4 休日と言うのは、何歳になっても待ち遠しいものだ。
あれをしよう、これをしようと考えるだけで楽しくなる。
しかし、その予定が決行されることはほとんどない。
起きたら夕方、それがデフォルトというやつだ。
Side Kaname 窓から朝日が差し込んでくる。いつもならとっくの昔に鶏が奇声をあげているところだが、今日はその声をきくことはないだろう(俺はいつも聞いてないけど)。
なんといっても今日は日曜日。一週間で唯一の休みの日だ。
休みの日だからといって何があるというわけではない。牢獄から出られるわけでもなければ、何か特別なイベントがあるわけでもない。しかし、日曜日と聞いただけでテンションが上がるのだからしょうがない。そういう年頃なのだ。
「大晟!いつまで寝てんだよ!」
ベッドの中でうずくまるように寝ている美人は、俺の声に一瞬うっすらと目を開けたが、すぐに聞こえなかったふりを決め込んで俺のいる方とは反対側に向くように寝返りを打った。
「おーきーろー!!」
体を揺らすと、同じようにブロンズの髪が揺れた。日の光に照らされて輝く髪から垣間見える顔は、抜群に綺麗だ。俺が揺らしたことで大晟は再びうっすらと目を開きかなり露骨に表情が歪めたが、それでもその美貌は崩れない。
「お前…何で普段は起きないくせに休みの日には早起きなんだよ」
「休みに日だからに決まってんだろ!」
他にどんな理由があるというのだ。
重労働するだけの平日に早起きしたって何のメリットもないが、休みの日は早く起きただけで何だか得した気分になるだろ。昼過ぎて起きたら、せっかくの休みを無駄にした気分になるだろ。
「で、その休みの日に何で俺を起こすんだよ」
「暇だから」
「死んでしまえ」
大晟はそう言うと今度は頭から布団を被った。
この口の悪さがその美貌を台無しにしていることにいい加減気付くべきだと思うけど、まず無理だろうな。そもそも、自分がどれだけ恵まれた美貌の持ち主かということもあまり分かっていなさそうだし。
多分、俺があの日撮った映像をちらつかせて慎ましくしろって言ったらする他ないんだろうけど。もう慣れたし、それに俺は基本的に自分の欲求を満たす以外にあれを利用する気はない。そんな、主人と奴隷のような関係は望んでない。そこまで徹底的に服従させても面白みがないし、俺が欲しいのは奴隷じゃなくて玩具だ。だから、俺の遊びたいときに遊べれば後は好きにしてくれて構わない。俺は常々そう思っている。
しかし、今の俺と大晟は玩具というよりもペットに近い。今までも玩具はそのほとんどが俺の機嫌を取ろうと必死だったが、大晟はまったくそれがない。それどころか、俺が遊びたい時にしか切り札を出さないのをいいことに、やたらめった俺を殴る蹴るの好き放題だ。玩具は基本的に持ち主に逆らうことはないが、ペットは気に入らないことがあれば噛みついてくることもある。大晟は正に、そんなペットのようだ。
今のところそれがいいことなのか悪いことなのか分からないが、俺自身がこの「主とペット」の関係を「主と玩具」に戻す気がないところを見ると、多分悪いことではないのだろう。
俺はそんなことを考えながら、大晟が頭から被った布団を捲った。
「起きろって!せっかくの休日を寝るだけで終わらせるのかお前は!初めての休日だろ!」
実際には2度目の休日だが、先週はなんか収監手続きとかいって看守に引っ張って行かれてほとんどいなかったし、大晟的にもあれは休日とは言えないだろう。だから、休日らしい休日は今日が初めてということだ。
「休日だから寝たいんだろうが!話掛けんな、まじで死ね!」
…ちょっと噛みつきすぎだけど。
朝っぱらから二度も死を願われましたよ。ほんと、どんだけ反抗的なペットだろう。
まぁでも、こういう噛みつき加減が過ぎた場合には、主としての威厳を見せればいいってもんだ。
「そんなに寝たいなら、俺がもっと眠りにつきやすくしてやろうか」
これじゃあ平日の朝となんら変わりないけど、まぁそれもいいだろう。
どうせ元々何もする予定なかったし、朝から時間に追われずに楽しめることだし。
「あ?」
「ほら、疲れるとよく寝れるだろ」
そう言って笑かけると、大晟の表情が心底嫌そうな顔になった。
さすがに察しがいい。
「休みに早起きしても結局それかよ、お前は」
「大晟が起きないからだろ」
少なくとも、さっさと起きてくれればこんなことにはならなかった。
…多分。
「俺なんか放って勝手に遊んでればいいだろうが」
そう言われれば確かにそうだけど。
「玩具なんだから、一緒に遊んでくれないと意味ないじゃん」
「お前、友達いないのか。悲しい奴だな」
先ほどまで軽蔑的な視線が、急に哀れむような視線に変わった。
「なっ…友達くらいいるっつの!てか、大晟が人のこと言えんのかよ」
「俺は収監されたばっかだからいなくて当たり前だろ。つか、別にいらねぇし。…悪かったよ、そんなにムキになるなって」
「ムキになってねーし!大体、何で謝るんだよ!」
そんな哀れみの目で見られて謝られても全然うれしくないわ。むしろ虚しいわ。
いや別に虚しくなんてないから。友達だっているから!
「可哀想だと思って」
「どこがだ!」
「あ…、傷つけたか、ごめん」
「だから謝るな!」
そんな、柄にもなく申し訳なさそうな顔するなよ。本当に俺が可哀想な子みたいだろ。
決してそんなことはないからな。何度も言うが、友達いるからな、俺。
「よしよし」
明らかに俺のことを馬鹿にしている大晟は、そう言いながらようやく起き上がったかと思うと俺に手を伸ばしてきた。
俺とは打って変わって暖かい手が、俺の頭に乗せられる。
「っな―――…な、なななにしてんだよ!」
大晟のあまりに予想外な行動に、思わず体が後ずさりをした。
「むしろ何をそんなに動揺してるんだよ。たかだか頭撫でたくらいで」
「あ…、あ、頭なんか撫でられたことないから…って、そう言う話じゃねーんだよ。お前どんだけ俺のこと馬鹿にしてんだ!」
主従関係なんて丸無視で大晟が俺のことをからかっているのも腹が立つが、それよりも大晟の言葉通りかなり動揺している自分に一番腹が立つ。経験のないことされて、ちょっといい気がしないでもないなんて思ってない。そんなこと決して思ってない。
「別に馬鹿にしてねぇよ。哀れんでるだけで」
「どっちにしても悪いわ!」
ああもう、本当に何なんだ。
俺はただ週に一度の休日を満喫したかっただけなのに、どうして玩具に哀れみの目を向けられてあまつさえ頭なんて撫でられなきゃいけないんだ。
「…もういい。そんなに言うなら、徹底的に相手してもらうからな」
一体どこで間違ったのか。そんなこと考えたって分からない。
だったら、その分からない答えを追及するよりは、完全にずれてしまっている軌道を修正することの方が先決だ。
**
タブレットを手に取って時計を出すと、時刻は午後1時を示していた。
あれだけ朝早く起きたのに一歩も部屋から出ることもなければ、それどころかベッドから動くこともなくお昼を回ってしまうなんて。本当ならなんと無駄な休日の使い方だろうというころだが。
「あ、ん…ふ…はあ…あ」
絶世の美人がベッドの上で喘いでいる場合につき例外。
無事軌道修正を果たし、実に有効的な休日の使い方と言えるだろう。
「もう3時間近くその状態なのに、よく飽きもせず喘いでられるな」
「あ――っ、あっ…ああ…誰の…せいだと……っ」
この間の独房で使ったもよりも太めのバイブを咥えこんでいる大晟は、それを少し奥に突いただけで切なそうな顔で苦しそうな表情で声をあげた。イけないように大晟のものを根元で縛っている紐の端が、ふらふらと揺れる。
「俺のせいだって言いたいわけ?」
既に感度は頂点近くまで上がっているのだろう。いつかのように薬を使っているわけでもないのに、耳元で息を吹きかけただけで体が跳ねた。
まぁ、3時間もずっとこの状態なのだから、当たり前と言えばそうか。
「ほ、かに…だれの…ああっ!」
必死に言葉を喋ろうとしている途中、はちきれんばかりに勃ちあがったものをすっと撫でると、また体を跳ねて甲高い声を響かせた大晟は快感に耐えるようにぎゅっと目を瞑り、布団を力いっぱい握りしめた。
そんなに必死な顔をされると、余計に苛めたくなる。もっと喘がせたくなる。
「俺のせいじゃない。大晟が淫乱なせいだろ」
一番上の段階で振動設定してあるバイブを出し入れさせる。
すっかりほぐされているところが、ぐちゃぐちゃといやらしい音を立てた。
「あっ……やめっ…あ、ああっ、んっああ!!」
布団を握りしめる手に一層力が込められるのが分かる。ほぼ同時に、目からは生理的な涙がぼろぼろと零れ始めた。泣いていても、その美しさは衰えない。それどころか、むしろ際立っているようにも思える。いつまでも見ていられそうだ。
とはいえ、そろそろイかせてやらないと、壊れてしまうかもしれない。
まぁ、だからってただではイかせてやらないけど。
「イかせてくださいって言ったら、イかせてやるよ。ただし、ちゃんと感情込めてな」
この前みたいな、まるで感情のない言い方じゃ納得しない。
ちゃんと、心の底から、お願いしてもらわないと。
「ふ…ざけん…あっ、は、ああっ…」
「じゃあ、明日の朝までずっとこのままでいいのか?独房での24時間より辛くなると思うぜ」
あのときは今より小さいバイブだったし、振動の強さも違う。おまけに1回イいかせてやったから多少はマシだっただろうし、何より俺がいない中での我慢だから、じっとしていれば耐えることは簡単だっただろう。
だが、今回は俺がいる。じっと耐えるだけなんて甘っちょろいことはさせない。好きなだけバイブを動かせるし、今にも張り裂けそうなその欲の塊を弄り倒すこともできる。
「ああっ!…はぁっ…、う、あ、ぁああ!」
試しにバイブを出し入れしながら大晟のものを握って上下に手を動かすと、ガクガクと体を震わせながら甲高い声があがった。目を閉じても涙は止まらないだろうし、唇を噛んでも快感は治まらないだろうに、やらずにはいられないのだろう。
「さぁ、どうする?」
改めてそう聞くと、耐えるように閉じられていた瞼がゆっくりと上げられた。
一体今度はどんな悪態を吐いてくれるだろう。
そんなことを思っていると、固く閉じられた唇が小さく開く。
「…い…かせて……」
切なげに見上げてくる瞳が俺の目をまっすぐと見る。
いつもの口の悪いそれとも、さっきまでの喘ぎ声とも違う、懇願するような声が小さく耳に届く。
「いかせ…て……かな、め……」
「っ…!」
こんなにも甘い声で、表情で、名前を呼ばれて。
不覚にもどきりとしてしまった。
「大晟、それは反則」
だが、同時にはなまるで合格だ。
「え―――あっ、はあ、ああ!」
大晟の中で暴れているバイブを引き抜いて自身を勢いよく挿入すると、大晟はまた耐えるように固く目を閉じた。根元にしばってある紐をほどくと、苦しげな表情が少しだけ柔らかくなった。
「大晟、ちゃんと目開けろ」
「ん…」
言いながら汗で額に貼り付いた髪の毛をかきあげてやると、大晟は微かに目を開けて俺を見上げた。今にも溶けてしまいそうなくらい甘い表情が、最高にそそられる。
「だめだ、癖になりそう」
ずっと見ていても飽きない表情から視線を逸らさずに腕を引いて体を引き寄せると、大晟の腕が首に伸びてくる。冷たい俺の体とは打って変わって暖かい体温が伝わってきて心地いい。密着したのを確認してから、それが解けないように大晟の腰に手を回して、思いきり奥を突き上げた。
「あ…は、うう…ああ、かな、…め、だめ…いく…っあっ、はぁっ!」
「もう少し我慢して」
大晟は3時間焦らされて限界なのだろうが、俺は今挿れたばかりでまだイけそうにない。それに、今のこの甘い大晟をもう少し見ていたい。また同じことをしても見れるとは限らないし、もしかしたら二度とお目にかかれないかもしれない。
おねだりしたらイかせてやるなんて言ったくせに、我ながら自分勝手だなと思う。
「あっ…ああ、あ、んん…っ」
「大晟、こっち見ろってば」
迫る快感に必死に耐えながら目を開けて視線を合わせてくる大晟の目に、俺はどう映っているのだろうか。俺のように甘い表情にそそられてるなんてことはないだろう。これほど甘い表情を浮かべながらも、いつものように憎たらしいとでも思っているのだろうか。聞いてもまともな答えを返すことはできないだろうから聞かないけど、ちょっと気になる。
「はっ…あ、かな……ああっ…もう…むり…あっ!」
色々なことを考えながら、しばらく前立腺から少しずらして何度も突きあげていると、首に回されている手に力が込められてきて、抱えている体が震えてきた。本人も口にしているし、流石にこれ以上我慢させるのは無理そうだ。俺ももう十分満喫したし、そろそろ解放してやろう。
「ん…じゃあイっていいぜ」
「あっ…は、あっ…ああ、あっ…あ――――ッ!!」
首に回された手の力が一層強くなって、爪が肌にくい込んできた。若干の痛みを感じたが、それよりも達したばかりの大晟の表情がまた一層色っぽく、背中の痛みよりも快感を助長させた。
**
窓から差し込む光はいつの間にか朝日から夕陽になり、その夕日すら既に沈みかけていた。
時刻は既に7時を少し回っていて、夕食の時間が始まっている。
今日は朝も昼も食べず終いだから、さすがに空腹が限界だ。ここで夕食は抜きたくない。
しかし。
「大晟、飯食いに行こうぜ」
「うん」
「…って言いながら動く気配ないけど」
先ほどからこのやりとりが数回繰り返されている。
大晟は俺の問いに返事を返すことから一応意識はあるらしいが、それでも目は閉じられているし全くもって動く様子がうかがえない。
「大晟、早くしないと飯の時間終わっちまう」
「分かってる……」
そう言いながら、俺と反対方向を向いていた体がくるりと半回転してこちらに向いた。 それと同時に、頑なに閉じられていた瞼がうっすらと開かれる。いつものように睨み付けられると思ったが、そうではなかった。
「せっかくの休日なのに、寝てるだけで終わったな」
そう言う大晟の表情はやけにやわらかかった。体力の疲労と、それから眠気のせいだろうか。
「確かにそうだけど、寝てるの意味が違うからよし」
「いいのかよ」
「うん。それにほら、大晟の可愛いおねだりも聞けたことだしな」
今度こそ拳が飛んでくるかと思ったが、またしても予想に反して若干顔をしかめられるだけだった。一体どうしたというのだ。もしかして、殴ることもままならないくらいに体を酷使させすぎたのだろうか。なんだか心配になってきた。
「死ね」
少し間をおいて、聞きなれた悪態が返ってきた。
死ねって言われて安心するってどうなんだ。
「まぁでも、来週はもっと休日らしい休日を過ごしたいな」
今日もある意味では休日らしい休日と言えるのかもしれないが。
そうではなくて、もっとアクティブな――いや、今日も十分アクティブか。
なんていうかこう、今日みたいなアクティブじゃなくて、違うアクティブな過ごし方をしたいんだよ。
「そうか」
何を他人事のように言っているのだ。
「大晟も一緒に過ごすんだぞ。寝かせたりしねーからな」
「ああ」
「……嫌だって言わないのか」
やっぱりちょっとおかしい。
どうしよう。
激しくヤりすぎてどっかの神経を切ってしまったのだろうか。
「しょうがないから、友達のいない可哀想なお前に付き合ってやるんだよ」
「なっ…余計なお世話だ!」
だから友達はいるっつってんだろ。全く失礼極まりない。
ちょっと心配して損した。俺の心配を返せ。
「はいはい。…夕飯行くんだろ」
大晟はそう言うと、重そうに体を起こした。
「行くけど、行くけど何だそのサラッと流す感じ!」
俺は納得いかずに反論したが、大晟は俺の言うことなど無視だった。
やはり玩具なんて簡単に扱えるものではない。全く言うことを聞かないペット、仮に動物に例えるならば猫だ。気まぐれでしか返事をしない辺りが正にそれっぽい。
気怠そうにベッドから出た俺の飼い猫は、欠伸をかみ殺しながら部屋の入り口に向かって歩き出した。俺はその後ろを追いかけながら、深い溜息を吐いた。
初めての休日(まったく、これじゃあどっちが主かわかったもんじゃない)
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