またあの教室に戻らなければいけないのか・・・・・気が思いやられる。
王逆くんが何とかしてくれたって言ってたけど、一体何をしたんだろう。変なことしてなきゃいいけど。


「はぁ・・・・」
教室のドアの前で思わずため息をついて足を止めた。


「大丈夫だっつーの。ほら、入るぞ」


「うん・・・・・」
重い足取りで王逆くんに続いて教室に入れば教室の中にいた全員が私たちの方を向いた。
お互いに動きを止めて相手の様子を見ていれば、急に女の子たちが私の方に走りよってきた。お、王逆くん!!何が変わったっていうの?!と王逆くんを見れば、何故か王逆くんも驚いた顔をしていた。


「名無さん!私たちが言ったこと全部忘れて!」


「うん!綺麗さっぱり忘れて!!」


「私たちは何も聞いてない!そう何も聞いてない!!」


「えっ?えっ?えっ?」
私を取り囲んで急に真剣な顔で話しかけてきた女の子たちに戸惑い、な、なに?!どういうこと?!と完全にてんぱっていれば、女の子たちはそんな私を放置して隣にいる王逆くんを一斉に見た。


「王逆くん!私たち応援してるから」


「王逆くんなら大丈夫だよ!」


「私たち暖かく見守ってるから!」


「は?」
突然自分に真剣な顔で話かけてきた女の子たちを王逆くんは怪訝そうな顔で見ていた。
そして、何故か言い終わると自分たちの席に去っていった女の子たちを見て私たちは2人で顔を見合わせて首を傾げた。何が起きてるの・・・・。王逆くんは何かを察したのか阿部くんの方を睨みつけてて、何故か阿部くんは誇らしげにこちらに親指を立てていた。とりあえず、どうにかなったのかな?


その後授業が終わるたびに来ていた女の子たちは一切来なくなり、話しかけてくる友人も王逆くんの話を一切してこなかった。ありがたいと言えばありがたいが、こうも昼休みのたった1時間で変わると不気味さを感じる。無事授業が終わり、あとは部活だけだ。と立ち上がれば、横から王逆くんがやってきた。


「名無し帰るぞ!」


「お、王逆くん!」
いくら女の子たちが押し寄せて来なくなったからとはいえ、まだ安心できる状況ではないというのに、なんということを!と私が焦っていれば、王逆くんはとてつもなくめんどくさそうな顔をした。


「もう大丈夫だっつーの。お前が心配してるようなことは起きねぇから」


「そんなこと・・・・」
思わず周りを見渡せば、女の子たちは何故か王逆くんを見ながら両手を握り締めて『がんばって』と口パクで言っていた。なんで『がんばって』?それか、違う言葉を言ってる?読み取ろうとじっと見つめていれば「ほら、行くぞ」と王逆くんが私の手を取った。その瞬間何故か「きゃー」と黄色い悲鳴がちらほら聞えてきて、えっ?と再度女の子たちを見れば、口元を両手で押さえて叫んでいた。なんだ・・・・この光景は・・・・・


「あ、待って王逆くん。私これから部活が!」
私の手を握っていた王逆くんの手を取って外せば、周りから小声でたくさん「名無さん!」「名無しちゃん!」と私の名を呼ぶ声が聞えてきたが、今はとりあえず、王逆くんを何とかしなきゃいけないので、聞こえなかったことにした。


「そんなもん休め!」


「え?!ていうか、王逆くんも部活でしょ?」


「俺は休む!」


「だ、ダメだよ!ちゃんと出ないと!」


「いんだよ、別に」


「よくない!」


「部活なんかよりお前の方が大事だろうが!」
ここでいう私の方が大事というのは、もちろん聖杯戦争においての私の身の話だが、そんなこと理解していない女の子たちは何を勘違いしたのか再度黄色い悲鳴を上げた。なんとなく状況がわかった気がするが、わかりたくない。そんな状況だと認めたくない。勘違いだと思いたい。そして早くこの場から立ち去りたい。


「王逆くん。そういう勘違いされるような発言はお願いだから控えて・・・」


「勘違い?何をだよ。言葉のままだろ。お前が大事だって」
周りの状況をまるでわかっていない王逆くんに思わずため息が出たが、こうなってはらちがあかない。


「とにかく、私は部活に行きます」


「でた、頑固女」


「あ、また言った!!」


「あー。悪ぃ悪ぃ」
昨日謝ってきたばかりだと言うのにまた私を頑固女と言ったことを指摘すればまったく心がこもっていない謝罪が返ってきた。私が頑固なんじゃなくて王逆くんが強引なだけなのに・・・・


「もういい。帰るなら一人で勝手にどうぞ。私のことはお気になさらずに」
怒った私はむっと頬を膨らませて王逆くん一睨みして教室を出て行った。
王逆くんが言っていることはわかる。いつ何時命が狙われるかわからないからなるべく離れずに一緒にいた方が良い。だからといって、聖杯戦争がいつ終わるかわからないのに、それまで今まで通りの生活ができなくなるなんて絶対に嫌だ。部活だって今が一番大事な時期だし、実力主義のうちの部活で2年生ながらに副部長をまかされている身としては、他の部員に示しがつかない行動はできない。・・・・・でも、心配してくれたのにあんな言い方しなくてもよかったな・・・・明日ちゃんと謝ろう。



*



「くっそ!」
俺を残してさっさと教室を出て行った名無しに苛立って誰のかわからねぇ机を蹴り飛ばした。なんだってあいつはあんなに頑固なんだよ。昔はあんなに頑固じゃ・・・・いや、頑固だったか・・・・変わってなさすぎだろ!しかも、今のはどう考えても俺の方が正しいだろ!なんであいつはそれがわかんねぇんだよ。


「王逆くん!あんな口説き方じゃダメだよ!」


「名無しちゃんはオラオラ系よりも王子様系の方が好みだよ!」


「もっと優しくしなきゃ!」


「あ?なんだ、お前ら」
イラついている俺の周りを囲むように集まってきたクラスの女共を睨みつけた。こいつら昼休みからずっと何だって言ってんだよ。しつけぇな。


「阿部くんから聞いたよ。名無しちゃんのこと好きなんでしょ?」


「はぁ?!」


「大丈夫だよ。私たちみんな王逆くんのファンだけどちゃんと応援するから!」


「そういう事かよ・・・・。阿部!!!!」
女共が昼休み明けからおかしな言動をしていた原因がようやくわかり、教室の隅でへらへら星川と話している男の名前を大声で呼べば、俺の怒っている原因がわかったのか「やべぇ」と言って教室から逃走した。逃がすかよ!!廊下に走り去っていった阿部を追いかけて俺も廊下に走り出た。


「逃げてんじゃねぇぞ!」


「うわぁ!!」
廊下を出てすぐに追いついた阿部をとっ捕まえてそのまま近くのトイレに連れ込んだ。


「お前どういうつもりだ」
とっ捕まえた阿部の胸倉を掴み奥歯をかみ締めながら問いかければ、阿部は顔を引きつらせながら力なく笑った


「ま、まぁまぁ、落ち着けよ」


「落ち着けるかよ!!」


「いやー。王逆が名無さんに片思いしてるって言ったら意外とみんなすんなり納得してくれてさ」


「お前な!!」


「でも、実際昼休み明けたら落ち着いてただろ?」
たしかに、昼休み明けから誰も名無しに俺のことを質問してるやつはいなかったし、他のクラスからも女共が来ることもなかった。変な目線は感じるが、名無しとも教室で普通に会話は・・・・・できてる。だが!!


「なんで俺が名無しに片思いしてるってことになってんだよ!」


「王逆と付き合ってるってなれば女子たちの嫉妬が名無さんに及ぶかもしれないけど、王逆がただ名無さんのことを好きなだけってことにしておけば、何かあれば王逆に殺されると思って騒ぎ立てるやつもいなくなるだろ?」


「・・・・・・。」
阿部が言った言葉を否定することができず、睨みつけたまま俺は口を閉ざした。まぁ、名無しが平穏に暮らせるのが一番だ。釈然としねぇが、そのために一役買ってるならまぁいいか。


「はぁ・・・・わかったよ」


「まぁ、恨むならモテまくってる自分を恨むことだな」


「好きじゃねぇ女にモテても嬉しくねぇよ」
自分で言うのもなんだが、昔から女共に熱をおびた視線を送られてきたし、呼び出されたことも何度もあったが、その度に目の前で、もじもじし始める姿を見て、しびれを切らして話しを聞かずにすぐにその場から去っていた。あー。そういや去年知らねぇ女から『好きだ』と言われたことがあったな。まぁ『てめぇの顔も知らねぇ』って言ったら泣きながらどっか行きやがったけど・・・・。あとから、阿部に俺と同じクラスの女だと教えられたが、未だに顔も名前の記憶もまったくねぇ。俺はこの学校に入ってからずっと名無ししか見てこなかったし、名無しにしか興味がなかった。近くで女共がギャーギャー騒いでても遠くにいるあいつの声がちゃんと聞き取れるぐらいあいつのことしか眼中にねぇ。


「王逆・・・・俺、たまにお前を殴りたくなる」