Long story


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39

 絶対に、譲れないものがある。

Side Taisei

 
 二日い酔いなんて何年ぶりかと思いながら、朝から布団を被って1ミリたりとも動かなかった。寝ようにも頭痛のせいで眠りにつけず、ひたすら目を閉じて耐えていた。
 昼を過ぎた辺りから頭痛がマシになってくると思考回路が回りだし、要に対しての怒りが湧いてきた。そしてふと、あんなことを思い至ったのだ。
 労働を休んだお陰で体力は有り余っているし、要が戻る頃には頭痛はなくなっていそうだし、そして何よりエロウサギが盛らないわけがない。しかし、夜勤ということでセーブしようとするはずだから、そこを逆手に取ればいい。

 結果的に、全てが俺の思惑通りに進んだ。
 食事の時間も無視して夜勤のギリギリまで要を惹き付け、去り際に笑顔を向けた時のあの顔。そりゃあもう最高だった。何度も思い返して、その度にニヤニヤしてしまう。
 しかし、その代償は小さくなく、俺も大分と体力精神共に消耗しきった。そのため、せっかく要のいない優雅な夜だったが、それをあまり満喫することなく床に着いた。

「……うるせぇな」

 寝ようと思い布団と被り、疲れもあってかすぐに眠りにつけそうだというところで、爆発音のようなものが眠りを妨げた。
 どうせまたどっかのバカが何かやらかしたんだろう。いつも誰かがなんかやってっからな、この地区は。そのほとんどが知り合いだからな、多少気になるが…まぁいい。俺は寝る。
 待て……、まさか要じゃねぇだろうな?俺への当て付けじゃねぇだろうな?
 …いや、あいつも疲れてるだろうしさっさと寝たいだろうから、それはねぇか。
 何でもいい。さっさと寝よう。





「大晟さん!寝てる!?起きて!」


 あー、もう。
 誰か俺をまともに寝かせてくれる奴はいねぇのか。

 只でさえボロいドアなんだから、そんなにバンバン叩いたら壊れるだろ。壊したらちゃんと修理しろよ。

 で、何だって俺は睡眠を妨害されてんだ?
 今の声は…有里だったか?


「何だようるせぇ…って、どうしたんだ、お前?」

 扉を開けて視界に入ったのは予想通り有里だった。
 しかし、その両手には手錠がかけられていて、背後の少し離れた所に看守が数人と、それから純がいる。
 えらく物騒だな。

「今から独房なんだけど、純に看守脅してもらって寄らせてもらったから…」
「は?独房?」

 短い文章に色々盛り込みすぎだろ。
 何で独房なんだ?純が看守脅したって言ったか?どうして俺の所に寄るんだ?
 どっから突っ込んでいいか分かったもんじゃない。

「その話はまた今度、今は時間がないから」

 俺がどこを指摘するか迷ってるうちに、有里はその話を宙ぶらりんのまま裁ち切ってしまった。
 切羽詰まったようなその様子から察するに、ここは変に口出しせず素直に従った方が良さそうだ。


「単刀直入に言うと、要がマスターの検体にぶちこまれた」
「……はぁ?」

 あの爆発音、マジであいつだったのか?
 何考えてんだあの馬鹿。いや、馬鹿だけどマジでそうなら馬鹿もいよいよ殿堂入りだぞ。

 …いやでも、マスターだって?

 そんなのぶちこまれるほど、一体何をやらかしたんだ?



「要が悪いんじゃない。スペードのAの差し金で」


 スペードのA。

 その言葉を聞いた瞬間、冷たい何かが体を駆け抜けていく。


 あの男が動き出した。

 また、恐怖の支配を始める気だ。



 いやーーそんなことどうでもいい。


「……助けねぇと」


 あの男が支配する世界に。

 あんな、底知れぬ恐怖に。


 要を巻き込むなんて、そんなこと。


「落ち着いて大晟さん。今んとこそれは大丈夫だから」

 検体施設の設備を内部からどう破壊するか。頭の中でその計算を始めようとした俺を有里が止める。

「大丈夫って、何が?」
「さっき、検体施設に一発落としたから」

 そう言って、有里はニヤリと笑った。

「一発って、お前……」
「でかいの落としたから、あと3日は始動できないはず」

 それが数十分前の、俺の眠りを妨げたあれだということはすぐに分かった。
 あの爆発音は、有里の雷だったのか。

「何してんだよ、お前………」

 十中八九、今から有里が独房に入るのはその雷のせいだ。
 それだけじゃない。
 そんなことをしたら、要だけじゃなく有里まであの男の標的になる。

「もしあのまま連れていかれたら、大晟さんが絶対他の方法で施設壊してただろ?…と、俺は信じてるんだけど」
「……当たり前だ」

 俺が答えると、有里は「あー、よかった」と言って肩を撫で下ろした。
 一体何がよかったというのか。どう考えても、俺がやった方がよかったに決まってる。

「そうなると、大晟さんが独房行きになる。多分、証拠がなくてもが無理矢理押し込むはずだからな」
「…疑わしきは罰せずじゃねぇのか」
「スペードのAの一言で、簡単に疑わしきは罰するになる」

 そういえば、以前Aの権力なら簡単に囚人を独房に入れれると言っていた。
 確かに、もしそうなら証拠のあるなしなんてことは関係ないだろう。

「すぐに独房に突っ込んで、施設が直ったら要の検体が始まる。そこで俺が雷落としたって、結局は同じだ。俺だけじゃなくても、誰が何をしても先伸ばしにするだけで、いつかは始まる」

 それが分かっているなら。
 尚のこと、どうして有里が雷を落とす必要があったのか。

「でも、大晟さんなら要を助けられると思ったから」

 だから先陣を切った。
 それは、先ほど見せた笑みとは違い真剣な表情だった。

 その場しのぎの方法ではなく。
 逃げるのではなく。


「俺に…、出来ると思うのか?」

 お前だって、なんとなく分かってるだろ。
 俺がどれだけ、あの男に恐怖しているのか。


「もちろん」

 有里は、そんなこと知らないというように頷いた。


「………俺は、」



 ずっと、逃げてきた。

 あの恐怖から、逃げ続けてきた。


 それを克服することが出来なくても。
 もう二度、と関わらなければそれでいいと。

 ここで出会った後も。
 大丈夫だと言いながら、怯え、目を逸らしていた。

 ずっとそれでいいと思っていた。


 あの男のことを考えるだけで。

 
 凍りつきそうなほどの恐怖が襲ってくる。
 だから、ずっと逃げていたかった。


 怖くて、怖くて、仕方がなかったのに。
 


 どうしてか、今は。

 恐怖よりも、怒りの方が強い。



「…絶対に助ける」


 俺ではない誰かが…要が、同じ恐怖を味わうことを考えるだけで、凍りつきそうな恐怖を蒸発させるほどに怒りが込み上げてくる。
 その理由は分かっている。
 あの時にはなかったものが、今はあるからだ。
 忌々しいことに、本当に忌々しいことに。俺が俺よりも大切に思っているものに、手を出されそうだからだ。


「あいつに、要は渡さない」


 恐怖との鬼ごっこは終わりだ。

 もう何も。

 誰も――支配はさせない。


 **


 俺の返答を聞いた有里は、今までにないのほどに笑みを浮かべてから去って行った。これから独房に入るにしては、ずいぶんと満足そうに思えた。

「ーー大晟さん!!」

 有里がいなくなり、ひとまず部屋に戻ろうとしたところで大声で名前を呼ばれて振り返る。
 廊下の天井から、龍遠が落ちてきた。
 いや、正確には天井に穴を開けて降りてきたというか…理解不能だ。

「要が、連れてかれったって…!」
「…誰から聞いたんだ?」

 俺が状況を飲み込むよりも、龍遠が詰めよってくる方が早かった。
 雷の音が聞こえたのが数十分前だからーーつまり事が起こったのもそれくらいだというのに、もう話を知ってるとは一体どこから聞き付けてきたんだ。

「純から一斉送信でメールが…って、そんなことより要は!?」
「落ち着け、龍遠」

 パチンと、指の鳴る音がした。

「っ…!!」

 襲いかかって来そうなほどの勢いだった龍遠が突如言葉を詰まらせ、振り返る。
 同じ方に視線を向けると、先ほど龍遠が出てきた場所に稜海がいて、天井に蓋をして…いやほんとまじで、理解不能なんだが。

「ちょっと待て、稜海…独房は?」

 当たり前のようにいるけど。
 雅と純の話じゃ確か、あと10日くらいは入ってるはずだ。 

「昨日の昼に突然出されて、1ヶ月の残業に変更になった。何でか知らないけどな」

 明らかにあの日のことが原因だろうな。あの時点でのことか、それともあの後でまだ何かしたのかは分かんねぇけど。
 苦笑いを浮かべている稜海は、知らないと言いながらきっと全て知っているのだろう。

「ちょ…いずっ、ぐるし…!」
「ああ、悪い」

 隣で龍遠が言葉通り苦しそうに首に手を当てているのを見て、稜海が思い出したように指を鳴らした。

「はーーーっ。はぁ、はぁ……死ぬかと、思った……」
「落ち着いたか?」
「落ち…着けるわけないでしょ!あの子にマスター検体なんて死ん…ッッ!!」

 指の音と共に、龍遠が苦しみだす。
 これを助け出すためにも、さっさと落ち着きを取り戻してもらわねぇとな。

「要は大丈夫だ。有里が検体施設に雷を落としてあと3日は再起動できないらしい」
「……有里が」
「ああ、先を越された」
「…なるほど、それであいつ…わざわざ純にメールなんかさせたのか。入れ替わり立ち替わり、俺らは独房好きにも程があるな」

 稜海は全てを察した様子で、納得したように頷く。
 それはいいんだが、エスパー並みの推察力?推理力?…まぁどっちでもいいけど、とにかく状況を整理する前に、隣でもがいてる恋人をどうにかしてやってくれ。

「稜海、龍遠が」

 いよいよ顔が青くなってるから。
 ちょっとヤバそうだから。

「もう大丈夫だろうな?」

 稜海が問うと、龍遠はこくこくと頷く。先ほどは多少声を出す余裕があったようだが、今はそれすらもできないらしい。

「はーーーっ!はぁ、はぁ…」
「大丈夫か?」
「……いや、まぁ…殺されは……しないだろうから…平気だけど………」

 こういう時に積年の恨みを感じる。と、冗談を苦笑いを浮かべている辺り、さすがに落ち着きを取り戻したようだ。
 それにしても、普段は要のことなんてからかうための遊び道具くらいにしか思ってないみたいだが。

「意外だな。龍遠がそこまで取り乱すなんて」
「え…いや、そんな取り乱してないよ」

 冷静になったと思ったら、何平然と大法螺吹いてんだよ。
 どっからどう見ても取り乱してまくってたろうが。

「よく言う。メールが来るや否や飛び出したくせに」
「別に飛び出してないよ。普通に出てきたでしょ」
「お気に入りのメイド服着るのも忘れて」
「…それは、それなりに急いでたから。慣れてるこっちの方が動きやすいし」

 そう言えば、龍遠が囚人服着てるの久々に見たな。
 いや、俺はメイド服も1回しか見てねぇけど。でも、インパクトが強すぎてもうそれしか頭に残ってない。
 だから、龍遠の囚人服姿になんとなく違和感を感じるのか。

「まぁ、うだうだ言ってるが要が大好きだってことらしい」
「やっつけにも程があるでしょ」

 龍遠は顔をしかめるが、俺も稜海の言葉に同感だ。
 この間、要にとって龍遠は兄みたいなもののかと少し思ったが。もしかしたらそれは要だけではなく、龍遠も同じように思っているのかもしれない。
 稜海はどっちかってーと、お母さんって感じだしな。

「そんなことより、3日は大丈夫って言っても取り止めになるわけじゃないんだろ?」
「やっつけた挙げ句そんなことって……まぁいいや。まさか、再稼働しそうになったらまた壊すとか無限ループするわけじゃないよね?」
「ああ、それなら……」


「たいちゃん!!」

 無理矢理に話が軌道修正された2人の問いに答えようとすると、横から聞こえてきた大声に遮られた。
 俺をそんな呼び方する奴は1人しかいない。視線を向けると、真っ白い囚人服が仔猫を2匹抱えて一瞬で目の前までやってきた。

「真…お前……」

 こいつがまた突っ込み所が多すぎる。
 何でこんなタイミングでここにいるんだとか、そもそもどうやって来たんだとか。それ以前に、色々とちゃんと吹っ切れたのかとか。そしてその猫は何だとか。
 どこから突っ込むべきかと思い言葉に詰まると、先に真が口を開いた。

「かっちゃんが、スペードのAに捕まったって…!」
「……何でお前まで知ってんだ?」
「メールが来て!かすみんが本当だって言うから!」
「かすみん?」

 誰だそれは。
 只でさえ突っ込みどころ満載なのにこれ以上、指摘事項を増やすな。

「僕の地区の看守長!いても立ってもいられなくて、ここまで連れてきてもらったの!」

 だからこれ以上に指摘事項を増やすな。
 こんな時間に他地区の囚人を連れてくって、お前んとこの看守はどうなってんだよ。しかも今、看守長っつったよな?
 ーーもういい、考え出したら切りがねぇ。

「それより、かっちゃんのこと!!」
「それは…」


「大晟さん!?」

 なんだよ、またか!
 デジャヴにもほどがあるだろ。
 どんだけループするんだよいい加減にしろ。

 今度は誰だ?

「享か。…蒼と一緒じゃねぇんだな」
「え?…蒼は雅の所にいるけど、そうじゃなくて」
「お前もメールか?」
「……うん」

 珍しく今日は蒼と一緒じゃねぇんだな。
 よしお前は頭がいいからな。ここに揃ってる面子と俺がそれを知ってる時点で色々と察したようだな。
 今はもう、それ以上喋るなよ。

「とにかく一旦中に…」

「あ、大晟さん!」


 あー、くそッ!
 
 何なんだお前らは!!
 どうせ来るなら全員揃ってから来い!!

 つーか、

「どいつもこいつも要大好きクラブの会員か!?そんなに大好きアピールしても、あいつはやらねぇからな!」

 って………いや、違うだろ。
 何言ってだ俺は。


「た…大晟さん……」
「意外と取り乱してる…?」

 最後にやってきた蒼と雅が、顔を見合わせてから俺を見た。
 他の連中も、ぽかんと口を開けている。



「……とにかく、全員中に入れ」

 今の俺の発言はなかったことにしろ。そう思いつつ、蒼と雅の質問を無視して扉を開ける。
 集まってきた面々はまだ何か言いたそうだったが、俺の気持ちを察してかぞろぞろと部屋の中に足を踏み入れた。


 **


 さすがにこの人数が部屋に入るとキツキツだが、しのごの言ってる場合じゃない。
 部屋に入るや否や有里が雷を落としたことで要があと3日は無事であることを伝えると、全員が落ち着きを取り戻して椅子やソファやベッドや床に腰を据えた。
 ということで、ここからは俺の理解を追い付かせるターンだ。

「まず、捷はどうしたんだ?」

 これだけの面々が集まっているのに、捷だけいない。いないのは純も同じだが、それはさっき有里と一緒にいたから理由は分かっている。
 しかし、捷がいないというのは気がかりだ。あいつが要が捕まったことを気にしないとも思えない。

「今頃独房で爆睡してんのとちゃう?」
「は?独房?…何で?」

 さっき稜海も言ってたけども。
 お前ら独房大好きすぎだろ。要大好きクラブ改め、独房大好きクラブにしてしまえ。

「寝るために看守に喧嘩売って独房入ったんだよ。俺が雅と来たのは、仕事場が一緒でそれを教えてたからなんだけど」
「はぁ?寝るために独房?」

 意味が分かんねーんだけど。
 理解を追い付かせるために謎を増やしてどーすんだ。

「捷は普段からほとんど寝なくて、いつも労働が終わって次の日まで色んな所で遊び歩いてるんだけど…1ヶ月くらいは寝ない?」
「まぁ大体それくらいやけど、最長で2ヶ月半やな。動かんと死ぬ病気やであれは」

 まじかよ。
 2ヶ月半寝ないって…いやいや、まじでか。
 動かねぇと死ぬって、マグロじゃねぇんだから。

「それで眠くなると独房に入って寝てるんだよね。あそこ静かだから、よく寝られるんだって」

 蒼はそう言ってから、「理解不能でしょ?」と苦笑いをうかべた。
 それはもう、理解不能とかいうレベルじゃない。

「……ずっとそうなのか?」
「小さい頃からずっとだ。あいつの寝顔は数回しか見たことないし」
「とんでもねぇな…」

 いや多分、同じ顔だから寝顔も同じなんだろうけど。
 そういう問題じゃねぇよな。

 どうなってんだ、あいつの体は。
 ある意味、検体で能力発動するよりもすげぇだろ。

「まぁでも、独房じゃなきゃ寝れないってわけでもないみたいだけどな」
「数日間一気に寝るから、独房が便利なんだろうね」
「でも、よく寝て起きたら動きたくなって雅にまで夜勤ぶちこんで出てくるからな。労働休んで部屋で寝ても一緒な気がするけど」
「百害あって一理なしとはこのことやな。頭のネジ飛んでんねん」

 先ほどから雅の捷への酷評がなかなかだが、話を聞く限り仕方ないとも言える。
 最初に会ったときに俺がかましたせいで、飛んだネジの数が増えてなきゃいいが。



「…うーむ。ゆりちゃんとしょーくんがいないっていうのはちょっと予定外だねぇ」

 俺の隣に座る真が、仔猫たちをあやしながら呟いた。
 さっきは何とも思わなかったが、2匹の仔猫は真っ白な真とは対照的にどちらも綺麗に真っ黒だ。真の膝の上で、ゴロゴロと喉を鳴らしている。

「何か都合が悪いのか?」
「都合が悪いっていうか…ここに来るまでに話した時にかすみんが……いや、でも決めるのはたいちゃんだから」

 真は何かを言おうとして、やめた。
 また先程の看守の名前(かどうかは知らないけど)が出たが、そいつは何者なんだ。

「言いたいことがあるなら言えよ」
「方向性がまとまって、話すべきなら話すよ」

 つまり、場合によっては話さないということか。何を考えてるのか知らないが、まぁそれならそれでいい。
 それよりも。

「お前、もう大丈夫なのか?」

 問うと、真は仔猫をあやすのをやめて俺を見た。
 仔猫たちが真の膝の上から飛び降り、そのまま視界から消えた。

「本当はね……もっと悩んで悔いなきゃいけないんだろうけど…」

 俺は悩んで悔いろなんて一言も言ってない。謝るなと言ったのに、人の話を何も聞いてないのか。
 しかし、「けど」という言葉が引っ掛かり、真の言葉にそのまま耳を傾ける。

「…でも、亮ちゃんと彪くんが次から次に問題起こすから、そんなこと考える暇もなくって。そんなことしてるうちに、吹っ切れちゃった」

 その笑顔は、久しぶりに見た真の笑顔だった。
 蒼や要は、どうして椿が亮と彪牙を真と一緒にいさせるのか分からないと言っていたが。今の話を聞いて、俺にはその理由が分かった。

 あいつはいつでも、先の先を見越している。
 だから、真が悩み苦しんでも、あの2人といばきっと吹っ切れると思ってーーーちょっと待てよ。

 どうして真が悩むと分かってた?

「真……お前があの男に、俺と引き換えに特別独房からの減軽を持ちかけられたのは、椿が罪を認めた後だよな?」
「え?そうだけど……急にどうしたの?」

 それが減軽をされた後ならまだ分かる。自分の減軽と引き換えに誰かが何かをしたなら、それはきっと真しかいない。そして、あの男の素性を調べていたなら、真を精神的に追い込むために辛い決断をさせたと想像も出来るだろう。
 しかし、それよりも前だと言うのなら。
 まだ何も起こっていないのに、どうして真が悩むと思ったんだ。
 地区を移すだけで、わざわざ2人を一緒にいさせる必要はない。むしろ、知り合いが大勢いるこの地区にでも置いた方が気晴らしになる。
 単なる護衛のためか?だとしても、この間の様子を見た限り、やっぱりこの地区の方が便りになる奴は沢山いる。
 プリンセスにするためか?…その可能性もなくはないが、それならやはり悩むことを見越してあの2人を一緒にいさせる必要はない。あれだけ大人数の親衛隊と、あまつさえ送迎するような看守がいるともなれば、護衛としていさせる必要もないだろう。

 やはり、あの2人にしたからには、真が何かに悩むと確信していて。そして、それを吹っ切れさせることを目的としていたと考えるのか妥当だ。


「ーーあのロリコン詐欺師が」


 自分があの男に捕まることも。
 真が俺をここに投獄するきっかけを作ることも。
 悔いて思い悩むことも。
 あの2人に吹っ切れさせることも。

 俺があの男に会うことも。
 それを、乗り越えなければならないことも。


 全部お前のシナリオ通りってことか。


「……くそ忌々しい」


 一体いつから、俺たちはお前の手の上で踊らされてたんだ?

 …この際そんなことはどうでもいい。

 俺をこんなとこにぶち込みやがって。
 いやまぁ、それ自体は要もいることだしいいんだがーーいや、こいつのせいで今要はあんなことになってんだ。
 ここまでやっといて、それで終わりだなんて言わせねぇぞ。


「たいちゃん、大丈夫?どうしたの?」
「……方向性が決まった」
「え…?」


 おい、このクソロリコン詐欺師。
 てめぇ、この先のシナリオもちゃんと考えてんだろうな。



「椿をぶん殴りに行くぞ」 





向かう先は
(底知れぬ暗闇の中から、引きずり出してやる)


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