Long story


Top  newinfomainclap*res




40

 一人は皆のために、皆は一人のために。
 本当にそれが出来るほど、人間はそれほど出来た生き物ではない。
 果たして本当に、そうだろうか?

Side Taisei

 俺が視線を向けて言うと、真はどこか困ったような表情を浮かべた。
 少しくらい驚くかと思っていたので、その反応は意外だった。

「あー、やっぱりそうくる?」
「やっぱり?」

 まさか、真もあのクソロリコン詐欺師の考えに気付いてるのか?
 いや、でもそうなら、あれほど泣きじゃくるほど、思い悩んだりしなかっただろう。

「僕にはよく分からないけど……かすみんも、きっとそう言うんじゃないかって言ってたから」
「…だからその看守は何者なんだ」

 真はさっき、ここに来るまでに話をしたと言っていた。どんな手段を使ったのか知らないが、俺たちが向かった時と同じならかかってもせいぜい20分かそこらだ。俺のことをよく知りもしないくせに、その短時間で俺と同じ結論にいきつくってどういうことだ。
 それ以前に、看守だろ。椿に会いに行く=管理設備をすり抜けて(場合によっては壊して)行くって想像つくだろ。黙認していいのか。

「かすみんはね、超イケメン看守だよ。この牢獄の誰よりもイケメン。誰がなんと言おうとそれは譲らないね」
「いや…、俺が知りたいのはそんな情報じゃなくてだな」
「じゃあ、えっと。……やっぱり、イケメンだな。思い出すだけで笑顔になるレベル。…じゃなくて、うーん……」

 イケメン以外に要素ねぇのかよ。
 確かに、椿以外アウトオブ眼中だった真にここまで言わせるなんて、それはそれで気になるが。
 気になるけど、今はそこじゃねぇんだよ。
 

「あ、そうだ」

 真は何かを思い出したように手槌を打った。
 今度こそ、俺を納得させられるんだろうな。


「椿くんが、絶対勝てないって言い切った人…っていうのはどう?」


 一体どんな看守だ。


「……それは人間なんだろうな?」

 あの自信家が。
 自信で全身が出来てるような奴が。
 絶対に勝てないだと?

 核兵器か何かじゃないのか。


「あはは、面白いこと言うね。まぁ気持ちは分かるけど、ちゃんと人だよ。何度も言うけど、ほんとイケメンなの」
「どう転んでもそこに行くのかよ」

 そこまで言われると、そっちの方が気になっ来たじゃねぇかよ。

「本当にイケメンなんだもん!ね!」
「にゃー!」

 真は手を伸ばし黒猫の1匹を捕まえて、わしゃわしゃと掻き回す。猫と言えば目を離すとそこら中引っ掻き回しそうなものだが、どこも何もなっていない辺りかなり利口な猫のようだ。
 もう1匹がどこにいるのかと探してみたら、享の膝の上でじゃれていた。…どっから猫じゃらしを出してきたんだよ。

「で…かすみんがどれだけイケメンかは、いつか会えば分かるとして。椿くんに会いに行く話だよね」
「あ、ああ…そうだったな」

 け、決して忘れかけてたわけじゃない。
 ちょっとだけ頭の片隅に飛んでいただけだ。


「これが、特別独房までの地図だよ」

 真は背中のズボンに挟んでいたタブレットを取りだし(どうやって固定していたかは謎だが)、画面を俺に向けた。

「…入ろうとしたことがあるのか?」

 やけにすんなりと出して来たところを見ると、あらかじめデータを持っていたに違いない。
 真のことだから、やろうと考えてみたが罪悪感で実行には移せなかったとか、そんなところだろう。

「出来るかな…って、考えたことはある。でも、僕には椿くんに会う資格ないと思ってやめたの」

 ほらな、俺の思った通りだ。

「それに、どっちにしても僕だけじゃ無理だった。…これ見て」

 開かれた地図が拡大される。
 地図の所々にあるサムネイルのひとつをタップすると写真が表示された。かなり巨大な門のようだ。

「まずここが入り口で、場所は共有地の奥にあるよ」

 てっきりその地区ごとにあるのかと思っていたが、共有地にあるということは全地区共通ということか。
 他の地区にーーあまつさえあの男のいる地区にわざわざ足を踏み入れなくてもいいのは、ひとまず助かるところだ。

「ここのセキュリティを抜けるのは僕でも簡単だけど、入ると一斉に1000体のアーマーが襲ってくる。それも、一体一体が簡易的な人工知能で動いてるんだよ」

 つまり、どこかで一括で管理されているわけではないということだ。
 そうなると、大本の管理システムを止めるとか、そういう姑息な手段は使えない。

「物理的に壊すしかねぇってことか…」

 真は頷く。

「走って突破って手も考えたけど、1000体は流石に無理だね。フィールドが狭すぎる」

 なるほど。
 場所に対してアーマーガ密集してるから、足が早くても潜り抜けられないってことか。それならもちろん、隠れて進むような場所もないだろう。
 やはり、正面突破で壊して進むしかない。

「その時点で僕はお手上げ。…で、おまけに能力の類いを使うと特殊なセンサーですぐにバレちゃうから、不死身たいちゃんでもーー能力なしでいける?」
「無理だ」

 相手が人間なら…いや、人間でも無理だろ。
 1000人なんて、戦争レベルじゃねぇか。

 僕はお手上げどろこか、俺もお手上げだ。
 大砲でも持ってこねぇと話になんねぇ。


「じゃあ、俺たちがやるよ」

 仔猫とじゃれあっていた享が声を出した。
 俺「たち」と言いながら、遊んでいた仔猫ともう1匹も一緒に抱えている。

「……その猫と?」
「ああ、亮と彪牙だよ。…お前たちなら出来るよなー?」
「にゃー」

 亮と彪牙だよって。
 そんなナチュラルに言われても困るだろ。お前らもにゃーじゃねぇし。
 それと、享は動物好きなのか。この間の態度と全然違うじゃねぇか。

「あれも検体の結果なんだけど、猫になるだけの力なんて癒し系以外に役に立たないでしょ?だから、特例でロイヤルでも棟の責任者でもないんだよ」
「あ…ああ、そう」

 有里から始まり色々目にして、大噴火大洪水ときたらもう驚くこともねぇだろうと思ってたが。
 これは違う意味で開いた口が塞がらねぇよ。

「相手は人間じゃないんだよ?大丈夫なの?」

 相変わらず仔猫ーー改め、亮猫アンド彪牙猫とじゃれている享に、蒼が心配そうに問う。
 猫に驚いて本題を見失いかけていたが。
 享がけた外れに強いのはこの目で見たから知っている。普通に俺より強い。
 けど、簡易的とはいえ人工知能があるアーマー(それも多分それなりに武装してるだろう)相手がそれも1000体だ。いくらなんでも、3人だけでどうこうなるとは思えない。

「大丈夫も何も、人間じゃないなら遠慮しなくていいってことだろ?」
「……うん、そうだね。心配した俺がバカだったよ」

 つまり…この間の、あの人数を相手にした時も遠慮してたってことか。そう言えばあの時は「ちょっと」スッキリしたって言ってたな。
 一体あの時に出していた力は何%だったんだ。すぐ病気になるって話だが、どこにそんな体力温存してんだよ。
 蒼があんな態度ってことは、本当に心配するまでもねぇってことだろうけど。だからこそ、色々と末恐ろしい。

「…本当にいいのか?共犯になるぞ?」
「うん。せっかくだから久々に全力で遊ぶよ」

 あまり深刻に考えていなさそうだった享に確認を取ると、ここまで来てまだ深刻さの欠ける返答が返ってきた。しかも今遊ぶって言ったよな?マジでどういう感覚してんだ。
 でもーー今は猫の手も借りたい状況だからな。文字通り、享とそれから猫の手も借りるとしよう。

「じゃあ、頼むな」
「にゃー」

 享に抱えられている亮猫アンド彪牙猫の頭を撫でると、2匹が揃って嬉しそうに鳴いた。
 ゴロゴロと喉を鳴らして目を細めるしぐさが、なんとも言えない。

 なんか…あれだな。

 真は役に立たないと言ってたが、癒しっていいもんだな。享が可愛がっているのも分かる気がする。

「あんまり可愛がってると、かっちゃんが妬いちゃうよ」
「あいつにもこれくらい可愛げがあるといいんだけどな」

 たまーに、可愛げがあるときもあるが。
 それに騙されると、後でろくなことがねぇからな。
 やっぱり可愛げなんてねぇな、ってなるんだよ。

「…あいつがムカつく話はいいから、次だ」
「え、ムカつく話なんてしてないけど…まぁいいか。ここを突破すると、次はでっかいタワーが出てくるの」

 俺が話を振ると、一度首をかしげながらも真は再びタブレットを叩いた。
 写真には、筒のような白い建物が空目掛けて伸びていた。これだけ高ければ共有地からも見えそうなもんだが。 

「高さは900メートル。この写真は完成前のらしいけど…今は空と同じ色に塗られてる上に、特殊加工されてるから共有地からでも見えないんだよね。椿くんはこの頂上にいるよ」

 900メートル。その頂上。
 当たり前だが、外壁を登っていける高さじゃない。
 あと、そこまでするならいっそ1000メートルにしろと思う。アーマーに金かけすぎて予算オーバーにでもなったのか。
 この牢獄…馬鹿ばっかりだからな。あり得そうで怖い。

「入り口は簡単なコードだから、僕でも解けるはず…って、かすみんが言っていた」
「もういっそ連れてってもらえよ」

 さっきから何やってんだ、かすみん。
 イケメン振りかざす前にちゃんと仕事してんのか。絶対してねぇな。仕事する奴は囚人にそんなこと教えねぇだろ。

「教えてくれたのは、僕が調べたら簡単に分かることだからだよ。変に痕跡残されるくらいなら自分で教えた方が安全だって、この地図もくれたの」
「…だからって…いや、まぁ、それは一理あるのか?」

 確かに、囚人からデータを盗まれたことが分かれば看守として面目が立たないだろう。
 それならば最初から教えてしまえば痕跡も残されずWINWINだと。
 だったら、まずは簡単に突破されないようなセキュリティをだな…それは無理だな。それをやる気があるなら、とっくの昔にやってるだろ。

「かすみんは、大事なデータや資料はもっと厳重に保管してるよ。それこそ、たいちゃんでも引っ張り出せないように勝手に檻の外に持ち出してね」
「……できる看守なのか、そうじゃねぇのかどっちなんだ…」

 多分、話を聞く限り出来る看守なんだろうけどよ。だけどなんか、府に落ちねぇな。
 俺が今まで見てきた看守が、どいつもこいつも馬鹿ばっかりだからか?
 仕事が出来る看守ってのが想像つかねぇ。

「出来る看守だよ。だから、自分が不利にならないようにしか動かないの」
「…それでお前をここまで連れてきたわけか」

 そういう考え方の人間なら、夜中に勝手に他地区に行かれるよりは自分で連れていった方が安全と考えるの無理はない。
 けれど、特別独房に直接連れていくなんて、バレたら懲戒もののようなことはしない。
 なるほど、理にかなっている。
 …もしかして、地区を完全にまとめあげるために真をプリンセスに仕立てたのはこっちか?
 もう何がなんだか分かんねぇが、それはまた今度ゆっくり考えるとしよう。

「それで、ここに入ると頂上まではひたすら階段が続いてる。900メートルを螺旋階段だから、かなり過酷だね」
「…こりゃまた…すげぇな」

 下から撮影された写真には、薄暗いこともあるが上が遠すぎて全く見えなかった。階数に換算すると余裕で150階は越えているはずだ。
 これをひたすら上がっていくとなると、どれくらいの時間がかかるのか想像もつかない。

「ああ、じゃあ俺がエレベーター作ろうか?」

 どうしたもんかと思っていると。
 コーヒー持って来ようか?みたいなノリで蒼が声を出した。

 当たり前だが、そんなノリで言うことじゃない。
 あと、チョコとかその他諸々を当たり前のように食べていて忘れがちだが、囚人である俺たちにはコーヒーも普通は手に入らない。

「エレベーター作るって…そんな簡単に言うことか?」
「動く箱作るだけでしょ?…あ、でもそのタワー、電力ってあるの?」
「特別独房は自家発電の特殊な機械で動いてるけど、他のところは通ってないと思う」
「じゃあ厳しいな。物は作れても電気がないとね…」

 まず物が作れること事態がおかしいが。
 …こういうとき、有里がいてくれたらそんな心配もねぇんだけど。

「…それが普通の独房やったらなぁ、看守脅して一時的にでも出せるねんけど」
「スペードのAの管理下ともなると、それも厳しいかもね。それに…みやびんには、しょーくんを出してもらわないといけないから」

 雅の顔が、今まで見たことがないくらい嫌そうなものになった。

「はぁ?何でやねん。嫌やで、あんな阿呆のために武力行使なんて」
「もしも無事に頂上までたどり着いたら、そこでしょーくんは必要不可欠だから」

 タブレットを叩く。
 すると、真っ白い部屋の中に、更に真っ白い部屋があった。
 第1の白い部屋の入り口正面に、第2の白い部屋の角が見えている。箱の中に箱だが、そ位置交差しているようだ。

「この中に…ロリコン詐欺師がいるのか」

 真は困り顔で頷きながら「その呼び方はちょっと…」と言うが、絶対にやめねぇ。
 面と向かって言ってやるからな。

「流石に、ここのセキュリティは一筋縄ではいかないよ。まずこことここで同時にセキュリティ解除をして、それから最後に…5秒以内にここを解除しなきゃいけない」

 真はまず、第1部屋の片隅を指差しその指をそのまま真向かいにある片隅に動かす。そして、最後に第2部屋の入り口を指差した。

「走ってどうにかできないのか」
「いや、さすがの僕でも5秒でそれは無理だよ。それに、真ん中のセキュリティ解除は僕には出来ない。…たいちゃんじゃないと」
「つまり、最低3人いるってことか」

 それで真は、どっちにしても自分では出来ないと言っていたのか。
 さすがに特別独房ともなると、それ相応に金をかけてるってことだな。

「そこでしょーくんの出番」
「何で捷の……あ、そういうことか」

 ふと、いつか要が言っていたことを思い出した。
 捷は基本的にオールラウンダーだから教えれば何でもすぐに覚える、と。

「セキュリティの解除方法は分かってるから、やり方を教えればしょーくんなら出来るはずなんだ」

 真はそう言って、雅の方を見る。

「はいはい…出せばええんやろ、出せば」
「…なんか、悪いな」

 雅の嫌そうな表情を見ると、なんだか申し訳なくなってくる。
 思わず謝ると、雅は「違う違う」と言いながら首を振った。

「要のためってのはええねん。そうじゃなくて、捷のために何かするみたいなのがめっちゃ嫌やねん。今回のは結果的に要のためになるからするけど、こう、心の葛藤が…」

 と、悩むように腕を組む。
 きっと、普段からよほど迷惑をかけてるんだろうな。これを期にちょっとは自重しろよ、捷。…言っても無駄だろうけど。

「とりあえず、その問題は解決として。…でも、ここに行くために上る方法を考えないと…」

 歩いて行くーーという方法もできなくはない。
 しかし、さすがの俺でも150階以上の階段を上がったことがないから、それにどれだけの時間がかかるか分からない。
 とはいえ、流石に3日かかることはないだろうから…歩くしかないのか。

「それなら、龍遠がどうにか出来る」
「え、俺?」

 稜海が視線を向けると、龍遠は驚きの表情を見せる。

「蒼が箱さえ作ってくれれば、上まで吹っ飛ばせるだろ」
「…それは…出来るけど。能力の類いはNGなんでしょ?」
「タワーの中に入ってしまえば大丈夫だよ。囚人が中に忍び込むなんて微塵も考えてないみたいだから」
「だとしても、こんな上まで届くほど爆発させたらタワーごと吹っ飛ぶよ」

 タブレットを指で叩きながら、龍遠は顔をしかめた。
 確かに、あの威力をこの規模の部屋で爆発させると確実にタワーが崩れる。

「水があるだろ」

 ああ、そういえばその手があったか。
 吹っ飛ばすなんて言い方するから、てっきりあの天井を思い浮かべてしまっていた。
 
「それなら…火よりはマシだね。でも俺、こんな小さい箱で厳密に水圧コントロールとか出来ないよ。この建物、耐えられるの?」
「俺が空気で壁を作る。火は酸素で大きくなるから危ないが、水ならそうはならない」

 以前、共有地で稜海が宙に浮いていたことを思い出した。あれと同じ原理で、水圧を抑える空気の壁を作る。
 それだと壁に空気圧が掛かりそうなものだが、稜海がそれを考えてないはずもない。つまり、そこまでコントロールできるということだろう。

「それなら、最初から稜海が空気で押し上げたら……いや、それは無理なのか」
「お前と違って、俺は既にある空気を動かせるだけだからな。多分、外の空気まで使わないと持ち上げられない」

 つまり、龍遠は炎や水を1から発生させることが出来るから、外まで干渉することがなくて大丈夫ってこと…なんだろう、多分。


「…初めての共同作業か。燃えるね」

 龍遠がいたずらに笑みを浮かべると同時に、ふっと明かりが灯った。
 おい、本当にちょっと燃えてねぇか。この部屋で火事を起こすんじゃねぇぞ。

「…燃やすな」
「え?…うわっ!…何で!?」

 龍遠の服から煙が登ると、稜海が躊躇なくその服を叩いた。最初は小指程度だった火は服を燃料にして既に手のひらほどに大きくなっていたが、あれを素手で叩いて熱くねぇのか。
 火元である張本人が驚きの声を上げている間にも稜海は服を叩き何度目かで鎮火したが、服の裾がかなり焦げてしまっていた。

「何でって…それ稜海の囚人服だよね?防火対策してないでしょ」

 蒼が龍遠をマジマジと見ながら言う。
 ああ、最初に見たときに違和感があったのは久々だからじゃなくて稜海の囚人服だったからか。

「えっ……あ、ホントだ!ちょっと稜海!」
「知るか。お前が慌てふためいて勝手に着てったんだろ」
「あ、慌てふためいてなんかないよ」

 十二分に慌てふためいてただろ。どの口が言ってんだ。
 全く、来た時のあの落ち着きのなさを録画して見せてやればよかっな。

「これはあれだな。龍遠に要大好きクラブ会員番号1番を進呈するしかねぇな」

 全員会員認定だが、今のところお前が1番だから。ま、テンパってるから普段とのギャップがあるからそう見えてるってのもあるけど。
 あと、メールを見たときに一体どういう状況だったんだとか、そこは気にしない振りをしとくからな。

「それ…ゆりちゃんにあげるべきじゃない?」
「そう思うなら譲ってやれ」
「……考えとく」

 そこはすぐ譲るんじゃなくて悩むんだな。
 有里が雷落とさなきゃ、それこそいの一番に噴火か洪水か起こしてたんじゃねぇのか。
 これはつくづく、一緒にいたのが有里でよかったな。

 そういえば…、要と一緒にいたってことは、有里も夜勤だったってことだよな?何で有里は夜勤なんかしてたんだ?
 ーーそれを聞くためにも、要ともどもさっさと助け出さねぇと。



「とにかく、これで話はまとまったな」

 思いの外、事はスムーズに進みそうだ。
 それもこれも、要がここの生活で築いてきた人間関係のたまものってことか。
 馬鹿のくせに、人間関係にあれだけ警戒してるだけのことはある。失敗はしてねぇみたいだな。
 ……失敗してるからこそ、あれだけ慎重なのか?
 それも、助け出してから聞けばいい。
 話さなければそれはそれで、話すまで待てばいい。

 何にしても、あいつがいなきゃ意味がない。


 **


 あれから、俺たちはひとまず解散することにした。
 あのまま向かう話も出たが、雅が捷を独房から出す時間、それから蒼が箱を作るのに時間が最低3時間は必要だということだったので、それを待っていると朝を迎えてしまう。
 明るくなってしまうと色々と目立つし、何より労働を無断欠勤することになる。要に関わっている人間が一斉に無断欠勤などすれば、怪しまれるのは間違いない。いくら無能な看守たちとはいえ、流石に気がつくだろう。
 そんなわけで、一度解散してから次の夜にもう一度集合時間してから決行することとなった次第だ。

「静かだな…」

 平日夜の共有地は、いつか休みの日にいった時とは違い静まり返っていた。
 まぁ、当たり前と言えば当たり前だ。翌日も労働があるというのに、わざわざこんなところに遊びに来るやつもいないだろう。

「たーいちゃーん!やっほーー!」

 静寂に包まれていた共有地が、一瞬で…それもたった1人の叫び声で嘘のように賑やかになった。
 やって来た真は、また仔猫を2匹抱えている。あの2人はそれが通常運行なのか?人間である方がレアなのか?
 なんて思っていると、真の手をするりと抜けた猫たちが一瞬で人の姿に変わった。最初に会っ時は普通だったはずだが、今日は真っ黒な囚人服だ。

「…服の色が毛の色なのか?」
「うん。その服だとしましまになるよ、ね?」

 俺の疑問に、真が答える。

「まこちゃんはすぐ変な服着せようとするんだ」
「この間なんか、ピンクのフリフリレース着せられて」
「あれは可愛かったねぇ。体がピンクで、耳がフリフリになるの」

 真が思い出しながらふふふと笑う横で、亮と彪牙は嫌そうに顔をしかめている。
 体がピンクの猫ってのはどうかと思うし、耳がフリフリってのは一体どんなだ。想像も付かねぇ。

「嫌なら着なきゃいいじゃねぇか」
「着ないと夜中にこっそり出歩くって言うんだぜ」

 亮と彪牙の声が揃う。
 そりゃまた、可哀想としか言いようがない。

「お前な…守ってもらってんだからいい子にしろよ」

 あの地区でそれが必要かと聞かれればそれも微妙なことだが。
 それでも、やはり夜中に勝手に出歩かれるなんてたまったものではないだろう。それを黙認してしまうと、危険度の問題に加えて享の逆鱗に触れかねない。

「ごめんなさぁい」

 真はぺろっと舌を出して「えへへ」と言うが、こんなの可愛いから許されているに過ぎない。
 もし仮に要が同じことをしたら、迷わず顔面を殴り飛ばしている。

「で、準備は出来てんのか?」
「うん。入り口のロック解除準備は万端だよ。後は他の皆が揃えばオッケー」

 そう言い、指差す先は森がある。
 この奥にあの場所があるということらしい。


「あ、噂をすれば来た来た」
「やっほー」

 亮と彪牙が、俺の最後に向かって手を振り始めた。
 振り向くと、ぞろぞろと囚人服ご一行アンドメイド服1名が集まってくる。今度は間違えずに着てきたんだな。

「おー、龍遠。今度はちゃんとメイドさんなんだな!」

 またしても亮と彪牙の声が揃う。
 さっきからこいつら、双子でもねぇくせに思考回路が連動でもしてんのか。

「うるさいよ。どいつもこいつも、馬鹿の一つ覚えみたいに」

 ということは、他の連中からも散々言われたってことか。
 俺は言わなくて正解だったな。

「俺も見たかったなー。テンパった龍遠」
「捷…起こして悪かったな」
「ううん。要が大変な時に一人だけ寝てるなんて嫌だから」

 と、言いながらあくびをする捷は今起きましたという風で、眠そうに目を擦っていた。
 その様子だけ見るとあまり心配をしているようには見えないが、きっとその言葉に嘘はないだろう。

「ええ加減、普通に寝ぇや」
「うるせーな。色々と事情があるんだよ!」
「どんな事情や言うてみぃ。どーせしょーもないことなんやろ」
「ムカつくから雅にだけは絶対教えねぇ!ばーか!」
「お前…誰が一時外出させたったと思っとんねん……」
「何だよやんのか?掛かってこいよ」

 やれやれ、まるで兄弟喧嘩だな。
 客観的に見ると明らかに悪いのは捷だが、複雑そうな表情を浮かべていた辺り何かしら葛藤があるんだろう。それが何なのかまでは想像も付かないが。
 雅がそれを分かっているのかいないのかは知らないが、…今にも殴りかかりそうな勢いを見る限り分かってはないのか。それとも、分かった上でそれでも殴りたいのか。

「喧嘩するのはいいけど、捷は仕事があるんだからな。怪我させるなよ」
「雅なんかに怪我させられ…ぎゃあ!?」

 言ってる側から投げ飛ばされてるじゃねぇか。
 雅くんよ。この間なんの取り柄もないみたいなこと言ってたけど、片手で捷を投げ飛ばせるなら十分凄いだろ。周りのステータスが高すぎて標準ラインを見誤ってんじゃねぇのか。

「なんやほんま、くそ腹立ってきたやないか」
「じゃあ、ストレス発散にまた看守脅してきたらどうだ?このままここにいて捷が怪我しても困るし」

 近くで見ていた享が、見るに見かねてやってきた。投げ飛ばされた捷に手を貸しながら、苦笑いを浮かべている。
 並ぶとほんとそっくりだな。髪の色が同じだったら、多分見分けつかねぇわ。

「採用。こうなったら武力を行使に行使してストレス発散したる」

 この間はやたらめった武力行使はしないみたいなことを言っていたと思ったが。
 相当頭にきてるみたいだから、そっとしとくか。
 いや待て…せっかくだから、便乗するか。

「雅、どうせ武力行使するなら…要の所に行けるか?」
「うーん、どうやろ…。出すことは無理やけど、会うくらいなら出来るかもしれへん」
「じゃあ、もし出来そうだったらついでに様子見てきてくんねぇか?そろそろ寂しくて泣き出してちゃいけねぇからよ」

 ウサギは寂しいと死ぬっていうからな。
 死にはしなくても、めそめそしてる可能性はなきにしろあらずだ。

「ええけど…それやったら、これが終わってから一緒に行く?」
「いや、俺はいい。もし会えたら、すぐに迎えに行くって伝えといてくれ」

 会うとそのまま連れて帰りたくなるからな。
 迎えに行くのは、ちゃんと全部片付けてからだ。

「分かった。…お前、俺にここまでさせといてトチったら承知せぇへんからな」
「分かってるよ!さっさと帰れ、ばーか!」
「言われんでも帰るわボケ」

 やっぱり兄弟喧嘩だな。
 雅が吐き捨てて振り替えるのを見計らってか、捷は思い切り舌を出した。




「たいちゃーん、玄関開いたよ!」

 どこからか、真の大声が響く。
 気がつかなかったが、皆が集まってくるのを見計らって入り口のロック解除を始めていたらしい。
 聞こえた声は、先ほど真が指差していた森の中からのようだった。


 声がする方に向かって森の中に入ると、しばらくもしないうちに写真で見たどでかい門が顔を出した。
 こんな所にこんなものがあったら、共有地を使う連中に気付かれそうなもんだが。誰も森の中なんて興味も示さねぇか、見つけたとしても近寄らないってことか。



「まずは俺たちの出番だな!」

 またしても声を揃える亮と彪牙は、今から悪事を働きに行くとは思えないほどに楽しそうだ。
 戦い好きの戦闘民族じゃねぇんだから。こんなことでワクワクしちゃダメだろ。

「はしゃぐのはいいけど、享を巻き込んで怪我させたらただじゃおかないからね」
「いやいや、むしろ俺たちが享に巻き込まれるパターンだろ」
「1000体も手加減なしでボコっていいなんて、享がはしゃがないわけないもんな」

 享がはしゃぐってのはあんま想像出来ねぇな。つーか、手加減なしでボコれることにはしゃぐって、ちょっと危ない奴だろ。
 今回はそのお陰で進めるわけだから、何とも言えねぇけどよ。


「…そうこう言ってる間に、享くんもう行っちゃったよ?」
「ええ!?早すぎだろ!!」

 真が開いた門の先を見ながら亮と彪牙に声をかけると、2人は飛び上がらんばかりに驚いてすぐさま後を追った。

「入って見学するところあるかな?」
「隅の方にいれば大丈夫なんじゃねぇの」

 よく知らねぇけど。
 暴れてる奴がいるならそっちに釘付けだろうし、大人しくしとけば目も付けられねぇだろ。
 多分。

「じゃあ何か飛んできたら、たいちゃん守ってね」
「ああ」

 そんなわけで、俺たちも一足遅くどでかい門を潜って特別独房までの道のりに足を踏み入れる。
 その先に写る景色の中は、既にバラバラになったアーマーたちで溢れ返っていた。



賽は投げられた
(飛び散る機械片は、反撃開始を示す花火のようだ)


[ 1/1 ]
prev | next | mokuji

[しおりを挟む]


[Top]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -