Long story


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36

 フラグが立つ、という言い回しがある。
 実に良くできた言葉だ。
 その言葉を聞くと、大抵の人間は意味をニュアンスで理解し、警戒する。
 なぜなら、立たされたフラグは原則として回収されるものだ。でなければ、フラグを立てる意味がない。
 しかし難しいことに、フラグが立つという事態の多くは、故意ではないということだ。そのため、例え警戒していても予期せぬ事態を招くことも少なからずある。
 回収することが必ずしも良いとは限らないのだ。

Side Taisei

 覚悟はしていたが、部屋に帰った頃にはもう朝食の時間が目前となっていた。
 本当はさっさと話をして帰ろうと思っていたが、真は何度言っても謝るのをやめようとしなかった。最終的に次に謝ったら一生許さないと言って無理矢理黙らせて切り上げて帰ったわけだが。
 まぁ、アイツのことだから吹っ切れたら早いんだろうけど。それよりもあれだけ泣けば相当体力も使うだろうし、今日の労働も心配だ。
 そしてそれより何より申し訳なかったのは、ほぼ無関係な享と蒼をこんな時間まで付き合わせてしまったことだ。本人たちは気にするなと言っていたが、そうは言っても罪悪感を抱かずにはいられない。

「大晟、座るとこないぞ」
「あ?…今日は一段と混んでるな」

 色々なことを考えながら食堂にやってきて、周りの状況など全く目に入っていなかった。
 混んでいるのはいつものことだが、少し早く出てきたためにピークの時間帯に当たってしまったらしい。
 最悪だ。

「あれ、要に大晟さん?」
「ほんまや。食堂で出くわすなんて珍しいな」

 名前を呼ばれて振り替えると、雅と純が朝食を手に並んで立っていた。
 確かに、この2人と食堂で出くわすなんて珍しい。

「寝ないでそのまま来たからな!」

 別に威張るところでもないだろうに、要は思いきり胸を張った。
 ていうかお前、その言い方だと語弊を招くだろ。

「…すごい体力だな」

 ほら見ろ。
 純が明らかにドン引きしてるじゃねぇか。

「今日はヤってたわけじゃねぇから。…享に何も聞いてねぇの?」
「享?特になにも聞いてないけど、そう言えば朝からどこかで誰かをサンドバックにした後みたいに機嫌がよかったな」

 みたいにっていうか、多分ほぼその通りだけどな。
 それより、そんな表現が出てくるってことは何か。あいついっつもストレス発散にどっかの誰かをサンドバッグにしてんのか。

「なんや、亮と彪牙のところに行っとったん?」
「おー、雅正解。よく分かったな」
「享が罪悪感なくサンドバッグにしてスッキリするなんて、あの2人くらいしかおらんからな」

 そんなにいっつもサンドバッグにされてんのかよ。
 確かに、享と会ったときのあの2人の怯えようはなかなかだったけど。

「何でまた夜中にあんなとこに?」
「純、その話は席に座ってからでええんちゃう?」
「ああ、それもそうだな。大晟さんたちも一緒に座る?」
「…4人も座るとこなんて空いてねぇけど」

 ていうか、この混雑具合でそれを探すのはほぼ不可能な気がするんだが。

「せやから、譲ってもらうねん」

 雅はそう言うと、ニヤリと笑った。
 一体何をしようというのか。まさか、いつかの要みたいに権力を振りかざして座ろうというのか。
 だが、2人とも振りかざすほどの権力を持ってるとは聞いたことがない。

「…あの辺にするか?」
「あの辺やと…1176、1459、909、1997やな」
「1459だな。後は勢いで」
「よっしゃ」

 純と雅は食堂の奥の方を指差しながら何やらぶつぶつと言ってから、その方向に歩き出した。
 俺と要も、あとに続く。

「どうもおはようさん。今日もいい天気やなぁ」

 さきほど指差していた辺りまでくると、雅は突然座っている囚人の一人に話しかけ始めた。
 見たことない顔だが、知り合いなのだろうか。

「は?誰だお前」

 どうやら知り合いじゃないらしい。
 知らない奴に突然話しかけられたら、そりゃそうなるよな。

「しがない囚人やで。そちらは囚人番号1176、山田修吉さん?」

 うん?
 やっぱり知り合いなのか?

「何で…俺の名前を知ってるんだ?」

 知り合いじゃないらしい。
 何なんだ、一体どういうことだ。

「名前以外にも知ってるぞ。サボり癖があって、夜勤をぶちこまれることがよくあるみたいだが…到頭独房にぶちこまれそうになって、他の奴の労働分を盗んで労働量をごまかしているだろ?」
「おー、そりゃまたけったいやな」

 純の言葉に、雅がわざとらしいりリアクションを取る。
 何となく、純と雅のやろうとしていることが想像できてきた。

「あんたはそれでいいかもしれないが、そのせいで本当はノルマを達成できたはずの奴が代わりに夜勤になっていたんだったか?」
「それも、1人2人の話ちゃうんやないかなぁ?」
「無実の罪で夜勤をやらされた当人たちが、知ったらどうなるかな?」

 もしもそれが本当なら、やばいだろうな。確実に。ボコボコにされたって文句は言えない。
 でも、仮に本当だったとして、何でこの2人がそんなことを知ってんだ。

「な、何が望みだよ…!?」
「その席」
「は…?」
「その席に座りたいねんけど」
「…勝手に座れよ!」

 どうやら2人の話は本当だったようで、山田という男は顔を真っ青にして逃げるようにその場から離れていった。

「あと3つ席が欲しいんだけど」
「譲ってくれへん?1459番、909番、1997番さん?」

 雅と純がまた別の所に視線を向けると、3人の囚人たちがさっと立ち上がってそそくさとどこかに行ってしまった。
 俺は基本的に無理矢理席を奪うのは好きじゃないが、これはセーフだろ。要みたいに無理矢理ってほどじゃねぇし、言葉通り譲ってもらってるからな。
 ………多分な。

「はい、どうぞ」
「どうも」

 ごった返した食堂の中で、純に勧められぽかりと空いた席に座る。
 ほんの一瞬で、暴力もなく言葉だけで4席も開けてしまうとは。恐るべきと言う他ない。
 
「お前ら、何者なんだ?」
「しがない囚人やで」

 俺の問いに、雅は先程の囚人に聞かれたときと同じように答えた。
 ついさっき名前を言っていたが、俺の脳が必要ない情報だと判断したのかもう忘れてしまった。結構覚えやすい名前だった気がしないでもないけど。

「雅と純はこう見えてすげーんだぜ。この牢獄の全員の顔と番号覚えてんだ」
「は…?」
「こう見えては余計だろ」

 いや、そんなことどうでもいいだろ。
 この牢獄の全員?それは文字通りの意味か?

「顔と番号を完璧に覚えてるのは雅だ。俺は番号と情報は持ってるけど、番号と顔を一致させるのは苦手なんだ」
「よう分からん囚人の長たらしい情報覚えるより、顔と番号覚える方が簡単やと思うけどなぁ」
「アイドルグループとかそういうのが全員同じ顔に見えるタイプなんだよ俺は」

 待て。待て待て。

「差し支えなければ、俺が理解できるように説明してほしいんだが」

 俺を置いて話を進めないでくれ。

「特に説明することもないで。純と2人でこの牢獄でいかに有利に生活するかを考えた結果、これがええんちゃうかと思っただけや」
「俺も雅も特にこれと言って能力があるわけでもないし、かといってどっかの誰かみたいに自ら検体を受けるほどバカじゃないからな」
「享みたいに素面でアホほど強いわけでもあれへんし、蒼みたいにちょっとしたい機械でも渡されたらすぐに武装化してまうわけでもないし」

 なるほど、それで蒼は責任者なのか。
 ちょっとした機械を武装化って、一体どれほどの機械なのか、どれほどの武装なのか気になるじゃねぇか。
 今度、見せてって言ったら見せてくれんのかな。それとも、看守に命令されて作ってるだけで、持ってる訳じゃねぇのかな。

「まこちゃんみたいにお姫様になるわけでもなし、亮と彪牙みたいに2人揃ったら無敵!ってわけでもないしな」
「まぁ、あいつらの場合その無敵も自由自在ってわけでもあれへんからな。昨日も享にボコられてたってことは、うまいことかんかったんやろ」

 つまり、それが上手いこといくとあの享より凄いってことか?
 だから椿はあの2人を選んだのか?もしもの時は、ちゃんと無敵になるってことなのか?
 まぁ、アイツの考えてることなんてどうでもいいけど。

「言い出したら切りがないけど。とにかく、俺たちにはなんの取り柄もないから」
「ないなら、自分達で作るしかないと思って努力してんや。伊達に頻繁に残業夜勤してるわけやないねん」
「そのため敢えて残業夜勤に勤しんでいると言っても過言ではないな。だから、享が体調不良になっても何ら支障はないんだけど。何回言っても聞きやしないからそれが困り者だ」
「すぐ熱とか出しよるくせに隠すからな。勝手に独房行きになって、それを減刑するために悪びれもせず俺に夜勤ぶちこむのもどうかと思うけど」

 同じ双子でも偉い差だな。
 しかし、こう聞くと部屋割りもうまいことなってるもんだなと思う。というよりは、人よりい少し不利に与えられた環境を最大限利用しているこの2人が凄いのか。
 

「だからって、牢獄内の囚人の弱味を握り尽くすっていうのはちょっと怖ぇけど。ある意味、一番逆らえないじゃん」

 確かに、それは一理ある。
 要のくせに的を射た言葉だ。最近、本とか読みはじめて少しは頭もマシになってきたのかもしれない。

「そうは言うても、全員が後ろめたいことがあるわけちゃう…ほぼあるんやけど。中には真面目に投獄生活送ってる奴もおるし、やってることがショボすぎてネタにならんこともあるねん。それに、重い情報ほど手に入れるのも大変やしな」
「さっきの4人だって、たまたまあの1人のいいネタを持ってただけで、他の3人には大したものはなかったしな」

 だから残りは勢いだって言ってたのか。
 ただ、あの3人の立ち去るスピードの早さからして、何かしら後ろめたいことを隠しているのは確かだ。
 雅と純もそれはわかっているだろうし、もしかしたらこれから情報を集めていくのかもしれない。

「それに何より、俺たちは情報こそ持っとっても、よほどのことがない限り実力行使に出ることはない」
「朝食の席がないのはよほどのことなのか?」
「あれくらいは実力行使に入らへん。もっとこう、邪悪な感じには使わへんってことや」
「仮に誰かと揉めても、そいつの情報を看守に垂れ込んだり、他の囚人たちに吹聴したりはしないってこと。さすがに理不尽に1週間以上の独房行きにされるほどだとちょっと考えるけど、残業夜勤増やされる程度ならなんともないからな」
「そうそう、その辺はどっかの外道と同じものさしで見んといて欲しいねん」

 朝食の席を譲らせることが実力行使にならないのかどうかという議論は置いておくとして。まぁ、何となく言いたいことはわかった。
 そして、雅の今の言葉でふと思い立つことがあった

「外道と言えば、結局あれ以来龍遠に会ってねぇな」

 俺が串刺しになるよりももっと前の話だから、もう1ヶ月以上も会ってない。いい加減、あのときの礼を言いたいもんだが。
 まだ敢えて会わないようにしてんのか?

「龍遠か…。あいつな…今はちょっとな」
「…なんかあったのか?」

 龍遠の名前が出てきたとたん、純の表情がすっと暗くなった。先程まで饒舌に喋っていたのに、それが嘘のように歯切れが悪い。
 俺が問うと、雅と純は何かを確認するようにお互い目を合わせた。


 **


 雅と純は俺と要に話すべきか否か、アイコンタクトで確認しあっているようだ。それほど、何か大きな出来事でもあったってことか。
 もちろん無理矢理聞く気などないが、その判断を待っていると、割りとすぐに決断がでたようで2人揃ってこちらに向き直した。

「あんまり楽しい話じゃないけど」

 と、純が切り出した。
 その口ぶりから察するに、どうやら話してもらえるらしい。

「龍遠に何かあったってちゅうか…。今、ずみさんが独房に入っとんねん」
「はぁっ!?何で!?」

 俺が驚くより先に、要が叫びあげた。
 気持ちは同じだが、いかんせん声がでかすぎだ。思わず頭を机に叩きつけると、「ふげっ」と間抜けな声が漏れた。

「責任者って独房に入れられることがあんのか?」

 それ以前に、あの稜海が独房に入れられるようなことをするとは到底思えない。要の驚きっぷりからしても、多分これまでそんなことはなかったのだろう。
 まさか、ここ最近の俺のことに関係してるわけじゃないよな?あの時はかなり世話になったけど、大丈夫だよな?

「それがなぁ。今回は本当に看守の職権濫用っちゅうか。いっそ龍遠のせいなら、…いやまぁそれもあかんねんけど。とにかく、誰のせいでもないから龍遠がもう今にも爆発しそうで怖いねん」

 雅はそう言いながら困ったように頭を掻いた。本当にどうしようもないと、表情が語っている。

「10日くらい前、龍遠の仕事が外作業やって、途中から土砂降りになった日があってん。基本的にはそういう日は中作業に切り替えか、そのまま自宅待機になるんやけど。その作業場がえらい送れとったみたいで続行されたんや」

 10日前が土砂降りの日があったかどうか覚えてないところを見ると、俺も要も運よく室内労働だったのだろう。
 しかし、そんなに無理矢理働かせてもかえって効率が落ちるだけだし、怪我人や病人がでたらそれこそ本末転倒だと思うが。看守っってのはつくづく馬鹿だな。

「で、当たり前やけど体調不良とか怪我とかする囚人が出てきてな。そのうち何人かが33棟の囚人やったらしくて、見かねた龍遠が作業中止を申し出たんやと」

 33棟。俺たちのいる棟であり、責任者である龍遠の管理下…支配している棟でもある。
 しかし、龍遠もまともに責任者っぽいことすることもあんのな。ちょっと見直した、なんて言ったら失礼か。

「…龍遠って…責任者っぽいことすることあんのな」

 要も感心してるってことは、相当珍しいってことか。
 とはいえ、同じ棟から何人も労働に出られない奴が出たら責任者も苦言を呈されるだろうし、それを見越してのことかもしんねぇけど。
 もし本当に親切心だったら謝るからな、龍遠。

「まぁ、のちのち何人も労働に出られへんくなったら龍遠も何かしら言われるやろうからな。それで庇っただけやと思うけど」

 どうやら謝る必要はなさそうだ。

「でも、中止は認められなかった。それに龍遠が猛抗議。かえって作業効率が落ちることや、今後の作業に差し支えることを言ったらしいが、ものの見事に却下されたらしい」

 言われても尚分かんねぇって。
 要よりもバカじゃんじゃねぇのか、その看守。

「今思うと、それで終わりならよかったのかもしれないけどな。それでも龍遠が食い下がらないもんだから、看守もムキになって条件を出した。早退させる囚人分のノルマを全部引き受けるなら許可するってな」
「同じくムキになってる龍遠はそれを二つ返事で了承し、13人の囚人たちが早退したわけや。本人たちは申し訳なくて断ろうとしたらしいんやけど、龍遠に帰れって凄まれたら帰るしかないやろ?」
「それで、土砂降りの中早朝まで1人で13人分やってのけたと。ちなみに、何人かの囚人が手伝いを申し出たけど、それも却下されたらしい」

 13人分のノルマを1人で。
 外作業1人分でも相当な量があるのに、それを13人もやるなんて気が遠くなりそうだ。それも、土砂降りの中でなんて何十倍も負担がかかるに決まっている。

「で、さすがの龍遠も風邪でダウンや」
「発熱嘔吐咳…思い付く限りの風邪の症状をフル発動してたって、ゆりちゃんが言ってたから結構参ってたんだろうな」

 そりゃそうだろ。
 売り言葉に買い言葉とはいえ、他の囚人のためによくそこまでやるもんだと思う。やっぱり、さっきは失礼なことを思って悪かったと謝っておこう。

「まぁ、責任者は多少融通がきくから、少々休んでもどうとでもなると思ってたんやろうけど」
「今回ばかりはそう上手くいかなくてな。龍遠が完全ダウンなんて前代未聞のことに、医療班がでしゃばってきたんだ」

 医療班といえば、前に聞いた。
 確か、医療と名が付いているのに全く医療をしない連中だったはずだ。

「医療班なんかに渡したらどうなるか分かったもんじゃねーだろ。もっと悪化させることはあっても治すことなんてまずないし」
「その通り。で、今度はずみさんが医療班に食って掛かってんな。状況は悪化する一方や」

 ああ、それは。
 負の連鎖がどんどん繋がっていく。

「当たり前だが、医療班も引かない。龍遠はここの検体を受けてたわけじゃないから、余計に治療という名の研究がしたくて仕方がなかったんだろうな」

 なるほど、ほかの施設でどんな検体か実験かをしていたか調べたいのか。だから俺が串刺しにされた時にも、大手を振ってやってきたわけだな。

「稜海さんは頑としてそれを許さず、結果的に自分が独房に入るかわりに医療班を撤退させるように看守に掛け合ったって次第だ」

 それが認められた結果、現在進行形で稜海は独房にいるとうことか。
 でも…ちょっと待て。今さっき、土砂降りの日が10日前って言ってたよな?話ぶりからして、龍遠が倒れたのはそれからすぐのようだった。

「もう1週間以上も入ってんのか…?」
「え!?そんなに!?」

 バカの要は日数計算ができてないようだっったが、もし本当に龍遠が倒れたのがすぐだとして、医療班もすぐに来たのならそういうことになる。
 俺の受け取りかたが悪かっただけで、実際は数日でも間が空いているというのならまだ救われるのだが。

「今日で8日やっけ?期間は20日言うてたから、まだ半分もいってへんな」
「20日…!?」
「………いくらなんでも、職権濫用だろ」

 でかい声をあげる要の頭を机に叩きつけるうことも忘れるくらい、俺も驚きが隠せなかった。
 というか、全く関係がないのに怒りさえ沸いてくる。

「稜海さんが認めてるからな。ゆりちゃんが掛け合っても却下、龍遠が交代を申し出ても却下でもう打つ手なしだ」
「それでもって今回ばかりは龍遠に非がないからな。怒りの矛先が100%ゲージ振り切り状態で看守と医療班に向いてて、爆発しそうっちゅうわけや」

 雅がお手上げポーズをとると、純も困ったようにため息を吐いた。
 確かに、これまでは龍遠が絡んでくると大体本人にも責任があることばかりだったが。今回ばかりはそうじゃないと言い切れる。
 俺でも腹が立ってくるくらいだから、本人の腸の煮えくり返り具合なんて凄まじいもんだろう。


「龍遠って、ガチで怒るとやべーの?」

 要が少し恐ろしげに聞く。
 つまり、俺よりかなりここの生活が長い要ですら、それを見たことがないということだ。

「それが見たことないねん」

 だからこそ怖いのだと、雅は言う。

「多少苛立ってるのは見たことあるが、血管が切れてるってのはないんだよな。だから、スイッチが入って爆発したらどうなるか分からない」
「そもそも、今までの多少苛立った程度やと武力行使ちゃうくて権力行使でいたぶってたから、尚のこと底知れんのや」

 権力行使って、それはそれで十分怖いけどな。

「あとはまぁ、共有地で要か捷と遊ぶときにちょっと能力使うくらいやろ?」
「でも龍遠、あんま遊んでくんねーし。遊んでくれても能力云々の前にやられちまうし」
「そうなのか?」
「うん。大晟とちょっと似てるかな。龍遠の場合、耳がよすぎて透明人間になっても動いた微かな音とかですぐバレちまうんだよ。だからって腕力でいこうとしてもひらひら避けちまうし」
「結果的に隙を付かれて、吹っ飛ばされて一発KOが毎度お馴染みのパターンやねん」

 そういえば、いつか要を一瞬で倒した時、かなり遠くにいた龍遠が俺の話を聞いていた。
 どんな地獄耳だと思ったが、俺の思った以上に聴覚が優れてるらしい。

「俺たちも要が吹っ飛ばされる時にちょっと使われるのをを目にしてる程度だ。だから
、それをマックス活用されるとどうなるかっていうのがいまいち分からないんだ」
「いかんせん本人があまり使いたがらんからな。それがまた俺たちの危機感を増してる要因でもあるねん」

 使えるものはどんなものでも使う。あいつはそういう奴だろ。
 そんな龍遠が使いたがらない。それも、得たいの知れないものではなくて、自分自身が一番よく知っている自分の能力。
 なんだそれ、フラグ立てすぎじゃないのか。

「本人曰く、大した能力じゃないけど気持ち的な問題で使いたくないだけだって言ってたけどな。どこまで本当だか」
「ずみさんならその詳細を知ってるんやろうけど。独房まで押し掛けていっても言わんやろうし」

 確かに、あいつは口が固いからな。
 とはいえ、俺はその詳細以前の問題で立ち止まってるんだけど。誰か親切に教えてくれたりしねぇのか。

「ところで、そのちょっと吹っ飛ばす能力ってどんなんなんだ?」

 だから、俺が自分で聞くはめにはるだろ。

「そうか、大晟さんは知らないよな。龍遠はちょっと特殊で…」

 やっと純が説明を始めたというと所で、食堂の入り口からバタンッと扉を叩きつけるような音が響き渡った。
 せっかく俺の知りたいことが聞けるとこだったのに、一体何なんだ。

「噂をすれば影っちゅうか…こんな所に医療班がなんの用やろ?」

 扉の方を見ながら雅が呟く。
 真っ白い、まるで宇宙服のような重装備を身にまとった連中が、何人も食堂に押し掛けてきていた。

「こういうの、フラグって言うんだろ?」
「バカのくせに縁起の悪いこと言うんじゃねぇよ」

 要の言葉に返しながら、ずかずかと食堂ないを歩き回る連中をやり過ごすために下を向いた。
 まぁ、俺と要の容姿ならそんなことしても無駄だってことはわかってるけどな。気持ちの問題だ。

「囚人番号、2052番!」

 はいフラグ回収ありがとうございます。
 要の野郎、ぶっ飛ばすぞ。

「2052番!どこにいるんだ、早く出てこい!」
「うるせぇな。何だよ、何か用か」

 どうせ出ていくまで呼ばれ続けるんだろうから、さっさと顔を出した方が早い。
 立ち上がると、白装束の奴等が一斉にこっっちを向いた。顔までヘルメットみたいなマスクで覆われてるからどんな表情してるのかは見えねぇけど、気持ち悪いったらねぇな。

「お前を処置室に連れていく」
「はぁ?治療を受けるところなんてどこにもねぇだろうが」

 最高に意味が分かんねぇよ。
 龍遠が追い出した後すぐってんならともかく、なんでこんな時間が経ってから来るんだ。

「お前の血を分析した結果、人間にはあり得ない分子が検出された。よって、お前が特殊能力の持ち主でないか調査を行うこととなった」

 あー、そういうこと。
 俺の血を分析するのに時間が掛かってたわけか。それならまぁ納得だが、それにしてもタイミングよすぎるだろ。どっかで話聞いてたんじゃねぇのか疑うぐらいの絶妙さだな。

「つまり治療としてではなく、徹底的に調べるためってわけか?適当なこと言って、どうせ蓋開けたら調査じゃなくて実験でもするんじゃねぇのかよ?」
「はぁ?何だそれ。大晟をそんなところに行かせるわけないだろ」

 俺が聞いたことに医療班の奴等が答える前に、要が俺の前に立ちはだかった。

「778番。お前がロイヤルだとしても、それを決める権利はない」
「ふざけんな!お前らの所に行ったら皆おかしくなって帰ってくるじゃねぇか!」
「我々は常に適切な処置を施している」
「どの口が言ってんだよ、バカじゃねぇの!?ぜってー渡さねぇからな!」

 別に要に守ってほしいわけじゃない。
 ただ、ここまで必死になられるのは悪い気がしない。

「食って掛かるなら、お前を独房に送ってもいいんだぞ。もちろん、その上で2052番は処置室に連れていくが」

 どうやら相当本気のようだ。
 まぁ確かに、全く記録にないはずの人間から変な分子が出てきたら徹底的に調べたくもなるっだろうよ。
 けどさ、この展開って、なんとなくあんまよくない気がするんだ。

「この展開はまずいんちゃうか…」
「そうだな。これ以上ないくらいフラグ立ちまくりだ」

 どうやら背後で同じようなことを思っている人物が2人いるようだ。
 だってそうだろ。ほら、この状況。
 さっき聞いた話にそっくりな展開になってきたじゃねぇか。



「うちの棟の囚人を、誰に許可なく連れて行くって?」

 ああ、ほら。言わんこっちゃない。
 見事なまでに、華麗にフラグ回収といくわけですね。
 背後に気配を感じるだけで、怒りが燃え上がっているのが分かる。この辺りだけ、とたんに空気が熱を帯びたように感じた。


「この期に及んでよくもまぁ、俺の棟の囚人に手を出そうなんて考えたもんだね」


 そう言いながら目の前に現れたメイド服を身に纏った龍遠は…って、なんでメイド服?
 いや、まぁそんなことはいい。
 医療班の連中を真っ直ぐ見据え、思わず一歩身を引いてしまうほどに殺気立っている龍遠は。
 

 文字通り燃えていた。


夥しい熱量の中で
(フラグは回収された。破滅が近くに迫っている気がする)


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