Long story


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42

 苦労の末に行き着いた答えが。
 想像の範疇を越えるものだとしたら。
 選ぶか。逃げるか。

Side Taisei


 準備はいいか。と龍遠に聞かれた。
 しかし、聞いておきながらなんて返答する前に始めるのだから問いの意味がない。
 ゴトンと箱がどこかに着地してからしばらく、船酔いのような気分と目眩に襲われた。それは俺だけではなかったようで、真と捷も頭を振っていた。

「大丈夫か?」
「うん、平気。捷くんは?」
「よゆー。…けど、無事に着いたのか?」

 捷が首を傾げると同時に、まるでそれを聞いていたかのように壁が開き始めた。
 箱の中に、徐々に光が差し込んでくる。

 ここに至るまでのとても険しいとは言えない道のりが脳裏に浮かぶ。
 1000体のアーマーをまるで蟻を踏み潰すかのように蹴散らした享は、「今日はスッキリした」と清々しい表情を浮かべていた。享にほとんどの獲物を取られてしまった猫たちが不服そうににゃーにゃー鳴く姿は可愛らしさもあったが、それでも俺は若干引いていた。
 それから真があっという間に塔の入り口にあったロックを解除し、中に入ると真っ白な空間が広がっていた。そして蒼がポケットから古の遊び道具ルービックキューブを取り出し、それがルービックキューブという名前だと教えると大層感心していた…なんてことはどうでもよくて。要が看守室から拝借したそれを譲り受け、軍事用の特種な部品で組み換えて大きさが自由自在になるものへと改造したらしくそれがエレベーターとして活用されることとなった。
 実際に人が数人乗れるほどの大きさになるのを見ると驚きを隠せなかったが、真と捷はかなりはしゃいで乗り込んだ。俺もそれに続き扉が閉まると、心の準備もされないうちに―――冒頭の龍遠の問いかけに至ったわけだ。
 

「………とうとう…ここまで来ちゃった」

 上空には無数の星が輝いているのが見えるが、これは窓ではなく天井だろう。これだけ快晴だというのに、月がない。
 そしてその星空の真下にひっそりと、真っ白い小さな家ーーというには心もとないが、小屋のようなものがあった。
 真が信じられないというように呟くのを聞きながら、俺も思わず息を飲む。

「ほら、行くぞ」
「わっ」

 固まっている真の背中を軽く叩いて、前に進む。
 小屋の前に着くと、透明な自動ドアが待ってましたと言わんばかりに入り口を開けた。

「普通に入れるとか、ちょーゆるいじゃん」
「この先に気合い入れてるから、大丈夫だと思ったのかな?」
「看守ってなんで中途半端に抜けてるんだろうな。…いや、中途半端じゃなくても抜けてるか」

 捷の言葉には全面的に賛成だ。
 予算の関係なのかもしれないが、それにしても所々で手を抜きすぎだ。というより、金をかけるところが片寄りすぎだ。
 1000体もアーマーを整備する暇があったら、各所の入り口のセキュリティをもっとマシに出来ただろ。


「写真と同じだ」

 自動ドアを通って中に入ると、真がそう言葉を漏らした。
 目の前に、真っ白い部屋が見える。しかし、立ち位置的にその部屋の入り口は見えず、一角がこちらを向いていた。
 視線を横に流すと、今いる部屋の隅ーー入り口を左に向かって最初の角と、その真向かいの角に何か機械があるのが分かる。
 なんだか角ばっかりだな。この部屋を設計した奴は角が好きなのか?

「…じゃあみんな、位置について」
「え、待って。俺まだ何やるか教えてもらってねーよ?」
「あ、忘れてた」
「ちょっとまこちゃん!?」
「あはは、ごめんね」

 おいおい、そんなことで大丈夫なんだろうな。
 苦笑いを浮かべた真が、ポケットからスマホを取り出し捷に説明を始めた。理解出来るのかどうかは分からないが、仔猫たちもそのスマホを覗き込んでいる。

「……で、俺はこれと」

 真ん中の部屋をぐるりと一周すると、2つ目の角を曲がったところに入り口があった。ここへの入り口と同じ透明な自動ドアのようだが、暗くて中は見えない。多分、何かしらフィルムでも貼っているのだろう。
 そしてその自動ドアの前に、真と捷の前にあるものとは違う機械が据え置かれてある。特にボタンも何もない機械には画面だけが備え付けられているが、その画面も真っ暗だ。


「よし、始めるよ!」
「え、ちょっと待って心の準備が!」

 既に自分の操作する機械の前まで移動していた真が勢いよく叫ぶと、まだ自分の操作する機械に辿り着いていない捷が叫び返す。

「2人とも、見守っててね」
「にゃー」

 おい本当に大丈夫なのか?
 捷のこと完全に無視して猫に癒し求めてっけど、大丈夫なのか?

「ねぇまこちゃん聞いてる!?」
「考えると余計に出来なくなるよ!直感でやって、直感で!」
「そんな無茶苦茶な…!!」

 本当に無茶苦茶だろ。
 え?マジでこのノリでやるのか?本当に?

「3、2、1」
「あー、もう!」

 バンッと、2人が同時に機械を叩いた。
 それから間もなく、機械の中からPCのディスプレイとキーボードのうなものが出現する。
 ほぼ同時に、2人が出現したキーボードに手を置いた。

「手加減しないよ捷くん!」
「どっからでもかかってこい!」

 2人の目付きが変わる。
 そして、高速でキーボードを叩く音が部屋に響き始めた。
 …けどお前ら、何で今から戦うみたいなやり取りなんだ?
 まさか、こんな重要な局面で競いあってるわけじゃねぇよな?…ちょっとあり得そうのが怖ぇよ。
 いや待て、確か同時に解除しなきゃいけねーんだよな?それなら競っちゃダメだろ。

「第1のロック解除!僕の勝ち!」
「そういってる間にもう第2ロック解除!逆転!」

 いやいやいやお前ら!マジで競ってんじゃねぇよ!
 ちゃんと最後は共同作業してくれんだろーな!?

「むー、捷くんのくせに!はい第3ロック解除!」
「年下に負けたりしねーよ!第4ロック解除!…残すはあと1つ!」

 心の中で突っ込みまくってる間に、とうとう最後まで来てしまった。
 俺の不安を口に出した方がいいのか、それともテンポを乱さないようにそっとしておいた方がいいのか。
 ………ここまで来たら、信じるしかねぇだろ。

「む。ラストはちょっと手こずりそう…」
「そう?俺は余裕だけど」
「前言撤回!こんなのチョーよゆーだよ!」


 やっぱ口出ししようかな。


「よし、このままいくと俺の勝ち!」
「甘いね!僕の方が早いよ!」


 ダメだ、もう我慢出来ねぇ。


「どっちが早くてもダメだろ!同時に解除しろ!」
「あ」


 2人の手が同時に止まる。
 その表情は先程までの好戦的なそれとは違い、若干青ざめているように見えた。
 少し…いやかなり、とても、本当凄くーー嫌な予感が、頭を過る。
 

「………解除しちゃった」


 あー、もう!!
 お前らを信じた俺がバカだった!!



<ロック解除制限まで残り5秒…>

「あ?」

 目の前から音がし、視線を向ける。
 真っ暗だった画面には数字の羅列が次々と写し出され、そしていつの間にかキーボードが出現していた。


<4、3……>

「ーーー…」


 頭で考えるより早く、手が動く。



<2……カウントダウンを停止します>



 
 流れるように写し出されていた数字の羅列が、動きを止める。



「………あっぶねぇ」

 咄嗟に何をやったのか自分でも分からないが、とにかく時間制限は止まったようだ。
 手先が衰えてねぇのはたまにPC作業でウイルス流してたおかげだな。こういう時のためにやってたんだよ、うん。

「え?今なにしたんだ?…何で止まってんの?」
「僕にも分かんない。だって目に見えなかったもん」
「えぇ…目に見えない早さで動くとかどんだけ…」
「前から思ってたけど、やっぱり異常だよ…人間業じゃないよ……」

 何つー目で人を見てんだお前ら。蹴り飛ばすぞ。
 いや、それ以前に。
 既に蹴り飛ばされても仕方ないことしてんだろ、コイツら。

「てめぇら、人のことあーだこーだ言う前に言うことがあるんじゃねぇのか」
「…あー……」

 あーじゃねぇぞ、この馬鹿共が。
 2人して渋い顔しやがって。

「カウントダウンが始まったってことは運よく同時に解除してたんだろうがな、だからいいって話じゃねぇからな」
「……ごめんなさい」
「にゃー」

 くっ。猫まで頭下げやがる。
 可愛くて許しちまいそうじゃねぇか。
 …いやまぁ、要ほどじゃねぇけどーーって、何考えてんだ俺は。頭が沸いてんじゃねぇのか。

「もういい。結果オーライってことにしといてやる」

 コイツら見てっと余計なこと考えちまう。
 ああでも、要とかもこうやって面倒になって甘やかすからいけねぇんだろうな。
 …いやだから、何でだよ。何なんだあのエロウサギ!いちいち俺の頭ん中に出てくんな!

「たいちゃん、大丈夫?」
「は?」
「1人で百面相してるから……」
「……何でもない」
 
 とにかく今は先に進むことを考えないと。要のことは後回し…いやまぁ、アイツのためにここにいんだから後回しにしちゃいけねぇんだけども。
 ああー、面倒臭ぇ。もう何でもいい。
 俺は、とにかく、この、ロックを、解除するんだ!邪魔すんな!
 …誰に向かって吠えてんだ。はぁ、疲れる。

「…って言いながらまだ百面相してっけど……」
「ここに上がってくるときに頭でも打ったのかな…?」
「打ってねぇよ。ロック解除するから、ちょっと黙っとけ」

 画面に視線を向けると、先程と同じように数字の羅列が固まったままだった。
 フリーズしたままではどうしようもないので取り敢えずモニターのエンターキーを叩くと、パッと画面が切り替わりセキュリティコードが画面一杯に写し出された。
 真はここのセキュリティは一筋縄ではいかないと言っていたが。エンターキーひとつでセキュリティコード丸出しなんて、一筋縄どころか紙紐レベルじゃねぇか。

「……制限時間に全エネルギー費やしてたのかな?」

 いくら杜撰なセキュリティとはいえ、5秒の制限時間となると厳しいものはある。それに、焦りも出て突破される可能性は格段に減る。
 けどよ、その制限時間を簡単に解除されたんじゃなんら意味ねぇだろ。

「ほーらやっぱり、抜けてんだって」
「うーん…でも、それにしても緩すぎる気がするけど……」

 呆れたような捷の言葉に真が難しい顔で返している間に、何の手間もなくロック解除が終わってしまった。
 楽なのに越したことはないが、流石の俺でもここまで呆気ないと何か裏があるんじゃないかと疑ってしまう。

「ま、いんじゃね?開いたんだし」
「それもそうだね。…じゃあたいちゃん、いってらっしゃい」

 軽い口調で放たれた捷の言葉に返した真は、そのまま俺の方に向く。
 さよならと言わんばかりに手を振り始めるが、俺にはその行為が全く理解ができなかった。


「お前、行かない気か?」

 もう1年も会っていない恋人が、この先にいるというのに。まるで、あくまで自分は部外者だと言わんばかりの態度だ。
 俺が驚きを隠せずに問うと、真は苦笑いを浮かべた。



「会うと、帰れなくなっちゃうから」


 だから行けない。
 そう、真は悲しそうに笑った。


 瞳の奥に、今もまだ葛藤している姿が見える。俺がここに来ると言い出してから昨ずっと、今もまだ悩んでいる。
 てっきり付いてくるとばかり思ってた俺は、今の今まで真のそんな葛藤には全く気が付かなかった。

 あの日。
 初めて真に会った日のことを思い出した。


 あの時も、こんな風に真は笑っていた。



「真…」

 何も気付かなかった。
 今までずっと。俺は、要の……自分の中のことしか考えてなかった。

 こんな年下にの子供に。こんな顔をさせるなんて。
 謝ろうと口を開きかけた俺に、真は首を振る。

 それから、今一度「いってらっしゃい」と笑顔を向けた。



「……じゃあ、行ってくる」 

 きっと、何を言っても慰めにはならない。分かりきっていることだった。
 だから俺は、謝るのをやめた。
 
 これは明らかに俺のせいだが、それでも元を辿れば中にいるロリコン詐欺師が濡れ衣を着せられたことが根本の原因だ。
 罪悪感の拭えなかった俺はそう責任転嫁をして気分を持ち直し、笑顔の真を背に、自動ドアの扉を開いた。



「薄気味悪ぃな」

 自動ドアが閉まると、パッと自動的に部屋に明かりが灯った。しかしそれは豆電球程度の明かりで、すぐにはと室内の様子を詳しく伺うことが出来ない。
 しばらく目を凝らして見ていると、部屋の中の様子が徐々に視界に入ってきた。
 部屋の中には、要が特別独房の説明をしてくれた際に示していたのと合致した大きさの箱がポツンと置かれている。大きさ以外に箱の全容が見えないのは、上下側面全てが鎖がぐるぐる巻きに覆われているからだ。その隙間からいくつもの管が繋がっているが、真っ黒い管なのでその中身は見えない。

「…なんとまぁ、単純な」

 ここまで来て、更に看守たちの無能さがありありと分かる光景を目に入った。
 きっとこの箱のもそれなりのセキュリティなんだろうと思っていたのだが。
 それがなんとお粗末なことか。箱の隣には何の変哲もないレバーがあるだけで、それもマジックで「↑開く」「↓閉じる」と記されているだけだ。

 一瞬、罠だとも考えた。
 しかし、どこをどう見渡しても他にそれらしい機械はない。
 誰もここまで侵入する者がいるなど微塵も考えていないということだ。

 結果的に、やはり看守共が呆れも通り越すほどに馬鹿だということにして。
 俺は勢いよくレバーを上げた。




「出てこい、くそロリコン詐欺師」

 バチンッと、音がして管が次々と外れていく。
 看守は馬鹿の集まりということで間違いないようだ。

 てっきり液体か何かが漏れ出すものだと思っていたが、管は勢いよく空気を噴き出すだけだけだ。完全に管が外れると、今度は絡み付いていた鎖がジャラジャラと音を立てて床に積み重なっていく。現れた箱は金属製のようで、パズルを組み立てたような柄だ。


 ゆっくりと、箱の蓋が開く。



 
 

「……久しぶりだな、大晟」


 ちらりと俺を見た顔が、そう声を出す。
 箱の中から顔を覗かせて立ち上がろうとしているその男に向かって、俺は思い切り拳を振り上げた。


 **


「ぐッ…!?」

 本当は顔に一発かましたかったが、傷がつくと真に申し訳ねぇからな。
 腹で我慢してやった俺に感謝しろ。いや、真に感謝しろ。
 

「大晟てめぇ…久々に会った旧友に殴りかかるたぁどういう了見だよ…」

 腹を押さえながら再び立ち上がろうとしている椿が、鋭い視線で俺を睨む。
 1年も箱に入ってたくせに髪が伸びている訳でもなく、髭が生えているわけでもない。それどころか数年も会っていない俺が知っている姿と、囚人服を着ているということ以外何ら変わらない容姿だ。
 もしホームレスみたいになってたら写真でも撮って真に見せてやろうと思ってたのに、つまんねぇな。

「うるせぇ黙れ。真が泣くのも要が捕まったのも全部お前の筋書き通りだってのに、殴らない訳ねぇだろ」

 俺がいることに何ら驚く様子も見せないのがその証拠だ。
 普通に町で出くわしたみたいな挨拶しやがって。


「ああーー!」
「うわ!?何だ急に!」
「まこちゃん!!」
「はぁ!?」

 何で急に倒れ込むんだよ!怖ぇわ!
 かと思ったらすぐさま立ち上がって頭を抱え出すし、怖いというより気持ち悪い。

「まこちゃん!会いてぇ!!」
「…自業自得だろ」
「でも会いてぇんだよっ!まこちゃんまこちゃんまこちゃーーんっ!!」

 麻薬の禁断症状みたいに騒ぎやがって。叫んでも真は出てこねぇよ。
 気色悪ぃな。
 気持ちは分からんでもないが、もっと真みたいな慎ましさを持て。
 二度目だが気色悪ぃな。

 真はきっと椿が真を思う存分よりもずっと、椿のことを思ってるはずなのに。

 それなのに。
 あの扉の前で、泣きそうな顔をして……笑っていた。


「真に……あんな顔させたのはお前だろうが」


 俺にも多少、原因はあるかもしれねぇけど。
 責任転嫁するって決めたから、やっぱり全部お前のせいだ。


「まこちゃんは………大丈夫だろ。猫がいる」

 項垂れていた椿の視線が俺を見る。
 やはり、それも全部分かってあの地区にしたってことか。

 ーーだが。


「結果的に大丈夫だったら泣かせてもいいってのか?」
「容赦ないねぇ。でも、あの時は他に方法がなかった」

 それでも多少は後悔しているのか。椿はため息を吐いて、その場にあぐらをかいた。
 1年も同じ体勢で座っていたのに、出て来ていきなり倒れ混んだり叫んだり項垂れたりと、動きすぎて体力がもたないのか。普通は1年も同じ体勢でいたら立つこともままならないはずだから、あれだけ動けるだけでも大したもんだが。


「まこちゃん…全部知ってんの?俺が分かってて捕まったこと」
「知らねぇよ。自分で土下座なり切腹なりして謝るこったな」

 それで許してもらえなきゃいい。
 真は絶対許すだろうけどな。だから、俺は何も言ってない。
 もし俺が言うと、椿が出てくるまでに真が許しちまう可能性があるからな。出てきて自分の口で謝罪して、しばらく接近禁止にでもなってればいい。

「怒るだろうからなぁ。謝って許してくれるかねぇ…」

 椿は不安げに言葉を漏らすが、真が許してくれないわけないだろ。
 今はそんな分かりきったことを不安視してる場合じゃねぇんだよ。

「んなことより、さっさとここから先の筋書きを教えろ」
「今の状況も分かってねぇのに、この先の筋書きもくそもないだろ」

 何を減らず口を。

「テメェの書いた筋書きだろうが」
「…お前から要の名前が出てきた時点で、俺の筋書き通りには進んでねぇよ」

 そう言うと、椿は人差し指で床をコツコツと叩いた。俺に座って状況を説明しろということらしい。
 癪に障るが、ここは話を進めるためにも大人しく従う他ない。

「………真が俺をあいつから一番遠くの地区に入れることは?」
「予想は出来てた」
「そこが要のいる地区だってことも分かってただろ」

 俺の言葉に、椿は頷く。

「有里や稜海辺りとは話す機会さえあれば気が合うのは分かってた。そうすれば他の連中も自動的に付いてくるし…実際そうなった結果、今こうしているんだろうしな」

 ということは、俺がここまで来る方法まで全部考えてたってことか。
 それでよく今の状況が分からないなんて言えたもんだな。


「…けど、要はーーあの性欲馬鹿には、お前は近づかないだろうと思ってた」

 続けざまにそう言われて、少し考えてみた。
 もしも最初に会ったのか要でなかったら、俺は要に近づかなかっただろうか。
 ……絶対近づかなかったな。
 一緒の部屋にならなくても、あの地区にいればアイツが性欲モンスターなのはすぐに分かっただろう。例え何かの機会で有里や稜海と知り合ったとしても、あの性欲モンスターにだけは近寄ろうとはしなかったはずだ。


「…俺が入るはずだった棟を壊して、同部屋になった」
「何やってんだあの馬鹿。…で、まんまとオモチャにされたってか」

 椿は冗談混じりに笑うが、お前それ冗談になってねぇからな。

「はっ、残念だったな。俺はペットまで昇格した」
「………は?」
「専用首輪まで付けられて大層大事に…はされてねぇな。…大体想像付くだろ」
「付かねぇよ、最初から説明しろ」

 椿は顔をしかめて床を叩いた。
 何で俺がここに来るまでの手段まで想像できるのに、こんな簡単なことも分かんねぇんだよ。面倒臭ぇな。

「要と同部屋になる。ちょっとしたミスでオモチャになる、ひと悶着あってペットに昇格する。俺にちょっかいをかけてきたスペードのAに要が喧嘩を売る、殺されそうになったのを俺が助ける。色々あって要が今検体漬けになりかけてて時間がない。さっさとあいつを攻略する方法を教えろ」
「一気に捲し立てんな。つーか、国も簡単に潰すくせに、何であんなガキに引っ掛かるんだよ……」

 てめぇ笑ってんじゃねぇ。

「牢獄に隠しカメラなんて仕掛けてると思わねぇだろ。…つーか、そんな話はいいんだよ。時間がねぇっつってんだろ」
「いや…いやいや…21にもなって14のオモチャってお前……どんだけ虐げられるの好きなんだよ」
「ここから出す前に殺すぞロリコン詐欺師」

 こんな奴のために危険を冒して…俺はほとんど何もしてねぇけど。
 とにかく、労力を使ってここまで来たことを後悔しそうだ。

「誰が詐欺師だ。策士と言え」
「うるせぇ。状況が分かったならさっさと筋書きを話せ」

 あと、ロリコンは否定しねぇんだな。
 事実だから、否定しようもねぇんだろうけど。だからって受け入れるってのもどうなんだよ。


「ある意味絶好のチャンスとも言えるが…」

 椿は腕組みをしてから、顔をしかめる。
 チャンスって何だよ。
 全部シナリオ通りなんじゃねぇのか。

「…終わりの筋書きまで組んでんじゃねぇよか、お前」
「俺の筋書きでは、この牢獄に入れられたお前が何らかの形で真に接触し、同情して俺を助けようとするって予定だったんだよ。そして助け出すためにはスペードのAを攻略するしかない。攻略するには俺に会うしかない…で、ここにやって来るって寸法だ」

 こいつ…本当に最初から俺を利用する気満々じゃねぇか。
 いや、まぁいい。それは今はいい。

「…経緯はどうあれ、来たんだから一緒だろ」
「全然違ぇわ。俺を助けるためじゃなくて、俺の予定になかった要を助けるためだろが」
「結局攻略するなら同じだろうが」

 むしろ、お前を助けるためじゃなくてせいせいする。

「同じじゃねぇよ。俺を助けるためなら時間はいくらでもあるから、長いスパンで攻略する予定だった」

 そこでようやく、椿の言いたいことを理解した。
 既に一年もここにいる椿にとって、それから先がどんなに長くなろうとどうでもいいということだ。だから、時間をかけて俺があの男を攻略するための攻略法を考えていた。
 だが、実際にやってきた俺には。
 要には、時間がない。

 つまり椿の考えた筋書きは全く役に立たないということだ。
 しかし、こいつはさっき絶好のチャンスだとも言った。

「じゃあ、何がチャンスなんだ」
「天才的な頭脳が、いち早くあのイカれブリザード君を攻略する最高で最悪の方法を思い付いたんだよ」
「…………」

 イカれブリザード君……。
 イカれブリザード君………イカれブリザード君って。
 ダメだ、3回繰り返してもでも色々やばいぞ。

 お前それ、ここに1年入っている間に考えたのか?1年考えてそのネーミングセンスなのか?他に候補はなかったのか?
 …一瞬、頭の中で疑問がひしめき合って、結局突っ込むのはやめた。

「まぁ、どうするかはお前次第だからな。とりあえずイカれブリザード君について話すか」
「……やっぱり無理だ。イカれブリザード君が気になって話が入ってこねぇ。違う呼び方に変えろ」
「何だよ、気に入ってたのに。他には……ミスターアイアンメイデン君と、クレイジーアイスマンと、氷の腐れ拷問マニア……」
「やめろ。イカれブリザード君でいい」

 もうそれ以上聞かせるな。

「…お前は、あのイカれブリザード君の能力にもう気づいてるのか?」
「俺にそれを聞くってことは、やっぱりただの氷じゃねぇんだな」

 俺が拷問されていた頃、イカれブリザ……あの男が作り出していたのはただの氷だった。くそ、インパクトが強すぎて引っ張られるじゃねぇか。
 ……とにかく。俺が知っている時と能力が同じなら、わざわざそんなことは聞いて来ないはずだ。

「最初は水が乾いたか、溶けた水をまた氷にしてどっかに持っていったか…殺した時そのまま持っていったか…そもそも、氷で殺したんじゃないのか…とか、色々と考えた」

 水が乾いたという可能性もなくはないが、例え乾いていたとしても、殺された当時濡れていたのかどうかを判断することは出来るはずだ。

「…まさか、はるか昔の技術が蔓延っているこの牢獄では、犯罪の調査も昔ながらとか言うんじゃねぇだろうな。それなら、その時点でもうお手上げじゃねぇか」
「さすがに34人も死んでりゃ最新技術を駆使して捜査するに決まってんだろ。死体のあった部屋からは氷が溶けたような形跡は見られなかったらしい」

 俺が口に出した言葉から溶けた氷について考えていたことを察したらしい椿は、そう説明してから組んでいた腕を組み替える。

「作ったものを溶かすことは出来たが…また氷に戻すってのは見たことがねぇな。…そもそも、溶かしたならやっぱりそこに跡が残るだろ。人を殺すほどの氷をそのまま移動してたらいくら何でも目立つだろうし…別の場所で溶かしたとしても、トイレかシャワー室くらいしか隠蔽出来ないだろ」
「例え見たとしても、あの独裁政治地区では誰もが口をつぐむだろうよ。まぁでも、あの地区の囚人が全員嘘発見器にかけられたが見た奴はいなかった。…見た奴まで全員殺してたら話は別だけどな」

 それが冗談ではなく、本当に有り得ることだから笑い事ではない。
 もしそうなら、それこそお手上げだ。
 いや、だが。

「そんなことしてたら34人じゃ収まってないだろ」

 1人殺して氷を移動させる時に見られたから、そいつも殺す。同じ殺害方法でまた氷を移動させている時に見られたらまた殺す。
 なんという無限ループだ。確かにそれでは切りがない。そんなことを続けていたら、その地区からあの男以外の囚人がいなくなってしまう。

「そうやって色々考えた結果…イカれブリザード君には、新しい能力が目覚めている可能性が高いという結果に行き着いた」
「……そういうのは調べられなかったのか?」

 怪しいことがあったら、とことんまで突き詰めるべきだろ。
 俺はイカれブリザ…あの男…もういい。イカれブリザード君でいい。とにかくあいつが捕まって、施設に行く前に一度検査を受けたことがる。
 その時に色々な検査をされて、それで初めて自分の能力について詳しく教えられた。まぁ、施設に入ってすぐにそれに関する全てのデータを改竄してやったが。
 この牢獄はロイヤルなんて制度があるくらいだから、能力を調査する機関だってあるはずだろ。

「もちろん新しい能力に関する様々な検査にかけられた。だけど、氷に関すること以外の能力は認められないとの結果が出た」

 お手上げポーズを取る椿が、妙に憎たらしい。

「…目覚めてねぇじゃねぇか」
「だがその結果が出て数日後に、能力検査を担当した看守が死んだ」

 何だよそれ。

「そんなもん確信犯だろ」

 グレーゾーンとかそんな問題じゃねぇぞ。
 どこからどう考えても真っ黒だろ、そんなもん。まっくろくろすけもビックリの真っ黒具合だ。

「多分、最初は看守を買収して嘘のデータを出させたんだろうよ。けど、やはり不安材料は残したくないと思った結果…そうだ、殺してしまそう。イカれブリザード君の辞書に躊躇なんて言葉はありません」
「……看守共は何も動かなかったのか」
「死んだのが牢獄の外で…それも心臓発作だからな。イカれブリザード君が外とも繋がってるってのはまことしやかに囁かれてるが、噂だけでは流石に手は出せまいよ。結局病死で終わりだ」
「くそみてぇだな…」

 やっぱりどいつもこいつも無能ばかりだな。無能の宝庫か。
 いやまぁ、真の口ぶりからするにそうじゃない看守も少数いるんだろうけど。無能の中に少数だけ優秀な看守がいたって意味はない。

「まぁ看守は気の毒だが、そのおかげでやっぱり新しい能力が目覚めてると俺は確信したからな」
「……調べたのか?」
「色々と手は回したが結局分からなかった。てことで、とりあえず一時撤退だなと思ってここに来た」

 一時撤退で特別独房に来る気になる、その神経が俺には分からない。
 頭のおかしさでいうならイカれブリザード君に引けを取らねぇぞ、お前。



「…で、1年も入って考えたんなら答えは出てんだろうな?」

 まぁ、じゃなきゃそんな悠長に構えてねぇだろうけど。
 俺の問いに、案の定椿は頷いた。

「この世の中には、便利な溶けない氷があるだろ。いやまぁ…実際には氷じゃないが、氷みたいなもんだから氷でもいいだろ」
「溶けない氷…?」
「今時あんま使われることもねぇけどな。イカれブリザード君が嫉妬して4年も拷問するくらい頭いいんだから、お前なら分かるはずだ」

 今時あんまり使わない溶けない氷?
 何だそれは。
 氷が溶けなきゃ、それはもう氷じゃねぇだろ。
 ああ、実際には氷じゃないって言ったか。でも氷みたいなもんって…何だよそれ。
 大体、凍ってるものが溶けなきゃどうなるってんだよ。いきなり消えてなくなるとでもいうのか。

 ん?

 消えて………なくなる?



「ーーーーそういうことか」


 突然、頭の中でジグソーパズルが始まったような気分だ。最初から全てのピースの場所が分かっているのかのように、高速で組み上がっていく。
 そしてあっという間に、完成に向かう。

「分かったか?」
「ああ」
「で、次は攻略法だが…」

 そこで椿は言葉を止め顔をしかめる。
 チャンスだと言いながら顔をしかめた時と同様に。
 いったい何が、最高で最悪なのか。

「何だよ?」

 言いたくないと、俺の質問に答えない椿の顔が語っている。
 しかし俺が「早くしろ」と催促すると、仕方ないと言わんばかりに口を開いた。

「まず元々の予定からだが……お前も知っての通り、イカれブリザード君はプライドの塊だ。プライドという細胞が突然変異を起こして形成されたのがあの男に違いない。頭のてっぺんから爪先まで…」
「おい」

 プライドという細胞って何だよ。
 そんなもんねぇよ。
 こんなとこ閉じ込められてディスりまくりたい気持ちは分かる。
 けどそれはまた今度にしてくれ。

「爪先までプライドのプライド星人だ。そんなプライド星人イカれブリザード君の、大事な大事なプライドをへし折ったらどうなると思う?」

 止めたのに最後まで言い切んのかよ。
 おまけに言葉のひとつひとつに悪意がすげぇわ。
 ……もう考えないようにしよう。いちいち反応してっと話が全く来ねぇ。
 ええと何だったか。
 ああ、そうだ。あの男のプライドをへし折るとどうなるか。


「まず間違いなく殺されるだろうな」


 俺は殺されず、遊び道具とされた。
 それはあの男がまだ誰も殺したことがなく、囚人でもなかったからだ。
 だが今はそうではない。
 今あの男は簡単に人を殺す。現に殺している。
 だからもしまたプライドを傷付けるとこがあれば…あまつさえへし折る何てことになれば。
 瞬く間もなく殺される。

「そう、それも何振り構わず殺しに来るに違いない」
「……そうだな」

 両親を殺した時のように。
 激昂した感情に任せて殺すだろう。
 これまで築いてきた地位、名誉、隠してきた犯罪。
 そんなことには見向きもせずに、その相手を迷わず串刺しにするだろう。

「上手くやれば、それであいつをここにぶち込める。そしてお前なら上手くやれる」
「……俺に殺されろってことか?」

 別に死なねぇからいいけど。
 いや、よかねぇよ。
 死なないと分かってても、きっとどうにかして殺そうとするはずだ。もしくは死んでるのと同じ……やめた。
 考えたくもない。

「殺されろとは言ってない。監視カメラのあるような場所で激昂させてイカれブリザード君の新しい能力を引き出せって話だ。大勢の看守の目の前とかだと流石に口封じも出来ないだろうから、それもありだな」

 一見、無茶苦茶な方法に思えるが。
 見境をなくしてしまえば看守がいようがいまいがお構い無しに、それも最大限の力で殺しに掛かってくることは目に見えている。
 だから、利にかなっていなくはない。
 そしてそれが成功すればあの男は特別独房か、少なくとも普通の独房には入れられるだろう。
 それだけでは椿の冤罪を証明することにはならないが、あの男の能力が進化していると分かれば看守共はそれを調べる。そしてそうなれば、すぐには無理でもゆくゆくは椿の冤罪を証明することが出来るはずだ。
 だが、それが出来うる攻略法だとしても、そう簡単な話じゃない。

「どうやってあの男のプライドをへし折るんだよ」
「そりゃあ勿論、お前が徐々に追い詰めてくんだよ。あのイカれブリザード君はお前が自分より優秀なことを誰よりも知ってる。けどここじゃあひっ捕まえて拷問漬けにすることも出来ない。だからお前は大手をふってあいつをおちょくることが出来るだろ?」

 もしこんな状況でなくてあの男に出くわしていても、俺は絶対にそんなことはしたくない。
 けれど、それが真のためならば話は別だ。
 真がどんなに反対しても、俺は椿の作戦に乗っていたはずだ。
 嫌々でも、このいけ好かない詐欺師の手の平の上で踊らされていたに違いない。

「まぁ一気にぶちギレさせるのは難しいだろうけど。少しずつのことでも、積み重ねてればいつか爆発するのは明らかだ」

 かつて、両親に誉められた俺を殴り。
 それでも誉められることに耐えきれず。
 そして爆発した。

 それと同じだ。


「爆発すれば、こっちんもん…と」

 そうすれば、椿が語った筋書き通りに進む。
 俺の言葉に椿は一度頷いてから、どうしてか今までにないほどに顔をしかめた。

「やっぱ言いたくねぇな」
「……何だよ、今更」

 先程から、一体何をそれほどまでに躊躇しているのか。

「要が捕まって時間がないから、今の攻略法は使えない」
「でも別の方法があるんだろ?」
「………ある」

 何を勿体ぶってんだこいつは。

「どんな?」
「……一番手っ取り早く確実に要を助けられて…おまけにプライドもへし折れる最高の方法だ」
「だから…」
「けど最低最悪だ」

 だから、さっさとそれを教えろ。
 そう言おうと思った俺の言葉を遮って、椿はそう声を大きくして言った。

「聞かなきゃ最低かどうかなんて分かんねーだろうが」
「いいや、最低最悪だ」
「いい加減にしねぇとぶっ飛ばすぞ」

 往生際が悪いってもんじゃねぇ。
 苛立ち余って胸ぐらを掴むと、椿はどこか観念したように溜め息を吐いた。

「……何で要は捕まった?」
「はぁ?あのバカがあの男に喧嘩売ったからった話したろ」

 ここまできて話を序盤まで引き戻すんじゃねぇよ。
 まじでこのままぶん殴ってやろうか。

「その通り、喧嘩を売ったからだ。イカれブリザード君はいつでも自分が一番であり、全ての人間を服従させる勝者でなくては気が済まない」
「んなこたぁ俺が一番よく知ってる。だから自分に従わない要に……」

 従わなかった要に、制裁を与えることにした。
 それは同時に、要を庇ってあの男に逆らった俺への制裁でもあったということだ。むしろ、あの男にとって重要なのは要ではなく俺へ向けた制裁だ。


「これはあの男の筋書きでもある」

 俺が勘づいたことを察したのか、椿はそう言って深い溜め息を吐いた。今から俺が、その筋書きに従わなければならないこと分かっているからだ。
 しかし、ただ従うわけじゃない。

「それを乗っ取り、書き換えるってことか」

 俺の言葉に、椿は頷く。
 本当に、最低最悪の方法だ。


「それでも、要を助けるのか?」




 いくら本当に最低最悪でも。
 その質問は愚問だ。 




「何度も言わせんな」



 要は絶対に、誰にも渡さない。



どんなことをしても
(今の俺には、それが一番重要なことだ)


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