Long story


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37

 大勢が知っていることを、知らないことと。
 他の誰も知らないことを、知っていることと。
 どちらがいいのか。
 どちらの方が、特別なのか。
 どちらであって欲しいと思うのか。

Side Taisei

 目の前にいる龍遠は、文字通り燃え上がっていた。
 全身を包んでいる炎がバチバチと音を立て、時おり火の粉を飛ばしている。しかし、当の本人は髪の毛はおろか身にまとっているメイド服すらも全く燃えている気配はない。

「266番、何のつもりだ。そこを退け」
「なんのつもりだ?」

 ひゅっと、風を切るような音がして次の瞬間、龍遠を包んでいた炎が消えた。まさか大人しく言うことを聞くとも思えず、突然の消火が逆に怖くもある。
 
「そっちこそ、どういうつもり?」
「ひい!」

 バチンっと、白装束の男のヘルメットのようなマスクに龍遠が手を叩きつけると、頑丈そうなマスクが途端に蒸気をあげてドロドロと溶けてしまった。先程まで見えなかった間抜け顔のお出ましだ。
 
「こんなタイミングでうちの囚人に手を出すなんて、嫌がらせのつもり?それとも、自分達の身の安全も考えられないほどバカなの?」

 バチンッと、今度は別の奴の間抜け顔が暴かれた。
 先程までの偉そうな態度とはうってかわって、今にも失禁してしまいそうな怯えようだ。まぁ、気持ちはわからなくもないが。

「や、やめろ。お前を独房に入れてもいいんだぞ…!」
「はぁ?それ本気?稜海が独房に入ってから、一体誰が67棟の面倒まで見てるか分かってる?俺まで独房に入れて誰に面倒見させるの?」
「そ、れは…」
「言っとくけど、俺は稜海に頼まれたから見てあげてるんであって、他の責任者たちは誰一人としてそんなこと引き受けないよ?それでもいいっていうなら、どうぞ俺を独房に入れてこの地区をスラム街にすれば?」

 責任者がいなくなった棟がどうなるのか、俺はまだ遭遇したことがないから分からない。ただ、支配下のなくなった囚人たちが少なからず弾けてしまうというのは想像出来る。
 それが2つの棟ともなると、一気に治安の悪さが加速することは目に見えている。

「それなら、267番の独房日数を伸ばすという手もあるんだぞ…!」

 それは絶対に言ってはいけない一言だ。
 龍遠の目付きが一瞬で変わった。


「調子に乗るなよ」


 やばい。


「要!」
「うわっ!?」

 突如、天井に爆音が響き渡った。
 擬音で表現するのが困難なほどのあまりに凄まじい音に、俺は思わず要を引き寄せて庇う体勢を取った。

「ま、まじ…?」

 俺の腕の隙間から天井を見上げた要が、目を見開いて呟く。その視線に釣られて同じように天井を見上げると、どんよりと雨雲のかかった空が一面に広がっていた。
 ほどなくして、ぽつり、ぽつりと雨が頬を伝い出した。
 他の囚人たちがどうなったか辺りを見回しすと、あれだけごった返していたのにいつの間にか俺たち以外誰もいなくなっている。
 雅と純は咄嗟に机の下に隠れたらしく、顔を覗かして呆然としていた。

「俺が本気を出したら、こんな牢獄一瞬で焼け野原に出来ることを忘れたの?それをしないのはそれなりに楽しんでるっていうのもあるけど、それ以前に稜海に止められてるからだよ」

 ぽつぽつと、雨が地面を濡らす。

「今回の独房行きも、稜海が何もするなって言ったら俺は大人しくしてる。けど、それ以上の何かをするなら容赦しない。お前たちのおかげで、俺を止める稜海はここにいないんだからね」

 龍遠はまるで化けの皮を剥がしていくように、医療班のマスクを次々と剥がしていった。
 その中で、ぽつらぽつらと降っていた雨が、次第に激しさを増していく。龍遠に当たる雨がジュッと音を立てることから、その熱はマスクを溶かす手だけでなく全身に纏われているということだ。

「あ、雨だ。雨だぞ。あと少しすればお前の力も意味をなすまい」

 マスクを剥がされ、腰を抜かしている医療班の1人が声を出した。
 龍遠の視線が動く。

「それなら、吹き飛ばすのはやめようか」

 マスクを溶かしている方の手とは反対側の手を空に掲げる。
 あっと言うまもなかった。またしても、目を疑う光景が視界に飛び込んできた。

「初めて…見た……」

 要が呟く。

「これ…海だろ?」

 海。
 要のその表現は、それ以上言いようがないほどに的を射ていた。
 空に海ができているなんて、どんな漫画でも見たことがないような展開だ。…いや、もしかしたらあるのかもしんねぇけど。少なくとも俺は知らない。

「な、何を…」
「吹き飛ばすのがダメなら、大洪水で全部流せばいいだけの話でしょ?」

 そんな当たり前のことを聞くなと言わんばかりに、龍遠は首を傾げる。
 そのあっけらかんとした様子が、むしろ怖い。


「そんなことをして、JOKERが黙っていると思ってるのか!?」

 JOKER。
 それ言葉が出た途端に、俺の腕の中に収まっている要の肩がビクッと揺れた。


「ほんっと、自分達じゃ何もできない無能だね。どうぞ、呼びたいなら呼べば?」

 俺達からは、龍遠の顔は見えない。
 けれど、マスクを剥がされた男たちの情けのない表情から察することはできる。
 見えなくてよかったと、心から思う。

「お前たちが洪水に飲み込まれるのと、あの男がやって来て俺を殺すのと、どっちが早いだろうね?」

 ざぱん、と。
 今しがた声を上げた男の上波が被さった。
 まだ土砂降りの雨というわけでもないのに、一人だけずぶ濡れだ。



「覚えておいて」

 雨が強くなっていく。
 その雨を吸い込むように、海が広くなっていく。

「俺に命令していいのは稜海だけ」

 だから、他の誰の命令にも従う気はない。
 それはつまり、稜海というストッパーのいないここでは。龍遠には何を言っても何の意味もないということだ。

「これ以上俺のテリトリーを荒らすなら、お前たちの場所を根こそぎ流してやるからね」

 さぁ、どうするの?
 なんて聞かれて、答えが1つ以上あるわけがないだろ。
 いくら医療班がバカだからと言っても、それくらいは分かったようだ。それ以上龍遠に楯突くこともなければ、俺たちに目もくれることもない。それどころか、揃いも揃って尻尾を巻いて逃げるように去っていくのだから、笑いすら漏れてしまった。


 **


 医療班の連中が去って行くと、龍遠は全員が見えなくなったのを見計らって空に掲げていた手を下ろした。すると、空に吸い寄せられるように海も消えていった。
 海と一緒に、雨を降らせていた雲まで吸いとられ、青空が垣間見えた。その空を前にして机の下に隠れていた雅と純はのそのそと出てきたが、要は俺から離れようとはしない。

「4人とも、大丈夫?」

 そう言いながら龍遠は、普段と何の代わりもない龍遠だ。いやまぁ、メイド服ってところが俺の中ではいつもと大分違うところではあるんだけど。
 そんなことより、そのメイド服がずぶ濡れな時点で、人の心配をしている場合なのかと思う。

「人に聞く前に自分はどうなんだ?」
「そうや、病み上がりやのに」
「ずぶ濡れじゃんか」
「あとなんでメイド服?」

 俺だけ的外れなことを聞いてしまったことは分かってる。
 もちろん、心配しているのは俺も同じだ。だが、他の連中が立て続けに言っちまったから。もう聞くことがそれしか残ってなかったんだから仕方ない。

「なにそれ」

 龍遠は俺たちの言葉を聞くと一瞬だけキョトンとした表情を浮かべたが、すぐにクスクスと笑いだした。
 つくづく、先程までの人物とは別人のようだ。

「大晟さんとこの服で会うのは初めてだったね。これはこの間の戒めだったんだけど、意外と受けがよくてそのまま着てるんだ」

 耐久性も優れてるし、と龍遠は付け加えた。
 確かに、あの灼熱の炎にもびくともしないのだから、耐久性についてはかなりのものなのだろう。

「服の種類の話はええねん。それよりもはよ着替えな、また風邪引いたらどないすんねや」
「大丈夫だよ。すぐに乾くから」

 そう言うや否や、龍遠から蒸気が立ち上ぼり始めた。
 言葉通り、濡れて皮膚に張り付いていたメイド服が乾いていく様が見てとれる。

「便利なもんだとは思ってたが、あれほどの威力があるとはな」
「能ある鷹は爪を隠すってやつだよ」
「隠してる爪がでかすぎや。見てみぃ、要が怖がってもうたやないか」
「こ、怖くねぇし!ちょっとびっくりしただけだし!」

 そういうことは俺から離れてから言え。
 まぁ別に、害にわけじゃねぇからいいけどよ。ただ、説得力の欠片もねぇぞ。

「別に隠してたわけじゃないんだけど。結構集中力使うから、気を抜いて大洪水なんて洒落にならないでしょ?」

 それは本当に洒落にならない。
 大洪水もそうだが、焼野原も洒落にならない。

「大洪水以前に、この状態がすでに洒落なってないような気がしいないでもないけど」

 純が天井を見上げて呟く。
 快晴に近い青空が、この状況の洒落になってなさというのをありありと物語っている。

「俺だったらソッコー独房行きだ。本当に大丈夫なのか?」
「これで俺を独房に入れようもんなら、目にもの見せてあげるから大丈夫だよ」

 さっきのあれがあって、もし仮に龍遠を本当に独房に入れるなんてことをするなら、看守連中は間違いなく要よりも大馬鹿だが。
 この辺がスラム街になるのも嫌だし、そこまで馬鹿じゃないと信じたいところだ。

「ほんなら残る問題は、俺らが揃いも揃って労働に遅刻してるってことやな」

 雅はポケットからスマホを取り出して俺たちに画面を向けた。さすがの俺も、今さら当たり前のようにスマホを持ってることなんかに驚いたりはしない。
 ただ、労働時間開始から30分も過ぎていることには驚きと、そして落胆を感じた。

「4人とも今日はもう休みなよ。夜勤もないようにやっとくから」

 今、目を見開いて龍遠を見ているのは俺だけじゃないはずだ。

「そんなこと出来るのか?」
「普通は出来ないけど、やっぱりまだムカつくから脅しがてらね」

 そう言って笑う姿は、紛れもなくいつもの腹黒い龍遠だった。

「…あんま悪いことして、特別独房とか入れられんじゃねーぞ」
「心配してくれてるの?大丈夫だよ」

 もしかしたら、要にとって龍遠はどこか兄のようなところもあるのかもしれない。
 龍遠が要に見せる感情と、要の龍遠に対する表情が、なんとなく俺と真のそれに似ているような気がした。

「まぁ、せっかくだしお言葉に甘えるか」
「せやな。なーんか、全く関係ないのにめっちゃ得した気分や」
「俺達の日頃の行いがいいからだろうな」

 それを言うなら、俺も一方的に絡まれただけで自分達が何かした訳じゃない。だから、俺も日頃の行いがいいから思わぬ得をしたのだろう。
 ただ、要まで日頃の行いがいいというのは絶対に納得できない。それは俺だけじゃなくて、誰もがそう思うはずだ。

「よく言う。まぁ、夜勤ばっかりやってるんだからゆっくり休みなよ。大晟さんも、毎日大変そうだから、たまにはね」
「それにはコイツがいたらあんま意味ねぇんだけど。ありがとうな」
「どういたしまして。じゃあ、俺は看守に喧嘩売りに行くからまたね」

 ものは言いようと言うが、喧嘩を売りに行くという言い方はちょっと心配になるからやめて欲しいものだ。
 いや、だからといって脅しに行くという方がいいという訳でもねぇけど。

「あ、そうだ。今度遊ぶときは全力で遊んであげるから、楽しみにしててね」

 思い出したように要にそう言い残して、龍遠はメイド服を翻しながら立ち去って行った。

「じょ、上等だ!かかってこい!」

 負けず嫌いの要は、龍遠の言葉に売り言葉に買い言葉で勢いよく返した。
 しかし、その後の表情を見る限り、自分の言葉をひどく後悔しているようだった。


 **

 平日の昼間に部屋にいるなんて、普段ならば絶対に優越感を感じずにはいられない。しかし、今回ばかりはそうもいかない。

「享と蒼に申し訳無さすぎる…」

 小説を読もうに漫画を読もうにも、その他何をしようとしてもそれが気がかりで集中できない。
 何の関係もないのに巻き込んだあげく、徹夜で労働に向かわせておいて、その原因である自分達は優雅に休み。
 こんな状況で罪悪感を感じるなということに無理がある。

「気にしいだなー、大晟は」
「お前は少しくらい気にしろ」

 そもそも、お前の提案で巻き込んだんだから、もっと罪悪感を感じるべきだろ。
 何を優雅に煙草を吸ってんだ。ふざけんなよ。

「あっ、おい大晟…!」
「俺の部屋で煙草を吸うんじゃねぇ」

 何回言っても聞きしねぇ。
 腹が立つから、要から奪い去った煙草の火を消して窓の外に投げ捨ててやった。

「俺の部屋だ!」
「うるせぇな、どっちでもいいだろ」
「よくねぇよ。俺の部屋だかんな!」

 ソファに座ってた要がその上に立ち上がり、背もたれに足をかけて喚き散らす。
 いっそ、そのままバランスを崩して転げてしまえ。
 
「じゃあ、俺のお前の部屋ってことにしといてやるよ」
「…大晟の…俺の…うん?…つまり大晟の部屋ってことじゃねぇか!う、わっ…ぎゃあ!」

 喚きながら更に足を踏み込んだ要が、俺の望み通りに転がり落ちた。
 すぐさま起き上がった要はそれほどダメージはなさそうだが、どうやら頭を打ったようだ。頭を抱え込むようにして俯いている。

「いーてぇー」
「頭打ったのか?」
「うん…大晟のせいだぞ」

 手を差しのべると、恨めしそうな視線が俺を見上げる。しかし、そのくせちゃんと手を取るあたり、可愛げがあるというものだ。

「それで頭が良くなるならいいが、それ以上悪くなるのは勘弁しろよ」
「ならねぇよ!そんなの俺だって嫌だ!」
「うわ!…何すんだよ」

 せっかく立たせてやったのに、人の上に倒れてくるとはいい度胸だな。
 睨み付けると、さきほどまで顔をしかめていた要がにやりと笑った。

「せっかくの休みを有意義に使う」
「お前、さっき龍遠が言ってたこと覚えてるか?」

 俺は大変だから、たまには休めって言ったんだぞ。
 ついさっきのことだからな。きっと覚えてるよな。そう願うばかりだ。

「ううん。もう忘れた」
「やっぱり、頭打って馬鹿が加速したか…。ったく、つくづく真と同い年とは思えねぇな」

 あいつは記憶力抜群だからな。いつの昔かも分からない会話内容とか、一言一句覚えてることもあるし。
 まぁ、元々こいつの馬鹿はぶっ飛んでるからな。今さら多少加速したってなんてことねぇけどな。…いや、ダメだろ。そんな簡単に受け入れちゃダメだろ、俺。

「何だよ、もう黙れ」
「んっ!」

 頭の中で項垂れていると、唐突に口を塞がれた。抵抗する間もなく、舌が絡まってくる。
 まぁ別に、抵抗する気もねぇけど。…いやだからダメだろ。もっと抵抗しろよ、何考えてんだ俺は。
 
「っ…ふ、んんっ…」

 要の舌に答えていると、段々と考えることもままならなくなる。
 何だ、今日は妙にーーキスが長い。

「……ずるい」

 口が離れるや否や、要は顔をしかめる。
 いつもならすぐがっついてくるくせに、一体どうしたってんだ。
 まさか、頭打って本当におかしくなったんじゃねぇだろうな。

「は…?」
「…まこは全部知ってるって言ってた」
「は?真…?」

 何で急に真の名前が出てくるんだ。俺がさっき名前を出したからか?
 いやでも、今からさあヤるぞってタイミングでそんなこと気にする奴じゃないだろ。
 これは本当にちゃんと、さっき打った頭を調べた方がいいかもしれない。

「大晟がされたこと、全部知ってるって言ってた」
「……ああ、そのことか」

 俺がスペードのAに何をされたのか。真は全部聞いたと言っていた。あの男のことだから、きっと細部まで事細かに話したことだろう。
 要はこの間直接会った時にスペードのA本人が言っていたことと、俺が断片的に話したことしか知らない。

「その他にもいっぱい知ってる。ここに来る前のこととかも」
「一緒に住んでたし、仕事も一緒だったしな」

 それは真に会う前にも話したはずだ。
 それを今さら掘り返して来て、一体何のつもりだ?

「同い年なのに…俺より賢いし、可愛いし、大晟とも仲がいいし、大晟のこと俺より色々知ってるし」

 こいつーーまさか。

「むかつく」

 ちょっとむくれた表情が俺を見下ろした。
 やっぱり、思った通りだ。

「嫉妬してんじゃねぇよ」

 何だこいつは。
 唐突に可愛さアピールキャンペーン始めやがって。

「…しっと……?」

 俺の言葉に、要は顔をしかめたまま首を傾げた。
 どうやら、自分が何で苛立っているのか理解していないらしい。意味もわからず俺に八つ当たりとは、迷惑も甚だしいところだが。

「確かに真はお前よりも俺のことを知ってるし、一緒にいた時間もお前より長い」

 要の首に腕を回しながら紫色の瞳を覗く。不満そうな表情が真っ直ぐに俺を見た。
 重要なのは、知っている量ではなくその内容だ。馬鹿だから、きっとそんなことも分からないんだろう。

「けど、知らないこともある」

 触れるだけのキスをする。
 相変わらず冷たい唇が心地いい。

「これは誰も知らない。スペードのAも、真も、他の誰も。要しか知らない」

 改めて見つめると、不満げだった表情が一瞬で満足そうなものに変わった。

「…絶対、誰にも教えるなよ」 

 唇が重なる。
 それはこっちの台詞だ、なんて思うとは。要よりも、俺の頭がやられているに違いない。

**

 頭がくらくらする。
 酒に酔っているような感覚に似ている気もするが、少し違う気もする。
 一切拘束されていないにも関わらず、まるで別人のもののように身体が全くいうことをきかない。それなのに、快楽が駆け抜けるのは嫌というほどに分かる。

「大晟、大丈夫?」
「あっ、ん…っ!」

 大丈夫なわけあるか。殺すぞ。
 そう悪態を吐きたいのに、言葉が出ない。

「大丈夫じゃなさそうだな」

 要の指が中で動いているのはひしひしと感じる。まるでそこから全身に向かって振動を与えられているような感覚だ。
 指だけのはずなのに、感覚も確かにそうなのに、もう挿入されているのではないかというのほどの快楽が体を貫いていく。

「あ、っ…ふあ……っ」
「…何の薬か忘れたけど、すげぇ効き目」

 そんな得体の知れないもんを注射しやがったのか。何の薬とか以前にいつの薬かも分かったもんじゃねぇ。
 大体、注射器とかそれも立派な凶器だからな。当たり前のように囚人が持ってていいもんじゃねぇぞ。
 ……分かってる。分かってるよ。そんなこと、この牢獄じゃ今更何の突っ込み要素でもないってことくらい。

「あ…はぁ、かなっ…もう…っ」

 イきたい。
 指で遊ばれ始めてまだそれほど時間も経っていないのに、もう限界がくる。
 快楽が、込み上げる。

「ダメ。イかせねぇよ」
「んん…っ」

 ああ、くそ。
 さっきまで可愛げがあったくせに、こんなことなら優しくするんじゃなかった。
 そうだ、俺はいつだってこうやって後悔しているっていうのに。どうして何も学ばないんだ。一番の馬鹿は俺じゃねぇか。

「まだよそ事考える余裕はあんだ?」
「あ、ッーー…!」

 ぎゅっと自身を握られて、思わず身体が跳ねた。握られた衝撃で伝わる振動のようなものが、快楽となって襲ってくる。そのまま耐えられずに、絶頂が全身を駆け抜けた。

「え?今のでイッたのか?」
「はぁ…あ、ん、ああ…」

 何なんだこの感覚は。
 射精を止めるための行為が、どうしてこんなに快楽を助長するんだ。
 収まらない。達したのに、まだ込み上げてくる。

「すげぇな。挿れたらどうなんだろ?」

 要のものが当たる。
 それだけでゾクゾクと鳥肌が立つ。

 考えたくもねぇけど。
 考える余裕もなくなるんだろう。

「大晟、挿れるぞ」
「ーーーー!!」

 狂う。

 快楽に、狂ってしまう。


「…大晟、すげぇエロい顔」
「あ、や…ん、あーーッ」

 要の息が耳にかかる。
 まだ動き出してもいないのに、それだけで達してしまう。

「またイった?…まじ大丈夫?」
「だめ、うご、か…ああッ!」

 ひとつひとつの微かな動きが振動となって、快楽の扉を片端からこじ開けていく。
 耳元で囁かれる声の振動も、密着して感じる心臓の鼓動も、その体温も。
 何かもが、気持ちよくて仕方がない。

 狂う。

「そんな締めんなよ。もっと気持ちよくしてやるから」
「あっ、いや、…やめ、あっ、ああーー!」

 ゆっくりと動き出す振動に耐えられない。
 快楽の波が押し寄せ、頭がどろどろに溶けてしまう。
 
「イきすぎだろ。ほら、ちゃんとこっち見て」
「は、あ、ん、んん…ーーっ」

 紫色の目と視線がぶつかったと思ったら、そのままゼロ距離になる。
 完全におかしくなっている俺の体は、絡み合う舌のざらつきでも簡単に達してしまう。

「大晟、気持ちいい?」
「ん、き、もち、いい…っ」

 体の全部が性感体となっている今、気持ちよくないことなどない。
 おかしくなりそうなほどの快楽に飲まれながら必死に答えると、俺の返答を聞いた要が満足そうに笑った。

「じゃあ、俺も気持ちよくしてくれよ」

 その言葉と同時に、思いきり突き上げられる。その瞬間、僅かに残っていた思考回路も完全に吹っ飛んで行った。

 ああーーー、狂う。

「あ、ああっ!…ああ!は、あぁ…っ!」

 もっと、もっと。

 まだ、足りない。

「かな…っ、もっと…あぁっ!」

 全身が、快楽を求めている。

「もっと欲しい?」

 ーーー欲しい。
 
 その衝撃が、振動が。

「じゃあ、ちゃんと下さいって言わねぇとな?」

 その快楽が。

 要が、もっと欲しい。


「かな、め…さっさと、…よこせ…っ」


 手を伸ばすと、それに答えるように要の手が重なった。
 唇と、体と、それから欲望と。

「言い方が気にくわねぇけど…エロさに免じて許してやるよ」
「あ、あっ、あぁあッ、ーーーッ!!」

 要の欲が体を満たす。

 けれど、まだ快楽は収まらない。

「…かな…まだ、はぁ…あ、たりない…」

 もっと、もっと欲しい。
 要が欲しい。

「自分でねだってくるなんて、よっぽどだな」

 教え込まれた身体は、意思に反して欲を求める。けれど、欲そのものを欲しても、それを与える誰かを欲したことはない。

 けれど、今は違う。

「…かな、め……」

 手を伸ばし、その名を呼び、その人物を求める。

求める先の
(それもまた、要しか知らないことだ)


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