証拠さえあればひとまず捕まえられるし、その後のことは追々…と思ったんだけどな」
「え?」
「まさか椿のことまで喋ってくれるとは……まぁ、ありゃあ龍遠のお手柄か。やっぱり龍遠に頼んだのは正解だった」
「は?」
いや、普通に帰ろうとしてるけど。
俺、全然意味理解してねーよ?
「お陰でこの様だ」
「は?………はぁ!?」
地面が、沈んでる。
さっきまでそんなことなかったのに、地面に突然大きな穴があった。一棟が丸ごと入るくらいの大きさだ。
俺は馬鹿だから、本当ならこんなこと絶対に理解出来ないはずなのに。突然出来たこの穴が何なのかは一瞬で分かった。
これと同じような穴を、共有地で見たことがある――その穴の中央に、俺も何度も沈められたことがある。
「おっ、要じゃねーの。久しぶりだな」
「せ、先生…」
それはまるで食堂で偶然出くわしたみたいな、軽い口調だった。
そんなあっけらかんとした顔で、石ころを転がすように人を殺す男の上に胡座をかいている。まるで、汚い椅子に座るみたいに。
「お前、随分と忠実なペット見つけたな」
「え?」
「絶対に出ていかないって言ってたのに、真っ先に飛び出…づあ!」
そこかしこで煙を出してた散らばってたドライアイスの破片が、先生の頭にぶち当たった。当たり前だけど、風で飛んでってたまたまじゃない。
人の頭に容赦なくあんな固いもの角をぶつけるなんて。そんな鬼の所業ができる人間なんて、大晟しかいない。
「黙れ」
ほら、やっぱりそうだ。
「お前、角はねぇだろ!殺す気か!」
「死んでなくて残念だ」
……何だろう、この感じ。
大晟にこういうことされたり言われたりするのって、いつもは俺なんだけどな。
「なんかむかつく」
「あ?」
「それ俺の立ち位置だから!」
俺は決して大晟に殴られたいとか、罵倒されたいとか、そんなM属性は持ってない。そんなのは絶対に持ってないけど。
でもむかつく。
自分でも何でか分かんないけど、ちょーむかつく!
「……帰るぞ」
「うわっ…な、何だよ!」
帰るのはいいけど、何で俺の頭を掻き回すんだよ。別に嫌じゃないからいーけど。
いいけど、全然意味わかんねー。
「何でもねぇよ、ばーか」
そんで何で笑ってんだよ。
やっぱり、俺ちょっと頭良くなったんじゃね?って思ってたあれは多分気のせいだな。だって、大晟が何で笑ってんのか全然分かんねーもん。
分かんねーけど。
まぁいっか…って思ってるから、やっぱ馬鹿なんだろーな。
**
大晟と一緒に労働場所を出てすぐ、労働を中止する放送が流れた。それはあの労働場所だけでなく、牢獄内全域に向けての放送だった。
帰りすがら、違う地区にいるはずの真が全速力で走っていくのが見えたけど、敢えて声はかけなかった。そして俺と大晟が部屋に着いて間もなく、ゆりちゃんが独房から出てきたと連絡があった。
「全部、大晟が仕組んだことなのか?」
たった10日くらいいなかっただけなのに、最初に部屋に入った時には随分と久々のように感じて…まるで自分の部屋じゃないみたいだった。けど、煙草を見つけると直ぐに吸いたくなって、窓の近くでそれを手にした時には自分の部屋にいると実感できた。
煙草を手にして大晟に頭を殴られると、より実感できた。自分の部屋に…いつもの場所に戻ってきたのだと。
「あいつを怒らせて、公共の場でお前を殺そうとさせるが目的だった」
「え…まじ?」
「ああ。ぶっちゃけ何人か死ぬかなとは思ってた…って言っちまうと、俺も飛んだ極悪人だな」
大晟に殴られ煙草を捨てられた後に怪我の手当てをされながら、改めて一体何が起こったのかを聞いた。
すると、初っぱなっから怖い返答が返ってきた。そして、驚く俺に頷いた大晟は小さく溜め息を吐いた。
「……どうせ、それも仕組んでたんだろ」
「殺されて当然のような囚人と看守ばかりをお前と同じ労働場所にしたって?流石にそこまでは出来ねぇよ」
でも、どうにかしてやったってことは分かってる。まぁどうやったのかなんて聞いても分からないだろうから、どうだっていいけど。
それでも…死んで当然の人間とは言えども、死ぬかもしれなと分かっていてやったことに…そして実際に人が死んだことに、少しでも罪悪感を感じているのか。冗談っぽく笑う大晟は、何だかいつもと違うように見えた。
「それで…俺を殺させようとして、殺人未遂で捕まえようとしたってこと?」
「ああ。それも確実に証拠が残るよにしたかったから…この労働地帯の監視カメラの映像をこの牢獄の全てに流してやった。看守のモニターだけじゃなく囚人たちが作業中のPCにも映るようにしたから、何千人という証人がいる。そうなりゃ、流石に揉み消すことも出来ないだろ」
大晟がどのタイミングで独房から出てきたのか分からないけど、俺があたふたしてる間に俺が一生かかっても出来ないようなことしてた…と思うと、何か次元が違うと思ってしまう。
もしも俺も大晟もここに来ることなく過ごしてたら、きっとすれ違うこともないくらい遠い世界にいたんだろうな。なんて、柄にもないことを考えた。
「それ、全部1人で?」
「まさか。片腕がなかったし、捷に手伝ってもらってなんとか間に合った」
「………捷に?」
片腕がなんとかってのは、聞かなかったことにしよう。想像したくもない答えが返って来るのは明白だし。
…ああでも、既になんかちょっと想像してゾッとしそう。考えるな、話に集中しろ。
「椿を出してきたのはあいつだ。冤罪が確定したから直ぐに出せるっつって…どっかに電話してものの5分で出てきた」
「ああ…じゃあ多分、かすみん辺りに掛け合ったんだろーな」
「またその名前か…まぁいい。その後はお前も知っての通り、あの様だ」
あの様。
先生に椅子にされていたスペードのAが頭の中に思い浮かんだ。
きっと、今頃どこかに勾留されているだろう。そして、これから特別独房か、もしくは重罰独房に入れられるのかもしれない。
―――どちらにしても。
もう二度と、あの男が日の元に出てくることはない。
「全部、終わった?」
今回の出来事の全てがあの男を捕まえるためのものだから、それ事態は大晟の予定通りに全て終わったということは分かっている。
でもそれは、大晟にとっても終わりなのか。全てが終わると同時に、ずっと大晟を苦しめてきた全てのことも、終わることが出来たのか。
「…それが、今一ピンと来てねぇんだよな」
何だその、気の抜けた返答は。
俺ちょっと今、聞いてよかったかなとか。凄く大事なこと聞いてるなとか。色々と考えて結構緊張してたのに。
それなのに、何だその返答は。
「ピンと来てねーって何だよ」
「何だよって言われても、ピンときてねぇんだよ。無駄な達成感はあんだけど、それだけっつーか……あ」
「あ?」
大晟は少し考え込むように腕を組んでから、何かを思い出したように声を出した。
自分の中で区切りがついたかどうかを思い出したのか?…そういうのって、思い出すもんなのか?
「そいやお前、最初に言ってたよな。他の奴とはヤんなって」
「……確かに、言ったけど」
いつも言うことだから、それを言ったことに間違いはない。でも、そんなことすっかり忘れてた。
てか、何で今そんな話が出てくんだよ。
「この1週間回されっぱなしだったからその約束破ってっけど…この場合どうなんだ?」
どうなんだって。
そんなの、いちいち俺が言わなくても分かってるくせに。 今さら、手放せる出わけないって分かってるくせに。
大晟のこと、好きだって認めた今…そんな約束、もうどうでもいいって。
「……分かってるくせに」
「何が?」
「……わざとだろ」
「だから、何が?」
ああほら。
もう顔が楽しそうだもん。
「……そんなこともうどうだっていい」
「知ってる」
でしょうね!
ええ、分かってましたよ。知ってることくらい分かってたけど、敢えて言ってやったんだよ。
とか、頭の中でこじつけてっけど……なんかすっごい腑に落ちないってか、何だろうな。この完全に、大晟の思う壺にはまってる感じ。 このままじゃずっと言いくるめられて、大晟のペースになんじゃん?
大体、俺が飼い主なのに何でこんな…あっ。
「俺が飼い主だった!」
「……何だよ急に」
「あー!」
つーか待てよ。
もう1週間もセックスしてなくね!?
いや、独房入る前の3日があるから10日?
は!?10日!?
「死ぬじゃん!」
「はぁ?」
考えること多過ぎて、色々と起こりすぎて。
すっかりさっぱり忘れてたけど。
これ死ぬやつ。
「大晟、セックスしないと!」
「急に何かと思ったら…他に考える事がなくなった瞬間に自分の性欲を思い出したのか?」
「ちょっと違うけど…いや、そうなのか?…まぁいいや。とにかくヤる」
「そんな怪我で出来る訳ねぇだろ、馬鹿も休み休み言え」
「……忘れてた。…ああ、思い出したら痛くなってきた…」
でももうセックスしたいことは忘れない。
てか、もうそれしかない。
「大体、1週間まともに寝てねぇのにそんな…うわ!」
取り敢えず押し倒す。
大事なことだから繰り返すけど、もうそれしかない。
「終わったらすぐ寝れるって」
「あのな、お前が痛みも忘れる馬鹿じゃなきゃ動けねぇ程度の傷って分かってんのか?」
「こんなの、検体に比べたらなんてことねーよ。……うわ、初めて検体の痛みが役に立つじゃん」
「馬鹿なこと言って……んぅっ」
はいはい、うるさい口はさっさと塞ぐ。
ついでに手錠も掛ける。
「っ…ん、は、んん…っ」
久々のキス。
絡み付く舌から伝わる熱と、息遣い。俺にはない体温。
ああ、これヤバイな。
「…我慢出来なさそう」
「あ、ぁあっ!」
10日ぶりくらいなのに、大晟の後孔はすんなりと指を受け入れる。あっという間に3本の指を咥え込んだその理由は、大晟が自分で言っていた通りだ。
さっきはどうでもいいって言ったけど…実際にそれ事態はどうでもいいんだけど。現実でそうだったんだなって実感すると…なんつーか。
やっぱり、気にくわない。
「早いけど、もう挿れるぞ」
押し当てて、一気に押し込む。
「あっ…ぁ、うああ!!」
大晟の体が一度ビクッと強張り、そしてずぷっと音を立てて俺のものを呑み込んでいく。けど、殆ど慣らさない状態だったからか、流石に少し窮屈だった。
圧迫感が苦しいのか気持ちいいのか、大晟はぎゅっと目を閉じて何かに耐えている。頬を伝う生理的な涙を舌で掬うと、またビクッと体が跳ねる。そして、開かれた瞼の向こうの…蕩けそうな瞳が見えた。
「挿れただけなのに、もう堕ちんの?」
「…うるせぇ」
「あ、まだ悪態吐く程度には正気なんだな」
「ひぁっ、ああ!」
睨み付けるような視線も、動き出せばたちまち快楽に呑まれてしまう。
その快楽に追い討ちけを掛けるように、動きを早める。逃げ場のない大晟は与えられる快楽に体を震わせながら、ただ喘ぐ他ない。
「あ…ぁ、かな…ま、て…」
耐えるように閉じられた瞳が再び開き、生理的な涙がまた頬を伝った。そして何かを訴えるような視線で、俺を見る。
まだそれほど激しく動いた訳じゃないのに、理性の限界がもうすぐそこまで来ているようだった。
「何?」
動きを少し緩め顔を寄せ、耳元で問いかける。
すると、大晟の体がまたビクリと跳ねた。同時にきゅっと締め付けが強まり、限界が近い視線が快楽にゆらゆらと揺れている。
「あ、あっ…まて…って」
「なんて?」
「っあ、―――!!」
「っ!」
再び耳元で問いかけた瞬間。大晟は声にならない喘ぎ声をあげて、体を仰け反らせながら果てた。同時に、俺のものを咥え込んでいる口がぎゅうっと締まる。
危うくイくところだった。
「…は…あ…」
余韻に浸っているのか、大晟は虚ろな視線で息を吐いていた。イく瞬間程じゃないが、今もまだきゅうきゅうと締め付けが止まらない。
つーか、いつから耳元で囁いただけイくようになったんだよ…なんて、聞くまでもねぇけど。俺が独房でアホみたいに転がってた7日間で、新しく教えられたってことは明白だ。
「……ムカつく」
「あっ…ぁ、ああ!!」
思いきり突き上げると、大晟は直ぐ再び快楽に身を投じる。そして、墜ちていく。
快楽に墜ち、今にも溶けてしまいそうなこの顔を。俺以外の誰かが弄び、快楽に沈めて、喜んでいたなんて。
考えただけで虫酸が走る。
しかもそれが俺のせいだってことが、どうしようもなく腹立たしい。
「……また全部、俺専用にしないとな」
苛立ったところで、どうすることも出来ない。そもそも、最初からそうだったんだから、今さら何気にしてんだって話だ。
誰に何をされて、何を教え込まれていようと。今までみたいに全部、俺の専用にすればいいだけだ。
「な、大晟?」
「あぁっ…ん、ああ!」
奥を突き上げ喘ぎ声に揺れる体を抱え込み、唇を重ねる。大晟は自ら求めるように、舌を絡めてくる。
僅かに視界に入る苦しそうな表情が、堪らなくエロい。
「ん、ふっ…んんっ」
俺の動きに合わせるように腰が揺れる。
ずぷずぷと厭らしい音が耳に響き、締め付けが強まっていく。
「…大晟、気持ちいい?」
「あ、ぁ……こ、れ…取っ…」
俺の問いに答えることなく、大晟は腕を揺らす。手錠がガチャッと音を立てた。
「これ?手錠?…何で」
「はや、く」
懇願するような大晟のその切ない顔にきゅんとして…これで6つも年上なんて信じらんねぇ。って言ったら、きっとたちまち正気に戻って殴られるな。
だから、余計なことは言わず要望通り拘束を解く。すると、すぐさま両腕が俺に向かって伸びてきた。
「…ん…つめた…きも…ち……」
俺の首に腕を絡め、体を密着させ。大晟はそう囁き、静かに息を吐いた。
きゅうと締め付けが強まると同時に、背筋がゾクッとした。
「…相変わらず、どんな感性してんだよ」
何だよ。
ちゃんと俺専用のままじゃん。
「あ…、あっ、ああ!」
密着させたまま動きを再開する。
耳元で喘ぐ甘い声と、俺にはない体温。
その蕩けた瞳も、全部。
全部、俺専用だ。
「大晟、イく」
「っ、あ、あっ…ああッ――!!」
「ッ…!」
抱き締めて最奥を突き上げると大晟は俺の首元に顔を埋めながら、再度果てた。同時にぎゅっと締め付けられ、溜まっていた欲を大晟の中に吐き出す。
俺の欲を受け止めながら微かと震える体を抱き締めると、それに答えるように俺の首に絡まっていた腕がきゅっと強く締まった。
もう。二度と、絶対(誰にも、どこにもやらない)
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