□コロンブスはどこにもいない 2011/11/21 23:18

二周年企画没案その2


広がっているのは果てしない水平線だけだった。列車の窓から顔を出して後ろを振り返っても吸い込まれるようにレールが続いているばかりで、首の向きを変えたところでそれは同じ。逆さまの雲が水面に浮かんでいる。まさしく、ひっくり返った空が足元に敷き詰められているようだった。窓の下を覗き込めばなるほど、浅い水はとても澄んでいて、底の小石まではっきりと見える。
「落ちるといけないよ、お嬢さん」
背後から声をかけられ、慌てて頭を引っ込める。
「ごめんなさい」
「素直でよろしい」
優しく笑った彼は丸い帽子を被り、きちっとした制服を着ていた。この列車の車掌だろうか。
「切符を拝見しても?」
「切符、」
立ち上がって切符を探していると、車掌は少しおどけた仕草で、私のブラウスの左胸にあるポケットを指差した。驚いてポケットを覗くと、そこには何も書かれていない真っ白な切符が一枚入っていた。
「ありがとう」
差し出すと車掌はまた笑ってそれを受け取り、しげしげと見つめた。
「最近はお嬢さんのようなお客さんが多い」
「私みたいな?」
「ええ。時の流れでしょう」
私のような客、というのがどのような客かは分からなかったが、それ以上は聞かなかった。車掌から切符を受け取る。
「では」
彼は軽く会釈をして、次の車両へ向かおうとした。
「あの」
「なんでしょう」
引き止めると、車掌は少し首をかしげた。
「この列車は、どこに行くんですか?」
彼は一つ、ぱちりと瞬きをして、また柔らかく笑った。
「どこに行くと思いますか?」
「え・・・」
私が考え込むと、車掌はじゃあ、と言った。
「どこに行ってほしいですか?」
「行ってほしい?」
「そう。お嬢さんがこの列車に、行ってほしいところ。お嬢さんの行きたいところ。それは、どこですか?」
「私の行きたいところに、行ってくれるんですか?」
「どうでしょう」
彼はただ優しく笑う。
私は返された真っ白な切符を見つめる。それは本当に真っ白で、何も書かれていない。白い厚紙をただ長方形に切っただけのようにも見えるほど、なんの装飾も施されていなかった。
車掌の口ぶりは、そんなただの白い厚紙が、どんな場所にでも連れて行ってくれる魔法の切符になるのだとでも言うようだった。そんなことが、起こりうるのだろうか。私は列車の窓に目をやる。互いを飲み込む空たちに、なにもかも巻き込まれていくようだった。
「・・・夕日」
「夕日?」
「うん、綺麗な夕日が見られるところ」
水平線を見つめて、独り言のようにこぼす。空が空に落ちていく。私はまだ水平線から目を離すことが出来なかった。
「あ、」
水平線に夢中になるあまり、車掌へいい加減な態度をとってしまったと気付いて振り返ったときには、すでに彼の姿は見当たらなかった。隣の車両へ移動したのだろうか。扉の音は聞き逃したらしい。
諦めて席に座ると、姿勢を正してひとつ息をつく。私は初恋の人と結ばれた花嫁にでもなったような気分だった。窓ガラスに頭を預け、進行方向に目を向けて、どこまでも続くレールの行く先に思いを馳せる。この列車は、本当に綺麗な夕日の見える場所へ連れて行ってくれるのだろうか。きっと私はなにも知らない。けれど怖くはない。私はただ真っ直ぐに、その水平線を見つめている。


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