Long story


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34

 道のりが険しければ険しいほど、
たどり着いた時の達成感は凄まじい。
 しかし、簡単にたどり着く方法があるならば。
 やはり、使わない手はない。

Side Kaname

 プリンセスの言葉の意味は、随分前に龍遠に教えてもらった。
 もちろん大晟は俺みたいにバカじゃないから、その言葉の意味なんて教えなくても知っているはずだ。
 けれど、俺がその言葉を言った瞬間に滅多に見ることができない素っ頓狂な表情を浮かべていた。

「ぷりんせすぅ?なんだ、そりゃ」
「文字通りの意味だよ。まこはあの地区でプリンセスとして全地区民から絶大な支持と忠誠を受け、地区全体をまとめ上げてる」
「……真のいる地区って、確か…あいつもいたよな?」
「まこは先生の事件の後、違う地区に移動になった。だから、今は一緒じゃない」
「どうして違う地区に?」
「分からない。でも、ずっと無罪を主張してた先生が、まこの移動と同時にいきなり特別独房に監獄になったから」

 もしも本当にスペードのAが真犯人なら、あのままあの地区に真を置いておくと、今度は真が標的にされるかもしれない。そうではなくても、真の泣き顔を毎日あざ笑い、そしてその憎しみを肴に酒を飲むような男だ。

「先生が特別独房に入るまでの期間は、無罪を主張しているにしては早すぎた。だからきっと、無罪を主張していた先生がその罪を認める代わりに、真の地区の移動を申し出たんだろってゆりちゃんが言ってた」

 先生は捕まってもなお、自分のことよりも真のことを心配していた。
 それくらい愛されている真を、少しだけ羨ましく思った。

「なるほど。で、新しい地区の連中が揃いも揃って真の愛らしさに骨抜きにされたと」
「そう。ただでさえ他地区同士はどこも仲が悪いってのに、そのうえまこに会いに行くなんてことになったらどうなるか分かる?地区全体で殺しに来る勢いだ」

 稜海なんか、それすらもまこをあの男から守るための先生の差し金なんじゃないかって言ってた。その言葉に対して、自分が捕まる前からそれを予知して、おまけに受け入れ先の地区でそんなマインドコントロールができるのなら、それこそ重力が扱えるよりもよほど恐ろしいと龍遠は表情を強張らせていたのを覚えている。俺にはマインドコントロールが何か分からなかったけど、龍遠のひきつった表情からもし本当にそんことをしていたとしたらとんでもないことなんだろうと予想はついた。

「…真に頼んで止めてもらえねぇのか?」
「そりゃ、本当に死ぬようなことになる前には止めに入るだろうけど」

 そういうと、大晟は苦笑いを浮かべた。
 俺よりも真と一緒にいた時間は長かったみたいだし、俺の言わんとすることを察したのだろう。

「あいつ結構Sっ気強ぇからな…」

 やはり分かっているらしい。
 まこは俺が大量の囚人たちを相手に奮闘する姿を面白おかしく眺めて楽しむタイプだということを。

「それでも今から行くのか?」

 俺の問いに、大晟はどこかあざ笑うかのような表情を浮かべた。

「せっかく慰めてやった恩をあだで返すかの如く性欲につき合わされて、まともに寝れずに仕事行って機械ぶっ壊すよりはマシだろ」

 今ここでその話を持ってくるのは反則だろ。

「それはごめんって」
「別に今更責める気はねぇから、さっさと真のところまで案内しろ」

 いきなり責めてきたくせに何言ってんだ。
 しかしまぁ、本当に行く気なら俺がどうこう言っても仕方がない。

「じゃあ、行こ」

 俺が立ちあがると、大晟も立ちあがった。
 部屋を出る前にパッドに目をやると、時計はちょうど5時を示していた。
 もし夜中の2時までに帰ってこれたら一発ヤって寝ようなんて言ったら殴られそうだから、それはその時になってから言うことにした。


 **


「…真のところに行くんだよな?」
「うん。それにはここに寄るのが不可欠だから」

 大晟が訝しげな表情を浮かべているのをよそ眼に、俺は扉をノックした。
 44棟1号室と書かれたプレートが微かに揺れた。

「お前、ノックなんてできたのか…」
「ばっ、バカにしやがって!」
「ノックするような奴じゃねぇだろ」
「今度ノックしなかったら殴るって言われてからするようにしてんだよ!」

 あの時の目は「殴る」ではなくて「殴り殺す」を意味していた。
 冗談じゃなくて本気のあの目がここに立つたびに思い出されて、ノックせずには入れない。
 これは一種のトラウマだと思う。

「黙らないとどのみち殴るよ?」
「ひぃっ」

 突然出てくんじゃねぇよ!
 思わず大晟の後ろに隠れてちまったじゃねぇか。

「あれ、大晟さんも一緒?…どうしたの?」
「要と真のところに行くとこなんだが」
「真?…ってあのまこちゃん?」
「そう、あのまこちゃん」

 大晟の方に向いていた視線が俺に向けられた。

「何で大晟さんがまこちゃんのこと知ってるの?」
「それは大晟に直接聞いてほしいけど、今は時間が惜しいからそれはまたにして頼みを聞いてほしいんだけど」
「却下」
「即答ですか!?」

 まだ内容も聞いてないのに。
 いやまぁ、聞かなくても分かり切ってるんだろうけど。

「自分でどうにかすればいいでしょ?」
「時間があればしてるけど、今からだったら明日の労働に間に合わないかもしんねーじゃん」
「それはそっちのことでしょ」
「確かに」
「いや大晟は一緒に説得する側だろ!何納得してんだ!」

 腕組んですっかり納得しきってんじゃねぇよ!

「一体何を頼みにここに来たのかも分かんねぇのに説得もくそもあるか。ただ、蒼のいうことはもっともだってことはわかる」
「…別に行ってもいいけど」
「ほら本人はこう言ってるんだから…って、え!?うわああ!!」

 びっくりした!びっくりしたびっくりした!
 さっきからなんだ。突然出てくるのが流行ってんのか!!

「享…起きたの?」
「そりゃこんだけうるさきゃ起きるだろ」
「享もいたのか。悪いな、要がうるさくて」
「いだっ」

 まぁ確かにうるさいのは俺ですけど。
 そんな頭押さえつけて屈ませることなくない?そんなことしなくてもごめんなさいくらいできるからな。…自主的にするかしないかは置いておいて。

「いつものことだからな。…それより、まこちゃんのところ行くんだろ?」
「ああ。…要は享に一緒に行ってほしくてここに来たのか?」
「うん、そう。一緒に来てくれる?」
「いいよ。蒼も一緒に行くか?」

 享はすんなりと受け入れてくれる。それはわかっていた。
 だから、蒼が享に直接聞かずに俺たちの頼みを却下したことも。

「本気で言ってる?今から行ったら夜中戻りはまず間違いないんだよ?」
「だから一緒に行きたいって言ってるんだろ?」
「………そういうところ本当に狡いよね」

 くそ、このバカップルめ。と言うのはやめておく。
 享に加えて蒼まで一緒に来てくれるというのは願ってもないラッキーだ。これでまた、たどり着くまでの時間が大幅に短縮できる。

「俺に分かるように状況を説明しろ」
「いだっ」

 その頭押さえつけるの気に入ったのか?
 地味に痛いしやめてほしいんだけど。

「蒼は棟の責任者だから、徒歩以外の移動手段を使える権限を持ってるんだよ」
「徒歩以外の移動手段?」
「大晟さんは物知りだから、車っていえばわかるでしょ?」
「ああ」

 分かんのかよ。すげぇな。

「俺はそれを合法的に使えるから、移動の時間短縮になる。そして享がいれば、移動してからの時間短縮になる。要の本来の目的はそっちだったろうしね」
「……どういう意味だ?」

 今だことの真意が分かっていない大晟は怪訝そうな表情を浮かべていた。


「享は素面で戦わせたらこの牢獄の中で一番強いから」


 そう、だからまこに会いに行くためには享の力が必要不可欠なんだ。


 **


 他地区において、ロイヤルや責任者が何らかの能力を使って他地区の囚人に危害を加えると結構な重罪として見られることが多くある。それはその地区の住人が他地区の住人に能力を使って手を出した場合も同じだ。その罰は一週間の夜勤追加ならまだいい方で、数週間の独房行きや、ロイヤルならば検体日の追加も否めない。
 それどころか、たとえ他人に危害を加えなくてもその能力を使っているだけで重罪視され兼ねない。だから、俺が一人で行くときも透明になって行けば早い話だが、見つかった時の面倒を考えてそれをしない。たかだか遊びに行っただけで検体の追加なんて御免だ。
 ちなみに何でそんなルールがあるかというと、この間みたいに作業が遅れている地区に他の地区の住人が派遣されて、能力を持った責任者同士が乱闘になって危うくその地区ごと大破されそうになったという過去がここではない他の監獄であったかららしい。
 ただ、共有地においてそれらは解禁される。だから共有地では他地区同士の争いが絶えないのだ。普段の鬱憤をそこで思い切り晴らそうと考える奴は少なくはない。

「だから、ゆりちゃんや稜海を連れてきても意味ないってこと」
「なるほど」
「それでどうして享が選出されたのかってことは、まぁ見ての通りなんだけど」
「…なるほど」

 車で移動すること20分。無事にまこのいる地区までたどり着いた俺たちは、その地区に足を踏み入れた瞬間にどでかい警報機の音とともに大量の囚人たちにハチの巣状態にされた。そもそも他地区に違う地区の住人が入ると警報機が鳴るなんてシステムはなかったはずだが、大晟が「真もここまでできるようになったのか」と感心してたから、たぶんまこがやったことなんだろうと思う。
 そんな警報機のことは置いとくとして、それから一斉に襲ってきた囚人たちを、俺がその説明をしている間にきれいに全員気絶させてくれた享を前にしては、さすがの大晟も苦笑いを零していた。

「お昼に看守に因縁つけられた憂さ晴らししたでしょ?」
「ちょっとスッキリした」

 一体何の因縁をつけられたのかは分からないが、それまた好都合だったと思わずにはいられない。
 そしてこれだけの人数を一瞬で蹴散らして「ちょっと」しかスッキリしなかったのかと驚かずにもいられない。

「戦場で育ったのか?」
「いいや。小さい頃雅と捷に散々いじめられてて、いつか二人とも殺してやるって思って努力した結果」

 享のこの姿を初めて見た人は大体同じような質問をする。そして享は冗談ではなく真面目にいつも同じ返答をする。
 俺としては、享が雅と捷にいじめられてたってことが想像できないけど、証言者は他にもたくさんいるからそれ自体は本当のことらしい。ただ、享に殺してやるとまで思わせるほど一体何をしたのかは、本人もそうだけど雅も捷も絶対に教えてくれない。

「……殺しちゃだめだぞ?」
「今はそんなこと思ってないから大丈夫」

 そう思わなくなったことはいいことだと思うけど、ここまで戦闘スキルを磨き上げるほど殺したいと思っていたのに、そう簡単に心変わりするものだろうかと不思議に思わなくもない。
 まぁ、今は完全に雅と捷よりも享の方が身分は上だから(実際に何が上というわけはないけれど、誰もがそう見ている)それでいいのかもしれない。


「うわ、なにこれ。全員死んでんだけど」
「死んでるわけねぇだろバーカ。気絶してるだけだっつの」
「んなこと分かってるよボケ。比喩に決まってんだろ」


 屍の奥の方から、どこか言い争いをするような声が聞こえてきた。
 会話の内容からして、享がやり損ねたということではなく、今この場にやってきたというような感じだ。
 まぁ、この2人はいつも遅刻してやってくるから何ら不思議なことではない。そして、いつも言い争っている。

「まだいたのか」
「さっきまでのはほんの挨拶みたいなもの。あのバカ2人が本番だよ」
「バカ2人?…要とどっちが?」

 そこかよ。指摘するところはそこなのかよ。
 もっと他に気にするところがあるだろ。

「誰がバカだコラ!!」

 うるせぇ綺麗にハモってんじゃねぇ。
 そんなことよりも大晟の注目点がおかしいところの方が問題なんだよ。

「要よりバカな奴がこの牢獄にいるわけないだろ!こいつはどっこいだけどな!」
「どっこいはてめぇだろうがバーカ!溝に足突っ込んで死にかけてたやつが何言ってんだ」
「水のないプールに頭から突っ込んで脳震盪起こした奴に言われたくねぇんだよ!」
「待て俺よりバカがいないってどういうことだよ!!」

 お前らのくそ間抜けな失敗談の投げ合いみたいな喧嘩はどうでもいいんだよ。
 というか、そんなくそ間抜けな奴に牢獄一バカ呼ばわりされたくねぇんだけど!!

「うわ、バカの三重奏だ」
「蒼…煽るな」
「ごめん」

 享に諭された蒼はまったく悪びれる様子はない。それどころか、謝罪の言葉に全く誠意が感じられない。

「…とりあえず俺は状況説明がほしい」
「ああ、そうだね。この2人は先生ご指名の真の付き人みたいなもので、向かって右が政彪牙(つかさひゅうが)、左が西元亮(にしもとりょう)だよ。見ての通り、常に喧嘩してるけど常にセットで行動してて、おまけに揃いも揃って要ほどじゃないけどどうしようもないおバカさん。ただ、喧嘩は強いよ」

 状況を理解していない大晟に対しての蒼の説明が酷いことは俺でもわかる。
 それと、バカの基準を俺にするのはやめてほしい。

「げ!誰かと思ったら享じゃん!」
「だからこの有様だったのか…」

 気づいてなかったのかよ。
 なぁ、本当に俺はこいつらよりもバカ認定なのか?本当に俺はこいつらよりもレベルが下なのか?

「お前ら」
「はいっ」

 屍の前で腕組みをした享が、突然キッっと2人を睨み付けた。
 屍の向こう側にいる彪牙と亮が同時に返事をして、その表情が強張った。

「お前らはいつもまこちゃんのそばにいるんだろ?」
「はい」
「なら、ここの警報機が鳴る前にまこちゃんから侵入者が来たから様子を見てこいと言われなかったのか?」
「……言われました」

 そんなこともできるのかよ。まこがすげぇのか、それともこの牢獄がずさんなのかどっちか分かったもんじゃない。
 多分、どっちも揃ってるからそんなことができるんだろうけど。

「どうして一番に指示を受けたお前らの一番到着が遅いんだ?どうせ警報機が鳴ったら他の連中が行くから急がなくてもいいだろうとでも思ったんだろ?」
「…はい……」

 やる気ねぇなおい。
 それでも先生ご指名の付き人かよ。人選誤りすぎだろ。

「そもそも、まこちゃんから言われたからと言って、一人残してのこのこ2人で出てきてどうすんだ?」
「あっ…」
「あ、じゃねぇだろ!もっと自覚もってしゃきっとやれ!!」
「ぎゃあああ!!ごめんなさい!!」

 享が一喝入れただけで土下座をせんばかりの勢いだ。
 蒼はさっき大晟に「喧嘩は強い」と説明していたが、この状態では全くそんな様子はうかがえない。
 まぁ、彪牙と亮がこうなるのは、相手が享だからというのもあるのだが。

「亮と彪牙はもともとうちの棟にいたんだけど、その時から俺の手には負えないから世話は全部享に任せてたんだよね」
「…それで、享に対してあの態度なのか」
「そういうこと。この2人がここに移動になったのも先生の仕業なんだろうけど、一体何を思ってこの2人を選んだのかは今だに謎。俺なら不安で託せないよ」

 蒼はそういって心底不思議そうに腕を組んだ。
 確かに、あそこまで溺愛していたまこをこの2人に託すというのはどこか納得いかない。まぁ、先生のことだからそれなりに考えがあったんだろうけど。そして、蒼が考えても分からないことを俺が考えて分かるわけもないけど。

「まぁでも、それでこれまで何もなかったなら、あいつの采配も間違っちゃいねぇんだろ」
「まぁね」

 大晟の言葉に、蒼はどこか納得いかない様子を拭えなさげに頷いた。

「今後間違いだったと言われないようにしろよ」
「はい」

 再度享に睨まれ、2人の肩がしゅっと縮まったように見えた。
 どんだけ怖いんだよ。

「まこちゃんのところまで案内しろ」
「はい」
「そうやって簡単に案内するのがダメだって何度言ったら分かるんだ?」

 ああ、そういえば享と一緒に来たときは毎回このやり取りしてるな。

「い、いつもはちゃんとここで撃退してるって!!」
「例外があっていいと思ってるのか?ちょうどいい、憂さ晴らしの続きだ」

 看守に因縁を付けられた件は完全に吹っ切れてはないらしい。
 そしてこれから2人は享に滅多打ちにされるわけだが、なんだか可哀想だと言えなくもない。ただ、可哀想よりも面白そうの方が上回っている俺が止めるわけもなく、例によって他の誰も止めることはない。


 **


「享くんだめ!!だめだめ―――!!」

 さあ滅多打ちにされるぞ、というところで甲高い声が響き渡った。今にも動きだそうとしていた享の動きと、戦闘回避を諦めて迎え撃つ構えを取っていた亮と彪牙の体勢が緩む。
 乗り込んできた俺たちの中で享を止めるような奴はいない。何より、これほどまでに甲高い声が出せる奴もいない。
 この状況で享を止めに入る人物は、俺の思い当たる中で一人しかいない。

「ま、まこちゃん!」

 亮と彪牙の声が揃う。
 遠くの方で誰かが走ってきている。と、思って次に瞬きをした時には、もう真の姿がはっきりと俺にも見て取れた。
 相変わらずどういう身体能力をしているのか目を疑う。

「出てきちゃだめって言ったじゃん!」
「しかもまたそんな真っ白な服着て!」

 と言われているまこは、確かに上下真っ白の服を着ている。
 囚人服に自由服なんてなかったはずだけど。まぁ、龍遠が色目を使って(かどうかは定かじゃないけど)メイド服なるものを着ているように、真も同じような手で好きな服を着ているのかもしれないけど。
 いや、ここの看守は色目なんて使わなくても、普通に欲しいっつったら俺でもくれるだろうな。先生がまこを置くのにここを選んだのは、それも大きな要因のはずだ。

「だって縞模様好きじゃないんだもん。それに、いつまで経っても帰ってこないから心配になって…」
「だからってほいほい出てきたら俺らがいる意味ないじゃん?」
「何かあったらすぐ知らせられるように、あちこちに非常ボタン設置してる意味も」
「そうだけど〜。でも、僕が来なかったら今頃二人とも死んでたかもよ?」

 まこがそう言うと、返す言葉がない亮と彪牙は押し黙った。
 とはいえ、さすがの享もそこまでひどいことはしないだろう。下手にボコボコにしすぎて動けなくなったら、真の護衛がいなくなるわけだし。

「待て待て、まこちゃんが来たからってやめるとは言ってねぇよ?」
「うわああ!!鬼ぃ!!」

 享の言葉を聞いた亮と彪牙が一斉にまこの背中に身を隠した。
 お前らは自分たちがまこを守る立場だってことが分かってるのか?守らないといけない相手を盾にしてんじゃねーよ。
 また怒られるぞ。

「誰を盾にしてんだ。本当にぶっ飛ばすぞ」
「ご、ごめんなさい!!」

 ほらみたことか。
 まぁ、まこが止めに入ってるから実際に享が手を出すことはもうなくなったわけだけど。
 それにしたって何度見ても何でこの2人が選ばれたのかサッパリ分からない。

「享くん今日は機嫌悪いの?」
「そ。労働で看守に因縁つけられたんだよ」
「なるほど。それでここに憂さ晴らしに来たの?」
「まぁそれもあるけど。いくら何でも亮と彪牙をめった刺しにするためだけに来たりしないよ」

 まこの問いに答えた蒼は苦笑いをしてから、すっと大晟の方を指さした。
 その瞬間、まこの表情が一瞬で強張るのが分かった。

「た……たい、ちゃん……」
「お前は相変わらず目の前しか見えてねぇな」

 大晟は昔のまこを知っている。
 まこはいつも先生からも、もっと周りを見なさいとよく怒られていた。どうやらそれは大晟が知っている時からずっと変わらないことらしい。
 まぁ、その点に関して俺はとやかく言えるほど周りを気にするタイプじゃないけど。

「どう…して…?何で…享くんたちと一緒にいるの…?」
「言っただろ?こいつは今俺のペットなんだ。ペットの交友関係と交友があたったって何も不思議じゃねぇだろ?」

 そういいながら、大晟は自分の首輪をコツコツと叩いて見せた。
 …ん?ちょっと待って。

「逆!逆だろ!お前が俺のペットなの!!」
「んなもんどっちでもいいだろ、この際」
「よくねぇよ!」

 そこが逆になったら完全に立場がおかしくなるだろうが。
 つうか、首輪ってペットが付けるもんだろ!だからやっぱり大晟がペットだろ!!

「…本当なの?」
「何が」
「本当に、たいちゃんは今のかっちゃんのオモチャなの…?」

 オモチャという響きが妙に懐かしく、そしてどこか忌まわしく聞こえた。
 今まで散々言いまわしてきた言葉なのに。

「オモチャじゃねーよ、ペット」
「そうそう。俺はオモチャからの昇格組だからな?」

 大晟はそういってニヤリと笑った。
 なんだろう。何かを見透かされているみたいでなんかムカついか。一体何を見透かされているのかは分からないけど。

「何で笑ってるの?どうして?」
「…どうして?何が?」
「だって…だって、たいちゃんは…っ」

 まこの言葉が詰まる。
 まるで出しかけた言葉を呑み込むようにぐっと声を詰まらせ、そして俯いた。


「あいつのオモチャとして散々拷問された俺が、また誰かのオモチャになってるのが信じられないのか?そんな状況の俺が笑ってることが信じられないのか?」

 大晟の言葉に、まこの俯いていた顔が勢いよく上がる。
 その表情は、とても苦しそうに見えた。

「こいつはあいつとは違う」
「うわっ」

 まこの表情とは打って変わって、大晟はふっと笑って俺の頭を掻きまわした。
 やめろ、と言って大晟の手を払いのけて次にまこの表情を伺うと、苦しそうだった顔は驚きのそれに代わっていた。


「……それはいいことなの?」
「どうしてそんなこと聞くんだ?」

 大晟がそう問うと、まこの表情はまた険しいものになった。



「僕のせいだから」



 俺には、まこのその言葉の意味が分からなかった。
 ただ、大晟は何かを察したらしい。少しだけ、表情が硬くなった。





「たいちゃんをこの牢獄に閉じ込めたのは僕だから」





 まこはそう言ってまた俯いた。
 そしてまこの立っている辺りの地面にどこからともなくしずくが滴り落ちるのと、「本当にごめんさい」と消え入るような声が聞こえたのはほぼ同時だった。



雨は降っていない
(夜空には星が数えきれないほど散らばっている)


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